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6.3人のあたふたと鋳造技術

 校長――アリシア・ベイランドは、満足そうに一つ頷くと、扉の方へ向き直った。

「おい。外で聞き耳を立てておる三人。もう入ってきてよいぞ」

 その声に応えるように、少し間を置いてから扉が開く。先程追い出されたノルド、マリア、レオンの三人が、どこか居心地悪そうな顔で姿を現した。

「話は終わった。結論から言えば、この男――マキトは、今日から私の研究助手じゃ」

 三人の視線が、一斉にこちらに集まる。

「研究助手……ですか?」

 最初に口を開いたのはノルドだった。彼ら3人にとって私は、謎の偉い人の子どもだ。それを研究助手にするというのは、彼らにとっては驚きだろう。

「うむ。あ、言っておくが、校長の秘書とかじゃないぞ。研究者アリシア・ベイランドの助手だからな。お主も、私のことは校長ではなく、アリシアと呼ぶように」

「はい、アリシア様」

「様はいやじゃのぉ。とはいえ、呼び捨てもお主に気を使わせそうだの。さんで良い。アリシアさんと呼べ」

「かしこまりました。アリシアさん」


 その会話を聞きながら3人はなぜか驚いた顔をしている。なぜだろうと思っていると、レオンの言葉でその謎はすぐ解明した。

「校長が、気を使って?」

 その言葉にノルドも続く。

「たしかに、初めて耳にしますね」

 その言葉を聞いたアリシアは、彼らに不敵な笑みを浮かべなから彼らにゆっくりと近づいていく。

「ほうほう。どうやら、お前らは、私が気も使えない人間という評価をしているようだな」

 聞き分けの良い人という態度で首をゆっくり縦に振りながら話を続ける。

「そうかそうか。ならば気遣いがどういうものか、教えてもらうとしよう。ちょうどここに困り果てた少年がおる。今から、この者を受け入れる準備をお前らに頼むとしよう」

「今からですか?」

「そうじゃが?」

「しかし、授業が」

「ん?」

「いえ……」

 なんという圧倒的強者感。アリシアの一言、いや、一字で彼らはすべてを諦め、従うこととなった。


「住居は研究棟2階の空き部屋を使わせる。それから支度金として100万ほど用意してやれ」

「……は?」

 今度はレオンが声を上げた。

「校長、それはいくらなんでも――」

「毎月の給料は50万じゃ」

「ちょっと待ってください!」

 レオンが一歩踏み出す。

「俺より高いじゃないですか!」

「ふむ。今の発言は、きっと学校の経営を気にしての発言じゃな。優しい奴じゃ。ならば、お前らの給料を引いてバランスを取るとするか」

「いや……すいません」

 アリシアの一撃で、レオンは肩をすぼめた。あれだけの大きな身体が物凄く小さく見える。

「さて、次の授業は自習になったが、あまり勉強を遅らせるわけにもいかんじゃろ。次の授業までに、すべての準備を整えるように!」

「それは校長が勝手に決め……」

「ほら! とっとと動いた動いた!」

 アリシアがパンと手を鳴らすと、その音に反応するかのように、3人は素早く部屋から出ていった。ドアが開きっぱなしになっていたので、外から3人の声が聞こえる。

「マリア、必要な物を挙げてくれ」

「えっと、洋服、日用品。あ、お金も用意しないと。それが終わったら部屋の掃除かな」

「レオンは金。俺は洋服、制服でいいよな。マリアは日用品……寮の物置にあるはずだ」

「わかった。急ぎ用意して全員で研究棟の掃除だな」

 3人は走りながらこんな会話をしている。徐々に遠ざける声を聞きながら、優秀な人たちだな。と感心する。どう考えても理不尽な命令なのに、いざ引き受けたら、全力で応じる。


「優秀な人たちですね」

「うむ。間は抜けておるがの」

「しかし、皆さんの関係を見ていると、ただの校長と教師という感じがしないのですが」

「ああ、あいつらは元々ここの生徒じゃよ。しかも、この学校の歴史上、最悪の生徒じゃった」

「そうなんですか?」

「ああ。半端に才能があったせいで、増長しまくってな。何度も完膚なきまでに叩きのめして、そのたびに罰を与えたんじゃ」

 そういってアリシアは「ひっひっひ」と老魔女のように笑った。

 罰……深く聞かないでおこう。


 そうこうしているうちに3人は研究棟に戻ってきた。レオンは皮の袋をノルドは制服を遅れてやってきたマリアは両手いっぱいの小物を抱えて。

 そして、挨拶もそぞろに、その足で彼らは二階に上がっていった。

 二階から物音が響く中、私はテーブルに置かれた制服に着替えた。

ようやく毛布一枚の状態を脱した。下着はさすがに用意されておらず、少し違和感があるが……。

そして、アリシアから皮の袋を手渡され中身を確認する。大小様々な硬貨がジャラジャラと出てきた。

「お金。これで100万ですか」

 一応聞いてみる。

「ん? あ、そうか。この国のお金について知ってるわけないか。お金には金、銀、銅があって、それぞれ大と小、穴開きがある。小銅貨が10ベイ、穴開き銅貨が50ベイ、大銅貨か100ベイ。500、1000、5000が銀貨。10000、50000、100000が金貨な」

 アリシアが1つ1つの硬貨を指さしながら説明してくれた。

 お金の単位はベイ。最小単位は10。韓国のウォンみたいだ。

 でも、レオンが自分の給料より高いと言っていたから、価値は日本円と同じくらいか?

私がそれぞれの硬貨を見ていると、アリシアが何か呟いている。

「使いやすいように両替して持ってくるとは。気遣いも忘れてないようだの。制服も新品でサイズもピッタリか。チッ」

 舌打ち? もしかして、罰を与える機会を伺っていたのか?

 その発言を聞かなかったことにして、私は硬貨を細かく見定める。

 鋳造技術が異常に高い。この世界の技術力は、地球で言う中世前半くらいだと思っていたが、硬貨を見る限り、日本の硬貨と遜色がない。穴開きの硬貨にはギザギザがあり、硬貨に描かれた絵や文様も非常に細かい。

 これは、魔法を使った技術か? 


「うむ。この学校が出来てから魔法技術が大幅に向上したからな」

 まるで、私の思考を読み取ったようにアリシアが入ってきた。

「そうなんですか」

「ほれ、これを見よ。昔の硬貨じゃ」

 一枚の硬貨を手渡された。形も歪んで文様と言えば線が二本入っているだけだ。

 おそらく炉の温度を一定に保てず、また、最高温度も低い。これでは不純物も多く脆い。そうなると単純な模様しか描けない。

「精錬技術と温度管理の向上か」

「さすがじゃな。そのとおり! 魔法職人のレベルを引き上げたんじゃ」

 魔法で何ができるかわからないが、イメージとして温度の上げ下げは得意そうだ。火の魔法とか水や氷の魔法などは、様々なファンタジー小説で登場する。

もう一度、硬貨を手に取る。金貨は大小ともに同じ女性の顔とその下にリーフの紋章。穴開き金貨は、女性の上半身描かれ、両手で何かをすくっているような形。手のひらの上に硬貨の穴がある。これはたぶん、女性が魔法を唱えているところか? なかなか凝っているな。

銀貨は男性の顔に王冠の紋章。銅貨に顔はなく、麦畑や大地と空などが描かれている。これらは金貨ほど凝ったデザインになっていない。

やはり金貨は特別なのか。と、再び金貨に手を伸ばそうとすると……。

「おわ!」

 気付くと私の真横にアリシアの顔があった。

「何か気付かんか? ん?」

 振り向いたらキスしそうなくらいに近いがその目線は金貨に走らせている。

 私は金貨を手に取る。アリシアの顔は相変わらず近い。

 顔?

 金貨とアリシアの顔を見比べる。

「これ、アリシアさん!?」

「大せいかーい!」

 効果をまじまじと見る。無表情でわかりづらいが、たしかにアリシアの顔だ。

「自分の顔を硬貨のモチーフにしちゃったんですか?」

「だって、自分の顔が世界中にばらまかれたら、おもしろいだろ? それに金貨なら大事に扱われるし」

「もしかして、金貨だけやたらデザインがいいのも」

「おう! 気合い、いれさせてもらいました!」

 なんというわがまま。彼女のことだから、自己顕示欲とかではなく、本当におもしろそうが目的なのだろう。それにしても……。

「あの、硬貨のデザインとして許されるって、アリシアさんは何者なんですか?」

「お主ならすぐにわかるじゃろ。というか、たぶん今日中にわかるじゃろ」

「今日中?」

 意味がわからず相手の言葉を繰り返すと、部屋の片付けをしていた3人が降りてきた。


「終わりました」

 ノルドがアリシアに報告する。

「おい、坊主、終わったぞ」

「ばっちりきれいにしておいたから快適に過ごせるわよ」

 レオンとマリアが私に声をかける。坊主。

「ありがとうございます」

 その後、3人はアリシアに「それではこれで」と簡単に挨拶を交わし、そそくさと部屋を出ていこうとした。

「ちょいまち!」

 3人を呼び止めた。ぎくりとした反応を見せながらゆっくりと振り返る。

「な、なんでしょうか?」

「マリア。ちょいとこいつを連れて街を案内してやりな」

 こうして僕は、異世界の街に初めて向かうことになった。


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