蝶
「なんであんな事言ったの?」
質屋を出てしばらくして、リンが言う。
「……ま、この恰好じゃ足元を見られると思ったからね」
アルが、自分の服を摘まむ。
服は炎により煤けていて、おまけに野山を走ってきたから枯葉なんかもたくさん着いていて、おまけにちょっと匂う。
「どっかの貴族の、遣いっていう設定にしようと思ったんだ。それも身分の低い、遣いっぱしり。……まさか、突っ込まれるとはね」
やれやれ、といった様子でアルは肩を落とす。リンも少し呆れた様子だ。
「このあとどうするの?」
リンは言った。
「少し街を廻って、旅の支度を整えてから出発したいと思う。あまり長居は出来ないから、遅くとも今日の夜には出発したいと思う」
アルが説明する。
ヤシロ村の兵が追ってくることも十分に考えられた。もうすでに支度を終え、出発しているかもしれないが。
「それで、どうする?」
アルは、落ち着いたトーンでリンに尋ねる。
リンは静かに、アルを見つめた。
「この後のこと。君は、一緒に行く?それとも、一人で行く?それとも戻る?」
今後の方針を、ここではっきりしておく必要があった。必ずしも安全な旅ではない。
意向をリンに尋ねる。
リンはその質問を受け止め、少し黙ったあとで。
「行く」
静かに、そう言った。
「私にも帰るところは無いから」
そして、冷静な様子で、そう続けた。
「そう」
アルは、淡々とした様子でそのリンの言葉を受け止めた。昨日の宴の席で、薄々感じていたが、深くは聞かない。
アルは指を差す。
「んじゃ、買い物にしようか。少しの間」
明るいトーンに切り替えて、言う。
リンはそんなアルの言葉に、ただ「うん」とだけ頷いた。
集落の入り口あたりこそ、決して裕福とは言えない印象だったものの、中腹まで進むと様相が変わってきた。
商人は立派な店を構え、そんな店舗が立ち並ぶ。道もある程度整備されて、オフロードの道には馬も歩く。
集落をしばらく行くと、そこが『ホボリ村』という名前であることを知った。
ヤシロ村にも続くホボリ村は、山に行きかう人々の旅の拠点となっていて、商人や卸売業者が、旅の恰好のままで商売をしている場所だった。村は決して派手ではないけれど、貧しくもない。
二人は、めぼしい店を物色しながら歩く。武器屋、八百屋、雑貨屋。一通りの店が揃い、店員が威勢よく客を呼ぶ。
アルは立ち並ぶ店の値段表示を見て、どうやら最初に立ち寄った質屋は本当に足元を見ず、適正な値段を付けたらしいということが分かった。
そして服屋に立ち寄り、着ていた服を着替える。買ったのは、この世界で市民が一般的に着ているもので、一番安いものだ。
そんな中。
一見クールな外見を持つリンは、内心で一人高揚していた。
それをアルが知る事は無かったが、リンにとってはそれは初めての旅だった。
自分の足で歩き、自分の目で選ぶ。
目に映るものすべてが新鮮に感じる。
「リンは何か買いたいものある?」
アルは尋ねる。しかし、リンは。
「別に」と答える。
内心で弾んではいるものの、かといって何かを買いたい、という気にはならなかった。見ているだけで結構、楽しんでいたのだ。
これが、外の世界なんだ。リンはそう思っていた。
「あ、そうだ」
アルがつぶやき、ゴソゴソとカバンを漁り出した。
「これ」
そう言って、アルはリンに何かを差し出し、リンの手のひらに乗せる。
「これって……」
リンは自分の手のひらに載ったそれを、じっと見つめた。
蒼い蝶が飾られた、小さな髪留め。
ちょこんとリンの手のひらに乗っている。
リンはふと視線を上げる。
アルはそんなリンを直視せず、目を逸らす。
「あ、いや、なんとなく欲しそうかなって……」
それだけ言ってまた、すぐに歩き始めてしまった。
リンはそんなアルを追っていった。
その中で思わず、ふふっ、と笑みがこぼれた。




