昨日だけが二回来る町
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昨日のことをぼくは“二回”覚えている。
最初はただの勘違いだと思った。
宿題をやり忘れて先生に叱られたはずなのに、同じ昨日がもう一度来たとき、ぼくはちゃんと宿題を出せたからだ。
おかげで先生に叱られずに済んだし、ちょっと得した気分だった。
でも、二回目の昨日は全く同じではなかった。
同じはずの昨日なのに、クラスメイトの反応が少し違う。
いつも元気な佐藤はやけに静かで、逆に無口な山田がやたらと話しかけてきたりした。
帰り道、駅前の角を曲がると見覚えのない自転車が止まっていた。
行き交う人が違う。
公園では見たことのない子どもたちが遊んでいる。
普段なら同じ顔ぶれが集まる公園なのに、今日に限って知らない顔ばかりだった。
「この町、こんなに知らない人いたっけ?」
ぼくはそのとき、まだ気づいていなかった。
この町では“昨日”が二回来ること。
そして、二回目の昨日はどこかおかしいということに。
次の日も、その次の日も同じことが起きた。
必ず一日遅れて、同じ日がもう一度やってくる。
最初の昨日と、二回目の昨日。
ぼくは区別するためにこれを“一回目”と“二回目”と呼ぶことにした。
一回目は普通だ。
何も変わらない、いつもの日常。
でも、二回目は違う。
ぼくは試しにノートへ一回目の出来事を書き出してみた。
授業の内容、友だちとの会話、帰りに買ったパンの種類まで出来るだけ細かく書く。
ページごとに色分けして、一回目は青ペン、二回目は赤ペンで書き込んだ。
そして二回目の昨日、それと照らし合わせる。
最初は小さなズレだけだった。
先生の話す順番が少し違う。
友だちの冗談が微妙に変わる。
コンビニで買ったパンの種類が売り切れている。
「まぁ、偶然だろ」
そう思っていたけど、日が経つにつれてそのズレは大きくなっていった。
ある日、ぼくは決定的なことに気づく。
「人数が合わない」
教室の中を見回して、違和感の正体に気付いた。
うちのクラスは三十人のはずなのに、どう数えても三十一人いる。
しかも、三十一人目の生徒のことを誰も気にしていない。
「ねえ、あの子って誰?」
「どの子?」
ぼくが隣の席の佐藤に聞くと、佐藤は不思議そうな顔をした。
「ほら、窓際の一番後ろの……」
振り返ると、その席には誰もいなかった。
でも、確かにさっきまで誰かが座っていた。
ぞくっとした。
その日の二回目の昨日、ぼくは意識して“知らない人”を探した。
その結果、町のあちこちにいることがわかった。
商店街で店番をしているおばさん。
公園で遊ぶ子ども。
バス停に立つサラリーマン。
どの人もぼくの記憶にはないのに、周りの人たちは普通に接している。
まるで最初からそこにいたかのように。
さらにおかしなことに気づいたのは、一週間ほど経った頃だった。
二回目の昨日にしか現れない人たちは、どこか不自然だった。
笑うタイミングが少し遅い。
会話が微妙に噛み合わない。
影が薄いというか、現実から半歩ずれているような感じ。
例えるなら……本物の人間を真似しているみたいだった。
ぼくは怖くなって、図書館に行った。
この町の記録を調べるためだ。
古い新聞、住民名簿、写真集。
何時間もかけて調べて、ぼくはあることに気付いた。
二回目の昨日に現れる人たちは、どこにも記録がない。
名前も、住所も、写真にも存在していない人間だった。
「じゃあ、あれは何なんだ……?」
帰り道、ぼくは考えた。
もし、二回目の昨日が“本来存在しない日”だとしたら……。
そこにいる人たちも“本来存在しない人間”なんじゃないか?
じゃあ、その人たちはどこから来た?
どうしてこの町にだけ現れるんだろう?
それからのぼくは町を注意深く観察するようになった。
二回目の昨日にしか現れない人々の影を追った。
彼らは同じ場所に立っていても、微かに揺れ目が合っても一瞬だけ視線がずれる。
この世界に馴染もうとしているけど、うまくできてないようだった。
夜、家の窓から町を眺めると、街灯の下に立つ彼らの影がゆらりと揺れて消える。
そこに本当はいないことを自分自身が知っているかのように。
そして、ぼくは薄々気付き始めていた。
この町の“二回目の昨日”にいる人たちの中に―――ぼくも含まれてるかもしれない、と……。
「ねぇ。昨日のあんた、変だったよ」
決定的だったのは、母さんの一言だった。
夕飯のとき、母さんがぼくに何気なく言った。
「昨日? どっちの?」
ぼくがそう聞くと、母さんはきょとんとした。
「どっちって何?」
その瞬間、心臓の鼓動が早くなる。
「……昨日って一回だけだっけ?」
恐る恐る聞くと、母さんは笑った。
「当たり前でしょ。何言ってるの」
スプーンを持つ手が震えた。
「じゃあ……ぼく、昨日ずっと家にいた?」
「ううん、普通に学校行ってたよ。でもなんか変でさ。ぼーっとしてるし、話も噛み合わないし」
それは、ぼくが見てきた“二回目の人間”と同じ特徴だった。
頭の中で、何かが繋がった。
一回目の昨日。
二回目の昨日。
そして、そのどちらかにしか存在しない人間。
ぼくは急いで自分の部屋に戻り、ノートを開いた。
これまで書き続けてきた記録。
読み返して、気付いてしまった。
「……ない」
一回目は青ペン、二回目は赤ペンで書き込んでいた。
青ペンで書かれた一回目の昨日の記録に“ぼく自身の行動”が曖昧な日がある。
いや、曖昧じゃなくて抜けている。
ぼくについて、青ペンで書かれた記憶が殆どない。
最初から存在してなかったみたいだ。
その代わり、二回目の昨日の記録は赤ペンではっきり書かれている。
ぼく自身も細かいことまで覚えている。
“二回目の昨日”が本当みたいに……。
鏡を見る。
そこに映っているのは、いつものぼくの顔。
でも、急にそれが作り物のように見えた。
部屋の外から母さんの声がした。
「ちょっとー、ごはん冷めるよー」
いつも通りの何気ない声。
母さんの声を聞いてふと思った。
(今の母さんはどっちの母さんだ?)
窓の外を見ると、町の街灯が揺れている。
二回目の昨日にだけ現れる影たちが静かに道を歩いている。
ぼくもその中にいるのかもしれないと理解した瞬間、冷たい風が部屋に流れ込んだ。
明日、また昨日が来たら。
ぼくはちゃんと“いる”のだろうか?
それとも……誰にも気付かれないまま、静かにこの町から消えていくのだろうか。
真相はぼくにも、誰にも分からない。
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