馬小屋
声がする。
若い男が、一人、二人……いやもっと。
彼らはそれが民族衣装なのか、みな同じような恰好の服を着ている。
話している内容は、もはや分からない。ただそれが、あまりよくない内容だということは分かる。
怒号、罵倒、憤怒。
おおよそ、そういった類のものが、俺に向けられていた。
その時俺は――――。
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異様な頭痛と臭気の中、俺は目を覚ました。
身を起こし、辺りを見回してみる。
(ここどこだ……?)
目に入るのは木造づくりの建物の内部と、床一面に敷き詰められた牧草。
窓から差し込む光から、今は日中だということが分かる。
(俺、なんでこんなところに?あれ、でも……?)
今自分がいる場所に違和感を抱くものの、本来なら自分がどこにいるべきなのか分からない。
思い出そうにも激しい頭痛によって思考が遮られる。
ガタン。
物音がする。
見るとそこには、背の高い、がっしりした体格の男がそこにいた。
この小屋を清掃しにきたのか、さっきの音は持っていた鍬を落とした音のようだ。
「あ……あ……あ……」
男は驚き、震え、こちらを指さす。
「『マスター』様だ……新しい『マスター』様だ……」
「え?」
「新しいマスター様だああああぁっ!」
男はそう言って外に飛び出していった。
絶叫する声が遠ざかっていく。
「なんなんだろう、一体」
俺はまだ痛む頭を押さえた。
もう一度辺りを見渡す。
木造づくりの建物に、敷き詰められた牧草、農作業用の道具、何かの獣の鳴き声。
どうやらここは牛舎か馬小屋か、そういった場所であることは間違いなさそうだ。匂うし。
やがて、外に足音が聞こえてきた。一人のものでなく、大勢のものだ。
足音は、小太りで禿げた男を先頭に、ドカドカと小屋に乗り込んできた。
「あ、あの男です」
先ほどの大男がこちらを指さす。
「ほう……」
小太りで禿げた男は、あごに手をやり、こちらを観察するように見つめる。
「なかなかの青年じゃないか?コルム」
「はい」
そういって小太り男の隣にいる男が返事をする。
先ほどの大男とは違い、キチンとした制服を身に付けている。
男……コルムは牧草を踏みしめ、俺の方へと寄ってきた。
「お待ちしておりました、『マスター』様。どうぞ、お手を」
俺は、その言葉に起き上がろうとする。が、牧草が邪魔してうまく起きれない。
男は手を差し出して、二コリとほほ笑む。
近くで見ると、とてもハンサムだ。男じゃなかったら、惚れてしまうかもしれないくらいに。
俺はそんな事を思いながら、未だ状況も全く読み込めない状態のまま、手を取った。