第四話 少年漫画は卒業したはずだ(無いから)
今日はラクシュ湖の畔で作戦会議だ。
何故こんな場所でかと言うと、室内は暑いし声が大きい奴も居るので内容が外に筒抜けになるからだ。
「それでは、柵と見張り台の強化も問題なく終わったようですね」
イグナーツの言葉に頷く一同。
「次の対策は……」戦略を練っている時のこいつは活き活きとしている。
ちなみに今日のイグナーツは髪の毛をポニーテールのように括り、髪の毛の一房で留めている。
こいつの髪型のバリエーションは多い。
俺にナルシストと言われる所以だ。
「おいディルク!」
会議中、野太い声で俺を呼んだのは、テオテル村自警団副団長のイーゴンだ。
うん。説明しなくても分かるかもしれないが、ボリューム調整出来ない声の持ち主はこいつだ。
イーゴンは村のガキ大将だったヤツで今でこそ丸くなり副団長の地位に収まっているが、昔はよく俺に喧嘩を吹っかけて来ていた。だからこそ、俺達は強くなれたと言えばそうなのだが……。
短く刈った焦げ茶の剛毛とぶっとい眉毛、筋肉隆々の姿からは想像できないが、俺と同い年の十九にして妻帯者だ。しかも美人の恐妻持ち! テオテル村名物の美女と野獣夫婦だ。
「武器はまだ集めないのか?」イーゴンの家業は武器屋だ。
「人手も本格的に始まったら格安で付くという奴は山ほどいるぞ」
冒険者の一人、栗毛の長髪を軽く項の辺りで結んだ革鎧姿の男、ロルフが言った。こいつが冒険者のリーダー格である。
稼ぎのいい冒険者であるロルフ達はお祭り気分で無償貢献してくれているが、たいていの冒険者は常に財布が瀕死だ。無償、という訳にはいかない。
「実力行使は最後の手段だよ。必要になったら呼ぶ。まぁ今まで通り、森に罠を仕掛けるのは一向にかまわないけど村人に被害が出ないように頼むよ。ヤツらが来たらまず俺が出方を伺うから……」俺は答える。
他にもいかにも冒険者っと言った格好の男女が楽しげに俺達の会話を聞いている。
こいつらはテオテル村の村長の娘が王太子に求婚されたのを知り、俺が王都相手に喧嘩をするだろうと踏んでテオテル村へやってきた血の気の多い野郎達だ。
そういや、最初のこいつらも冒険者ギルドに現れていきなり難易度の高い依頼で荒稼ぎをし始めた俺に対していい顔をしていなかったが、今では何故かアニキとか呼びやがる。
って言うか、こいつらの上下関係って力がモノを言う単純なものなんだよな。
一同の顔を改めて見る。
冷静に考えたらここに居るやつら全員俺と敵対してたやつらじゃん。今は強大な敵に向かって一致団結ってどこの少年漫画だよ? しかもお前ら王子に恨みは無いよな? 面白半分だよな?
だが、今では気の置けない仲だし人手はいくらでも欲しい。好意は有難くいただこう。
「では、俺達も帰りましょうか?」
一通り話し合った後、他のメンバーの背中を見送りながらイグナーツが言った。
「ああ……。そうだな…………」
立ち上がり腰に付いた草を払うとラクシュ湖を見た。徐々に夕日の朱が混じっていく湖面と草の匂い。
血気盛んなあいつらと一緒にいると、逆に冷静になっていく気がする。
エルゼの手前、景気の良い事を言ったが、王都進軍は最後の手段にしておきたい。
正直エルゼに目をつけやがった王子は血祭りにしたい。すっごくしたい。
だが、俺はともかく村人や冒険者達をやすやす危険な目にあわす訳にもいかないからな。
「手伝いますよ。貴方といると面白いですから」
悩む俺を見て、微笑むイグナーツ。
そんな理由で手を貸すんだよな、こいつは。
目元が緩んだのを自分でも感じた。
エルゼもイグナーツも他の村人もそうだが、今居る冒険者も俺にとって大切な人間だ。出来るだけ迷惑も被害も最小に抑えたい。
一番いいのは王都の連中がエルゼに手を出そうなんて余計な事を考えなくなる事だよな。
さて、どうしたものやら……。
「あ、町の本屋に珍しい本があったから持って来ましたよ」
考えこむ俺の空気を変えるかのようにイグナーツが明るい声で鞄から本を取り、俺に差し出した。
「おー! 悪いな!」ホクホクした気分で本を受け取る。俺の読書好きを知っているイグナーツは面白い本があったら持ってきてくれるのだ。
「それでは今日は帰ります。なにか動きがあったら報告しますよ」
無理すんなよと言う俺に「誰に言っているんですか?」と鼻で笑ってからイグナーツは帰っていった。
帰り道で待ちきれなくなった俺はパラパラ本を捲りながら歩く。俗に神話時代と呼ばれる時代の歴史書の写本のようだ。
「時間を掛けて読みたいけどヤツが帰った後だな……」ため息が出る。
俺の趣味と言ったら『エルゼ』だが、前世から引き継いだ趣味もある。読書だ。
だが、この世界の本事情はせつない。
活版印刷どころか木版印刷すらまだ発明されていないので、手書きの原本から写本に写本を重ねて世に出ていくのだ。
俺が前世で入院していた時の何よりの気晴らしは読書だったのだが、この世界で本というものは基本的によっぽどの金持ちか特権階級しか集めない。
庶民で本を読むと言ったら数人で集まって、文字が読めて声のいい人間(うちの村では主にエルゼ)が代表して朗読するという形になる。
テオテル村の本の少なさに愕然としたのは五歳の頃。
自分の現代日本の知識が金になると分かってからは町に行く大人に本を買いに行かせるようになったが……。
俺も年頃になり冬に出稼ぎに町に行かなくてはいけなくなり、エルゼに会えない寂しさから稼ぎまくった金でエルゼへのお土産や自分への本を買い漁ったのは十五歳の頃。
貴族が有難がっているという写本を苦労して手に入れてみたら、すでに知っている本たちのなんか良さ気なフレーズを気ままに抜き取っただけの本だった……って事もあった。
むかついたので冒険者ギルドにタダでやったらえらく感激された。
その頃の俺は冬の間はエルゼに会えないという鬱憤から危険度は無視して冒険者ギルドで稼ぎのいい仕事ばかりを引き受けていたので、ギルドでは一目置かれる存在になったばかりだったのだ。
冬に町へ出ているここ数年で、何故かギルドには俺を慕う人間が多く、今も王子撃退に向けて村に集って来ている。
「確か、今村にいる冒険者の中で職人の息子なのに冒険者始めて引退したがってたヤツ何人か居たよな。そいつらに家を与えて木版印刷とか色々作らせてみようか?」
道すがらそんな事を思いつく。もちろん大きな事は俺の一存では実行できないので村長やうちの親父、聖(あるいは日知り)の村のじいちゃん達と会議をする事になるが……。
村大好きっ娘のエルゼの影響か、俺の思考も行き着く先は村の繁栄だ。
しばらくして、イグナーツから王都の視察団を名乗る集団がパーネゼンに到着したと連絡があった。
町で揉め事を起こす訳にはいかない。そのまま泳がせる。
そしてまた数日後、山に住む精霊達が百人単位の怪しい一行が入ってきたと俺の元に飛んできた。
精霊達に害が及ばない程度の妨害を頼んだら一行の数は半数になったらしい。上等だ。
後はイグナーツの指揮の下、半分の半分にまで数を減らした。まだ減りそうだ。
その日、水車の動きが悪いという事で俺は村のおっちゃんと水車のメンテナンスをしていた。
精霊が「きたよ!」と慌てて呼びに来たが、一つ間違えると命にかかわるので慎重にメンテナンスをし、キリのいい所でおっちゃんに押し付け走る。
背中を押したり前髪を引っ張ったりする精霊達に導かれて湖側の村の入口へ行くと、見たことのない数人の男に声を掛けられてるエルゼが居た。
遠目から見ても質のいい服を着た男達といかにも国の威信を背負っていますと宣伝しているような騎士の集団。
王子一行だった。