チート‐その17 ~ 解放されし咎人の豪槍は踊り、七つの星が覚醒す
振り返ったライラは我が目を疑った。
―弟のアレが。
伸縮性あるブリーフパンツという名の封印を解かれた咎人の豪槍、あるいは性……
否、聖剣が上へ下へと踊り狂っている。
彼は一体全体、何の為に、しかも下半身のみ、フル”マラ”ソン等を敢行しているというのか。
引き締まった尻が丸出しになっており弟のバックも色々な方面で危険だ。
……どう危険なのかを詳しく描写するのは、如何にも憚られるが。
まあ、ライラはあまりの馬鹿馬鹿しさに顔を背けた。
―本当に馬鹿馬鹿しい。
不意に、ライラの頬が緩んだ。
先ほどまで彼女を命の危機に追いやっていた怪物はそろそろ空気へ溶けて逝く頃合いだ。
ならば、こういう馬鹿な日常に戻るも悪くはない。
「ねぇざんっ!」
「はいはいはい、どうしたどうしたの、弟よ?」
「ぱんづがっ!ぱんづが、HKに!?」
なんだかよくわからない事を喚く弟に、
「ぷっ!」
「わだいごどじゃないよっ!」
ライラが堪え切れず噴き出すと、随分枯れ果てた抗議の声を側面に受けた。
―さて、そろそろアレも天に帰っていくか……
崩壊を放った後の真炎に目をやるライラ。
と、緩んでいた目付きが一挙に鋭くなった。
「ねえざんっ!ぎいでるっ!」
「……バックス」
「だに?」
「避難所、あの門を潜った向うにあるわ」
「だがら?」
「行って。……行って、皆に伝えるの。”バラバラの方向に逃げろ”て」
「は?」
「運が良ければ、3割くらいは生き残るかもしれないわ……」
そこで、バックスは初めてバカ面フルスロットル号泣を止め、姉の視線の先を見やった。
―熊の躰に浮かび上がった六つの、光点。
「な……っ!”七つ星”……っ!!」
「ええ、最悪の展開だわ」
真素を身にまとう怪物には、稀に二つ、三つの塊を取り込んだモノが現れる事が有る。
それは天文学的な確立だが、不幸にして現れるそうした脅威は取り込んだ真素の塊の数で
○ツ星と呼ばれる。
この世界『ユニベール』の歴史上、目の前の怪異と同じ”七つ星”は300年前に一度だけ現れた事がある。
その時は、7つの都市が壊滅した。
今回はどれほどの被害を撒き散らすのか。それとも、今度こそ魔王を待たずに世界が滅ぶのか。
「全く、七つ星だなんて……レストランかホテルなら、良かったのにね」
「そんな事より!……姉さんはっ!?」
「私は残る。でも、大丈夫よ。アレが起き上ったら、時間を稼いでから頃合いを見計らって逃げるわ」
―嘘だ。
バックスは直感した。
澄み切ったその表情に、決死の覚悟が垣間見えてしまったのだ。
さりとて、ここで千の説得、万の懇願を尽くしても意を翻す様な姉ではない。
―だから、彼は自らが最良と信じる選択を取る。
「分かった。俺は村人達に逃げる様伝達してくるから……」
「そしたら、貴方も逃げてね」
「…………分かった」
押し問答の時間は、無い。
再び、バックスは駆け出して行った。