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アウトブレイク  作者: 小早川
第1章
2/9

脅威の影は忍び寄り……

静岡県、滝ヶ原駐屯地



 駐屯地に戻った隊員たちは休む暇なく車両整備や訓練後の装備の手入れに追われ、ようやく終礼を迎えた。


 その足で食堂に赴き、飯を文字通りかっ食らう隊員たちを那智は見ながら味噌汁をすすり、テレビを見た。世間では中国やインド、それに南アフリカで新種の狂犬病、通称「アフリカ狂犬病」が発生し、流行していることが大きく騒がれていた。すでに深刻な状況なようで感染が流行している地域ではパニックになり、暴動や略奪が相次いでいる。


 日本も同感染地域に渡航規制を実施、その他の国外からの渡航者のチェックを厳しくすると共に関係各所で対策に乗り出しているらしい。


 自衛隊でもここ最近海外に行った隊員の調査が行われたが、平時から有事即応が求められ、海外に行くには申請まで出さなくてはならない自衛官の中に海外旅行に行っていた者は少なかった。また簡単な防疫や感染症対策の教育が隊員にも行われていた。


 ことに集団生活をしている自衛隊内で一度感染が発生すると隔離は非常に難しい。鳥インフルエンザウィルスの流行で養鶏所などに自衛隊が出動したことは記憶に新しく上も敏感だ。


「狂犬病って確か百パーセント死ぬんですよね」


 隣で食べていた、今年入隊し、部隊配置になったばかりの津田一士が呟いた。


 津田は那智の部下の一人で、ほっそりとした体型で小柄な津田はどことなく頼りなく、言動も小動物を思わせるほど大人しい。ただ射撃の腕は良く、自衛隊体育学校から声もかかっていた。


「日本じゃ撲滅された病気だな」


 那智が答える。ラブドウィルス科の危険なウィルスで、生存率は極めて低く、ほとんどの場合は死に至る。有効な治療法がなく、過去にワクチン接種を受けていてわずか数人しか生き残っておらず、日本でも海外渡航中に狂犬病の犬に噛まれ、死に至ることがある。


「うち、犬飼ってるんですよ。コーギーなんですけど。……大丈夫かな」


「役場に届けてれば定期的にワクチン打たれてるよ」


「これさあ、ネットで有名になってるんだよな」


 青木あおき哲郎てつろう二等陸曹がトレーを持って隣に座り、口を挟む。青木は隊のムードメーカーともいえる存在で、中央即応連隊から転属してきた隊員だ。中肉中背で刈り込んだ髪は前髪がやや長く、彼の顔を思い浮かべる時の表情はにやついており、やや軽薄な性格だ。しかしプライベートと仕事でしっかりと区別がついており、訓練では頼れる先輩だった。また転属時期になれば中央即応連隊に戻るらしい。


「そんな与太話すんなよ」


 青木を呆れた顔で見ながら山本(やまもと)大輔だいすけ二等陸曹が言った。山本は青木の同期で二人の付き合いは長い。共に中央即応連隊からやってきた男で、山本は空挺レンジャーだった。青木とは対照的で背が高く、精悍な顔つきは駐屯地の女性隊員からも注目を集めている。誠実で真面目な山本は誰からも信用され、頼りにされ、人望があった。


「なんです?」


「中国とかアフリカ、インドで起きてる感染症の正体な、実はあれ……ゾンビらしいぞ」


 にやにやと笑う青木の顔を見て那智はため息を吐きたくなった。


「ありがちなゾンビ映画じゃねえんだから……」


 山本はかぶりを振って食事を取り始める。


「いや、これ意外と信憑性高そうな話なんですからね」


「また幻覚剤(LSD)でラリったやつじゃないんですか」


「いやいや。逆に出てくる情報が少ないってのも怪しいもんですよ。政府が本気で情報を隠そうとしているってことじゃないですか。それに南アフリカでは複数の目撃映像が上がってるんですよ」


 スマートフォンを取り出した青木が映像を再生して見せる。画質の悪い映像で、しかも夜の街中らしく、薄暗く見にくい。人々が叫び、喚いている。撮影者の動きで激しく画面は揺れていた。そして撮影者がようやく立ち止まり、何かを撮影する。そこには数人の人々が倒れた人影に覆いかぶさり、顔を動かしていた。そのうちの一人が撮影者を振り返る。暗いが、黒人男性の口元は赤黒く染まり、口からは何やら赤いものが垂れ下がっている。


「うわっ、馬鹿野郎。食事中になんてもん見せやがる」


 青木を山本が割と容赦なく叩いた。青木がスマートフォンを取り落してサラダの乗る皿に落とす。


「あー!」


 青木が叫び、慌ててスマートフォンを取り上げ、ペーパーでドレッシングをふき取ろうとする。


「やらせだろ、そんなん。新手の映画のPVかなんかだってもっとましだぞ」


 山本は慌てる青木に見向きもせずに言う。


「でも実際、ゾンビが大量発生なんて事態になったら自衛隊って出れるのかね」


 星井は別の方向に関心を持ったらしい。


「ゴジラが出たら災害派遣なんでしたっけ」


 津田が聞く。いつだったか、有名な防衛庁長官がそんなたとえ話を出したことがあった。


「自衛隊VSゾンビかよ。割とそういう映画とかってないよなー」


 那智の同期である斎賀さいが義信よしのぶ三等陸曹が言った。斎賀は陸曹教育隊からの同期で、仕事だけでなく、プライベートでもよく行動を共にする仲だ。体格は中肉中背、成績でも平均的な男だ。ただ目標は高く、海外派遣参加を希望しており、努力家で面倒見が良い。


「実際、自衛隊ってどうするんだろうな、そういう場合って」


「災害か国民保護等?それとも治安か」


「レベルによるだろ。警察が封じ込められるんならそもそも出動しないし、パンデミックになってたらまあ、大変だわな」


「パンデミックになってたら自衛隊も勝てっこない」


 那智は唾棄するように言った。


「どうしてです?」


 津田が不思議そうに聞いた。那智は自分で考えずに安易に人から答えを得ようとする津田に不満を持っていた。


「実際自衛隊が出ても武器使用は制限されるだろうな。特科はおそらく使い物にならない。それに考えてもみろ。一億五千万人も国民はいるのに、そのうち自衛隊は陸海空総勢で二十四万しかいない。それに普通の軍隊はどうしても兵站というものに縛られる。こっちの物資はどんどん減ってくる。だが、敵はこちらに出た損害分増強され、補給も休息もなしに昼夜を問わず不眠不休で攻撃を続けるんだ。そしてこちらの攻撃は非常に精密なものが要求されるが、ゾンビどもを倒すにはどうしても中距離から短距離程度の交戦距離になる。どうやっても勝てないな」


 那智はそう言い切った。市街地でもしそうした事態が起きた場合、強力な火力を持つ特科では付帯的損害コラテラル・ダメージが大きすぎる。ゲームや映画のように頭を撃たないと死なないゾンビなら、確実に倒すために普通科などは近づかなくてはならなかった。


 北朝鮮は米国と韓国が行う米韓合同軍事演習に反発して日本海に向けて短距離ミサイルを発射し、IAEA査察団の入国も拒否し、軍部に配備体制を強化させるなどの挑発を繰り返していた。南西方面では中国がその勢力拡大のために尖閣諸島を虎視眈々と狙い、領海侵犯や領空侵犯は後を絶たず、自衛隊は海上機動団などを新たに新編して離島防衛に備えている。あり得ない事態を考えるよりも、現実の脅威に対して備えることを常に那智は考えていた。


「面白いな、お前の考え」星井が言った。「ゾンビと戦争か……。確かにゾンビは敵だな」


「自分は現実主義者なんで。それに軍人の任務は理想では語れないですから」


 那智は肩を竦める。那智は軍人としてのプロ意識があった。その隣では津田が唸っていた。


「えぇー。どうやっても勝てないなんて納得できないですねぇ……」


「しょうがない。現実じゃ起こりえない事態だ。それに対処するための能力がたとえあったとしても、法整備ができていない現状じゃ始まった時にはもう手遅れだろうな」


「また有事に使えない自衛隊ですか……」


 斎賀がため息を吐く。


「まあ、災害とみなすなら部隊を派遣することはできなくもないだろうが……。対応する手段や方法が無いわけじゃないだろうが、自分は思いつかないな」


 そうは言っても確かに勝てないというのは癪だ。ゾンビを那智は思い浮かべる。のそのそと歩いてくる頭を撃ち抜かない限り死なない腐りかけのアンデッドども。そんな奴らに負けて国民を守れないなんて腹立たしい。


 ――そういえば最近だと走るんだっけ?武器も使えたり……。


 できれば歩くやつがいいなと那智は思いながら厚生科でその手の映画のDVDでも借りてこようと真剣に思い始めていた……。


 後の事を考えればまだ平和な会話だった。まだその時はその程度の認識でしかなかった。




首相官邸

危機管理対策センター



 時の宮津内閣にとって発足以来の危機が日本に迫っていた。“アフリカ狂犬病”と称される新感染症だった。


 薄暗い会議室の中に、国家安全保障会議のメンバーが首を揃えて座っている。宮津尚之総理大臣はこの光景を不快に思っていた。まるで悪巧みをしているようだ。


「この通称、アフリカ狂犬病と称される新感染症ですが、未確認情報ではありますが、中国北西部でも感染が拡大しているようです。治安当局の発表では事態はコントロールされているとのことですが、相当数の軍が動いているようで、厳しい情報統制が行われています」


「WHOの調査団がケープタウンに入りましたが、ケープタウンとの通信は先日途絶え、現在の状況は分かりません。ですが、インドで報告されたこの感染症についてわかってきたことがあります」


 国立感染症研究所の所長である和栗博士が厚生大臣に促されて立ち上がった。


「WHOから提供された情報によりますと、現在感染が確認されているのはアフリカ、インド、パキスタン、エジプト、中国、ブラジルとのことで、南アフリカでの感染はアフリカ全土へ拡大する兆しがあります。感染経路は経皮感染が有力とのことですが、まだはっきりとは分かっていません。感染し、発症すると発熱、めまい、頭痛、吐き気などの症状が出たのちに二十四時間以内に死に至るとのことです」


「……感染はどうやって拡大しているんだ?」


「不明です。人から人へしか確認されておらず、感染した人間が狂暴化し、暴徒化したとの症例も報告されており、これらが同一の感染症であるかどうかもまだ分かっていません。予防策、対抗策などはほとんど解明されておらず、一度感染が始まると感染拡大アウトブレイクは避けられません。すでにこの新感染症は世界流行パンデミック状態です」


 和栗のよどみない説明を聞いた国家安全保障会議の面々の顔は鎮痛だった。これが日本で流行すれば、たちまち感染が拡大するだろう。日本経済どころの話ではなかった。


「……感染拡大を防ぐ有効手段は何一つないのか?」


「感染が発生した地域を隔離し、人の出入を完全に遮断できればそれ以上の地域への感染拡大をある程度防ぐことはできると思われますが、まだ何が感染の媒介になっているのかもわかりません。ただ一度感染が始まれば手がつけられなくなります」


 和栗はまっすぐ宮津の目を見てきた。その眼は、政府が対応に移る決意を促していた。しばらく沈黙が会議室を支配した。


「総理。自衛隊に出動待機命令を出してください」


 防衛相の井崎が腰を上げて言った。


「どういうことだ?」


「災害派遣の防災派遣態勢をとり、感染が発生し次第速やかに展開してその感染地域を隔離します」


 井崎の言葉を聞いて折口統合幕僚長が手を挙げた。宮津は話すように促す。


「最悪の事態が発生した際、災害派遣態勢では不十分かと思われます」


 井崎は目を丸くして振り返った。自衛隊を積極的に動かそうとした井崎は大きく評価できるが、制服組にはそれでも足りないらしい。


「というと?」


「この派遣は警察力での感染隔離を維持できないために自衛隊を派遣するという前提でよろしいでしょうか?そうなればこの場合、命令による治安出動がもっとも適切かと思われます。自分がそのような感染地域の住民なら家族や自分の命を守るために死にもの狂いで行動します。それこそ封鎖を行っている治安部隊とも戦ってでも、安全な場所へ逃れようとするでしょう。また暴徒化するなどの症例もある通り、派遣された自衛官が自らの身を守る手段が必要です」


「治安出動の待機命令など、出せない……」


 井崎は机を暗い目で見ながら呟いた。野党が認めるはずがなかった。


「またこれは中央即応集団などの一部の部隊だけでなく、陸海空の全部隊への待機命令が必要です」


「陸海空すべてだと?」


 宮津は驚いて聞いた。そんなことを実際にすれば、周辺諸国を刺激しかねない。


「そうです。この感染症を収束させるめどが立たない以上、最悪の事態は常に想定されます。陸海空のみならず在日米軍との協力も必要になるやもしれません」


「待て。感染症に対して在日米軍の協力を仰ぐだと?荒唐無稽だ」


 突然外務大臣が声を荒らげて立ち上がった。


「自衛隊に出動待機命令など出してみろ。また隣の国は、日帝軍国主義の再来だ、なんだと騒ぐぞ。両国の関係にもうこれ以上溝は開けられん。経済だってがたがたなんだぞ」


「大臣、これはパンデミックなのです。日本国民の生命と財産を守るため、できるすべての準備を整えなくてはなりません」


「……マスコミはまた政府批判で騒ぐだろうな」


 どこか諦めたように危機管理担当大臣が呟いた。





 東富士演習場、市街地戦闘訓練場



 尖閣諸島をめぐっての日中の対立の末、台湾をめぐる問題にまで事態は悪化した。アメリカは再び台湾海峡に向かって空母を向かわせ、米中は一触即発の緊張の対立を続けていた。


 日本国内の世論は中国や北朝鮮の脅威に突き動かされ、数年前に起きたアフリカでの日本の石油企業の襲撃事件などから自衛隊の行動を阻む法制の改正を求めた。


 新しい防衛大綱の概念である統合機動防衛力の整備を始め、集団的自衛権の行使が認められ、邦人救出のための自衛隊の国外派遣に関して新しい法案も可決された。水陸両用作戦を行う水陸機動団が西部方面普通科連隊を基幹として新編され、水陸両用車やMV-22オスプレイティルトローター機、無人偵察機などを中心とした最新装備を導入。自衛隊の改変も進もうとしている。


 そんな緊迫した情勢の中、普通科教導連隊はアメリカ海兵隊との訓練を実施しようとしていた。


 訓練の目的は自衛隊の戦術の見直しと近代化。米海兵隊との訓練を通してこれを身に着けるということが大きな目的だった。


 その演習に向けて普通科教導連隊第3中隊は対ゲリラコマンドを想定したMOUT──市街戦およびCQB──閉所近接戦闘の訓練を東富士演習場の一角にある市街地戦闘訓練場で行っていた。


 銃声が鳴り響き、二輛の96式装輪装甲車を盾に前進する隊員たち。彼らは敵が立てこもっている想定のビルに向かってハリネズミのように周囲を警戒しながら前進している。その一方で那智は地下道への入口へ迫っていた。


 隊員たちは全員、防弾チョッキ3型に暗視装置を乗せた88式鉄帽と呼ばれる戦闘用ヘルメットを被り、手には89式小銃が握られ、右太腿にはホルスターで9mm拳銃を携帯した完全武装だ。すでに戦闘服には汗がにじんでいる。


 陸自の戦闘服は、日本の植生の画像データを基に斑点(ドット)状のパターンを形成して作られた迷彩が施されていた。日本の野外で使うには実に優れた迷彩効果を発揮する。市街地でも街路樹や生垣、影では有効だった。


 那智は戦闘服の上、防弾チョッキの下に弾帯パッド付きの弾帯とサスペンダーを身に付ける。弾帯は防弾チョッキより下に来るようにしてポーチ類や装具を腰に下げるためのデュティベルト代わりに使っていた。このベルトを使ってレッグホルスターやレッグポーチを身に着けている他、ダンプポーチなどをぶら下げている。


 官給品の装備だけに頼らず、那智は私物装備を多く使って戦いやすいよう工夫していた。那智はフォース・オン・フォースと呼ばれる小部隊同士が実際に撃ち合う訓練の延長で、同期の斎賀に誘われて参加したサバイバルゲーム──エアソフトガンでプラスチック製の玉を撃ち合う戦争ごっこに近いスポーツに嵌まり、それを通して使いやすい装具の工夫をするようになった。


 ただ使う装具を集めるだけでなく、那智にはこだわりがあり、本物、実物を使うことを好んだ。膝を守るプロテクターもARC'TERYX社製のニーキャップを使い、アイウェアも金属よりも固いプラスチックと言われるポリカーボネイトで出来た散弾銃の弾や爆弾の破片程度からなら目を守ることができるESS社製のシューティンググラスを着用している。


 そうした装具の工夫は個人ごとに異なり、皆独特だ。特に普通科教導連隊は戦術の研究のために隊員個々の工夫がある程度認められている。


 ニーキャップで保護された膝を地面につき、那智は膝撃ちの姿勢を取って周囲を窺う。打ちっぱなしのコンクリートで構成された灰色の街並みに響き渡る乾いた銃声、装甲車両のエンジンが唸る音。那智は訓練だとは思わず、実戦を常に意識してきた。


 小銃を構え、“敵”を探す。


「……よし」


 敵がいないことを確認した那智が頷くと那智の所属する第1分隊の分隊長である松村まつむら庄司しょうじ一等陸曹が那智の肩を叩き、小銃を構えながら前傾姿勢で次の角へ進み、膝撃ちの姿勢をとる。


 それに続いて青木二曹、岩国二曹、和田一士、板部一士、坂江三曹、太田士長、津田一士、樫原士長の順で進んでいく。樫原が那智の肩を叩くと那智も立ち上がり、後を追って進んだ。


 まるで地下鉄の入口のような形をした地下道への入口は不気味だ。照明はあるが、最低限で薄暗い。


 那智は前傾姿勢でわずかに銃口を下げた、即時射撃姿勢スタンバイ・ガンを維持して闇に包まれた地下道の先を小銃に取り付けたSUREFIRE社製のM600Vフラッシュライトで照らしながら先へ進む。


 地下道はただまっすぐ伸び、枝幹と繋がっているが、ところどころが横穴のような通路になっており、油断はできない。


 外での戦闘はより激しさを増しているらしく、地下道の中ほどまで進んでも銃声は聞こえてくる。

 地下道の両端を進む隊員たちは慎重かつ大胆に前進する。横穴に差し掛かると那智は合図し、後ろから続く青木二曹がそのまま通路を見る間に銃を構えて横穴をチェックする。


「よし!」


「前へ!」


 青木三曹が那智の肩を叩き、先に進む。青木に続いて那智は列に戻ると前進した。枝幹に到着する。


「ここを右だ」


 青木が枝幹との交差点で膝をつき、小銃を構えて通路の先を見張る間に隊員たちは通路を曲がって枝幹へと進んでいく。


 枝幹は今、敵が立てこもっている想定の建物の裏にあるマンホールに通じていた。


 そのマンホールを目指して隊員たちは前進する。


 青木に続いていた坂江三曹が援護する中、那智は太田とともにマンホールを登る階段へと進む。那智はマンホールに向かって小銃を構え、続く樫原が階段に登ろうとしたとき、地下道内で乾いた破裂音が響いた。


  *


「マンホールの先にある横穴に隠れてたんだ」


 那智は蛇口で顔を洗いながら斎賀に言い訳がましく言った。斎賀は鉄帽ヘルメットを脱ぐと短く刈った髪の毛をほぐしていた。


「チェックミスだな」


 斎賀はそう言いながら肩を回す。ちなみに鉄帽にも工夫があり、那智や斎賀は顎紐や中身のクッションを私物に変えていた。那智はTEAMWENDY社の四点式の顎紐を使い、Princeton Tec製の先がブームとなったライトを取り付けている。


「お前もカッティングパイでやられたらしいじゃないか」


「撃ったんだけど当たらなかったんだ」


 斎賀も顔を洗い、汗を流す。防弾のセラミックプレートを入れた防弾チョッキに、ヘルメットにフェイスマスクを着用し、その他装具類で身を固めた状態で動き回るので汗は良くかく。非常に良い運動だ。走っては立ち止まり、走っては立ち止まり、市街戦はとにかく体力を使う。


「お前、射撃検定準特だろ?至近距離射撃(シキンシャ)だって上級練度なのに」


「捕捉して据銃するまではできたさ。向こうの方が早くて間に合わなかった。やっぱり待ち伏せ側の方が有利だよ」


「一ヵ月後にはⅢMEF(サンメフ)(沖縄第三海兵師団)と演習だ。訓練でこてんぱんにされてちゃ先が思いやられるよな」


 那智はOD色のタオルで顔の水気を取るとため息をついた。


「場数を踏まないと無理だな、やっぱり」


 斎賀も蛇口をひねり、水を止める。戦後実戦を経験することもなくぬるま湯に浸かっていた自衛隊と世界の警察を謳って戦い続けた米軍との経験の差は大きい。米軍は経験に基づいて戦術を変化させてきたが、日本の仮想敵は今までソ連だった。市街地戦闘のノウハウが身に付くにはまだ時間が必要だった。


「今度のサバゲーはインドアフィールド行こうぜ」


 斎賀の言葉に那智は顔を上げた。


「室内戦か。それも良いな」


「PDWなんて持ってくんなよ。89(ハチキュー)だからな」


「集合──!」


 小隊陸曹の野太い声が響き、二人は急いで外していた装具などを身に着けると並び始めた列に加わった。


那智なち有希ゆうき

陸上自衛隊富士教導団普通科教導連隊第3中隊所属、三等陸曹 22歳

斎賀義信さいがよしのぶ

同中隊所属、三等陸曹。22歳

柘植

普通科教導連隊第1中隊長、三等陸佐。38歳

石狩貴樹

同中隊所属、二等陸尉。32歳

松野庄司

同中隊所属、一等陸曹。38歳

青木哲郎

山本大輔

同中隊所属、二等陸曹

樫原

同中隊所属、陸士長

太田

同中隊所属、陸士長

津田

同中隊所属、一等陸士

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