チート‐その4 ~ 謝罪のすゝめ
「すみません! すみません!」
屈強な男達のど真ん中でリスが只管謝り続けている。
「は~……」
場違いな闖入者に気勢を削がれて席に戻る者もちらほらと現れたが大勢は変わらず。
「それじゃあよ、オメーが代わりに責任取るのかよ?」
「え……」
「”え?”じゃねえよ。何しに出てきたんだオメー、女みたいな面しやがってよ!」
「うう……」
田沼青年、正義感から飛び出したのだろうがやっぱりトラブル慣れしていない。
俺は内心舌打ちした。
「そうだ! 良い事思いついたぜ。おめえが、カラダでよ・・・」
益々エスカレートする異世界、というよりも世紀末な住人達。
(くそ。もう、自棄っぱちだ! なるようになれ……だっ!)
正直、暴走やらかしたアホはどうでも良いが、多少なりとも接点を持った「善良なリス」が餌食になるのは見過ごせない。
――ダメモトは承知の上。
だが、案外自分の中に眠っていたらしい”正義感”とやらに突き動かされ、俺はすっ、と騒動の最中に入り込んだ。
「お嬢さん」
そして、便乗してエスカレートする野次馬の荒くれを無視し真っ直ぐに…エルフの女性に相対した。
……そう。田沼青年は間違っている。
今、謝罪をすべき相手はいくら口うるさくともハゲやモヒカンではない。
目の前の、不埒な小僧に被害を受けかけ……て、撃退したこの女性だ。
先ず、真っ直ぐに目を見る。
綺麗な若草色の透き通る瞳。
卵型で品の良い造形の顔とエルフの特徴的な長い耳。
その肌の上を金糸の髪が流れていた。
――異世界ゆえの、美。それに見とれそうになる思いを引き剥がし。
――意志の強そうなその面差しを、真っ直ぐ見据えた、その後。
「……すまなかった。俺の同郷のアホが”貴女”に迷惑を掛けた」
言葉に合わせ90度に腰を折る。
――後は、運を天に任せるだけ。
野次馬共は、まあこの女性に便乗しただけ。
なので、一番の当事者が再び舞台に上がった事で一時沈黙した様だ。
まさに、主役登場。
だが、反面、彼女の言葉一つでおれたち三人の日本人は異世界の手厳しい洗礼を受ける事になるだろう。
……場合によっては……。
今更ながら、ぶるりと悪寒が走り目を固く瞑ってしまう。
沈黙が続く。
30秒なのか、1分なのか、…それとも5分くらい?
堅く目を瞑ったせいで余計に重く感じられる沈黙に、本来チキンな俺のハートが耐え切れなくなり始めた時だった。
「ふぅ…」
溜息が、短く発せられたのは。
そこで初めて、俺は顔を上げた。
再び美しい顔が視界に入る。
その顔は、呆れた様で。
「……呆れた」
いや、実際に呆れられてしまったようだ。
だが悪い反応ではない。ヒステリックになっていないのは幸いだ。
話をする余地がある、という事なのだから。
「で……どう、するの?」
「…………?」
「落とし前よ。黙っていたら……分からないわよ?」
その眉が困ったように潜められた。
「……この馬鹿は同郷の私が責任持って王宮に連行し、審問にかけます」
「それで?」
「貴方には、補償をさせて頂きたい。ご足労を願い申し訳ないが王宮に一緒に来てもらえないだろうか」
「面倒ね」
「申し訳ない。……ですが、我々はご存知の通り異世界の住人。貴方に十分な補償をする為には情けないが王宮に来て頂かない事には……それとこのアホを裁くのにも、被害者である貴女の意見も伺いたい」
その発言に
「ちょ、ふざけ……っ!」
若者が抗議の声を上げる。想定内だが、正直うざい。
「黙れ。お前に発言権は無い」
ゴス、と裸で場所の変わりやすい鳩尾に蹴りを見舞い、発言を封じる。
「ゲホ……ッ」
たまらず若者は悶絶し、無駄口をシャットアウトされた。
「……重ねてすまない。だが、そういうわけでこの不埒者をきちんと裁く為にもご足労頂ければ…」
「それ、……だけ? 全部?」
そこで、女性の眉が片方上がった。
大分、怒りは納めてもらえたか。
だが何か足りない、というヒントを彼女は馬鹿な俺にわかりやすく伝えてくれている。
――何だ、何が足りない?この場を収めるためには……
そこで周囲を見回し、
(……そうだ!)
気が付かされた。
これは、安全神話の日本に暮らしていたら分からない事だ。それを教えてくれた彼女には感謝だな。
「……加えて、」
そういうと俺は自分の分と、それから馬鹿な大学生から金の入った巾着をひったくり、
「”お姉さん”、迷惑をかけた皆さんにこれで…」
振り返って”女将”の屈強な手にそれを渡し、
「皆さんに、これで酒の一杯でも振る舞ってくれ!」
そう、”皆さん”に聞こえる大声で言い放った。
受けた女将は意図を察してくれたらしい。
「ちょ、これ物凄い金額じゃない!これなら……皆、今日は飲み放題よっ!」
ガッツポーズで高らかに宣言。
応えて、
――うぉおおおおお!
客から上がる喝采の声。
まあ、乱闘になれば被害をこうむるのは店だ。いい落としどころと判断したのだろう。
エルフの彼女に目をやると、
こくん、と目を瞑って満足そうに頷いてくれた。
良かった。拙いながら、これで正解だったようだ。
そうして、一転祭り騒ぎとなった酒場を後にして、
俺達はこっそりと抜け出す事に成功したのだった。
チート全然関係ない…orz