テオテル村のエルゼ・前編
私の名前はエルゼです。
大陸でも有数の美しさと透明度を誇る湖・ラクシュ湖のほとりにある小さな村に住んでいます。
このテオテル村は精霊の贈り物と呼ばれる不思議な道具と山々やラクシュ湖のもたらす豊かな郷土料理が自慢で、最近ではそれを目当てに訪れる旅人もいます。
私の父はこの村の村長で、常に村人の生活を考え、骨身を惜しまない父の姿を私は尊敬しています。
一人娘である私は女の身で村長になる事は出来ませんが、いずれは相応しい婿をもらい、一緒に村のために働きたいと思い日夜仕事の合間に勉強をしています。
ですが、私『テオテル村のエルゼ』の名前を出して周りの人がまず連想するのは、ゆるく編んだ栗色の髪の毛や新緑色の瞳でも、父である村長でもなく、幼馴染のディルクでしょう。
この村では珍しいさらさらの黒髪と夏の大空色の瞳を持つディルクは村の外でも神童として有名です。
幼い頃より賢者顔負けの知識と知恵を持つ彼は、様々な発明と機転でテオテル村を豊かにしていきました。
村人は親しみと敬意を込めて、彼の奇想天外な発言を『精霊の囁き』、彼の作る不思議な発明を『精霊の贈り物』と呼んでいます。
彼と私の出会いは三歳の頃です。病気がちだった私は父と母に連れられて初めてラクシュ湖に訪れました。
同じ年頃の子供ならばすでに馴染みになっているであろう美しい湖面とそれを彩る花々に心を奪われたのを覚えています。
その花々に紛れて、母親と思われる女性と花を摘んでいる同じ年頃の少年がいました。
幼くも整いすぎた顔に「お人形のようだわ」と感じたものです。
彼は私を見た後、何故か数秒ほど呆けていましたが、その後驚くほどの機敏な動きで側に咲いていたお日さま色の花で指輪を作り、真っ赤な顔をして私の左手の薬指に嵌めました。
私は驚きのあまりよく覚えていませんが、「これでこんやくしゃだね」と彼は嬉しそうに言い、周りの大人達を驚かせたようです。
その日から、ディルクは私にまとわりつくようになりました。
実は私の婚約者は生まれた時から決まっていて、二歳上の隣村の三男が婿養子に来る予定だったのですが、なぜか三男は私を見ると婚約を解消した今でも涙目で逃げます。
なにか嫌われるような事をしたかしら?
六歳の頃です。今までは村の女子供が中心となって湖から水を瓶で運んでいましたが、いつものように遊びに来たディルクを「今から水を汲みに行かなくてはダメだから」と断ったら、数日後には彼が考案の『水車小屋』という大きな変わった形の建物が彼の父を通して私の父に提唱されました。
村の男達が一気に駆りだされ、一時期は大変でしたがあっという間にその水車という水汲みと穀粉を一度にする便利なものが出来て、私達の暮らしは一気に楽になりました。
時間が空いた私の側に満足気なディルクがひっついて居たのは言うまでもありません。
十一歳の頃です。ある冬の日に私は流行病で熱を出してうなされていました。
彼は毎晩体によさそうな飲み物『スポーツドリンク』なるものを作ってくれ、私の元に訪れては看病をし、朝方には帰って行きました。
その甲斐あってか、長丁場になると言っていた薬師のおばあさまの予想に反して、私は四日で完治しました。
後から知った事ですが、彼の作った『スポーツドリンク』は病気で脱水症状を起こしかけていた他の村人をも救い、彼の村での地位を確固たるものにしたようです。
作り方も簡単で効き目のあるそれは、今では国中で病気の時の定番になりました。
元気になった後もディルクは夜に私のもとにこっそりと訪れるようになりました。
私に触れるでもなし、窓から星を眺めて色々なお話をしてくれる彼の訪れを楽しみにしていなかった訳ではありません。
ですが、ある日朝までいた彼がもちもちとした朝ごはんをくれ、「これで事実婚だよ」とはにかみながら言ったのには戦慄を覚えました。
どこがどうなると私と彼が結婚した事になるのでしょうか? そんな風習は聞いたことがありません!
私は慌てて、結婚出来る年齢では無いこと、私はまだ誰の元にも嫁ぐつもりは無いことを伝えました。
その後、私がディルクを部屋に招くことはありませんでした。
そして十七歳の現在……。
私は父曰く「若いころの母さんを見ているようだ」という村娘に成長し、ディルクは繊細さと精悍さを併せ持つ十九歳の青年になりました。
相も変わらず私と彼との攻防戦は続いています。
はぁ……。
決して短くはない、彼と出会ってからの十四年間を思い、私は遠い目をしてしまいました。
今思えば十一歳の時に彼を自室に出入り禁止にしたのは英断でした。
そんな夏のある日、父である村長宛に王都から使者様が来ました。
なんでも一人娘である私を王太子様の妾妃にしたいというものでした。
なぜこんな田舎の村娘にまで話が来たのかと一瞬考えましたが、どう考えても彼の執拗な求婚が原因に違いありません。
見目麗しく優秀なディルクが断られてもしつこく求婚し続けているので、誰かが勝手に私を絶世の美女とでも勘違いしたのでしょう。私は自分で言うのもなんですが、十人並みだと思いますのに……。
ですが、娯楽の少ない田舎で次々と彼が生み出した発明は、今や国民にとって無くてはならないものばかりです。
そんな彼の行動が王都まで届いてもおかしくはありません。
大きな尾ヒレ胸ビレ背ビレを付けた後、王太子様の元へと届いたのでしょう。
もちろん、このような田舎の村娘が恐れ多いと丁重な断り文句を使者様に伝えたのですが、使者様が村を出るやいなや、ディルクが自身の所属している自警団を強化し始めました。
ここは長閑な村であるはずです。間違っても山賊のアジトであるはずがありません!
なのに何故でしょう? 軍備が着々と進んでいるのは……。
なのに何故でしょう? 彼をアニキと慕う冒険者達が次々と集まって来ているのは……。
2012/08/01に発表した短編『テオテル村のエルゼ』を連載に変更するにあたって、序章の前後編にさせて頂きました。
続編を希望して下さった方、有難うございます!
長くても9月末までの短期集中連載予定です。
どうぞ宜しくお願い致します。
※短編『テオテル村のエルゼ』は削除しましたので、お気に入りに登録して下さった方はお手数ですが変更をお願い致します。