チート‐その16 ~ 現世に彷徨いだした根源の炎と乙女の決死の覚悟について - 後編
再び交差する業炎と剣。
今度こそ逃がさぬと両の腕を挟み込むようにして迫る炎。
迎え撃つ彼女は腰溜めに剣を構えて反動をつけてから、神速の振り抜きと共に突進した。
―ジュッ!
魔法の剣の表面が飴細工の様に溶けてしまった、が。
「……よしっ!」
どうやら彼女はまたこの一瞬を生き延びる事に成功した様だ。
斬り飛ばした右の腕が上空に飛び上がると空気に溶けて消え、金色の風はその隙間を駆け抜けたのだ。
だが、もう、いよいよ後は無い。
魔法の加護が今の一撃で大分薄れてしまったのが分かる。
幾ばくも持たなかったが、それでも少し、ほんの少しの距離は誘き寄せる事に成功した。
その証拠に先ほどまで背景として見えていた大きな岩が今はライラの傍らにある。
―後、少しだけでも。
そう思ったが、流石にそれは虫が良すぎたようだ。
とうとう破滅の時が訪れようとしている。
片腕を失い怒り狂った凶獣の叫び声が草原を支配すると、熱風が四方八方に撒き散らされたのだ。
それは崩壊と呼ばれる災厄、災害の前触れだ。
咄嗟に岩陰に隠れたライラは、そこでへたり込んだ。
まだ、多少引き離したとは言っても村までの距離は近い。
崩壊は向けられた方向に数Kmに渡り被害を及ぼす。
だが幸い、その切っ先は自分に向けられている。
無論こんな岩陰などで防げはしないが、一度崩壊を起こせば文字通り真炎もまた世界に溶けて消える。
―自らの命一つで災厄から人々を守りきることは、出来た。
悔いはない……無いか?
いや、それは嘘だ。
瞼を閉じれば次々に浮かぶ人生の絵巻。
豊かではないエルフの隠里での、しかしささやかで幸せだった暮らし。
突如訪れた魔獣の群れに逃げ惑う中で、失った両親の命。
残された弟と共に放浪した日々。
ある人に助けられて以来、強さにあこがれてガムシャラに頑張った日々。
学園で、初めて出来た友人たちとの友情。
活躍を重ねて、王都始まって以来の天才と呼ばれ、主席として卒業した日の事。
―そして、あの異世界人に出会った日の事。
どう贔屓目に見ても、冴えない男だ。
腕っぷしも少年の初心者冒険者よりも弱い。
その癖、大人とは思えない子供臭い倫理観を振り回している。
でも、熱い心を持っているのが分かった。
情熱と彼女には無い知恵だけを頼りに、いつだって何とかしてしまう。
彼は、無事だろうか。
……彼なら、この状況すらも何とかしてくれるのだろうか
ふっ、と鼻から息が漏れた。
馬鹿馬鹿しい妄想だ。
そう言えば、彼の異能は”妄想”建築家であったっけ。
死の間際だというのに、取り止めのない考えは次から次に浮かんでいく。
だが、こうしている間にも駆け抜ける熱い風は、頬を撫で続けている。
―そして、突如止まった。
時が来たのだ。
覚悟を決めて、彼女は瞼を開けた。
目の前には水に歪んだ荒野の景色が映る。
と、その時だった。
―ゴッ!
固い音が響いたかと思うと、次に空が赤く染まった。
真炎の熊が仰向けに倒れ、その咢が空に向けられていたのだ。
「……!」
驚きを隠せないライラの目の端に小さな影がかすめた。
そして、一見して子供の様な大きさの塊は……”いつもの様に”空気に溶けて消え去った。
実は彼女がA級冒険者に駆け上る途中過程では、幾度もこうした事が起きていた。
彼女の大きなピンチには、決まっていつも小さな何者かが現れてこうして彼女を助けてくれた。
大概は、きっかけを与えてくれる程度であったけれど。
それでも彼女には十分すぎる助けとなって支えてくれた、そんな不思議な力。
幸運に彼女がいつもの様に感謝していると、不意にその長い耳が大きな音を捉えた。
「うわ゛ぁあああんっ!ね゛えざぁあああああんっ!」
……それは、非常に情けない愚弟の叫び声だった。
フル“マラ”ソン大会の果て、バックスが姉の元にたどり着いたようです。




