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出口のない日常、鍵の壊れた迷宮  作者: かがみゆえ


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2/2

昨日だけが二回来る町

 .





 昨日のことをぼくは“二回”覚えている。


 最初はただの勘違いだと思った。

 宿題をやり忘れて先生に叱られたはずなのに、同じ昨日がもう一度来たとき、ぼくはちゃんと宿題を出せたからだ。

 おかげで先生に叱られずに済んだし、ちょっと得した気分だった。


 でも、二回目の昨日は全く同じではなかった。


 同じはずの昨日なのに、クラスメイトの反応が少し違う。

 いつも元気な佐藤はやけに静かで、逆に無口な山田がやたらと話しかけてきたりした。


 帰り道、駅前の角を曲がると見覚えのない自転車が止まっていた。

 行き交う人が違う。

 公園では見たことのない子どもたちが遊んでいる。

 普段なら同じ顔ぶれが集まる公園なのに、今日に限って知らない顔ばかりだった。


「この町、こんなに知らない人いたっけ?」


 ぼくはそのとき、まだ気づいていなかった。

 この町では“昨日”が二回来ること。

 そして、二回目の昨日はどこかおかしいということに。




 次の日も、その次の日も同じことが起きた。

 必ず一日遅れて、同じ日がもう一度やってくる。

 最初の昨日と、二回目の昨日。

 ぼくは区別するためにこれを“一回目”と“二回目”と呼ぶことにした。


 一回目は普通だ。

 何も変わらない、いつもの日常。


 でも、二回目は違う。

 ぼくは試しにノートへ一回目の出来事を書き出してみた。

 授業の内容、友だちとの会話、帰りに買ったパンの種類まで出来るだけ細かく書く。

 ページごとに色分けして、一回目は青ペン、二回目は赤ペンで書き込んだ。

 そして二回目の昨日、それと照らし合わせる。


 最初は小さなズレだけだった。

 先生の話す順番が少し違う。

 友だちの冗談が微妙に変わる。

 コンビニで買ったパンの種類が売り切れている。


「まぁ、偶然だろ」


 そう思っていたけど、日が経つにつれてそのズレは大きくなっていった。


 ある日、ぼくは決定的なことに気づく。


「人数が合わない」


 教室の中を見回して、違和感の正体に気付いた。

 うちのクラスは三十人のはずなのに、どう数えても三十一人いる。

 しかも、三十一人目の生徒のことを誰も気にしていない。


「ねえ、あの子って誰?」


「どの子?」


 ぼくが隣の席の佐藤に聞くと、佐藤は不思議そうな顔をした。


「ほら、窓際の一番後ろの……」


 振り返ると、その席には誰もいなかった。

 でも、確かにさっきまで誰かが座っていた。


 ぞくっとした。


 その日の二回目の昨日、ぼくは意識して“知らない人”を探した。

 その結果、町のあちこちにいることがわかった。


 商店街で店番をしているおばさん。

 公園で遊ぶ子ども。

 バス停に立つサラリーマン。

 どの人もぼくの記憶にはないのに、周りの人たちは普通に接している。

 まるで最初からそこにいたかのように。


 さらにおかしなことに気づいたのは、一週間ほど経った頃だった。

 二回目の昨日にしか現れない人たちは、どこか不自然だった。

 笑うタイミングが少し遅い。

 会話が微妙に噛み合わない。

 影が薄いというか、現実から半歩ずれているような感じ。


 例えるなら……本物の人間を真似しているみたいだった。


 ぼくは怖くなって、図書館に行った。

 この町の記録を調べるためだ。

 古い新聞、住民名簿、写真集。

 何時間もかけて調べて、ぼくはあることに気付いた。


 二回目の昨日に現れる人たちは、どこにも記録がない。

 名前も、住所も、写真にも存在していない人間だった。


「じゃあ、あれは何なんだ……?」


 帰り道、ぼくは考えた。

 もし、二回目の昨日が“本来存在しない日”だとしたら……。

 そこにいる人たちも“本来存在しない人間”なんじゃないか?


 じゃあ、その人たちはどこから来た?

 どうしてこの町にだけ現れるんだろう?


 それからのぼくは町を注意深く観察するようになった。

 二回目の昨日にしか現れない人々の影を追った。

 彼らは同じ場所に立っていても、微かに揺れ目が合っても一瞬だけ視線がずれる。

 この世界に馴染もうとしているけど、うまくできてないようだった。


 夜、家の窓から町を眺めると、街灯の下に立つ彼らの影がゆらりと揺れて消える。

 そこに本当はいないことを自分自身が知っているかのように。


 そして、ぼくは薄々気付き始めていた。

 この町の“二回目の昨日”にいる人たちの中に―――ぼくも含まれてるかもしれない、と……。




「ねぇ。昨日のあんた、変だったよ」


 決定的だったのは、母さんの一言だった。

 夕飯のとき、母さんがぼくに何気なく言った。


「昨日? どっちの?」


 ぼくがそう聞くと、母さんはきょとんとした。


「どっちって何?」


 その瞬間、心臓の鼓動が早くなる。


「……昨日って一回だけだっけ?」


 恐る恐る聞くと、母さんは笑った。


「当たり前でしょ。何言ってるの」


 スプーンを持つ手が震えた。


「じゃあ……ぼく、昨日ずっと家にいた?」


「ううん、普通に学校行ってたよ。でもなんか変でさ。ぼーっとしてるし、話も噛み合わないし」


 それは、ぼくが見てきた“二回目の人間”と同じ特徴だった。

 頭の中で、何かが繋がった。


 一回目の昨日。

 二回目の昨日。

 そして、そのどちらかにしか存在しない人間。


 ぼくは急いで自分の部屋に戻り、ノートを開いた。

 これまで書き続けてきた記録。

 読み返して、気付いてしまった。


「……ない」


 一回目は青ペン、二回目は赤ペンで書き込んでいた。

 青ペンで書かれた一回目の昨日の記録に“ぼく自身の行動”が曖昧な日がある。

 いや、曖昧じゃなくて抜けている。

 ぼくについて、青ペンで書かれた記憶が殆どない。

 最初から存在してなかったみたいだ。


 その代わり、二回目の昨日の記録は赤ペンではっきり書かれている。

 ぼく自身も細かいことまで覚えている。

 “二回目の昨日”が本当みたいに……。


 鏡を見る。

 そこに映っているのは、いつものぼくの顔。

 でも、急にそれが作り物のように見えた。

 部屋の外から母さんの声がした。


「ちょっとー、ごはん冷めるよー」


 いつも通りの何気ない声。

 母さんの声を聞いてふと思った。


(今の母さんはどっちの母さんだ?)


 窓の外を見ると、町の街灯が揺れている。

 二回目の昨日にだけ現れる影たちが静かに道を歩いている。

 ぼくもその中にいるのかもしれないと理解した瞬間、冷たい風が部屋に流れ込んだ。


 明日、また昨日が来たら。

 ぼくはちゃんと“いる”のだろうか?

 それとも……誰にも気付かれないまま、静かにこの町から消えていくのだろうか。


 真相はぼくにも、誰にも分からない。


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