9.はじめての魔法とマナインザエアー
目を覚ますと、天井があった。
目を覚ましたら青空だった昨日と比べれば、天地の差だ。
部屋に差し込む朝日のおかげで、昨日の夜は見えなかった部屋の全景がくっきり見える。
ありがたい。
床には絨毯が敷かれ、昨日、一所懸命に掃除してくれたのだろう。埃一つなくきれいだ。
部屋自体はそれほど広くはない。6畳ほどだろうか? そこに両開きのタンスとベッド。そして、縦に長い大きな机が置かれている。
ホテルのシングルルームによく似ている。
私は起き上がり、絨毯の上を歩く。仕立てが良いのだろう。かなりふかふかだ。
ドアの横にあるトビラを開くと、ユニットバスがある。シャワーには街で見た魔石、おそらく水の魔石がついている。トイレも水洗だ。上下水道がしっかり整備されているか? 中世なのに。でも、武田信玄が収めた甲斐国には、お風呂の水を利用した水洗トイレがあったというしな。
用を済ませてユニットバスを出ると、正面には大きな姿見。
……私は、初めて転生後の自分の姿を見ている。
小さい。細い。幼い。身長は140cmくらい。たしか、6年生のときに163cmだったのを覚えている。小学生は1年で6cmくらい伸びる……ってことはってことは小学2年生? 3、4年生くらいだと思っていたのに、さらに若かった。顔は特徴はないが可愛らしい。まあ、私の実年齢55歳から見たら、2年生の子どもなんてみんな可愛く見えるが……。
だが、表情は2年生らしくない。物憂げな表情と言っても良い。うん。マリアがあれだけ誤解するのも頷ける。その誤解も解かないとな。もう、彼ら3人には伝えてしまうか。あの契約書があれば伝えてもいい気がする。
とりあえず、私が発する言葉は、この少年から出ていると思わないとな。
うーん。なんか知ってるぞ。このシチュエーション。
私は試しに、声に出してみた。
「ねーねー、蘭ねーちゃん」
キモいわ! これは無理だ。考えてみれば、あの某少年探偵マンガの場合、中身は18歳じゃないか。
それに対して私は55歳だ。素で話しても「バーロー」などとは言わない。
なんてことを思っていたら、ふと、昨日、アリシアが私を助手にすると言ったとき、教師3人が驚いていたのを思い出した。
私からしたら、それほど驚くようなことではなかったが、この見た目を考えたら……驚くよな。
前世で私が小学2年生の子を連れてきて「これから、彼を秘書にする」って言ったら、ご乱心以外の何者でもない。
よし、これから、毎日、鏡で自分の姿をチェックするようにしよう。
心も新たに身支度を整え、毛布を畳んで、一冊の本を抱えて部屋を出る。
研究室兼居住区というだけあって、廊下は静かだ。階段を下りると、薬品と紙の混ざった匂いが鼻をくすぐった。
「おはようございます」
声をかけると、作業台の向こうで白衣の少女——いや、御年75歳の校長——が振り返った。
「おう。起きたか、マキト」
アリシアは椅子に座ったまま、足をぶらぶらさせている。年齢を知っていなければ、どう見ても10代前半だ。
「よく眠れたかの?」
「ええ。ありがとうございます」
「ふむ。それは良い兆候じゃな。環境適応は順調ということじゃ」
「私は生前、世界を飛び回っていたので。そのお陰ですね」
「ほう。そういえば、お主についての話をあまり聞いてなかったな」
「そうですね。機会があったら、私の話も聞いて下さい」
「ああ、そうしよう。ところで、今日は、魔法の勉強の日じゃな」
「ええ。こちらで」
そう言いながら私は、アリシアの本を見せた。
アリシアの目が、ほんの少しだけ輝く。
「おぉ。あれだな。その格好で、その本を持っていると、なんかしっくりくるな。間違ってないって感じだ」
アリシアはケラケラ笑っている。そっちだって中学生にしか見えないだろう。
「でも、中身は初老の55歳。ぷぷ」
いや、だったらあんたも75歳だろ。
「ま、魔法の初歩なら、私が教えずとも、その本で十分じゃ。学校でも採用しておるからな」
「楽しみにしてます。では」
そう言って私が立ち去ろうとすると「おい」と呼び止められた。
「ちょっと面白い見世物用意したから、お昼になったら降りてきな」
「見世物?」
「それは、後のお楽しみじゃ」
本当に楽しそうな顔で伝えられると、こちらとしても少し期待してしまう。
「わかりました。それも楽しみにしておきます」
私は立ち上がり、二階へ上がった。
部屋に戻り、アリシアの本を机に置く。
その前に腹ごしらえだ。昨日、街で買った食べ物がそのままになっている。
バナナの葉のような物に包まれ、竹の皮のような紐で結ばれた謎の食べ物。
面白そうだから、店員に中身も聞かずに買ったのだが、一晩置いてようやく開封できる。
紐を取り、葉を開く。中から出てきたのは……サンドイッチ?
いや、なんか普通だな。ビジネスホテルの一室でサンドイッチ。異世界感ゼロ。
まあいい。異世界感を醸し出している物なら眼の前にある。
「はじめての まほう ちゃんと やれば ちゃんと 出る」
タイトルの下には、魔法使いが杖から火を出している下手だが妙に味のあるイラストが描かれている。
それにしてもなんだこのタイトル。ちゃんと出るって。快便の本じゃないんだから。
あ、それも狙っているのか。
タイトルだけでもアリシアっぽさが出ている。常識から外れているが、理からは外れてない。私が昨日、アリシアと話して感じた印象がこれだ。
表紙をまじまじと見つめながら、そんなことを考えていたら、いつの間にかサンドイッチを食べ終えていた。地球で言うところのローストビーフサンドだ。
味はほぼ同じ。スパイシーなマヨネーズかかっているため、ケバブっぽさもある。
美味しいが新鮮味はない。そのため、普段の食事と同じ感覚で食べ終えてしまった。
異世界初めて食事。特に感想はない。
さて、では、いよいよ魔法の勉強に取り掛かろう。
年甲斐もなく少しドキドキしながらページをめくる。
最初に飛び込んできたのは、歌? なのか?
見開きいっぱいに詩っぽい物が書かれていて、その周りに大小様々な音符と顔のついた勾玉みたいな小さいキャラクターが、所狭しと舞っている。このキャラクターはマナか?
♪ぼっくらが まっほうを うみだすよ
きっみたち だっいすき たすけるよ
めっをとじ こっころで みてみなよ
ふっわふわ ぼっくらが ういてるよ
火がほしけりゃ 火をおこしー
水がほしけりゃ 水わかしー
風がほしけりゃ ぐるぐるだー
頭のせっかいで あっそんじゃえー
なんだこれ? 言葉だけでも妙にリズムを付けて読んでしまう。
でも、やりたいことはわかる。まずは、マナという存在を認識させようとしているのだろう。
なかなか良く出来ている。
次のページを開く。
みんなにも、たくさんの友だちがいると思うけど、その友だちって、きっと見えているし、さわることもできる友だちだと思う。
でも、じつは、みんなのまわりには、もっともっとたくさんの友だちがいる。
友だちの名前はマナ。
目には見えないけれど、このせかいには、ものすごい数のマナがいるんだ。
そして、まほうは、マナがおこしてくれるふしぎな力。
でも、マナはことばが、はなせない。だから、きもちでなかよくならないけないんだ。
じゃあ、次のページで、マナとなかよくなるほうほうをおしえるよ。
リズムでマナの存在を刷り込んで、今度は言葉でマナの存在を知覚させる。
なるほど。魔法というのは、自分で発するものじゃない。ということが言いたいのかもしれない。
次のページは早速、実践編みたいだ。
うん。これは、ヤバい。私は今、心の底から楽しいと感じている。
こんな気持ちになったのはいつ以来だ?
記憶の扉が開きそうになるが、すぐにパタンと閉じる。そんなこと思い出すよりも早く先に進みたい。
ページをめくった。
みんな、たつまきって見たことある?
風がぐるぐる、うずまきみたいになっている、あのたつまき。
まずは、小さなたつまきを作ってみよう。
1.たつまきのしくみを知る
おふろとか池とか、大きくて、ふかさのある入れものに、たっぷりの水が入っているものをよういします。
それを手で、ぐるぐる回してみましょう。
ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる。
同じところをぐるぐるぐるぐる。
ほら、だんだんと水の中に、うずが、できてきたでしょ?
これを空気でやると、たつまきになるんだよ。
2.そうぞうしてみよう
こんどは、水でうずを作った、うごきを空中でやってみよう。
といっても、じっさいに手をうごかすんじゃなくて、頭の中でそうぞうしてみるんだよ。
そうだな。ものすごい、大きな手「泣いたきょじん」に出てくる、あのきょじんみたいに大きな手、あれくらい大きな手で、空気をぐるぐるかきまわしているところを、そうぞうしてみよう。
3.ぐるぐるぐるぐる
たくさん。たくさん。ぐるぐるぐるぐる回すんだ。
みんなだって、水でうずを作るとき、かんたんじゃなかったでしょ? 空気でうずを作るのは、もっとたいへんだから、もっとぐるぐるしないと。
もし、そうぞうが、できなくなったら、もういちど、水でうずを作ってみてね。
4.たしかめよう
ちゃんと、そうぞうできると、小さなたつまきができるはずだ。でも、そのたつまきは、ものすごい、小さいから、そこに、小さく切った紙とか砂とかを、なげ入れてみよう。
せいこうしていたら、入れたものがぐるぐるするよ。
そして、これができたら、君はもう、まほうつかいだ!
子どもに読めるくらいの内容に落として、ごていねいにイラストまで付いている。
うん。これはわかりやすい。
よし、やってみるか。
えっと、空中に巨大な手を思い浮かべながら、空気をぐるぐる回す。と。
水で渦を作った感覚でいいのかな?
…………。
……よし。これくらいでいいだろう。紙を小さく切って、渦を作った場所に投げ入れてみる。
お!
紙は一瞬、ふわっと風に乗り、わずかながら円軌道を描いだ。が、その動きは1秒ほどで消え、紙はゆらりゆらりと静かに落ちていった。
でも……これ、一応成功だよな。
今のはたぶん、紙を投げたあと、ぐるぐるを忘れたせいだ。
もう一度やってみる。
ぐるぐるぐるぐる。紙をポイ。ぐるぐるぐるぐる。
できた。ぐるぐるぐるぐる。
たしかに、ぐるぐるぐるぐる。
回ってる。ぐるぐるぐるぐる。
今度は結構長い時間回すことができた。
忙しいな! でも、何となくわかったぞ。これが魔法か。
ただ、イメージの制御が難しい。
紙がぐるぐる回っていると、見ているこちらとしては、紙しか見えていない。そのため、どうしても紙に着目してしまう。
すると、意識も紙に注目し、空気を回すのではなく紙を動かすイメージを勝手に作り上げてしまい、その瞬間、竜巻は消え紙も落ちてしまう。
ま、でも、これは大きな前進だ。
次のページをめくる。
できたかな? よしよし。それじゃ、次は、少し、レベルアップしてみよう。
今までよりぐるぐるのはんいを小さくしてみよう。
さいしょは、大きく、ぐるぐるぐるぐる。だんだんと小さく、くるくるくるくる。
せいこうしたら、紙とかが、早く回るよ。
これもイラスト付きで紹介されている。わかりやすい。
よし、やってみるか。
最初は大きくぐるぐるぐるぐる。ここで紙を投入。
だんだん小さくくるくるくるくる。
おお。本当にくるくるくるくる。
早く。くるくるくるくる。
回った。くるくるくるくる。
お、かなり早い速度で紙が回っている。
よし、次だ。
できたかな? でも、もしかしたら、とちゅうで、大きな手をぐるぐるするのをわすれて、入れたものを
うごかそうとして、ぐるぐるがきえちゃった人もいるんじゃないかな?
まほうはね。自分の力でうごかしてるんじゃない。見えない友だちのマナが作ってるんだ。だから、まほうをつかうときは、ぜったいに、マナのことをわすれないでね。
まさに、私のやってしまったことが書かれている。
本の中でもエスパーが発揮されているのか、いや、よくある失敗例なのだろう。
魔法は私が使っているわけではない。マナが私のイメージを読み込んでそれを実行してくれる。これは、たぶん、魔法に対してもっとも大切なことなのだろう。
わかりやすい。
次のページには、さらに応用編が続いていた。
まほうには、じゅもんというものがあるんだ。
たつまきのまほうのじゅもんは
「とまるな、もどるな、はずれるな」
だよ。これを言いながら、ぐるぐるくるくるしてみて。
さっきより早く回ると思うよ。
呪文? どういうことだ? すでに魔法は発動しているのに、呪文を用いることで、強化されるということか?
とりあえずやってみる。
巨人の手がぐるぐる回るイメージはずっと描きながら……。
「止まるな、戻るな、外れるな」
「止まるな、戻るな、外れるな」
「止まるな、戻るな、外れるな」
最初は、言葉に気を取られてしまい、紙を落としてしまったが、口が言葉を記憶したように機械的に言えるようになると、イメージに乗せて、呪文を唱えられるようになった。
たしかに、これまでより紙の回転速度が上がっている。
ページをめくる。
これで、たつまきのまほうは、かんぺきだね。
そして、これが、まほうのすべてなんだ。
どうすれば、たつまきがおこるか、しっかりと、イメージして。
そのイメージをくずさないように、じゅもんをとなえる。
これだけ。
これが、まほうのすべて。
あ、もう1つ。
このせかいには、マナがあふれている。どこにいたって、マナはそこにいる。
親におこられたときも、テストがわるくておちこんでいるときも、友だちとケンカしたときも、いつだってマナはそこにある。
だから、マナが、たくさん、たくさんいることをそうぞうしながら、マナとなかよくなりたいと思いつづけてね。そうしたら、しぜんに、君のまほうの力は、ぐんぐんのびていくよ。
じゃあ、次からは、いろいろなまほうにチャレンジしてみよう!
ふぅ。なるほど。これが魔法か。
やってみると意外と簡単だ。魔法が日常になっているだけあるな。
イメージが大切か。昨日のことを思い出す。魔法の才能を調べる金属板に手を当てたときのこと。
あのとき、火や水などのイメージはできていたが、マナという存在自体を知らなかった。だから、あんな反応になったのかもしれない。
たしか、研究室にも金属板はあったな。あとで調べさせてもらおう。たぶん、マナを知った今なら違う結果が出るはずだ。
さて、次の魔法。と行きたいところだけど、最後に読んだマナはたくさんいる。という記述が気になる。
なので、少しベッドに横になって、マナについて思いを馳せることにした
マナ。地球上にはない物質。元素の一つなのだろうか? それはわからないが、でも、空気のようにどこにでも存在している。また、移動をさせることで竜巻が起こるということは、周囲の空気に影響を与えているので、物質であることは間違いない。
空気の構成物質を考える。
酸素、窒素、二酸化炭素、アルゴン。たしか21%が酸素で78%が窒素、二酸化炭素とアルゴンで1%。その隙間に水蒸気が溶け込んでいる。みたいな感じか。
マナを物質として捉えると、この空気の構成要素の1つになっているのだろう。
異世界と言えど、この星は地球と似ている。町中に植物もあった。そもそも、私が普通に生きられるということは、空気の構成要素も似ているのだろう。ということは、町中で見た植物だけでなく、普通に森やジャングルも存在していると見て良い。
ということは、酸素、二酸化炭素の比率は同じ。窒素はどうだ。窒素が減りすぎると植物が育ちづらい。でも、窒素の比率を5%下げて、マナに差し替えたらどうだろう? たぶん、そこまで大きな問題はない。
アルゴンはどうだろう? もっと問題ない。空気中に1%ほど存在するアルゴンをそのままマナに置き換える。アルゴンは不活性ガスなので、特に生物に影響を与えるものではない。ただ、ワインの充填や金属の被膜で使われるアルゴンガスがなくなってしまうな。
まあ、何にせよ。マナは物質として空気中に存在していて、その比率は、1〜5%ほどだろう。
目を瞑る。マナは、イメージに反応する不思議な物質で空気中に数%で存在している。
よし、オッケー。この世界はそういうもの。
目を開き、数%のマナが空中でぐるぐる回っているとイメージする。先ほどの巨大な手を回すのではなく、空気中のマナが回転しているイメージだ。
そこにポイッと紙の欠片を5、6枚投げ込んでみる。
リラックスしているからだろうか、それともマナの存在を強くイメージしているからだろうか、なんだか、さっきより簡単に竜巻が作れた。
円の半径を小さくして回転数を上げてみる。
おぉ、紙の暴れ方がスゴイ。
紙を破いて、さらに投げ入れる。ベッドの上で紙吹雪が舞う。
うわ、これはスゴイな。もっと回転をあげる。速く速く。
うわうわうわ。毛布まで持ち上がりそうだ。もっと速く、もっと速く。
毛布も投げる。空中で回り始めた。速く速く。
おおっと、両開きのタンスが開き始めた。私の髪も暴れている。本もパラパラとページがめくれている。部屋全体にゴーという音が響き渡っている。やばいやばい。
パッと、イメージを止める。同時に毛布がドサッと落ち、紙吹雪も静かに落ちていく。
部屋が再び静寂に包まれた。
すごっ! イメージを強固に持てればこれだけ強力な魔法になるのか。
っていうか、それなら呪文いらなくないか?
私は起き上がり、本のページをめくった。次は火の魔法だ。




