チート‐その24 ~ 交番の巡査が犬ではなく栗鼠であり、凶悪なアイツに立ち向かう件について ~前編
急を凌ぐ為に裸の王様のスキルを使わせるため、バックスは羽村にパンツを貸したらしい。
どうせ碌なことになっていないと思うが……ま、いずれにしてもしよう不能だろうし。
傷口に塩を塗るのはやめておくか。
それはさておき、”性人”羽村と愉快な銀狼の皆さんを見送った後、いつまでものんびりとはしておられぬと、シュクラ村の再建工事を始める事にした。
奴がほったらかしにして野生に帰っていったせいで、縄張りから結局俺がやる事になったが、
ソコはそれ、慣れた仕事なのですぐ終わった。
「さて、と」
では、いよいよ皆さんにご協力頂こうかね。
そう思い、首をめぐらせると、俄かに周囲が騒がしくなった。
驚いたことに俺の作業中に図面を見ていた大工達が一斉に動き出したのだ。
見れば経験の無い一般の村人達も職人大工の指示に従ってテキパキと動いている。
「は?」
何も指示を出していないのに……、何故だ。
俺は手近な大工を呼び止めた。
「小僧、お疲れさん。後は任せとけ」
「は、はあ。でも、柱に書いてある番号とか説明をしないと……」
「アホか。あそこまでお膳立てされとったら目ぇ瞑ってても出来るわ」
確かに、子どもでも分かる位に手順を整えてはいる。
だが、ヒューマンエラーを回避するために更に石橋を叩くのが”仕事”というもので……
「あ、でも。番号が同じものが」
「わぁってるよ、んなこたぁ。柱と梁と足場だろ。材質とサイズみれば嫌でも分かるわ、タコ」
「う~ん」
「お前さん、お上品な異世界から来たらしいな」
「はあ、まあ」
「素人でも出来るように、安全に、てな一つの考え方じゃあ有るがな。だが、こっちのプロはどいつも命はってんだ。全部自己責任、半端な仕事する奴はいねえよ」
ああ、職人気質という奴か。
確かにベテランの大工さんにはそういうおっさんもいたなぁ。
「とは言ってもですね……」
「お前さんも、しつけぇな。だが良いか、その考え方の行きつく先な……必ず”腐る”ぞ」
「は?」
”腐る”という言葉のインパクトに俺の思考が止まった。
どういう事だ。
その様子を見て取ると、おっさんがニヤリとした。
「”腐る”って言ったんだ。ルールだの、マニュアルだのでは最低線しか決められん。見習いに最初にやらせる程度の仕事なら良いがな、何でもかんでも混ぜっこぜにすると大事な所も考えないようになる」
「考えないように……」
「そうだ。要は馬鹿になるってこった」
確かに、一理ある。
どれだけ再発防止策とやらをしても事故は減らないし、
安易なものはどれだけ積み上げても意味がない。
それらも織り込みずみで繰り広げられるのが現代社会において繰り広げられる虚構の実相だが、
「腐る」とは的を得た指摘ではある。
「そういう訳だからよ、後は任せておけ、な?」
かくして、俺はいきなり暇になってしまった。
※※※
この世界では設計図書く人間と現場は切り離されるそうだ。
相互にプライド意識というか、不可侵の部分があるらしい。
「とは言え、暇だよなぁ」
俺は前の世界で関わった仕事はたとえ役割分担でなくても責任を持つと決めていた。
だから、「後は任せておけ」ではどうにもむず痒い。
そんな訳でやる事が無くぼんやり歩いていると、ふと、鼻腔を良い匂いがかすめた。
「ん?」
見れば、女達が大鍋で炊き出しをしている様である。
3人で姦しいという言葉があるが、その数倍はいるのでもはや騒音の様な話し声が聞こえる。
その中にライラ……がいるのは、まあ分からんでも無いのだが、
(タジタジになっているのは結構意外だが)
「田沼は……お前、何でそこにいるんだ?」
「!?」
真っ赤になった栗鼠の様な顔を引っ込める、田沼。
それを見て、おば……女性陣が顔を見合わせると大爆笑。
「なんだかなぁ……」
俺までなんだか恥ずかしくなってきて、頭を掻いた。
※※※
何となしに居心地の悪くなった二人を連れて、俺は村の入り口になる予定地に赴いた。
すると、そこではパンツ発言の後、最終的に顔を真っ赤にして走り去っていったバックスが警備中であった。
「よ」
「ああ……”おっさん”か」
せめて倉木と呼べ。
「どうしたよ?こんな処で一人立ってても羽村は帰ってこないぞ?」
そして奴が帰るとも、パンツは帰らじ。
うん、上手い事言った気がする。
「馬鹿か。あんな奴野生に帰ってればいいよ。俺は警備中なんだ」
「警備……」
「また、変なのが襲ってくるかもしれないだろ」
「そうだなぁ」
数年に一度しかおきない魔物の大行進に300年前に一度きりの七つ星の化け物襲来……
最早お腹一杯だが、だからこそ通常と違う何かが進行しているとみるべき。
更に、何か起きないとも限らないよな。
「……そうだ!」
「なんだよ?」
「良い物件がある」
ニヤリ、とするとバックスがたじろいだ。
「……変なものじゃないでしょうね?」
後ろからライラの冷たい声もする。
――だが、大丈夫だ。今度のは自信がある。
田沼の栗鼠の様な顔を見ていたら、子供の頃に描いた、ぴったりの建物を思い出したのだ。
俺は鞄からこんな状況に適した絵を取り出すと、いつものポーズ、
すなわち左手を図面に、右手を前方に突き出すポーズをとった。
「建築!」
すると光が左手から胸、右手を通過して、目の前に一つの形を成した。
「どんぐり?」
それは、巨大なドングリだ。
「キ?」
「キキ?」
ついでにいうと、二匹の栗鼠の警官(2頭身)が駐在している派出所、
つまり防衛設備である。
≪妄想建築NO.2:『リスの派出所』≫
〔高さ〕 3.0m
〔幅員〕 3.0m
〔奥行〕 4.5m
〔形状〕ドングリ形状をしたメルヘンな派出所
〔用途〕治安維持、防衛拠点。
この派出所に駐在するのはリスの警官コンビ、リス尾とリス香。
テカテカ光るレザー生地の警官服に身を包んで今日も治安をお守リス。
二匹とも一見すると二頭身のリスだが、柔術の達栗鼠という側面も。
〔能力〕・格闘術による防衛、治安維持を行う。
・周囲10Km以内の危機情報を警報する。
〔備考〕リス尾の頬の傷は歴戦の古傷ではなく、昨日リス香に
痴話喧嘩でつけられたもの……
――「ところで、築人」
――「なぁに、まま」
――「この可愛いリスさんのお洋服のデザインはどうやって考えたのかな?」
……今思えばだが、あの時”も”、温厚な母親の目が笑っていなかった様に思う。
……いや、そもそも顔も笑っていなかったと記憶している。
――「ぱぱー!」
――「まぁ……ぱぱが、どうしたの?」
――「うん、とね。パパのぽっけから出てきたのー!」
……差し出したのは、親父のポケットから零れ落ちた”ストリップ”劇場のティッシュ。
――「そうなのね……築人、お母さんちょっとパパとお話してくるわね……」
……そういえば、あの後凄い悲鳴が聞こえたっけな。親父には可哀想なことをしたと反省している。
彼はただ……、駅前でティッシュを受け取っただけだったのに。
※※※
「可愛い! 何よ、クラキ、こんな素敵な建築もあるんじゃない!」
ライラの瞳が輝いている。
……とても言えない、アレが如何わしいブツだとは。
だが、
「フザケンナ! こんな面白生物に戦いなんか出来る訳ないだろ!」
バックスの方は怒り爆発の様だ。
まあ、見た目ふざけているからな。無理もない。
すると、
「キ……」
一旦、両手を後ろ手に組んだ雄の方、リス尾がにゅい、と左手を突き出すとくいくいと挑発した。
かかってこい、と言っている様だ。
「上等! 思い知らせてやる!」
――速い!
びゅぅ、と風を巻いて走り出したエルフの少年は、まあ剣を抜かないでいてくれるだけ
怒りつつも分別は残していてくれたようだが、それなりに痛そうな拳をリス尾の顎めがけて放つ。
対して、リス尾の動きは緩慢だ。
遅れて、ゆらぁり、と動き出すが、その顎の右側に拳が迫り……
「ちょっと!」
ライラが弱い者いじめにしか見えない弟をたしなめ様とした瞬間、衝撃的な構図が繰り広げられた。
――いつの間にか、音も立てず、バックスが腕を決められて地べたに這っていたのだ。
「~~~っ!」
バックスは暴れるが、完全にキマっているらしい。
そのまま右手を話すと人差し指(?)をにょきと突き出したリスはそれをリズミカルに左右に振った。
ついでに尻尾も振れている。
――柔術の達人、ならぬ達栗鼠の腕前は、流石であった。
※※※
「納得いかない……」
バックスはブツブツとつぶやいている。見た目にはどう考えても着ぐるみにしか見えない
不思議生物に歴戦の冒険者の彼が制圧されたのだ、無理もない。
だが、前回消防士のゴンさんが七つ星とやらを制圧して見せたのを見ても、妄想建築の住人は
規格外に強い。生身の格闘術という事で前回に比べて地味さはあるが、まあ治安維持という
目的を考えてリーズナブルな線であろうと思われた。
と、その時であった。
「緊急! 緊急!」
今度は突如、交番の中からケタタマシイ音が鳴り響く。
『あらやだ、何かしら?』
「ん?」
そのアニメの様な声に、俺は思わずライラを指さした。
(違うわよ!)
が、ライラは手と首を懸命に横に振って否定する。
『はいは~い、今、で・ま・す♪』
「……」
「ねえ、これ、……倉木さん、もしかしてさ、」
「ああ」
「「「このリス、しゃべれるの!?」」」
『もちろんよ、あ、今、大事な通信入っているからちょっと大人しくしててねん♪』
――創造した俺自身が初めて知ったよ……
『はぁい、こちらシュクラ村駐在……えぇっ?やだ、どうしよう……ええ……えぇ……』
どうしたのだろうか。
それから数分、アニメの様な声で表情だけは深刻なリス香が通信を切ると、こちらに目を向けた。
『たぁいへん、とっても……』
相変わらず声に緊張感は無い。
「何があった?」
警報が入るレベルの危機が半径10Km以内にある。見た目はメルヘンだが、今、状況は緊迫しているはずだ。
『真闇のぉ、”ヒキニート”が出没したんですって……やぁねぇ』
その言葉を合図にした様に薄曇りの空の向こう、山の先に闇色をした光の柱が立上った。
「はあ」
ニートで闇属性ってか。なんとも締まらないね。
だが、
「なんですって!」
その言葉に反応したライラの表情は真剣そのものであった。