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アウトブレイク  作者: 小早川
第1章
7/9

アウトブレイク(2)

 東富士演習場から即座に滝ヶ原駐屯地に帰隊した那智たちは営内待機を命じられ、訓練で使った装備を手入れしつつ、隊舎の部屋で待機していた。


 隊員たちは課業時間内だったが、テレビや携帯電話を使って独自に情報収集を始めていた。


『──政府は緊急対策会議を招集。国民保護法制を適用するとともに、自衛隊の治安出動も視野に対策を検討しているとのことです』


『避難地域外にお住まいのみなさんも、テレビやラジオの情報に耳を傾け、慎重に行動してください。現在、主要幹線道路は一車線が封鎖され……』


『事態は東京だけでなく、大阪や名古屋などにも広がっています。都内での犠牲者はすでに一万人を越えたとの見方もあり、政府はそれらの地域に屋内避難警報を発令し、国民保護法制を適用しました。警報が解除されるまでは外出を控え、屋内に避難してください。不用意に外出しますと危険に巻き込まれる恐れがあります。屋内避難を指示されたみなさんは、緊急時も落ち着いて行動し、行政機関からの指示に従って適切に避難してください』


 チャンネルを回すうちに隊員たちの顔色も優れなくなってきた。中には身内と連絡を取る者もいる。


『ただいま入ったニュースによりますと、仙台東北大学病院で暴力事件が発生し、その被疑者と思われる複数の人間が……』


「桜テレビを見てみろ」


 陸曹の一人が部屋に顔を覗かせて言った。リモコンを持った隊員がチャンネルを変えるとヘリからの俯瞰映像だった。


『――東京都心の映像です。地上は……相当混乱しているようです』


 秋の東京の街並みをヘリから見渡しているようだった。街の至る所では黒煙が立ち上り、ほとんどの道路は事故車などが発生して車が渋滞し、溢れている。人々はどこを目指していいのか分からずにとにかく逃げ惑い、街角に立つ警官たちもその波に飲まれ、ろくに動けていない。そして道のあちこちには打ち捨てられた死体らしき人影が散見された。街のそこかしこが阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わり果て、上空を飛ぶヘリにまで悲鳴が聞こえてくるのではないかと思えた。


「ツイッターのほうがニュースより早いぞ、見てみろ」


 苦い顔をした古森がアンドロイドのスマートフォンを見せる。SNSに寄せられた画像を見て那智は息を呑んだ。


 電車の車内から撮影されたのだろうか、窓にへばりつく大勢の人間の顔が映っていたのだが、どれも憎悪に歪み、狂気に満ちていた。その大半が負傷者らしく血の手形が無数に窓に張り付いている。とても現実のものとは思えなかった。


 さらには線路上で職員に人が群がっている様子が動画で流れた。乗客たちの困惑した声が上がる中、先ほどの画像のように男たちが電車の窓に群がり始める。


 助けを求め、拡散を要望するコメントがついている。だが、投稿はそれだけにとどまらない。救急隊員が襲われる画像や警察官が銃を撃つ様子まで映されていた。


「なんだ、これ……」


「嘘だろ……」


 那智はその光景を見て絶句していた。


『これは情報によりますと例の“アフリカ狂犬病”と称される新感染症罹患者による暴動と見られ、すでにこの暴動は都心を中心に一挙に拡大しつつあります……』


 数日前まではあり得ないと笑い飛ばしていた状況。それが今、現実に起きている。


「馬鹿な……」


 思わず否定したくなる那智はそう言葉を漏らした。


 もはや情報規制に歯止めが利かなくなったのか、中国の現状がようやく明らかになった。


『北京市内は炎上中です。軍警察が動員されていますが、治安の回復には至っておらず、市内では多数の死傷者が発生しているとのことですが、詳細は不明です。現地の記者とも連絡が取れなくなっており、外務省は中国国内にいる約十八万人の在中邦人に対し、国外への避難勧告を行いました』


『アメリカの東海岸地域の都市部でも新感染症が原因とみられる大規模な暴動が発生中です。韓国ソウルとは現在、連絡が途絶え、インドは先ほど国家非常事態宣言を発令。イギリス政府はユーロトンネルを封鎖しました。この新感染症の犠牲者はすでに世界全体で百万人を超すとの公算を先ほどWHOが発表しました。国連安全保障理事会ではこの新感染症をS級の伝染病とし、国連全体での対応を行うことを……』


 朝は、こんなニュースは一つもやっていなかった。興味もない芸能人が離婚しただとか、政府批判のニュースばかりだったのにわずか半日でこれほどまで大きな事態になるとは。すべての局が特別報道番組を組んでこの事態を熱心に伝えている。


『速報です。ええ……先ほど内閣官房長官は緊急会見を行い、国家非常事態宣言を発令。関係機関にこの新感染症に対する対策を講じるよう指示をしました。またこれに伴い、自衛隊の出動が議論されていますが、武器使用を含め、具体的なことは未だに決まっていないとのことです』


 那智はぎり、と拳を握りしめた。まだ自衛隊の出動を議論する段階なのか、これは。ほかの自衛官たちも流石に苛立ちを隠せなかった。


 あの青木二曹もまさか本当にこんな事態が起きるとは思ってもいなかったようだ。血相を変えて家族と連絡を取っており、どこに避難させるか揉めているようだ。


『福岡県で発生した暴動ですが、韓国からの避難民の中に感染者が紛れていた恐れがあり……』


「北海道だ、北海道に避難するように言っとけ」


 ぶっきらぼうに山本が青木に言った。中国は感染爆発(パンデミック)状態だ。そして韓国もまた感染が拡大し、北部は壊滅状態。南部もいたるところで虫食いのように感染が発生し、軍を動員して鎮圧を試みているらしい。


 ロシアは不穏な静けさがあったが、映像に映るモスクワは街頭に立つ兵士の数や軍用車両が異様に多いが、まだ無事なようだ。


 そこへ小隊陸曹の牛島曹長がやってきた。鋭い視線で狼狽する隊員たちを見渡す。


「浮足立ってる場合じゃないぞ。全員荷物をまとめろ。治安出動待機命令が発令された」


 その言葉で隊員たちは落ち着きを取り戻した。





 治安出動の待機が命ぜられ、自衛官たちは黙々と準備を始めた。


 隊員たちは居室で自分のロッカーを開けると、戦闘服を着込み、その上から88式鉄帽や防弾チョッキ3型など各種装具を身につけていく。那智は鉄帽の左側にPrinceton Tec社製のCharge MPLSヘルメットライトを取り付けていた。


「そういうの買っとけば良かった。俺のはCR123だからなー」


「予備電池持ってけ」


 斎賀のSUREFIRE社製HL1はライトも使用する電池も高価だが、敵味方識別(IFF)用のIRビーコンが備わり、光量も調整できる非常に便利なライトだ。


 ライトを点検し、点灯することを確認した那智は専用の予備電池をバックパックの中の整備用具やレザーマンのマルチツールナイフの入ったポーチに入れる。


「あ、レザーマン持ってくのか。武器整備の時、貸してくれよ」


 装具を身につけながら古森が声をかけてきた。那智の持っているレザーマンのMUT-EODは爆発物処理(EOD)の名の通り、爆弾処理の最前線でも使われるミリタリーツールで、工具箱一個分に相当する使い勝手の良さがあり、銃器の整備に必要なツールも揃っているため、演習では重宝していた。


「お前もガーバーだけじゃなくてこっちも買っとけばよかったんだ」


「なっちゃんほど俺は金をつぎ込めなくてね」


 斎賀はジャキと音を立ててガーバー社製のフォールディングナイフの刃を点検する。武器として使うコマンドナイフのためかなり大型で、一般人が持ち歩いていれば銃刀法違反で捕まる代物だ。


「……治安出動でナイフか」


「最後のバックアップだぞ」


 斎賀の言葉を聞いた那智も戦闘用のナイフを取り出す。いずれもBENCHMADE社製で、一つはSOCP SPEAR POINTと呼ばれるクナイに似た片刃の細いナイフで、もう一つはニムラバスと呼ばれる刃長114mmのフルタング構造の戦闘用ナイフだ。


 那智はSOCP SPEAR POINTを(シース)ごと防弾チョッキの上から身につけるリーコンベストに取り付け、ニムラバスはバックパックに取り付けた専用のカイデックスケースに突っ込んだ。


 そして吊りバンド(サスペンダー)とダンプポーチや救急品ポーチを取り付けた弾帯をつけた上から防弾チョッキ3型を被るように身につける。


 防弾チョッキ3型は2型の後継として配備が開始された新しいモデルだ。負担軽減のために軽量の新素材が採用されたほか、重量配分が工夫され、米軍などと同じ規格の各種ポーチや装具を取り付けるために使うPALSウェビングベルトが備わっていた。とはいえ、すでに4型の開発も進んでいる。


 那智は防弾チョッキの上へRRVと呼ばれるリーコンベストを取り付ける。コヨーテブラウンのリーコンベストにはマルチカム迷彩のTYR製のオープントップマグポーチや携帯無線機ポーチ、ユーティリティポーチなどが取り付けられている。市街地戦闘と野戦では装備の配置や種類を変えていて、那智は市街地戦闘を想定した装備を選んだ。


「何を持っていけばいいんですか!?」


「戦う相手って本当にゾンビなんですか?」


 陸士たちはまだ戸惑っていた。開示されている情報量は少なく、自衛官たちは漠然と感染者の制圧を行うということしか分かっていない。本当に蘇った不死者と戦うことになるのかという確信が無いのだ。


「自分で考えろ。治安出動だぞ」


 星井三曹が一喝する。那智はバックパックに突っ込んでいた小銃に取り付けるSUREFIRE社製のM622Vタクティカルライトを取り出し、点灯を点検した。光量を調整でき、普通のライトとしてだけではなく、最大光量の強力な三百五十ルーメンの光を浴びせて敵の目を晦ますことができ、暗視装置でしか見えないIRライトに切り替えることも出来た。


「武器係が武器庫を開放した!各人、武器搬出しろ」


 廊下から牛島曹長が呼び掛け、装具を身につけ終わった隊員たちは武器庫に向かう。那智もOR(アウトドアリサーチ)社製の私物グローブをはめると武器庫へ急いだ。


 開放された武器庫からは隊員たちが銃器を搬出しつつあった。那智は棚から自分の弾倉六本を取ると防弾チョッキの上に身につけたリーコンベストに取り付けたマグポーチに突っ込む。


 そして自分のELCANサイトが取り付けられた89式小銃をラックから取ると点検して安全装置をかけ、三点式負い紐(スリングベルト)を体に襷掛けにした。銃剣も手に取る。刃はついていない全長二十センチほどの銃剣を鞘から抜いて軽く外観を点検し、鞘に戻すと那智はレッグパネルポーチの中に差し込み、レッグパネルに備わるウェビングベルトに固定した。


 次に拳銃を取りに並ぶ。


「予備銃身と狙撃眼鏡も持ってけよ」


 ミニミ軽機関銃を点検していた陸士に陸曹が声をかけている。銃器は発射するごとに銃身内が摩耗する。機関銃は特に連射し、熱などによって銃身を消耗するため予備銃身の交換が容易になっていた。しかしほとんどの隊員は予備銃身に交換するほど撃ったことはない。


 表情を硬くした機関銃手を横目に那智は武器庫を出た。


 89式小銃の被筒部前端にM622Vライトを取り付け、スイッチを左手で握る位置で固定する。床に向かって構え、もう一度ライトの点灯を確認すると那智は満足して居室に戻り、バックパックや背嚢を持つととりあえず舎前と呼ばれる隊舎前に集合した。


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