第三話 この世界でも厨二病か?
「ディルク。山の仕掛けと結界の強化は済みましたよ」
金色の髪の毛を風になびかせ、端正な顔でにっこりと微笑む長身の男。
『町』の町長の息子イグナーツだ。
印象を一言で言うと『長い』。髪の毛も腰まであり長いし服もズルズル長い、挙句に背も俺より高い。
詰襟の服の上に着ているのは村には無いゆったりとした布使いの上着で、俺ら村人のようにひざ丈ではなく、ふくらはぎくらいまである。無駄に長い。白地に髪の毛に近い黄色、差し色に目の色と同じ蒼を好んで使っている。
細面で線が細く優美な印象を与える美形だが、ロン毛・ナルシスト・自信過剰という極度の三重苦を患っている。
どこかで出会ったら哀れんでやってくれ。
「おう! でかしたイグナーツ」
この村で『町』と言うと山を下った所にあるパーネゼンを指す。
日本人の感覚からしたらそんなに大きな町では無いが、俺たちの住んでいるテオテル村のあるラウニ山脈を始めとして手強い魔物が沢山いる地域の上、冒険者ギルドが大きい事から冒険者の拠点にはもってこいだ。
テオテル村の『精霊の囁き』や『精霊の贈り物』とやらの恩恵を一番受けているのもこの町で、ここ数年俺のアドバイスで自衛も強化している。
目の前の男に初めて会ったのは、同じく初めて『町』へ降りた十歳の頃だ。
出会った日は冷めた目で何に対してもつまらなさそうにしていたし、俺に対しても好意的では無かったが、何度か喋るとすぐに懐きだした。
なんでも「俺は参謀に向いているんです。仕えるべき主が居なければ力を発揮出来ないんです」だとよ。何と戦うつもりだ。こいつ。
次期町長なんだから町民に仕えろよ。こっち見んな! とも思うが、根は悪いやつでは無いし、話も意外に合う。しかも自分で言うだけあって頭が切れるので長年つるんでいる。
「王太子が来てもロープウェイは見つかりません。見つかっても動かせないようにもしておきました。これで数日は稼げるでしょう」
得意げに言うイグナーツ。こいつも精霊に愛されている一人だから、精霊術で色々してくれたのだろう。
テオテル村は森に覆われた山の中腹、ラクシュ湖のほとりにある。
十歳で初めて山を降り町へ行った時は大変だった。
なにせ山道を四日くらいかけて降りるのだ。登りはその倍だ。
だが、まだ子供の俺はそんなに町へ行く機会もないので特に対策も練らずに放っておいた。
状況が変わったのは俺も冬に出稼ぎに行かなくてはならなくなった十五の年だ。
農閑期の冬になると村の男達は数人の男手を残してパーネゼンで出稼ぎをする。その間に村を守るのは年若い自警団員だ。
力仕事や皿洗い、用心棒など働き方は様々だが、俺はパーネゼンの町の特性も生かした冒険者稼業に就いて荒稼ぎをしていた。
厳しい冬の間、もちろん山の上の村に戻ることは出来ずエルゼにも会えなかった。
春に村に戻った俺は来年も同じ目にあったらたまらないと死に物狂いでロープウェイを作った。
他にも町と村との距離短縮の為に知恵も魔導も絞るだけ絞った。
愛妻家の多いテオテル村では俺と同じ苦しみに耐えていた男どもが多かったので、やつらも死ぬ気で手伝ってくれた。
あれは俺と村の男衆の心が本当の意味で繋がった瞬間だった。
……と、話は逸れた。
俺が作ったロープウェイを俺よりも酷使しているのはこいつだろう。
魔導の力も手伝って雨や雪にも強いし、あっという間に村に着く。
俺の副官を自任するこいつは、勝手に町や冒険者ギルドと俺との繋ぎ役を買って出て、なにかあればすぐにテオテル村へやってくる。
自分から進んで仕事を増やすタイプだ。理解出来ん。
「王都や王太子には綺麗さっぱり諦めてもらうしかありませんね」
イグナーツの言葉に思考を戻された。
ああそうだ。現在の目下の懸念は王太子だ。
何をトチ狂ったのか、村娘であるエルゼが妾妃候補に名が上がったらしい。
一月程前に王都より使者が現れ、エルゼを王太子の妾妃にしたいとぬかしやがった。
俺が何かをするよりも早くエルゼと村長は断ったらしいが、王都が諦めたとは思えない。
エルゼは村や町の娘の中でもダントツに可愛いが、偶然王太子がエルゼを見て惚れた……という可能性は限りなく低い。なので明らかに利害関係だろう。
最初はテオテル村のもたらす『精霊の囁き』と『精霊の贈り物』を訝しんでいた王都だが、その恩恵で大きく変わったテオテル村やパーネゼンから知識は国中に広まり、今ではその知識無しでは今日のこの国の繁栄はありえない。
しかし、この世界ではまだ国は国としての纏まりよりも村や町といった自治体としての纏まりの方が強い。テオテル村も王都の絶対的な味方では無いのだ。
おおかた村長の娘を使って危険分子を取り込もうとでも考えているのだろう。取り込めなかった場合は人質か?
今、俺やイグナーツ達がやっているのはこれからやってくるであろう王都の連中に対する対策だ。
俺の考えでは今回は王太子など国のトップが動くと見た。
一度動き始めた以上、テオテル村を放っておいてはくれないだろう。
そしてもし、実際に王太子がエルゼに出会ってしまったらどうなる? 火を見るより明らかだ。
やっと手に入った俺の宝物を奪うつもりか? 王太子。
「おもしろい……」
抑揚の無い俺の声にこちらを見たイグナーツが眉をひそめる。今の俺はどんな顔をしている事やら。
拍手して下さった方、有難うございます!
ですが、オマケの小話に未登場キャラがいるので読んでいない方も多いようですみません!
「村人Aだからいいかな~?」って思っていましたが、この話主要キャラの半分は村人Aですね。ヒーローもヒロインも!
頑張ってその未登場キャラが出てくる所まで進めます! ……ってハードル低いなっ!
追記:サブタイトル間違っていたので訂正しました。