第五話 誰かバリカン持って来い!
来たのか……。
苦々しい思いを抱きながらも顔には出さず一行を見る。
「ようこそテオテルへ! 旅のお方」繕った笑顔で俺は言う。
まさか俺がこんなゲームの村の前にいるNPCのようなセリフを吐く日が来るとは……。
「俺の恋人に何か用ですか?」
エルゼの頭を自分の胸に押し付け、視線だけで殺す勢いで睨む。
そう、エルゼは俺の恋人なのだ。今までは『自』のみだったが、今では自他共に認めている恋人同士なのだ。
「ディルク……?」
小さな声で俺に問いかけるエルゼ。
「なあ、こんなに大勢の人がいきなり来たら宿屋の人間が困るだろう? 先に宿屋に教えてやってくれないか?」
視線は王太子一行のまま、身をかがめて耳元で優しく言うと、エルゼは「ええ」と頷いて宿屋に向かった。
俺はエルゼの名前を出さずにこの場から引き離す事に成功した。
奴ら一行のエンカウント率を高める魔術を施したり、急斜面では滑りやすくしたりと散々邪魔をしたが、なかなか根性と体力がある一行らしい。
舌打ちしたいのを堪えて連中と向き合う。
事前に得た情報によると兵士に守るように囲まれている銀髪で水色の目をした男が王子だ。歳は十八歳。
この銀髪とアイスブルーの目が、王都を中心に『冬の泉色』と呼ばれている事を俺は知っている。
どうでもいいが、この国では生まれた季節と目や髪の色をこじつけたがる傾向にある。ちなみに初夏生まれのエルゼの薄緑色の目は『新緑色』。夏生まれの俺の青い目は『夏の大空色』と呼ばれている。
目の前に居るこいつは冬生まれなんだろうな。心の底からどうでもいい。
視察団の一員を気取っているつもりだろうが、質のいい詰襟の服とマントはいかにもな貴族のお忍びスタイルだ。
背は俺より高くないが、怜悧とも言える整った顔と均等の取れた体つきに見惚れる女も居るだろう。
この国の王太子の優美さは国内外でも有名だ。
そして、髪型。
にわかには受け入れがたい事実だが……、この世界の男の髪型でおかっぱ率は高い。
うちの村の武器屋のおっさんも、酒場のおっさんもおかっぱだ。
何を考えてるんだよ。お前らスキンヘッドのキャラだろ!
だから、この王子の肩で揃えたおかっぱにも何とか笑わないで我慢する事が出来た。偉いぞ、俺。
いや、これはボブカットとか言うやつか? まあこれまたどうでもいい。
ちなみに俺の髪型は前世と変わらない黒の短髪だ。目は青いが。
この世界では横一直線に切る髪型ばかりだったからこの髪型に切ってもらうまで苦労した。
だが、最近では何故か俺の髪型を真似する奴が村でも町でも多い。真似すんな。
話は逸れたが、目の前の王子は俺が吹き出しそうになっているのも気付かず、エルゼの背中を目で追っている。
「今の娘がエルゼ・テオ・テオテルか?」
こちらを向いた王子が噂の美声とやらを披露してくれた。外見に合った涼やかな声音だ。
会話はどうやらヤツが主体のようで他の連中は何も言わない。
――エルゼ・テオ・テオテル――
王都や町とは違いテオテル村には苗字のある人間は居ない。
なので『エルゼ・テオ・テオテル』とは『テオテル村のテオさんの子供エルゼちゃん』という意味になる。
ちなみに俺のフルネームは『ディルク・クマオヤジ・テオテル』……じゃなかった、『ディルク・ゴーロ・テオテル』だ。
『テオテル村のゴーロさんの子供のディルク君』という意味だ。決して俺とエルゼの血が繋がっているとかそういう意味ではない。
ほの暗い禁断の関係もアリっちゃあアリだが、エルゼが可哀想だ。
俺とエルゼはちゃんと村人にも精霊にも胸を張れる間柄だから安心して欲しい。
「あなた方は王都の視察団とお見受けしますが、いち村娘の名前まで調査されるのですか?」
口調こそ丁寧だが、王子を冷ややかな目で見る。コンセプトは慇懃無礼だ。
「お前こそ、ただの村人のくせに僭越ではないか?」
敵意ムンムンの俺の態度に王子は楽しそうだ。
「ああ、名乗るのが遅くなりましたね。王太子殿下。俺の名前は、ディルク・ゴーロ・テオテル。この村の自警団団長ですよ。俺にはこの村と村人を守る義務がありますから」
俺がわざと『王太子殿下』と強調すると周りが殺気立つ。バレバレだっつーの!
「お前が『テオテル村の神童』か……。もっと若いかと思っていた」
王子が注目したのは別の場所のようだ。
言われてみればそうだ。『テオテル村の神童』で有名な俺だが、この国の成人は十七歳。普通は十六歳以下を思い浮かべるだろう。
最近は『テオテル村の賢者』の名前に移行しつつあるが、実際には『神童』の方がよく知られている。『テオテル村の神童』がこんな男の色気溢れるイケメンって事は周辺の村町の人しか知るまい。自分で言うが。
これが情報社会じゃない世界の怖い所だよな。日本だったら例え『神童』と言われていても俺の顔も年齢も周知されるだろうに。
俺自身は『神童は二十歳過ぎたらタダの人』という前世の言葉があるので、十九歳で神童と呼ばれる事に特に違和感が無いが、この世界の人間からしたら神童はあくまで十六歳以下だ。
あー、うん。
十六歳以下のちびっこが十七歳のエルゼに言い寄ってるって思ってたんだな。悪かったな。イケメン青年で。しかもがっつり両想いだ。
「視察団としても王太子としてもエルゼ・テオ・テオテルを気に掛けるのは当然だろう? 彼女は私の妾妃になるのだから」
誰だ、王太子を『沈着冷静』とか評したヤツは? いちいち面白そうに喧嘩売ってるぞ、こいつは。
「恐れながら、その件に関してはすでに辞退の返答が届いているはずかと……。それに彼女は俺の婚約者です」
両想いイコール婚約になっているのは許して欲しい。エルゼも(多分)了承済だ。
「ほう。だが今回は彼女を妾妃にする為の正式な命令書を持って来ている。お前に何が出来るのだ?」
言ったな! 平凡で善良な村人を舐めるんじゃねぇ!
「王太子殿下。大人数で来られたと風の噂で聞きましたが、他の人はどうしたのですか?」
わざとらしく周りを見渡す。村の入り口である柵と森を背景に、見えるのは十人に満たない騎士と王子とフードを被った男だけだ。
「そう言えば……。なにやら山中で遭難している騎士の方が居たようなので俺らの方で保護しておきましたよ」思い出したかのように言う。
「人質のつもりか!!?」
耐え切れなかったのか後ろの騎士が凄む。
「とんでもない! お優しいと評判の王太子殿下に部下の無事を伝えただけですよ」
やつらの反応を見て、俺は大げさに肩をすくめてみせた。
「王家を脅すつもりか?」
俺の言葉にすっと細められる王子の水色の瞳。
「まさか、平凡な村人ごときがそんな事を考える訳がありません。貴方はこのテオテル村に来て考えを変える。ただそれだけですよ」
町の女子供が喜ぶ笑顔とやらで微笑んでやった。向こうは全員野郎だが。
王子に言ったのはあれだけだが、イグナーツと考えた作戦はもうちょっとえげつない。
麓から山を登って村に来るまでにはいくつか村人が作った小屋がある。昔は何日も掛かった町への行き来には欠かせない小屋だったが、今では主に狩りの休憩所に使われているものだ。
俺らや精霊の仕掛けたトラップや激増した魔物にやられた騎士は自然と小屋に集まるだろう。
それらの場所にあらかじめ冒険者達が先に回り、村へ行こうとしたが迷い数日間この場所に閉じ込められているかのように振る舞う。
彼らは後から来た脱落者たちを親切に介抱し、精一杯もてなしてこう言うのだ。
「どうやら王太子殿下がこの村の村長の娘を妾妃にしようとした事で村を守る山の精霊の怒りに触れたようだ。精霊の怒りが収まらない限りはここから出られないのでは無いか?」
精霊に頼んで小屋周辺(どの小屋も水が確保出来る場所にあるので水分・食料は問題無い)から出られないようにしているので、閉鎖された空間で騎士達が信じるのは時間の問題だ。
ちょっとした洗脳ってヤツだな。うん。
山で行き倒れや死者を出すと寝覚め悪いので一石二鳥だ。
これは王子が諦めて帰る時、山中で部下を拾うだろうからその際に効果が現れるのだ。
『王太子殿下が諦めた途端に俺らは助かった! テオテル村を守る聖霊様が許して下さったんだ!』と。
まあ、そこまでは教えてやらない。
名付けて『山の精霊が怒っているよ大作戦』だ。
我ながらネーミングセンスが無いな! 会議の時に俺がこの名前で提案したら仲間内にはイグナーツの考えた『精霊の災い作戦』の名で浸透した。ちくしょう。
大多数の敵は冒険者に任せている。王子の相手はもちろん俺だ。
2012/09/07 文章の大幅修正しました。