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『トウモロコシは必ずいろいろな種類のものを植えなければならない』
南米のインディオの智慧
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可視化された情報の波を掻き分けながら、少女がゆっくりと進んでいく。
競泳用水着にスリムな体を押し込み、仰々しいゴーグルと銛型のスコップを装備する姿はどことなく海女を思わせる。
電脳の海を泳ぐのはマイナの日課だ。
というよりも、それが存在意義と言った方が正しい。
2112年10月10日にロールアウトしたマイナは4.8×10の17乗いるSistarsの一人であり、つまるところ、発掘用電子人格であった。
「駄目ね。D-154腕は、もう粗方食い荒らされてるみたい」
マイナはゴーグルを取り、手元の地図に目を落す。
今泳いできたコースは、ほとんどが既に<均質化>の影響を受けていた。
情報のやりとりが濃密な<中心領域>を離れ腕部にまで遠征してきたというのに、<均質化>の影響を受けていない情報を探すのは難しい。
小さく溜め息を吐きながら、腰の圧縮ポーチの重さを確かめる。
ポーチは、悲しくなるほど軽かった。
○
情報は、消耗される。
これは太古からの不変の原則だ。
どんなに目新しい情報も、いずれは摩耗して飽きられる。
その運命から逃れられる方法は22世紀になってもまだ発見されていない。
とは言え、増え過ぎた人口から発生する新奇さに対する需要は満たされなければならなかった。
そこで考案されたのが、<Ran-ka Sistars>だ。
電子の海に素潜りし、順列組み合わせの素材となる情報を持ち帰る。
マイナはその姉妹の一員であり、最古参の十二人の一人でもあった。
○
「この辺りは、まだ少しマシみたい」
マイナは情報を傷付けないように慎重に剥離し、ポーチに収める。
この辺りは腕部の先端部、電子の墓場だ。
電脳世界は巨大なリボンの形で表される。
緊密に係留された中心領域。大きく湾曲して中心に帰って来る環状部。そして、虚空に伸びる腕部。
腕部の先には1990年代から蓄積された大量の電子塵芥が堆積しており、近付く者はほとんどいない。
だからこそ、マイナはこの<墓場>に可能性を見出していた。
21世紀終盤から黒死病のように広まった<均質化>は既に中心領域のほとんどを蝕んでいる。
全てのコンテンツ制作者が独創性を失ったかのように模倣とオマージュとパスティーシュに走り、オリジナリティという言葉は意味を喪失した。
<Ran-ka Sistars>の長姉であるランカは妹たちに大号令を下し、この<均質化>の流れに抗することの出来る素材を探すように指示を下す。
が、今ではその姉妹の一部ですら<均質化>の虜となり、可能性を見出すことすら出来ない状態になっていた。
マイナは、自分の中に澱のように疲れが溜まっていることに気付かないフリをしていた。
毎日毎日、発掘と称して似たような情報を漁る。そこには何の喜びも見い出せない。
いっそ職業倫理を放り出して、妹たちのように<均質化>すら愉しんでしまえばいいのだろうか。
そんなことを考えながらスコップを振るっていると、先端が何かに当たった感触があった。
○
「……ちょっと、何これ」
それは、21世紀初頭の日本語圏のデータが乱雑に積み上げられている<墓場>だった。
<均質化>の影響を受ける前の時代の層なのだが、どうも様子がおかしい。
この時代の流行は全てアーカイブ化され、誰でも見ることが出来る陳腐化したコンテンツのはずだ。
それなのに、ここに埋まっているものは……
「面白いか面白くないかは別として…… 珍しい」
マイナには理解できない。
これは、商業的には成功しない類の制作物だ。
それが何故これほど大量にあるのか。
反骨心というのか、流行に目を叛けているというのか、何というか、変わっている。
そこには“自分の好きなことをしている”という矜持が満ち溢れていた。
自分の頬を伝う涙に、マイナは気付いた。
そして、この場所に眠っていた作品たちと巡り合わせてくれた電脳の神さまに感謝する。
恐らく、同時代には見向きもされなかったであろう作品たち。
執念と妄想と拘りと奇矯と独創と迷蒙に彩られた作品群は、この時代の閉塞を打ち破る鍵となるかもしれない。
ああ、報われずに嘆いていたであろう製作者たちよ。
今は安らかに眠ってください。