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7.初めて街とマリアの気持ち

 研究棟を出て街へ向かうと、まず目に飛び込んできたのは、石造りの建物が立ち並ぶ景観だった。

 中世ヨーロッパ風――そう表現するのが一番近い。舗装された道、低層の家屋、尖塔を持つ建物。そして、縦横無尽に細い水路が流れている。

 ただ、中世ヨーロッパと違うのは、この街があまりにも美しいこと。

 ゴミもなければ、町中に薄暗い路地もない。それに、この時代なら物乞いが溢れていてもおかしくないのに、まったく見かけない。ストリートチルドレンの類もいない。

 ずらりと並んだお店も、どこもかしこも、どこか洒落ている。先ほど通り過ぎた武器屋ですら、レイアウトに気を使っていたり、ショウウィンドウに美しい武器が飾られていたりして、思わず入りたくなる外観をしている。

 

 治安も日本並み、いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。

 中世のような貴族が跋扈する時代、技術的にも現在より劣っているので、生産性も低い。生産性が低ければ経済規模も小さくなり、職にあぶれる人が増える。そうなると、治安が悪化し、犯罪が増え、景観も悪くなる。

 これが中世の常識。しかし、この街はそんな常識が1つも当てはまらない。

 

 だが、この美しい街並みの中に数々の違和感を見つけることができる。

 街灯の代わりに、淡く光る石が埋め込まれた柱。

 水路にも、似たような物が取り付けられているが、妙な違和感がある。

 屋台では火を起こす代わりに、小さな赤い石を嵌めた器具が鍋を温めていた。

 このそこら中にある石はなんなんだ?

 私が物珍しく屋台を見ていると、マリアが声をかけてきた。

「どうしたの?」

「いえ、あの調理器具が珍しくて」

「あら、コンロを見るのは初めて?」

「ええ」


 マリアはハッとした顔をする。ちなみに、マリアはこのときこう考えている。

 王宮や公爵邸では、コンロは使わず屋外パーティのときでも薪を使った直火で調理をする。なるほど。それしか知らないのならば魔石についても知らないのだろう。ノルドの推測は当たっているかもしれない。


「あれは、魔石と呼ばれ、石に炎の魔法を宿し、誰にでも使用できるようにした簡易魔法。他にも水や氷、光の魔石。あと、水や空気など軽い物を動かす移動の魔石なんかもあるのよ」

 これを聞いて水路を見たときの違和感の正体に気づく。そうだ、水が下から上へと流れていたんだ。なるほど、魔石でこんなこともできるのか。

(ほぼ、乾電池だな)

 思わず、口に出しそうになったが、慌てて止めた。彼女にとって私はまだ可愛そうな子どもだ。ヘタなことは言えない。


 考え込むマキトの横でマリアはチラリとマキトを見る。ちなみにマリアの頭の中。

 この深刻な表情。もしかしたら、校長との会話で何か凄いことを言われたのかも。

 はっ! 校長はマキトくんの正体を探り当てて、身代金目当てに彼を研究助手にした? 

 たしかに王族や公爵家の人間だったら身代金も跳ね上がる。

 なんて、ひどいことを……。学校に戻ったら、レオンとノルドに相談しないと……。


(この人、なんで涙ぐんでいるんだ?)

 マリアはマキトに泣き顔を見せないよう、すぐに顔を反らして、誤魔化すように言った。

「あ、あとは、さ、財布と服、下着ね」

 マリアの案内で店を回り、必要なものを揃えていく。

 買い物をする中で、私はようやくこの国の通貨について知った。

 どうやら、円とほぼ同じ価値らしい。

 ……なるほど。100万に給料50万は普通に高額だな。

 改めて、校長の提示した条件の異常さを実感する。

 食事はどこで摂れば良いかを尋ねる。

「校長先生は……お腹が空いたら食堂か、研究棟で適当に、ですね。だから、研究棟は飲食禁止ってわけじゃないので、あなたも買うなり、ここで食べるなりすればいいわ」


 一通りの生活用品と簡単な食事を買った後、本屋があったので、立ち寄ってみた。

 一冊の値段を見て、思わず目を疑う。

「……高いですね」

 一冊あたり、2万から5万。判型が大きな本だと10万円を超えるものもあった。

「え? 本ってこれくらいの値段だよ? だから本目当てで学校に通いたいって人もいるくらいなんだから」

 どうやら活版印刷、という概念は存在しないらしい。魔法でどうにかならなかったのか?

 でも、手作業で作られる以上、知識そのものが高級品になる。

情報コストが高い社会か……。

 それはそれで、階層固定が起きやすい構造だ。

 本棚を眺めていると、一冊の本が目に留まった。

 著者名――アリシア・ベイランド。

「校長の本ですね」

「初心者向けの魔法書。学校でも使ってるわよ」

「あ、でも、部屋で読みたいので買います。学校の図書館を私が使っていいかわかりませんし」


 その言葉にマリアは、また悲しそうな顔をして、マキトから顔を背ける。

 ちなみにマリアの(以下略)

 きっと、校長から校舎に行かないように。と釘を刺されているんだわ。だって、他の生徒に存在を知られたら、後々面倒なことになるかもしれないから。う、可哀想なマキトくん……。


 マキトはマリアの顔を見て思う。

うん。たぶん、この人、なんかとんでもない勘違いしているな。誤解を解くか。いや、これはアリシアと話し合って対策をしたほうがいい。

 とりあえず、今は必要な情報を集めよう。そう決めてマキトは本の物色を再開した。

 この国の歴史書数冊と、街の案内書、世界地図、それからマリアが勧めてくれた有名な小説も数冊購入。

 結果、本だけでかなりの出費になったが、後悔はない。

 この世界を理解するための投資だ。

 それに、アリシアが言っていた「今日中にわかる」という言葉の意味もわかった。

 帰ったら答え合わせをしよう。


 本屋を出る。一通り買うべきものは買ったので、研究棟に戻る。その帰り道、ひときわ大きな建物が視界に入ってきた。

 街並みに対して、明らかに異質。

 無骨で、威圧感がある。

 中へ入っていく人々も、どこか荒事に慣れた雰囲気を纏っている。

「あれは?」

「冒険者ギルドです」

 マリアの説明によれば、冒険者とは採取や魔物討伐を中心に請け負う何でも屋。

 街に溢れる魔石は、主に彼らが魔物から持ち帰ったものだという。

 エネルギー源の供給元か。

 この街の基盤に、冒険者ギルドが深く関わっているのは間違いない。

 しかし、魔物もいて、冒険者ギルドもあって、結局ここは異世界転生モノの定番要素を備えた世界じゃないか。ということは、今後はこれまた定番の俺Tueeeeという展開になるのか? そんなことを考えたら、思わず「ふっ」という小さな笑みがこぼれてしまった。

 そして、例によって何か勘違いしたマリアは、また目をうるませている。


 ちなみに(以下略)

 あぁ、今、この子は自分の運命に皮肉を感じたんだわ。冒険者のように自分も自由に生きれたらと。でも、自分は交渉の道具でしかない。

 そして、悪辣非道な校長にさんざん利用された後、また、あの地獄の家に帰される。

 大きな権力を持つ家に生まれたのに、小さな自由すら無い自分。

 きっと、そんなことを思って、自嘲気味に笑ってしまったのね!


 直後、マリアはマキトを抱きしめていた。

「ちょ、どうしたんですか?」

「大丈夫。お姉さんになんでも相談してね!」

「は、はい。大丈夫ですから離してください」

 こうして、私の初めての街探索は終わった。


 帰り道、マリアから魔石の仕組みを詳しく教わった。

 妙に明るく話し、ところどころで、私を慰めるような言葉を挟むのが正直、邪魔だったが、要約するとこうだ。

 魔石は冒険者が魔物を倒すことで手に入れる。

 そして、ギルドが魔石を買い取り、魔石屋に卸す。ギルドの収入源はこの魔石の売買がもっとも大きく、依頼の報奨金は95%が冒険者。5%がギルドという比率になっている。ゆえに冒険者の実入りは大きく、また、ギルドには採集、討伐以外にも街の困りごとなどの依頼もあり、これにより、誰でも冒険者になれば食いっぱぐれがなく、また依頼による治安維持の効果も高い。

 また、魔石を買い取った魔石屋は、魔石に魔力を流して、魔石の分化を行う。

 火の魔石、水の魔石、氷の魔石、移動の魔石。光の魔石。そして、販売店に並ぶ。

 なるほど。冒険者が第一次産業。魔石屋が第二次産業。そして、販売店が第三次産業という流れになっているのか。中間業者が少ない分、健全と言えるが、でも、エネルギー供給源が冒険者ギルドだけ。というのは、かなり、問題があるが、それだけじゃない。

 魔石文化が発達して、冒険者が魔物を頻繁に狩るようになる。結果、倒した魔物の肉がもったいないので、格安で精肉店に卸す。牛や豚より安価で手に入るので、これらの肉が食卓に並ぶ。

 魔石の需要が増えれば、当然、冒険者も増える。しかし、冒険者は体が資本なので鍛錬が必要になる。どうせ、鍛錬するなら、木でも切り倒しながら鍛えろよ。ということで、格安で伐採や採掘の依頼を出す人が増え、これらも冒険者の仕事なる。

 エネルギー、食料、木材、石材。

 つまり、生活する上で必要な物すべてが、冒険者とギルドに委ねられている状態だ。

 この歪さ。金になる。

 マキトは自分の心が熱くなっているのを感じた。経営者として数々の企業を立ち上げてきた前世の血が滾っている。

 もしかしたら、私は前世のような、いや、それ以上に楽しい人生を送れるかもしれない。

 この世界で生きなければいけない。論理的判断でそう考えていたが、気持ちが変わった。この世界で楽しく生きてやる。

 そう決意を新たにした。


 そんなマキトをちらちら見ながら、マリアは言う。

「うん。大丈夫。お姉さんが付いているからね。そうだ。晩ご飯一緒に食べる? それとも研究棟に何か食べ物運んであげようか?」


 ちなマリ。

 何だか楽しそうな顔をしている。……そうか。この子は愛情を受けずに育ってきたんだ。だから、何かツライことがあると、自分の中に楽しい妄想の世界を作ってそこに閉じこもる癖が付いているんだわ。

 そう、この子に足りないのは愛情。それも母のようにすべてを受け入れる愛情。

 うん。わかった。それなら、その役目、私が担うわ。


 マキトはマリアを見て、どうせ何か勘違いしているのだろうと感じ、もう1つ決意を固めた。

 この人の前で複雑な表情を見せるのはやめよう。


 研究棟に戻り、マリアと別れた。別れ際に彼女はまた私を抱きしめようとしたが、すんでのところで身をかわし、研究棟のトビラを開き、マリアに向き合い「今日はありがとうございました」と早口でお礼を述べ、素早く中に入る。


 部屋に入ると、アリシアは、研究の手を止め、私を迎い入れてくれた。

「おう。帰ったか。街はどうだった?」

 ああ、この人と話すほうが数段ラクだ。

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