第一話 俺と新しい世界
最初に謝っておきます。
エルゼや騎士とディルクの温度差かなりあります。
ゴメンナサイゴメンナサイ。
「私は子供の頃からディルク以外の人のお嫁さんになる気は無かったわ」
さっきまで寝込んでいた彼女が起きてすぐ俺に言った言葉だ。
数年ぶりに入ったエルゼの部屋は懐かしい匂いと優しい色彩に溢れている。
いつもは俺のプロポーズにも照れて逃げてばかりいた彼女が真っ赤な顔で俺に言ってくれた。
寝乱れた栗色のゆるい三つ編みやまっすぐに俺を見る薄緑色の瞳。
この感動をどうやったら伝えられるのだろうか?
いや、伝わらないで欲しい。勿体無い、減る。
俺『テオテル村のディルク』と言えば、自分で言うのも何だがガキの頃から近隣の村町でも神童として有名だった。
今でも普通の人間が思いつかない発想や知るはずもない知識は重宝され、神童やら賢者やらなんて言われている。
だが、なんてことはない。俺にだけ他の人間にはない記憶があるだけだ。
俺には前世の記憶がある。
地球という星の日本という小さな島国で高校二年生の夏に病に倒れ、そのまま十九歳でこの世を去った男の記憶だ。
今生の父親は代々テオテル村に住んでいる一族の一人で、何故か農夫のくせに『村最強の剣士』の名をほしいままにしている太っい腕とムサい顔のクマオヤジだ。あいつには剣よりクワが似合う。
このオヤジに鍛えられたお陰で俺はそこそこ強くテオテル村の自警団長の座に着いているが、ヤツのスパルタっぷりを考えると、感謝よりも先に殺意が湧いてくるのは何故だろう?
母親はある日突然親父がどこからと無く連れてきたらしく、俺も出自など詳しい事は分からない。
黒目に青い目という、金髪や赤毛、茶髪が主流のこの村では珍しく、整った顔立ちからファンは多かったらしいが、いかんせん元魔導師の肩書きを隠したいのかあまり家を出る事はないので村でも珍獣扱いされていた。
ただ、魔導師の知識は俺や妹にも一通り教えてくれた。
『くれた』というのはもうすでにこの世に居ないからだ。
今ではクマオヤジと、母親の面影を残す顔立ちの俺と妹の三人で暮らしている。
母親の職業に『魔導師』とあったように、この世界には『魔導』という魔法みたいなものがある。
ごく一部の人間にしか使えないそれは、まだ体系的な確立はされていないようで、それぞれ『魔力』のある術師が自分なりに魔力をもって世界に干渉をして奇跡を起こす事を言う。そして、それは師匠から弟子へと口伝で引き継がれる。
もしかしたら将来的には魔力さえあれば誰もが使える『呪文』とかが出来るかもしれないなと期待はしているが、今はまだ母親に教わった通りの方法に自分なりのイメージをプラスして『魔導』を行使している。
おまけにモンスターらしき魔物ってのも多種多様にゴロゴロいるので、冒険者稼業もあるリアルRPGの世界みたいな場所だ。
ただ、俺がよくやっていたRPGのゲームでは銃が出てきたり、奇跡の泉だか扉だかで瞬間移動したりするが、そんなものは無い。
俺の住む村なんて母親が来るまで魔導とは無縁だったらしいし、農耕や牧畜が中心で移動は徒歩か馬か荷馬車(人が乗るだけの馬車は俺の村には無い)というローカルっぷりだ。
しかも村人の服装はシンプルすぎる。男は簡単な上着とズボンで腰に帯みたいな布を巻いている。女はまだ少し凝ったワンピース。
ゲームでよくある現代が混じったファンタジーの世界……よりは生活水準が低いようだ。
そんな世界で俺の日本人としての記憶はとても役立ち、腐葉土や肥溜め、浄水、水車、簡単な医療知識などは特に重宝された。
土地が痩せていると苦しんでいた家族の為に、森から持ってきた腐葉土を畑に混ぜたらオヤジにボコボコに殴られた事は忘れんがなっ!
また、中世ヨーロッパと言うと衛生的に悪いと記憶していた俺は、肥溜めや生ゴミが肥料になる事を伝え、江戸時代の循環型社会も念頭に入れつつ綺麗で合理的な村づくりをアドバイスをした。
衛生第一の病院で死ぬまでの数年を過ごした俺だ。不衛生な状態が怖くてたまらなかったのだ。
流石に人糞を発酵させる肥溜めの理解と周知には十年以上かかったけど、ヘタなものだと逆に害悪だから慎重にいかなければいかなかった。
それでも、病室で三年間、ジャンル問わず本を読んだ甲斐はあった。
前世の知り合いどもはお見舞いにTVカードか本がいいって言ったらオススメのエロ本か図書館の本を無選別で大量に持ってくるんだよ。死ぬ間際に読んでいた数冊を残して全部読んだけど。
とにかく、今では国中の至る所に俺の知識は活用され、国中が新しい知恵を待ちわびている。
ここまでやっておいて変わり者の俺が何故村八分に遭わないかと言うと話は簡単だ。
「精霊が教えてくれた」
「精霊が力を貸してくれた」
この言葉のお陰だ。
新しい世界ではアニミズム的な精霊信仰が主流で、人々の生活や考え方に密着しているし、実際に精霊は存在する。見えるのはごく一部の人間で、俺もその中の一人なので村八分の対象ではなく『神童』扱いされているのだ。
実際の精霊は光が人の形をしたようなヤツで、子供の手のひらサイズでふわふわ空に浮いているのが主流だ。彼らは必ず火・水・風・土のどれかに属している。
力のある精霊ほど人の姿に近くなるらしいが……。
ヤツらは自分の姿が見える波長の合う人間が好きで、そういった人間から頼まれたら結構気軽に聞いてくれる。普通の人間は崇高なものだと思っているし精霊術を使えるヤツもそう思わせているが、これがこの世界の精霊術の正体だ。どれくらいの無理が効くかは精霊との親しさの度合いだと考えていい。
なので俺はオヤジ仕込みの剣術と母親から受け継いだ魔導、そして現代知識と精霊術が使える『神童』ってヤツになった。
今じゃ聖(あるいは日知り)と呼ばれる村のじいちゃん達ですら俺の話を真剣に聞く。村人にいたっては咀嚼もせずに信じる。
まぁ、そんな感じでかなり目立っている俺だが、最初はそうでも無かった。
十九歳で死んだ前世の俺がやりたかった事は全て元の世界にあるからだ。
もっとサッカーがしたかった。
もっと友達と馬鹿がしたかった。
きちんと高校を卒業したかった。
いい感じになっていたマネージャーともっと親密になりたかった。
アルバイトだってやって、平凡でもいいからサラリーマンにでもなってボーナスで色々と大人買いがしたかった。
車だってバイクだって、欲しいのがあったんだ。
親孝行だって……何一つしていなかった。
何が悲しくてこんな時代が遡ったような世界に生まれなくちゃいけなかったのか。
魔法がどうした? 剣がどうした? モンスターがどうした? そんなものはゲームや漫画の中で十分だ。
大人から見て、冷めて無表情の子供を周りはさぞかし持て余しただろう。
そんな俺を特別扱いする訳でもなく、(本人的には)普通に育ててくれた両親には今では感謝している。
だが、五歳の春に俺は運命に出会った。