チート‐その18 ~ 目覚めたるは、幼心の夢のカタチ
思い返せば、外が大変な事になっているとも知らない俺は―倉木という男は。
この時、随分とのんきな事をしていたものだ。
「おじ……ひっ!お兄ちゃん、お絵かき教えて?」
避難所の中で、子供に絵を教えていたのだ。
クレヨンを手に取って、一枚書いてやる。以前訪れた海辺の夕暮れの景色だ。
「わぁっ!」
ぱ、と子供の顔に光が溢れ出し、俺も思わず笑みをもらってしまった。
余談だが、俺は”建築家”としての活動はしていなかったが建築学科を卒業した者の嗜みとして最低限の絵心は持っているつもりだ。
建物の図面、完成図は幾何学であると同時に、美術でもあるからだ。
そんなこんなで得た多少の知識の内、分かりやすいテクニックをいくつか教えてやると、
子供の描く絵はぐっと良くなった。
「まま~!」
出来上がると、彼はそのまま母親に掛けていき、出来立ての絵を誇らしげに広げて見せた。
―そう言えば、そんな時期もあったっけ。
幼少の頃、夢は国際的な建築家という奴だった。
いくつものコンペで賞を取り、世界的に活躍するとある建築士を見て、
自分もそんな風になりたいと憧れを抱いたのだ。
そして、出来損ないな絵を描き殴っては母に見せたものだ。
丁度あの子の様に。
だが結果は、しがないサラリーマン、……いや、今は”妄想建築家”だっけか。
苦笑すると、俺はそこから目を離し、何気なく扉を見やった。
すると。
―ドガンッ!
物凄い衝撃音を発して、避難場所となった集会所の扉が開いた。
すわ、魔物がここまで……と男達が一斉に棒や鍬をもって応戦しようとするが、
そこに現れたのは、魔物ではなく、……シュクラ村にいるはずの、少年であった。
「お前ら、ここから逃げろ!いいか、なるべく方向をバラバラにだ!」
いきなり高圧的に訳の分からない事を叫ぶ。
訳が分からないと言えば、腰の中心に大変な魔物をぶら下げていているのは何故か。
美少年がそんな事するもんだから、見てみろ。
女性たちなんかお約束の「きゃ~」とか言いながら手指の間をしっかり開けて凝視する体勢に次々と移行していくではないか。
ただ、そんな見た目の珍妙さと裏腹に彼は深刻な表情のままつづけた。
「真炎だ!な……七つ星、だ」
良く分からなかったが、それどうやら途方もない災厄だという事に周囲の反応から気が付かされた。
バックスのその言葉に泣き崩れるもの、脱兎のごとく逃げ出すもの、集会場は右往左往する住民達により阿鼻叫喚の空間と化したからだ。
「お前ら、落ち着け!」
両村の村長が抑えようとするが、最早収集可能な状態は越えてしまっていた。
「おい、」
そんな中、状況を理解しようとバックスに俺は声をかけた。
すると、
「ふん、本当なら異能に期待する処なんだけどな。おっさん、二人とも役に立たないからな……」
「な?」
「分かってる。だが、とんでもない魔物が出たんだよ。俺は姉さんの処に戻る、……多分お別れだ」
「お、おい、待てよ……」
さっさと踵を返したバックスの肩を条件反射で掴んでしまった。
「なんの……心算だ」
瞬間、彼を中心にとんでもない殺気が暴風の様に荒れ狂った。
「……俺も」
「ふざけんなっ!」
怒号、だが、それよりも視界が急転した事に俺は驚いた。
数瞬遅れて、強打した背中圧迫された肺の空気が強制的に吐き出される。
「げほっ……げほっ!」
「ふざけんな!お前さえ、お前らさえいなければ、俺と姉さんは……っ!」
気が付く間もない程の間に引き倒されていた。
血走った眼と視線が絡んだ。
「~!?」
正視にたえず、俺は顔を背けた。
「お前に何ができる!足手纏い野郎がっ!」
決壊した我慢は溢れ出して止まず、耳を叩き打ち続けている。
が、俺の視線は、それから逃避する様に、とある一点で止まっていた。
―そこには逃げた先ほどの子供が残していったと思しき、カンバスとクレヨンがあった
目に入った瞬間、記憶がフラッシュバックする……。
―「まあ、築人、今度の家はどんな家なの?」
母だ。実は、今はもう居ない。俺が大学卒業する年に病を患って帰らぬ人となった。
そんな彼女を思い出すときはいつも幼い頃の優しい笑顔だった。
―「この家はねー、消防士さんが住んでるの~」
―「塔なのに、消防士さんなの?」
―「うん!でね……実はね……」
嬉々として語った、今にして思えばしょうもない、とりとめもない話。
だが、その記憶に引っ掛かりを覚えた。
すると、別な映像が脳裏に浮かんだ。
―何故、羽村の裸の王様はパンツ一丁で発動するのか
旅の中でそんな事を聞いたことがあった。帰ってきた答えは、
―「多分、あれだなぁ。小学校の時さ……」
学芸会、彼は裸の王様の役。ただ、本当にパンツ一丁は恥ずかしく肉襦袢の様な着ぐるみを着る事になっていた。しかしながら、小学生の男の子にありがちな、いわゆる”忘れ物”をしてしまう。
―「結果、リアル裸の王様、すげえ恥だったんだけどさ……」
だが、パンツ一丁で堂々と演じて見せた彼はそれまでいじめられっ子ポジションであったにも関わらず変な尊敬を集め、その後に確たる立ち位置を築くきっかけとなったのだそうだ。
―田沼はどうだろうか?
こちらは直接聞いた訳ではないが、おそらく手品で家族か友達の喝采を浴びた、とかそんな事が
あったのではないだろうか。
だから、毎回物々交換を成功させる度、彼は誇らしそうにするのかもしれない。
―つまり、異能とは、チートとは、一体何なのだ?
思った瞬間、バラバラに散らばったピースが、
……ぴったりと合わさって一つの絵となった。
―遠い日に描いた、不細工な、クレヨンの建物。
―大人になって、知恵をつけてから描いたものと異なっていて、
―建物だけでなくそこに暮らす摩訶不思議な住人までをも想像し、
―理屈も道理も根拠もない”妄想”……そう、”妄想”だらけの、
「子供の頃に見た、夢のカタチ……」
「は?何言ってんだよ、こっち見……!」
後から聞いた話だが、この時、俺は熱に浮かされた様になっていたそうだ。
そして自分より遥かに力の強いはずのバックスを何故か無造作に押しのけ得、おもむろにカンバスと、……クレヨンを掴んだ。
「待てっ!」
そして、制止するバックスの声を背中に受けながら、駆け出して行ったのだった。