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チート‐その22 ~ ええじゃないか! 幕末に起きた騒乱と王の帰還、果てに出会った野生の君

真炎との死闘が終わった頃、シュクラ村再建現場でも一つの戦いが終焉を迎えようとしていた。


『日本の夜明けじゃぁ!』


羽村の脳内をガンガンと坂本さんの土佐弁ボイスが浸食し、脈打っている。

踏ん張りも空しく開国寸前……兎に角、我慢の限界に達していた。


と、その時だった。

羽村青年の若干虚ろな瞳に、遠方の光の柱が見え、脈絡なく彼の脳内のボイスが変化したのは。


『ええじゃないか! ええじゃないか! 出すもん出せば……ええじゃないかぃっ!』


――”ええじゃないか”運動の勃発である。


かつて、天から舞い降りたとされる神符を発端として、幕末の京都を中心に起きた騒乱。

それが今、羽村の脳内に鮮明に再現されていく。


『ええじゃないか! ええじゃないか!』

『ええじゃないか! ええじゃないか!』

『ええじゃないか! ええじゃないか!』

『ええじゃないか! ええじゃないか!』


羽村の脳内に再現された京の街並み、鰻の寝床と呼ばれる縦長の家屋群から次々に羽村青年が飛び出し、阿波踊りの様な振り付けで踊り乱舞する。

突如発生した祝祭に、彼の脳内の京都の町は色とりどりの紙吹雪と神符が乱舞し、無数の羽村が踊り狂い、だのにベートーベンの第九が流れるカオスの様相を呈している。


そして、『くわっ』とばかり見開いた彼の瞳孔はもはや周囲を埋め尽くす魔獣の群れ等見てはいなかった。


前傾していた姿勢をピン、と伸ばす。

そして、おもむろに振り返ると……


「知っるか~っ! ええじゃないか! ええじゃないか! ……ヤッホー!」


壊れた様に阿波踊りの手をしながら、手近に見えた河原に向かって猛ダッシュを敢行したのだった。


――不思議と魔獣は追ってこない、襲ってこない。

――良かった。パンツを下しても、……彼に邪魔は入らない様だ。

――そして……


※※※※※※ここから先は大変お見苦しいので、暫くの間、清流と小鳥の戯れをご覧下さい※※※※※※


清らかな清流の傍らで、美しい野生の名もなき花に繊細に彩られた緑の絨毯は

春の陽光を柔らかに受け止めている。

そんな中、チュン、と一声小鳥が舞い降りると驚いた蝶がぱっと舞い上がり、

レモンイエローとパステルグリーンの彩を楽園に添える。

載せてチャイコフスキーの音楽が何処ともなく流れて来て……


※※※※※※……大変失礼いたしました。それでは、続きからお楽しみください……※※※※※※


「ふう」

羽村は一息ついた。

なぜか全身ネイキッドである。理由を聞かれれば、野原にトイレットペーパーが無かったからと答えるしか他にないのであり、バックスに借りたブツはどんぶらこっこと河に流れ去って行った。


そこで、ハタと思い至った。


――何故、魔獣が襲ってこない?


そう、裸の王様の異能チートはパンツ一丁が条件なのであって、

リアルにネイキッドな王様では効果を発揮しないのだ。

訝しんで羽村が周囲を見回すと、音を立てて魔獣達が走り去っていくのが目に入った。


「なんだろ?」


摩訶不思議な現象だが、魔獣の気が済んだのかもしれぬ。

畜生のやる事なので、人間である王様にはさっぱり理解不能である。

だが、『まあ、助かったのだから良しとしようか』と思い直した羽村。

このままでは風邪をひきそうなので、服を回収しようと作業をしていた場所に戻る事にした。



※※※



「あーあ、ダメだな、こりゃ」

魔獣達が去った後の作業現場は悲惨である。

命は助かったが……先ほどまでやっていた「縄張り」が台無しである。

全部踏みつけられている。


幸い木材などは大半無事で済んだようだが、彼自身の作業はまた1からやり直し。


「やれやれ……まあ、不測の事態もあった事だし、できる所までで良いだろ」


意外と真面目な男である羽村は服をつかんでいそいそと着始めた。


と。


――ゴソゴソッ!


「ん?」


衣擦れの音かな? と思い手を止めた羽村だったが、


――ガサガサガサッ!


明らかに彼以外に物音をたてている輩がいるようであった。それも複数。

周囲の叢が揺れていて、銀色に輝く獣の耳の様なものが見え隠れ……


「おいおいおいおい! まだ魔獣がいたのかよ!」


『はい、撤収~』とでも言うように引いていった魔獣たちの姿を見てすっかり油断していた羽村に

再び緊張感が蘇った。如何せん、シャツを着ただけでズボンを上げようとしていたタイミングでその姿は非常に間抜けであり、タイミングが悪い事この上ないが、本人は至って必死である。


――ガサササッ!


パンツが確保できない(自業自得)の状況下の羽村を他所に目の前の草むらが一際大きく揺れた。


「ひぃいいい!」


――もうダメだ。


観念した羽村の目の前で、銀の耳に続き飛び出したのは……


「おうしゃま!」


彼を指さし、目をキラキラと輝かせた、獣耳・獣尻尾の小さな子供と、


「「「ゥヴオンッ!」」」


同じ毛色をした通常より二回りほど大きな狼の群れであった。


「は?」

事態を飲み込めずに上げた羽村の間抜けな声が、草原に住む悪戯な風の妖精に浚われ消えていった。

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