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Guilty Hearts  作者: 夏芽 悠灯
第1章 開闢~The creation of the universe~
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決意

「ぅ……」

 ゆっくりと開かれた僕の瞳には光が差し込み、不明瞭な意識を覚醒させた。頭が冴え始めると今自分がどのような状況に置かれているのか理解できた。僕がいるのはほぼ崩壊を免れた牢の中のベッドであった。

「目が覚めたのね…… 何があったかは覚えている……?」

 その声は牢の一角に空いた横穴から聞こえてきた。声の主は一目どころか視界の端に捉えた時点で誰だか識別できる美しい白銀の髪を携える女性、鏡白愛カガミ ハクアであった。

「えぇ、大体は。けど後半はいまいち……」

 僕は自分の頭の中にある、記憶が途切れた点を思い出していた。

「僕が亜空間ディメンションの放った暗黒の波に飲まれたところまでなら覚えています」

「そう…… ならその後のことも話しておいた方がいいわね……」


 僕は鏡からその後の事について説明された。

 僕が突然空間を破壊して蘇ったこと。異能が具象化されたものであろう黒白の翼が背に生えたこと。黒刀白夜コクトウ ビャクヤが現れ僕を止めたこと。

 そして、氷華ヒョウカを連れ去ったこと。

 大方予想はついていたのだが、結局氷華は連れ去られてしまったらしい。それより驚愕したのは黒刀が関わってきたことであった。やはり奴はただの研究員などではなかった。よもや絶異者だとは思いもしなかったが、暴走した僕を止めるほどの力を有しているらしい。

「なるほど…… それで地の果ての生き残りは何を?」

「まだ京夜が目を覚ましていないから各々休憩を取らせているわ……」

 鏡は視線を落としながら囁くように言った。

「……彼は生きているんですね?」

「えぇ、私が限界まで治療したけれど全ての傷を治すことは叶わなかったのだけれど……」

「生きていれば十分です。彼がいなければ地の果ての人間は絶望の底から這い上がれない」

「えぇ、そうね…… 京夜が目を覚ましたらまた来るわ」

 鏡はそう言い残して牢から出ていった。


 状況は最悪だ。地上に出ようとも何があるか分からない。亜空間が言っていたことが真実だとしても、決して安全だとは言ってなかった。だがこれまで通り地の果てで暮らすにも飲食料の供給がストップしている今、それは叶わない。

 僕は考えを巡らせていても仕方が無いと思い、牢の外を歩くことにした。


 牢の外に出てみると所々に罪の子らしき人影が瓦礫に腰掛け、表情に影を落としていた。

 目の前で大勢の人間が死んでいく光景を目の当たりにしたのだから当たり前だろう。更に信頼していたリーダーである緋ノ都の敗北も相まって、彼らの絶望は拭いきれないものと化しているはずだ。

「ちょッ…… 姐さん……落ち着けッ!」

「いや~ん! 良かったよぉ、大牙ぁ~」

 そんな中、だいぶ場違いな声を上げている男女がいた。叛燐大牙ハンリン タイガ咲神璃宮サキガミ リグウだ。

 声のする方に足を運んでみると、咲神が真珠のような涙を流しながら叛燐を抱き寄せていた。

「死んじゃったかと思ったんだからぁ~」

「ッ…… ンぐ……」

 叛燐は咲神の豊満な胸に顔を埋められたまま動かなくなった。

「? 大牙ぁ?」

 物言わなくなった叛燐を不思議に思った咲神は抱きしめる力を緩めた。その隙に叛燐は彼女の胸から強引に顔を離した。

「ぷはぁ! 今死んじまうだろーが!」

「あらぁ…… ごめんねぇ~」

 全く。この状況下でこんなことが出来るなんて肝が据わっているんだか呑気なんだか。

 僕は心底呆れながら二人の元から去ろうとした。

「レイア」

 しかし叛燐は僕の存在に気が付いていたのか呼び止めてきた。

「いきなり呼び捨てかよ」

 気付かれてしまったのなら仕方がない。僕は半身になって不愛想に返事を返した。

「別にいいだろ、同年代なんだし。こんなとこじゃ上下関係なんて無いに等しい。それにお前の方が先に叛燐って呼び捨てにしてきただろーが」

「……まぁ確かにそうだな」

 叛燐の言う通りだ。この地下世界において年齢による上下などない。あるのは単純な力の強弱による上下関係だけだ。罪の子の異能覚醒によってそれは如実に示されていくことだろう。

「まぁそんなどうでもいいことを話したかったわけじゃねぇ」

 叛燐は軽く溜息を吐いた後、笑みを含んだ視線を僕に向けてきた。この視線は好奇の視線。叛燐が何を言いたいのか大方見当がつく。

「お前、天能者だったんだってな」

「…………」

「そうよ! この子すっごく強かったんだから!」

 思わぬところから返事が返ってきたため、僕も叛燐も少し驚いていた。

「姐さん…… オレはあんたに聞いたことを本人に確認してんだけど?」

 咲神は叛燐の言葉を聞くや、口元を押さえて黙った。

「あぁ、そうらしいな……」

 僕は僕自身で力を使っていたわけではないのであえて《らしい》と言った。

「だったらよ……」

 叛燐は何故か姿勢を低く、足に力を溜めるような動きを始めた。

「その力、今見せてくれよ!!」

 爆発のような加速。叛燐は嬉々として僕の方に突っ込んできた。

「くッッ!!」

 叛燐の刹那の突進に、僕はなんとか反応することが出来た。突進を躱された叛燐はすぐに拳を放ってきたがなんとか見切ることができたため、僕はその拳を往なす。

 いや、何故《僕》が叛燐の動きに反応できているのだ。

 叛燐の拳が通常の速度に体感出来る。叛燐の動きを先読みすることが出来る。

「……!」

 もしや覚醒に伴い顕れた覇魔としての力は《僕》にも残留しているのか。

「はッ! 覇魔としての力も覚醒したのかよ!」

 笑う。叛燐は心の底から楽しんで僕と戦っているのだ。

「けどまぁ…… 肉弾戦ならまだオレの方が上らしい……なッ!」

 視界の下端、警戒していなかった蹴撃。回避することも往なすことも間に合わない。僕は咄嗟に腕を交差させ蹴りを防ぐ。鈍重な音と共に、僕の身体に巨大な鉄槌で叩きつけられたかのような衝撃が走る。それでも僕の身体は宙を舞うことはなく、後方に押し飛ばされた。

「ちょっと大牙!?」

 遠方から咲神の制止の声がしたが、叛燐は聞く耳を持たない。

「さぁ早く力を使えよ!」

 叛燐は先程の動きが準備運動であったかのような驚異的な速度で間合いを飛ばした。更に拳の速度も倍以上に跳ね上がっており、なんとか逸らすのが精一杯であった。それによって掠めた頬から玉の鮮血が飛び散る。

 だが叛燐の猛攻は止まらない。

 僕が必死に逸らした拳を引き、また拳を放つという動作を三度、刹那の間に繰り返した。

 二発目までは左右の掌でうまく弾くことができたが、三発目は叛燐が視界から外れるほど大きく身を翻して隙を作りながら躱すことしか出来なかった。

 《叛燐》大牙。彼の言う通り肉弾戦では敵う気がしない。

 防戦一方から転じるには天能者としての力を使うしかない。

 しかし、《僕》自身は力の使い方が分からない。

 あの時は完全に身体の支配権を《オレ》に持っていかれ、力を発動させたのだ。

 一瞬の思考。しかし考えたところでどうにかなるような問題ではない。だから僕は覇魔としての力のみで対抗しなければならないと考え、叛燐を再び捉えようと振り返る。

 しかしそこからは叛燐の姿が忽然と消えていた。一瞬で全方位を索敵するが彼の姿はどこにも見当たらない。

 そんな僕を何かの巨影が覆い尽す。

「天能者ならこんぐらい、どうにかできるよなぁ!?」

 叛燐を見つけられない僕に彼の声が降り注いだ。文字通り頭上からである。

「なッ……!」

 すぐさま見上げてみるが、そこにあったのは巨影の正体を持ち上げ飛翔している叛燐の姿であった。視界を塞ぐほどの巨大すぎる瓦礫。頭上から叛燐の声が聞こえてくるということは、彼はこの瓦礫を持って跳躍したことになる。

 そんな推測を立てているうちに瓦礫が僕に向けて放たれた。

 この大きさだ。既に避けるという選択肢は潰されている。このままだと僕自身も下敷きとなって叩き潰されてしまうだろう。

 僕は一か八か頭上の瓦礫に右掌を翳し、全身全霊の力を込めて念じる。

「壊せ」

 巨大な瓦礫は隕石のように地面に衝突すると、あたりを大きく震撼させた。


 叛燐は衝突の数秒後に瓦礫の上に降り立った。

「大牙! いきなりなにしてるのよ!?」

「こんぐらい追い込まねぇとあいつの力は見れねぇだろ。ほら……」

 叛燐は何かを感じ取り、瓦礫の上から飛び退いた。直後、巨大な瓦礫が塵と化し、やがて空気に溶け込むかのように消え去った。瓦礫が消滅したことにより、右手を突き上げた状態の僕に光が降り注ぐ。その際僕の右掌には赤黒いオーラが纏わりついていた。

「それがお前の能力か?」

「あ、あぁ……」

 出来た。僕が《僕》の自我を保ったまま力を発動することが。

「もういいぜ、オレはそれが見たかっただけだ。流石にそれを発動した状態のお前には敵わない、かもしれないからな」

 叛燐は不敵に笑いながらそう言い残し、身を翻して何処かへ去っていってしまった。

「あ……ごめんねぇ、悪気はないのよ?」

 咲神は僕に向けて手を合わせて謝罪してきた。

「待ってよ大牙ぁ~」

 謝罪するや、咲神は叛燐の後を追っていった。

 何なんだあいつは。

 僕の力を引き出すためにあんな無茶なことをして、力を見たらすぐに何処かへ行ってしまうなど、どういう神経をしているのだ。

 僕は叛燐達の去っていった方向を見つめながら飽き飽きしていた。

 しかしその思考は視界の端に入り込んだ赤黒い靄によって中断させられた。

「…………」

 僕は自身の掌に纏わりつく赤黒い靄を眺めながら、ある決心をした。

 その決心とともに拳を握り締め、天井を、いやこの遥か上方に広がる地上を見つめた。

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