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Guilty Hearts  作者: 夏芽 悠灯
第1章 開闢~The creation of the universe~
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別離

 僕達には緋ノ都が目を覚ますまでさしあたってすることがない。

 そのため数多くの書類や鏡のクローン体が保管されていたあの部屋に足を運ぶことにした。

 その道中数人の罪の子や絶異者とすれ違ったが、彼らは僕のことを畏怖しているのか目を合わせようとせず足を早めていた。しかし咎人である餓島と刺城は僕を敬遠せず、こちらに手を振ってきた。無邪気な子供の行動を無視するわけにもいかず僕も手を振り返した。

 そんなことがありながら僕はあの部屋にたどり着いた。

 奥の部屋への隠し扉は開きっぱなし、というよりは破壊され元に戻らなくなっている。

 そこから足を踏み入れるとクローン体が保管されていたカプセルが一つ残らず内側から破壊されており、そこから漏れ出した水色の液体が地面に広がっていた。

 僕は色鮮やかな水溜りを気にすることなく部屋の最奥へと歩を進めた。

 そこで僕は椅子に座りこんで長時間書類を読み漁った。

 

「くッ……!」

 僕が立ち上がり書類をかき分けている最中、突如としてあたりの大気が鉛のように変質した。突然の出来事に僕は叩きつけられるように地面に膝をついてしまった。

 なんとか押し潰されないように耐え続けること数秒。ようやく大気の重しから開放された。

 これが何を意味するか即座に理解した僕はすぐさま研究室から外へ出て皆が集まる場所へと向かった。


「クソッ!!」

 僕がその場所へたどり着くと、緋ノ都の怒号のような声音が聞こえてきた。

 そんな彼を中心に数十人の生存者が囲むように集まっていた。この場にいるのが生き残った全員なのだろう。

「俺が弱いばかりに絶異者の仲間達は死んだ…… 何の罪もない罪の子たちも投薬により死んだ……」

 緋ノ都は俯きながら独白のように言葉を紡ぐ。その声音は今にも消え入りそうな、自責の念が篭った弱々しいものであった。そんな彼の傍らには鏡が寄り添うように立っていたが、かける言葉が見つからないのか目を伏せたまま押し黙っていた。

「んだよこの葬式ムードはよ?」

 静寂を切り裂いたのは緋ノ都に歩み寄りながら話す叛燐の声だった。

「お前ッ!!」

 緋ノ都は叛燐の発言に激昂し彼に掴みかかった。しかし叛燐は表情を崩すことなく言葉を続ける。

「死んだ奴らはどう足掻いたって戻ってこねぇ。それはオレ達咎人が一番理解してんだよ……」

 叛燐は語尾を萎ませつつ目を伏せた。

 僕はその行動に違和感を覚える。

 咎人とは殺しを楽しむような残虐な人間だとばかり思っていた。しかしこの場にいる四人はそのような咎人とは少し違っているのかもしれない。

 叛燐は僕と氷華を亜空間の手から救ってみせた。咲神は常に優しく、叛燐の蛮行についても僕に謝罪してきた。餓島や刺城にしたって先程のように普通に接してくる。

 彼ら四人には何かやむおえず、もしくは自分の意思とは別の理由があるのかもしれない。

「くッ……」

 緋ノ都は叛燐の正論に返す言葉を持ち合わせておらず、唇を噛み締め彼の襟首から手を離し、 横に大きく払った。彼の横にあった巨大な瓦礫が一瞬にして吹き飛び、遙か彼方の壁面に激突し砕け散った。

「…………すまない」

 緋ノ都は顔を上げて瞳を閉じ、噛み締めるようにそう呟いた。

 それは神への祈りにも似た、死者への追悼であった。

「叛燐…… 当たって悪かった」

 一言呟いた後、緋ノ都は叛燐に向き直り頭を垂れた。

「はッ! 別に気にしてねぇよ」

 叛燐は鼻で笑った。そして緋ノ都は肺の中の空気を全て放出するような深い溜息を吐いた。それと共に負の感情も吐き出したのだろう。息を吐きつくした緋ノ都は再び大きく息を吸い込み、力強くその双眸を見開いた。

 もう彼の瞳には一点の曇りもない。未来への希望を宿している。

「皆ッ! 顔を上げろ! 前を向け! 下を向いているばかりでは絶望に飲み込まれるだけだ! 現実を受け入れ未来を見据えろ! 俺達は死んでいった仲間達の分まで生きて、前へ進まなければならないんだ!!」

 緋ノ都の言葉は絶望の底に沈んでいる地の果ての人間の心に響き渡り、希望を伝播させていく。それにより俯いていた者達の表情から影が消え去り、点々と歓声が上がり始めた。歓声が歓声を呼び、大気を震わす大歓声と化した。

「俺達は前へ、いや地上へと進む。今の地上は何が待ち受けているか分からない未踏の地だ。 だから絶異者となった者の力のコントロール、絶異者全体の力の底上げをした後、地上へと赴く」

 緋ノ都は今後の方針を提示した。しかし僕はその方針には賛成できない。

「待ってください」

 僕の声は緋ノ都の声をきいていた者の聴覚に介入する。故に全員の視線が僕に注がれた。

 こういうのは苦手だ。

 リーダーの意見に口を挟む邪魔者を見る視線。だがそれでも僕は言わなければならない。

「……僕は先に地上へ行きます」

「! 何を言ってるんだ!? 全員揃って出るのが得策」

「それじゃ遅いかもしれないんだ……」

 僕は緋ノ都の言葉を断ち切り言葉を紡いだ。

「……彼女のことか」

 緋ノ都の指す彼女というのは連れ去られた刻桜氷華のことだろう。

「えぇ」

「それならなおさら戦力を固めてから行った方が救える確率も上がるはずだ」

 緋ノ都の言っていることは正しい。正しすぎる正論だ。それでも僕は賛成できない。

「今行かないと絶対に後悔する…… 僕は誰がなんと言おうと地上へ行きます」

 何故こんなに必死になっているか分らない。けれど彼女は、氷華だけは失ってはいけないような気がする。

「……どうしても行くと言うなら力ずくでも止める。君ほどの人間をみすみす死なせるわけにはいかない」

「そんなこと思ってるのはあなただけだと思いますよ……」

 僕は皮肉げに一笑し、緋ノ都を中心として集まっている生存者達の顔色を窺った。しかし彼らは僕と目を合わせようとせず、顔を俯かせたり逸らしたりした。

「ッ……」

「僕の力を目の当たりにした人間は僕の存在を畏怖してしまった。一度そう感じてしまったら拭うことは容易じゃない」

 目を合わせようとしない者達は僕を畏怖しているということだ。

「畏怖の対象が仲間内にいるということは想像以上に恐ろしいことのはず。僕はここにいない方がいい」

「そんなこと……」

 緋ノ都は反論しようとしたが言葉を詰まらせた。

「いいんじゃねぇの?」

 軽い声音。それは緋ノ都の隣にいる叛燐のものであった。

 本当に何にでも首を突っ込んでくる奴だな、と呆れながら思う。だがこの場において背中を押してくれる存在がいるというのは好都合だ。

「自分が行きたいって言ってんだし、まわりも大多数が賛成なんだろ? それにあんたの力じゃもうこいつを止められないだろ」

 緋ノ都は叛燐の言葉を聞いて黙り込んでしまった。

「それにこいつは簡単に死ぬほど柔じゃねぇ」

 叛燐は不敵な笑みを僕へと向けて言葉を継ぐ。

「つーことで…… 行っていいぜ、レイア」

「あ、あぁ……」

 叛燐に背中を押され、僕はこの場を去ろうとする。更に―――

「が、頑張って……」

 不気味な声音で刺城が。

「また会おうね」

 無邪気な声音で餓島が。

「皆を助けてくれてありがとぉね?」

 艶っぽい声音で咲神が。

 僕の背を押してくれる。

 僕は振り返り、小さく頷いて歩を進め始めた。

 そして僕は地上への唯一の出入り口である研究室横の巨大エレベーターへと向かった。


 地上へ行こうとするのはいいが、エレベータが故障しているということはないだろうか。地の果てがほぼ崩壊するほどの揺れに耐えられず止まってしまっていたらどうする。

 だがエレベーターの巨大な扉の前に立つとその懸念は霧散する。ボタンが通常通りに点灯しているのだ。そもそもよく考えてみれば他の電気系統も生きたままだったのだから、エレベーターも動いている可能性が高かったのだ。

 僕はエレベーターのボタンに近付こうとし、しかし逡巡する。エレベーターの前まで来たというのに決心が揺らぐ。その迷いを振り払い、一歩を踏み出そうとした。

 その直前、突如として背後に気配が出現した。振り返ってみるとそこには白銀の髪を靡かせている鏡白愛が立っていた。

「止めに来たんですか?」

「いいえ。そんなことはしないわ…… 私は伝言を頼まれただけ」

「伝言?」

 それは緋ノ都からのものだろう。わざわざ鏡を通してなんて彼にしては回りくどいことをする。

「『俺達も出来るだけ早く地上へと赴く。だからそれまで必ず生き延びてくれ』だそうよ」

「ッ…… 分かりました」

 つくづくお人好しな人だ。一人で行こうとしている奴など切り捨ててしまえばいいものを。

「後、これは私から……」

 鏡は真剣な鋭い眼差しを僕に向けて言葉を放つ。

「必ずあの子を救ってあげて……」

 普段は見えにくい鏡の優しさ。彼女の本音。だから僕も本心で答える。

「えぇ…… 僕の命を懸けてでも必ず……」

 返事をした僕はすぐさま身を翻す。

 もう決心が揺らぐことはない。必ず氷華を救い出してみせる。

 エレベーターのボタンを力強く押し、扉が開くのを待つ。

「鏡さん。そこの部屋の奥に様々な文献が保管されています。それに目を通せば絶異者や地上についての情報を得られるはずです」

 あの部屋にある情報は知っておくべきものだ。あれらの情報があれば地上に出た際に相当役立つ。

「分かったわ。……気を付けて」

「はい……」

 僕は鏡に背を向けたまま返答した。すると背後から気配が消えた。

「さて……」

 ゴウン、ゴウンと音を伴いエレベーターが下降してくるのが分かる。

 そしてその音が停止するや、目の前の巨大な扉が音を立ててゆっくりと開き始めた。

 そして僕は開いたエレベーターに足を踏み入れた。

 それは未来への入口であり、死と隣り合わせの世界への入口であった。

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