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チート‐その5 ~ シェリエの頭痛の種と招かれざる客人について

その日。

司法庁期待の才媛たるシェリエ嬢へと持ち込まれた「とある事案」が悩み多き彼女に頭痛の種を追加した。


――召喚された異世界人の一人が異能チートを悪用して強姦未遂事件を起こした


……最悪である。


――国策で召喚した異世界人の蛮行は扱いを誤れば国の責任を追及されてしまう恐れがある。

――能力が悪用された、という事実は民衆の心理に悪影響を及ぼしかねない。

――今回の件が異世界人の間に知れ渡れば、他にも模倣犯が出る可能性もある。


……だから、処遇の公表と世論への調整は慎重を要する。

処罰の内容をどの様に結論付けるにせよ、各所への利害の調整は必須。

非常に難儀な案件だ。


その上……、

「どっおおおおして! どおしてなの! どうして、わ・た・し・が! あのアホ……姫の……エリアルの召喚した連中の後始末をっ!」

司法室からいつもより少し大きめの絶叫音が炸裂した。


マニフィクツ魔術学院で文官コースを主席で卒業した才女であるシェリエ。

彼女の不幸は、同学年にして寮の同室に王女にして聖女にして巫女、そして……この国の至宝にして究極の脳みそお花畑女……あのエリアル=エレ=マニフィクツ第二王女と腐れ縁を形成してしまった事!


お蔭で王女の巻き起こしたアレやコレ、厄介な事は全部「同期のよしみ」で彼女の下へ運び込まれるのだ。頭痛の種は日々増えていく。


「シェリエ司法官……一応、ここ、王城ですから。王女殿下への敬意は忘れないようにしませんと……」

そんな猛り狂う彼女を諌めようとしているのは、倉木のチート測定をしたあの女官。

王女付女官長補佐、メリル。

彼女もまた、王女とシェリエと同じ学院で同期卒。


「……ふ~、ま、今更よね。ごめん。冷静になったわ。……で、その不埒な犯罪者は?」

「暴れてないみたいだから…面会室で。突き出してきた他の異世界人二人と、一応衛兵をつけたわ。それから……」

「それから?」

「ライラ……」

「は?」

「”一騎当千”のライラ……」

「えーと?」

「被害者……だって……」


マニフィクツ魔術学院の冒険者コース主席の同期、亜竜単独撃破者デミ・ドラゴンスレイヤーにしてA級冒険者のあの…


「嘘でしょ……どう間違っても襲われる方じゃ、ないわよね……」


種は芽吹き、大樹となるものだ。


「頭痛の種」も種である以上、その性質に変わりは無く。

司法官シェリエの苦悩はまだまだ限りなく深まる事になりそうであった。


※※※


圧迫感のある”面会室”

白一色の壁を見回していると何やら叫び声の様なものが遠くに聞こえた。

拷問だろうか。


「……? なんか、叫び声が聞こえないか?」

俺の言葉に、

「(…ビク!)」

犯罪者はだかのおうさまの肩が震えた。

「マッタク……、無駄に脅さないの。でも、犯罪者のアンタ。アンタは二人に感謝した方が良いわね?」

「モゴッ???」

「助けてくれたの、気が付かない?」

「モゴ! モゴッ!?」

「あのまま自然体ならアンタ、……命失ってたわよ」

「フゴ!」

「どうやら貴方達の世界は命が尊い様だけど、この世界では紙屑より軽いから」

「フゴッフゴッ!」

「うざいなぁ。……姉ちゃん、こいつ、この場で殺しても良いか?」

先ほど酒場で彼女を唯一救出しようとしていた少年が剣の柄に手をかける。姉と違って未だ怒りが解けていないのか、目も血走っている様だ。

「はいはい……落ち着け、弟。もうすぐ、役人様が来るから」

目が血走った弟をどうどうと宥める姉。


「それにしても、本当にすまなかった。悪いのはこっちなのに、……逆に助けてもらってしまった」

「そうね。……貴方達、ホント馬鹿よね。態々泥かぶりに来る事なんてなかったのに。ホントは荒くれ共をけしかける様に立ちまわってもよかったのよ? けど……」

「けど?」

その指は透き通る様な白を基調としながらも”白魚の様な”とはいかない。

剣ダコらしき堅さと赤みに彩られ、彼女がそういう生業である事を示していた。

指で指した先には田沼青年。

突如指さされてちょっとビクリとした。

「そのイタイケな彼……なんか可哀想だったし。それに……」

「?」

「ま、なんでもないわ」

そこで金糸に包まれた唇が若干綻んだのが、妙に心を打った。


と、今度は目が丸くなる。表情の忙しい女だ。

「そうだ、それよりも!……貴方、結構策士よね」

「何か?」

「だって……謝罪しながらもそのイタイケな彼の分の巾着は、ちゃっかり残してたじゃない?」

「……バレタか」

「でも、それで良いのよ。貴方達、この世界で生きるのには、ちょっと無防備すぎる」

「……なぁ」

「何?」

「その、さ。こんな縁であれなんだけど、そろそろ名前とか教えて貰えると」

「あら? でも貴方も名乗ってないわよ?」

「しまった。そうだったな……、倉木だ。31歳でサラリーマン……豪商に仕える文官みたいな事をしてた」

「クラキ? 変わった名前ね」

「名前、というか家の名前なんだがな」

「家!? あ、あんた、どっかの名家かなんかなの?」

「いや、庶民。俺の世界は庶民も家の名前がある。で、下の名前は築人だ。でそこのリスみたいな奴は田沼 靖幸だ。一応」

「そっか……本当に、異世界って色々違うのね……」

あ、少し落胆させてしまったか。

まあ仕方あるまい。

「あ、そうそう。私の名前だけれどライラ」

「そうだ! 姉さんはすごいんだぞ! いっきと……ほごっ!」

「……で、弟のバックス。よろしくね?」

やばい。めっちゃ眩しすぎる笑顔……が怖い。

弟君が何か言おうとしたようだが、どうやらNGワードだったようだな。


「いっきと」の後が気にはなるが、取り敢えず言わぬが花。


その時だった。


――こつり、こつり


ちょっと控えめにノックの音がしたかと思うと衛兵が俺たちの入ってきた方と異なる扉を開いたのだ。


「……マニフィクツ司法官シェリエ。この度の案件を預かる事になりました……ふぅ」

今日は美人に良く出くわす日だ。

怜悧そうな女性で、いかにも「切れる」という印象。


するとライラが突然ぱぁ、と顔を輝かせた。


「シェリエ!」

「ああ……ライラ……やっぱり貴方だったのね……」


反対に、司法官を名乗る女性が遠い目をしたのが印象的。

二人の関係性が見知らぬ俺にも分かり易い構図として展開される。


こうして若干微妙な空気の中、”審問”が始まったのだった。

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