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アウトブレイク  作者: 小早川
第1章
9/9

死の蹂躙

 各補給処から各駐屯地に向けて弾薬等の移送は開始されたが、一向に出動はかからなかった。駐屯地で待機状態だ。


 すでに全国の部隊が予備自衛官を招集した。即応予備自衛官だけでなく、予備自衛官補もだ。街があの有様で交通機関が麻痺しているが、招集は訓練のために事態が悪化する前に行われていたらしく、編成が完結できた部隊が多いのは幸いだった。


 予備自衛官たちも装備を整え、出動に備えるか、その他の業務に当たる。基本の想定では有事の際、予備自衛官は本隊が駐屯地を出ている間の留守担当部隊だが、今回ばかりはそうとは限らない。


 政府は深夜になってようやくパニックを承知で詳細を発表し、新感染症が“アフリカ狂犬病”なる狂犬病ではないという正式な発表を行った。


 感染者の致死率は百パーセント。感染し死亡した後に病気を媒介する活性死体として再び活動を開始し、人々に襲い掛かっているという事実を公表した。そしてむやみに避難することを避け、家にとどまり、救助を待つよう指示した。


 これに従わない国民の方が少数であるということが日本にとって救いだったことは後になって知ることになる。


 フル装備で駐屯地の警備は行われ、営庭(グラウンド)に武器を搭載した車輛が待機していた。駐屯地司令は緊急時には駐屯地を要塞にして立て籠もれるよう、施設科部隊が施設資材を投入してゲートやフェンスを補強。駐屯地内にも防御陣地をいくつか構成することにした。出動したくてもできない現状ではそうしていることしかできない。あとは情報収集として武装していない隊員を御殿場や沼津方面に派遣している。


 富士駐屯地では戦車教導隊や偵察教導隊が同じく出動に備えて準備している。とはいえ治安出動でも戦車が出ていくわけにはいかないので補給処から輸送される弾薬に戦車砲弾はほとんど含まれていなかった。数少ないキャニスター弾という対人榴弾が辛うじて駒門の第1戦車大隊と分け合って補給されている。


 ただ事態が悪化の一歩をたどっていくのを見ているしかない歯がゆさはすべての自衛官が共有していた。


「まだ出動がかからないのか」


 那智はテレビで流れる惨状を前に苛立ちで貧乏ゆすりをしていた。古森は窓から駐屯地の様子を見ている。待機を命ぜられてからは居室で準備を整えて過ごしていた。


「まあ、落ち着けよ」


 そういう星井も普段よりは落ち着きなく、焦燥を隠すように口元を結んでいる。


「あそこに何人の子供がいると思う?」


 ヘリからの俯瞰映像を見ていた那智が古森に聞く。古森は表情を歪めた。


「……きっと恐怖で皆、泣いてる。子供だけじゃない。心細くて不安で、誰しも怯えているに違いない。それなのになぜ俺たちは出れない……!」


「やりきれないな」


 古森も苦い表情で流れる映像を見ている。逃げる市民とそれに襲い掛かる“元”市民。襲い掛かる元市民に対し、機動隊員たちが果敢に立ち向かっている。機動隊の装備も最近は充実しているとはいえ、短機関銃などの武器は限定されている。多くの警官が警棒や拳銃だけであの大群と戦っているのだ。


 そしてあそこで戦っているのは警官だけではなかった。


「……あそこで戦う同僚たちは、武器を持てるのに、それもなく丸腰だ。災害派遣の装備で、銃剣一つ持ってない。武器はスコップ(エンピ)か?」


「那智、お前だけじゃないんだ。焦ってるのは。少し落ち着け」


 星井に諌められて那智は「……はい」とだけ小さく返事をした。あそこではもしかしたら自分の同期が、民間人を守るために死体の大群と無謀にも戦っているのかもしれない。


 人の命が犠牲になっているというのに政府は未だに災害派遣の特例での武器使用か、治安出動かで揉めている。さらには現場では部隊の独断で武器使用が行われたらしく、それを叩く動きもあり、もう失望どころではなかった。


 自分たちが武器を持って出れればあの場で危険に晒されている人々を救うことができるかもしれないのに。


 ドアがノックされる音を聞いて二人は振り返る。


 第1分隊の分隊長である松野一曹と岩国二曹だった。


「聞いたか、独断で陸上総隊が直轄部隊を動かしたらしいぞ」


 松野の言葉に那智も古森も驚いて振り返る。最近になって陸上自衛隊に新たに新編された陸上総隊は陸上自衛隊の最上位組織であり、陸上自衛隊の司令部である。その直轄部隊は第一空挺団や中央即応連隊、新編された水陸機動団などの精鋭部隊で命令さえあれば一時間以内に日本のどこへでも展開することができる。


「どういうことですか?」


「これからの作戦を見越して拠点を海自の護衛艦に移したんだ。弾薬、燃料も含めてな」


 今、東京湾では輸送艦おおすみやヘリコプター搭載護衛艦いずもなどが災害派遣で展開している。


「どうするつもりなんですか、上は」


「超法規活動に出るのかもしれない。政府の決定がこれ以上遅れれば陸自部隊を独自に動かして救出作戦を実行する気だ。ほとんど脅しに近い、クーデターだぜ」


「まさか……」


 上の制服組は政府の決定を待たずにことを始めたらしい。海自の護衛艦に人員・装備を独断で移すだけならまだ治安出動には該当せず、通常の訓練の範疇にとどめることができるだろうが、すでに責任問題だ。それだけ都内は切羽詰っているのだろう。また海自も協力しているのだろう。この惨状を見せつけられて待機を命ぜられたら、自分が陸幕長だったとしても行動を命じている。


「うちは動かないんですか?」


 那智は思わず聞いた。岩国が肩を竦める。


「連隊長と幕僚は揉めてるみたいだ。指揮所は怒声が飛び交ってるらしい」


「シビリアンコントロールが崩壊するぞ」


 古森が呟く。


「別に戦争を始めるわけじゃない。自衛手段を持って市民の救出と避難誘導を行おうとしているだけだろ」


 星井が言った。


「でもこの話を聞けば各地の駐屯地から部隊が勝手に行動を開始しますよ。そうなれば統制が効かなくなる」


「陸幕長だってそこら辺は考えているんだろ。上の連中は先を見据えずにことを起こすことはないだろうしな」


 那智はそう言いながら窓へ寄った。もう夜だというのにライトが点けられ、施設科隊員たちが動き回っている。


 もともとある駐屯地のフェンスは強度が高いとは言えなく、高さもない。教育支援施設隊や、駒門の第364施設中隊が補強するために掩体用のライナーの鉄板や土嚢を積んで工事用の足場を組み、頑丈な壁を築いていた。


「あれがどれだけ役に立つかねぇ……」


 星井が肩を竦める。報じられる映像の中には走る感染者たちの様子が映っていた。あの勢いで来られて果たして持つのか。


「ないよりはマシっすよ」


 古森が言う。


「……俺たちも今できることをするしかないな」


 ようやく出動が決まったのは事態が始まってから二日目の朝だった。



 

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