終点
たとえば僕が、この世界にたった一人で生きていたとして。
それはきっと、とても素敵なことに違いない。
自分よりも勝っているものもいないし、自分よりも偉いものもない。
比べる存在がないのだから。
けれど同時に、それはとても残念なことに違いない。
自分よりも弱いものも、自分よりも劣っているものもない。
何よりも、自分のありとあらゆる感情が有効に活用されることもないだろう。
僕は今日も電車に揺られている。
一番後ろの、右側。
それが僕の定位置だ。
目的地はない。
目的地がないというのは、自分が進んでいないのと同義になるだろう。
けれども電車は走っている。
僕自身は何ら進んでいないのに、物理的には休まずに進んでいる。
何て不可解なことだろう。
今日も誰かが僕の正面に座った。
「あなたはどこへ行くのですか。」
僕は近くの人に必ず聞くように、その彼女にも聞いた。
「三つ目の駅まで。」
彼女は答えた。
それだけだ。
僕は彼女が、そこで何をするつもりなのかは聞かない。
聞いてしまうと、僕の貴重な空想が現実となってしまうから。
「あなたはどちらまで?」
彼女が聞いた。
「僕の旅が終わるまで」
僕は答えた。
終わりがいつ来るのかは分からないけれど。
彼女は目を見張った。
「まあ、あなたは終わりが見えているのね。」
「いえ。けれども、こうして乗っているだけでも近づくことが出来ます。」
「ああ、それは残念ね。それでは決して終わるはずがないわ。反比例の曲線みたいに、近づくことは出来ても決して交わらない。」
僕は苦笑いをした。
「あなたの終わりは、三つ目の駅ですか?」
僕は聞いてみた。
「いいえ。でも、私の終わりは駅ではないの。もっと、別の場所。」
「ああ、あなたにとってこの電車は、単なる通過点なのですね。」
「ええ。そして恐らくあなたも。ただ、別の方法が分からないだけかもしれません。」
彼女はそう言って微笑んだ。