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3.秘密会議と新たな出会い

 私は金属板にそっと手を当てた。

 ひんやりとした感触が掌に伝わる。

 だが、それだけだった。

 何も起こらない。

 光らない。音もしない。

 沈黙だけが、応接室に落ちる。

「……」

 誰も、すぐには口を開かなかった。

 才能は……ないのか。

 胸の奥が、すっと冷える。

 期待していなかったつもりでも、どこかで「ある」と思っていたようだ。異世界転生モノによくあるギフト的なものではなく、一代で財を築いた人間ゆえの奢り。私の中にも「自分は特別な人間なのだ」という気持ちがあったのかもしれない。自覚のない楽観は、こういうときに一番効く。

「だ、大丈夫よ」

 最初に声をかけてくれたのはマリアだった。きっと私が大きく落ち込んでいると思ったのだろう。実際に大きく落ち込んでいるが……。

「まだ、魔法が使えないと決まったわけじゃないから……」

「気にするな」

 マリアの声に被せるようにレオンも続く。

「魔法が使えなくても生きている人間の方が多い」

 ノルドの言葉だ。理屈はわかる。

 だが、今の私にとって魔法は、生存戦略の中核だった。

 才能がないとなると、想定していた選択肢の1は無理かもしれない。


 そのとき、マリアが小さく首を傾げた。

「あ……でも、あなた」

 彼女は私を見て、続ける。

「魔法のこと知らないのよね?」

 その一言で、空気が変わった。

 レオンが「あ」と声を漏らす。

「そうか」

 腕を組み直し、ノルドを見る。

「なら、もう一回調べたほうがいいな」

 ノルドが、静かに説明を始めた。

「測定具を使うときは、魔法を意識しなければならない」

 そう言われても、私は魔法について知っていることは何も無い。

 ノルドは私の困惑した顔を見て察してくれたのだろう。金属板を指で軽く叩きながら説明してくれる。

「火、水、土……これらの元素を思い浮かべながら、もう一度手をかざしてみなさい」

 私は一度、深呼吸した。

 火。

 燃えるとは何か。

 可燃物と酸素、そして熱。連鎖反応によるエネルギーの放出。炎の色は温度によって変わり、白に近づくほど高温になる。

 水。

 H₂O。極性分子。液体でありながら高い比熱を持ち、溶媒として多くの物質を受け入れる。循環し、蒸発し、凝結し、形を変え続ける存在。

 土。

 鉱物、有機物、水、空気の混合体。地層。圧縮。侵食。時間の蓄積。生命の基盤。


 私はそれらを「イメージ」ではなく、「仕組み」として頭に並べながら、再び金属板に手を当てた。

 その瞬間だった。

 金属板の中心から、白い光がふわりと浮かび上がる。

「……!」

 だが、その光はすぐに消えた。

 数秒後に、また光る。

 そして、消える。

 一定ではない。

 規則性のない、明滅。

「なんだ、これは……点滅?」

 レオンが目を見開く。

「見たことないわ」

 マリアの声は、はっきりとした動揺を含んでいた。

「白い光は」

 ノルドが言葉を選びながら言う。

「複数元素に適性がある場合に出る。だが……点滅するというのは……」

 応接室に、沈黙が落ちる。

 私は光る板を見つめながら、胸をなで下ろしていた。

 不思議な結果のようだが、反応があったということは、最悪ではない。

 それだけで、今は十分だった。

 よし。

 魔法があるとわかったら、次の策に移ろう。

「……あの」

 私は三人を見る。

「魔法の才能については、楽観的にあると思う。という形で考えるようにします。それよりも……」

 言葉を選ぶ。

「僕はこれからどうすればいいんでしょうか?」

 そして、畳み掛ける。

「住む場所もない。お金もない。だから暮らせません。生きていけません。よろしければ、皆さんからお知恵を拝借したいのですが……」

 悲壮感はこの言葉で十分出ているだろう。

 三人の教師は、顔を見合わせた。短い沈黙の後、レオンが言う。

「少し、待ってくれるか」

「話し合いが必要だ」

 私は素直に頷いた。三人は応接室を出ていく。

 独り残された私は、三人が何を話しているのかを想像する。

 私のこれまでの態度、丁寧に話し、考えて物を言う姿勢は、きっと私に知性を感じてくれるだろう。

 この国には専制政治にありがちな教育格差、身分格差があると予想する。ゆえに、私の話し方は高い教育を受けてきた人間だと判断するのが妥当だ。そして、高い教育を受けられるのは貴族か王族くらいだろう。

 すると、私は正体不明の貴族の子息。それも、裸で時計台の上に現れたことから、相当訳アリだと判断するはずだ。そうなると、事態は彼らの手には負えなくなる。

 そこで、彼らは、より強い力を持った人間に私を紹介するかどうか。おそらくは、そんなことを話し合っているだろう。

 よし、ここまでは計画通り。それも長期に渡って安心と安全を提供してもらう。というベストな選択が近づいている。


 ――職員室。

「どうしたらいい?」

 マリアが切り出す。

「魔法の才はあると思う。でも、あの反応は……」

 ノルドが腕を組む。

「分類できない」

「でも、このまま追い出すわけにも行かないわよね」

「そうなんだ」

 レオンが低く唸る。

「みんな気付いていると思うが、あいつの話し方や考え方は、しっかりとした教育を受けている人間のものだ」

 それにノルドが静かに応える。

「しかし、魔法を知らずにあの年まで生きることができるのか?」

「どこかの秘境とか、奥地とかで生きてきたとか?」

 マリアが首を傾げる。

「それだと、教育が受けられないだろ」

 レオンが即座に否定する。

「……あった」

 ノルドが低い声で言う。

「教育を受けながら、魔法を知らずに生きられる場所が」

 二人がノルドを見る。

「……王宮か、公爵家ならどうだ?」

 ノルドは続ける。

「王族や公爵家は、原則として魔法道具を屋敷に置かない。生活はすべて使用人に任せる。それが彼らの矜持であり、同時に、金を市場に回すという意味もある」

「え?」

 マリアが目を見開く。

「じゃあ、マキトくんは王宮や公爵邸に住んでいて、そこから一歩も外に出たことがないってこと?」

「わからない」

 ノルドは首を振る。

「だが辻褄は合う」

「おいおい」

 レオンが眉をひそめる。

「王宮や公爵邸で教育を受けてきた人間が、どうして素っ裸であんなところに居たんだよ」

「憶測だが……」

 ノルドは少し間を置いてから言った。

「これまで何らかの事情で、隠されてきたのではないか? 王宮や公爵邸に居たとしても、魔法をまったく知らないというのは考えづらい。だから、人目につかないよう王宮か公爵家に幽閉されていた……」

 ここで一息ついて、話を続ける。

「しかし、彼を逃がそうとする勢力が現れた。彼を誘拐し、あえてすぐ見つかる場所に置いた。全裸の意味は……わからんが。少なくともこれで辻褄だけは合う」

「……」

 三人とも、黙り込む。

「ま、事情はわからねぇが」

 レオンが肩をすくめる。

「放っておくわけには行かないみたいだな」

「でも」

 マリアが不安そうに言う。

「もし国の重要人物だったら、私たちだけでどうにかしていい問題じゃないわよ」

「だったら」

 ノルドがきっぱりと言う。

「匿う場所は一つしかないな」

「どこ?」

 マリアが問い返す。

「そんな都合のいい場所、ある?」

「ノルド、まさかお前……」

 レオンが察したように言う。

「ああ」

 ノルドは頷いた。

「ここだ。この学院に住んでいる、あの方に預けるしかないだろう」

「ええ!?」

 マリアが声を上げる。

「それ、大丈夫なの?」

「ま、襲われたり喰われたり、飢えたりはしねぇけどな……」

 レオンが苦笑する。

「それしかねぇか」

「不安だけど」

 マリアもため息をつく。

「それしかないのも、確かね」

「あまり彼を待たせるのも悪い」

 ノルドが扉に手をかける。

「そろそろ戻るぞ」

 三人は顔を見合わせ、静かに職員室を後にした。


 応接室に戻ってきた三人を見て、私は背筋を伸ばした。

 まずノルドが口を開く。

「君に会わせたい人物がいる」

 それにレオンが続く。

「その人なら、お前の不安は全部解決してくれるだろうよ」

「でもね」

 マリアが少し困ったように言った。

「マキトくん、変人は平気?」

 変人。

 その言葉を聞いて、内心で少し笑う。そんな人間なら、これまで山ほど会ってきた。

 しかも話しぶりからして、学校の内部、もしくはこの近くにいる人物だろう。つまり、少なくとも言葉は通じる。言葉が通じる変人なら、何も問題はない。

「ええ。問題ありません」

「問題ない、か」

 レオンが口の端を上げる。

「その自信、信じよう」

 ノルドが静かに言う。

「……大丈夫かなぁ」

 マリアはまだ不安そうだった。

 私たちは四人で応接室を出た。

 長い渡り廊下を抜け、校舎の奥、離れのように独立した建物の前で足を止める。

「ここだ」

 ノルドが扉の前に立ち、軽くノックする。

「校長、少しよろしいでしょうか?」

 中から、落ち着いた声が返ってきた。

「うむ。待っておったぞ」

 校長?

 一瞬、眉が動きそうになるのを必死で抑える。変人というのは、校長のことだったのか。だが同時に理解する。この部屋の主が、私の生活を左右する人物なのだろう。


 よし。

 マキトの策略は、どうやら成功したようだ。

 学校の校長。それも変わり者の校長なら、私を匿うことに問題があったとしても、常識や校則、法律などのルールを無視して、どうにかしてくれるかもしれない。

これなら――第一希望の結果になる可能性は、かなり高い。

 私は静かに息を整え、校長のいる部屋へと足を踏み入れた。

 部屋に入ると、眼の前にこの部屋の主――校長がいた。

 彼女は大きく両手を広げ、まるで久しぶりに再会した友人を迎えるように私を招き入れた。

 その反応は嬉しいが……彼女の見た目には驚かざるを得ない。

 身長は私より少し高い程度。顔立ちも体つきも、どう見ても中学生くらいにしか見えない。

 本当に、校長なのか?


「話は聞いておったぞ、マキトくん」

 彼女は私に笑顔を向け、すぐさま厳しい顔に戻し、視線をノルドに向けた。

「おいノルド。私にも、測定機の反応を見せてくれ!」

 ノルドが一瞬、言葉を失う。

「……校長。また、何かおかしな物を作ったんですか?」

 なるほど。彼の反応から彼女が変人と呼ばれる理由と変人の質の一端が垣間見える。

 まず、普通に考えたら、応接室の会話を盗み聞きされたことに対し抗議するはずだ。それなのに、彼は物を作ったのかどうかを問い質している。

 つまり、この変人校長は研究室にこもって、日夜おかしな発明品を作っては、彼らを実験台にしているのだろう。人の迷惑を顧みない天才型の変人。と言ったところか

 それにしても――。私は、今一度校長をまじまじと見た。

 どう見ても十代だ。本当に若いのか? 魔法で老いを止めているのか、それとも何か別の事情があるのだろうか。答えは、わからない。なので余計なことは口にせず、ひとまず様子を伺うことにした。


「ふふん。見たいか? 知りたいか? 聞きたいか?」

 校長はやけに上機嫌で、ノルドたちにぐいぐいと身を乗り出してくる。

「ええ、まぁ……」

 ノルドが答え終わるよりも早く、校長はテーブルの上に置かれていた機械を指さした。

 昔の蓄音機を思わせる形だが、レコード盤はなく、スピーカー部分だけの機械。

「じゃじゃーん! これだ! この発明はすごいぞ!」

 そこからは、まさに怒涛の説明だった。

「双子マナを使って、何か面白いことができないか考えてな。で、できたのがこれじゃ! 遠くの声が聞けるんだぞ!」

「双子マナの性質、知っておるな? 片方が動くと、離れた場所にあるもう片方も同じように動く性質じゃ。まあ、正確には逆の動きだがな。だが、反転させて配置すれば問題ない」

「そこでじゃ。マナを緩やかに集まるようにするんだ。すると空気の震え――つまり音の振動でもふらりとマナは動く。マナが動けば、離れた場所の双子マナも同じように動くじゃろ?」

「そこに拡声装置を繋げると……どうなる?」

「こっちの部屋で、音の振動が再現されるんじゃよ!

「つまり、これを使えば離れた場所の音声を拾えるというわけだ!」

 校長は満足そうに胸を張る。

「ちなみに、これは応接室にこっそり仕掛けておいた。だから君たちの会話は、ぜーんぶ私の耳に届いておったのじゃ! ハッハッハー!」

 ものすごい勢いでまくし立てる校長に、三人の教師は完全に気圧されていた。

 私はというと、必死で内容を咀嚼していた。

 マナ――魔法を生み出すエネルギーのようなものだろうか。

 そして双子マナは……よくわからない。だが、話の性質は、量子もつれに似ている。

 量子もつれとは、二つの粒子が強く結びついた状態になり、どれほど離れていても、一方の状態が変化するともう一方も即座に対応する、という現象だ。

 もしマナがそれに近い性質を持つなら、理屈の上では“無線”のような仕組みも成立する。異世界版の通信装置か。もしかしたら、私は今、世紀の大発見に立ち会ったのかもしれない。

 そんなことを考え込んでいると、校長がちらりとこちらを見た。

 一瞬だけ、目が合う。

 その眼差しは、生徒を見守る優しい校長のものではない。

 かといって、敵意でもない。

 あれは――獲物を見定めた猛禽類の目だ。

 校長に圧倒され、三人は沈黙している。

 プライバシーの概念が薄い世界とはいえ、盗み聞きされて気分がいいはずもない。だが、この傍若無人さには慣れているのだろう。三人とも呆れたように黙っている。

 校長は、そんな三人の様子を気にもとめず、私に向き直った。

「さあ、マキトよ。もう一度、金属板に手を当ててみるのじゃ」

 そう言って、金属板を私の目の前に差し出す。

 断る理由はない。私は再び、火、水、土のことを思い浮かべながら、そっと手を触れた。

「おお……」

 校長は期待に満ちた顔で、白い光の明滅を食い入るように見つめている。

「マナが、動きたがっておるな」

 ノルドは呆れつつも、魔法への関心を抑えきれない様子で問いかけた。

「何かわかったのですか?」

「うむ。マキトは魔法を知らんのじゃろ?」

「ということは、マナの存在も知らない。それでは、マナはどう動けばいいかわからん。だから、こんな中途半端な反応になるのじゃ」

 校長は断定的に言ったが、ノルドは納得していないようだった。

「……もう少し詳しく解説していただけませんか?」

 突然、校長は何度も両手を上げながら騒ぎ出した。

「うるさい、うるさい、うるさーい! もうお前たちはいいの! 邪魔! これからマキトと仲良くお話するから、とっとと出ていけ!」

 そう言うが早いか、三人を半ば強引に押し出し、扉を閉めてしまった。

 こうして私は、この変人校長と二人きりで部屋に残された。

「さて……」

 校長が、にやりと笑って私を見る。

(さて……)

 私も内心で呟く。

 ここからが正念場だ。この世界で生きていくための橋頭堡を、ここで築かなければならない。


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