22.計画始動と鍋作り
街に着くと、ちょうどお昼頃。朝、何も食べずに研究室を出て、慣れないことをしたためか、異常なほどの空腹を感じている。
それは、ミユキも同じようで、お腹を抑えている。
「お腹、減りましたね」
私が言うと。
「ええ。ペコペコです」
と、可愛らしく返してきた。
「ん。じゃあ、飯でも食うか?」
「はい。そうしましょう」
適当な定食屋に入って昼食を食べることにした。
お店はなかなか盛況なようで、かなり混雑している。
中学生2人と小学生1人という見た目の3人なため、少し場違いな気がしたが、店員は何も言わず4人がけのテーブル席を案内してくれた。
メニューを見る。本当に定食屋みたいだ。しかも、私にとって馴染み深い和定食のお店。しかも、メニューにはそれぞれイラストが添えられているので、日本と名前が違っていても判断がしやすい。
気分としてはとんかつ定食を選びたかったが、思う所があり、野菜炒め定食を注文することにした。
ちなみにアリシアはサバの煮込み定食らしきもの、ミユキはオムライスとミニコロッケとサラダのセットだと思うものを注文した。
注文が運ばれて、食事を始める。なぜか、ここでも「いただきます」の習慣がある。
前から少し思っていたことだけど、どうも、この世界は地球、特に日本の影響が出すぎている。
そもそも、言語も日本語だし書き言葉も同じだ。
間違いなく、以前にも日本人が異世界転生してきて、その文化を残していたのだろう。
そこら辺も調べてみるといいかもしれない。
そういえば、まだ歴史の本を読んでなかったな。帰ったら読むか。
なんてことを思いながら一口食べる。
やっぱり、思ったとおりだ。
「ん? どうした? 浮かない顔して。イマイチだったのか?」
アリシアに見抜かれる。というか、お店の中なんだから、もう少し声のボリュームは落として欲しい。
「いえ、違います違います。美味しいですよ」
私は慌てて、フォローする。チラッと店員さんの鋭い目線が刺さったように感じたからだ。
「ただ」
ここから声を潜める。
「この野菜を見てください。しなしなで野菜の水分が出すぎています。本来野菜炒めは強火でサッと炒めるのが、野菜の歯ごたえを残しつつ火をしっかり通すコツなんです」
そこでミユキのお皿をチラリと見て話す。
「この原因は調理人の腕というのも考えられますが、他にも、火力と調理器具も原因として考えられます。先ほど、ミユキさんがコロッケを割ったときサクッときれいな音がしたことから考えると、揚げ物をカリッと揚げるだけの温度は得られているということです」
「となると、残りは腕か器具。ということになるのか」
「ええ。もし、腕じゃなければ器具です。炒め物に使ったフライパンの熱伝導率が悪くて、どうしても強火で炒められない。おそらく、強火にするとフライパンの一部だけが熱くなってしまうため、フライパンがすぐに壊れてしまう。だから、あまり火を強くできず、このような出来になってしまうのだと思います」
「ほう。料理一つでそこまで考察するのか。やはりお主は面白いのぉ」
そう言ってアリシアは席を立った。
何をするかと思ったら、彼女の足はスタスタと厨房へと向かっていった。
「何をしに行ったのでしょう?」
「たぶん、今、私が言ったことが本当かどうか聞きにいったのだと思います」
「すごい行動力ですね」
「怖いくらいです」
「私、そんな人に付いて行けるのでしょうか?」
「でも、しばらく一緒に居て気付いたんですが、自分に刺激を与えてくれたり才能がある人には、当たりが柔らかいですよ」
「じゃあ、私なんか……」
「いや、ミユキさんはとんでもない才能だと言ってました」
一気に顔が明るくなるミユキ。さすがに化け物と評したことは黙っておこう。
食事をしながらそんな話を続けると、ミユキが遠慮しながら聞いてきた。
「あの。ずっと不思議に思ってたんですけど」
「なんですか?」
「マキトくんって、どうしてそんなに丁寧に話すんですか?」
「丁寧ですか?」
「ええ、とっても。まだ小さいのに、私よりもずっと言葉を知ってるし、丁寧な話し方もなんというか、すごく自然に話せてるのが……すごいです」
最後のすごいは、何となくネガティブな言葉を無理やりポジティブに直して発せられたような気がする。
「そうですか。やっぱりおかしいですか」
「おかしいというか、その、貴族の方の中には、そういう言葉遣いをする方もいるんですけど、マキトくんほどしっかり話せてないです」
「でも、ミユキさんも丁寧な話し方だと思いますよ」
「私は、父の影響で……。あ、でも、そういうところです。冷静に物事を判断して伝えるところとか、学校の人たちにはない特徴です」
「そうですか。でも、自分でも少し困っているんです。私はどうも砕けた話し方が苦手でして」
最初の仕事を初めてから死ぬまでの30年。私は意識してこの口調を使うよう心がけてきた。「もう少しざっくばらんに話してください」と言われたことも何十回もある。
しかし、私は、東京の下町育ちなので、元来は物凄く口が悪い。
私の父の口癖は「馬鹿野郎!」で、口調も江戸弁の俗に言うべらんめぇ口調だった。さすがに、この話し方はビジネスには不向き過ぎる。ということで、普段から口調を改めようと思い、気付いたら、この口調が完全に身についてしまい、丁寧な話し方以外話せなくなってしまったのだ。
「あの……」
私が物思いに耽っていると、ミユキがおずおずと話しかけてきた。
「まず、自分のことを私って言うのから直していけばいいんじゃないですか?」
「あ、たしかにそうですね。でも、どう言えばいいんでしょう? 僕? ですかね?」
「うん。僕がいいと思う。なんか、僕って言うだけで、私もすごい話しやすくなります」
「そうですか。じゃあ、今からなるべく僕って言います」
「うんうん。ほんと、それだけで全然違う」
本当にそうみたいだ。ミユキの言葉も一気に砕けてきた。
「僕、このお店には初めて来たんですけど、なかなか美味しいですね」
「ほら。やっぱり僕がいいですよ」
たしかに、この見た目には合ってる。うーん。それなら意識の中でも私ではなく僕に変えたほうが良いのだろう。
なんてやり取りをしていたら、アリシアが戻ってきた。
「スゴイぞマキト。お主の言う通りじゃった。調理器具は高い。でも、温度を上げて炒めたらすぐ壊れる。だから、中火くらいまでしか上げられない。だそうじゃ」
「え? 直接聞いたんですか?」
「うむ。ここは私の馴染みの店だからの」
馴染みの店? なんか違和感がある。
「どうした?」
「えっと」
違和感を形にしようとお店に入ってからのことを思い出す。
「あ、わかりました。店員さんがアリシアさんに対して、物凄い普通だったんです」
「なるほど。馴染みという割には余所余所しかったと」
「余所余所しい。というか、子ども3人で来る場所ではないのに、あまりにも普通だったことに違和感がありました」
「そうじゃろうな。私のことは普通に扱えと言っておるからな」
「?」
「私はこの街を作った人間じゃぞ? しかもこの街は、王都以上に問題なく平和で皆生活も安定しておる。じゃから、皆、私への敬意も強いのじゃ。でも、邪魔じゃ! うっとおしい!」
そういう理由か。いかにも彼女っぽい。
「じゃから、私の正体を知るものには、常に普通の扱いをするように。と通達しておるのじゃ」
「そうだったんですか」
「で、やはり鍋から始めたほうが良いのか?」
「そうですね。鍋やフライパンなど鉄製の調理器具がいちばんわかりやすいと思います」
ミユキが手を挙げて、おずおずと話に入ってくる。
「……すいません。何の話ですか?」
「ああ、マキトとな。世界を救う第一歩として、鍋を作ろうと話しておったのじゃ」
「?????」
ミユキの体全体から?マークが飛び出している。たしかに世界平和の第一歩が鍋と言われても何もわからない。
「ま、研究棟に戻ったらお主にも色々説明しよう。良いな?」
おそらく、この良いな。には契約書のことも含まれるのだろう。
別にいいけど、さすがに四肢を切り落とすような契約は辞めてほしい。
「はい。楽しみです」
ミユキは、中学生らしく世界平和というダイナミズムを感じる言葉に気を良くし、そこに自分も関わることが楽しみらしく、終始口元に笑みを浮かべたまま食事を終えた。
研究室に戻る。
アリシアが、ミユキに私、いや、僕たちの計画を話す。
「え―――――!!!!!」
ミユキの大声が研究室にこだました。
そして、立ち上がって、私の方を向いて、深々と頭を下げる。
「申し訳ありません! 私、マキトく……マキトさんのこと、てっきり小さな子だと思って……」
この一連の流れは、話の中で、アリシアが突然、私に関する話をしたせいだ。
「ちなみに此奴は、私と同じような人間じゃ。見た目はこんなじゃが、中身は55歳のおっさんじゃ」
そして、ミユキの絶叫。という流れである。
契約書も何もなく、ただただ普通にぶっ込んできた。
「ちょ、いきなり言うんですか?」
「だって、面倒じゃろ。それに、ミユキが誰かにバラすとも思わんし、バラシところで誰も信じんじゃろ」
言われてみればたしかにそうだ。
まだ、深く頭を下げているミユキに声をかける。
「いいんですよ。たしかにこんな見た目じゃ、子どもにしか見えませんし。それに、私ではなく僕と呼ぶ。というアドバイスは物凄く参考になりました」
「あ、いえいえ。そんな、私の父と同じ年の方に、なんて差し出がましいことを。本当に申し訳ありません!」
そう言ってまた頭を下げる。うーん。これはどうしたものか。
「えっと、でも、わ、僕とリラックスして話してくれるミユキさんが好きですよ」
取り繕おうと話してみたが、最後の好きという言葉に過剰反応して、顔を真っ赤にして俯くミユキ。
「わ、私は……」
「あ、いや、気にしないでください。とにかく、ミユキさんはそのままで」
「は、はい」
「さて、ラブコメはそろそろ終わりにして、話の続きをしてよいかの?」
ラブコメの一言でミユキはさらに顔を赤らめる。僕としてもこのやり取りは終わりにしたかったので助かった。ラブコメが通じるのか?
「お願いします」
「え? は、はい」
続きを話す。だが、やはりベイ通貨の独占から世界の危機に繋がるという流れは、どうしても理解が及ばないみたいだ。
「でも、お二人がそう言うなら、そうなるんですよね」
理解出来ぬとも、二人を信じるということで納得したようだ。
「うむ。そうじゃ。間違いなく今の平和は壊れる!」
「わかりました! 私、手伝います! でも、どうして鍋なんですか?」
「うむ。それがな」
そして、計画の話になる。すでに、彼女の父親のブルーもこの計画に参加していることに驚きを隠せない様子だった。
「そうですか。父も」
「うむ。今頃、色々と動いているじゃろうな。あやつのことじゃろうから」
「そういえば、今日、私が起きたら、すでに父は紙に色んなことを書いてました」
「おそらく、予算を通すための算段じゃろう。何年で元を取れるかといったところじゃな」
「へえ。父上も結構働いているんですね。家だとそんな素振り見せないから」
「ん? 知らんのか。あやつは置くだけブルーレットと呼ばれておるほど優秀じゃぞ?」
「置くだけ?」
「うむ。そこに置いておくだけで、勝手に事を進めてくれる超便利な奴。という意味じゃ」
「それって褒めてるんですか?」
「褒めておる。悪口にしか聞こえんくらいに褒めておる」
「そういうものなんですね」
「そういうものじゃ。あやつのお陰で私は、ここに引き篭もっていられるしの」
「でも、だいたい計画はわかりました。まず、鉄製品を作って広める。でも、人手が足りないということで学校を作る。ですよね」
「うむ。そのとおりじゃ。よし、やるぞ」
「はい!」
どうやら、納得したようで安心した。
でも、考えてみると、この超絶強力な魔法使いが2人もいれば、僕はそこまで手伝わなくても良いのではないか?
「これ、マキト。お前も手伝え。まず、鍋はどう作るのじゃ?」
早速、仕事が降ってきた。
「鍋は、こう、一枚の鉄の板をプレスしていって一気に形を作ってしまいます」
そう言いながら紙に、一枚の鉄の板がプレスされて鍋に変わるところを書いた。
「うーん。さすがに鉄を一気に曲げるほどの力は生み出せないな」
「というか、どうやってこの重い鉄の塊を制御しているのだ?」
「えっと、油圧式のダンパーというものがありまして……私も詳しく構造はわからないのですが、でも、それよりももっと良い方法があります」
「なんじゃ?」
「鋳造です」
「ん? 硬貨を作るときと同じ手法か?」
「そうです。マナを使って、溶けた鉄の温度を一定に保ったまま、鍋の形の型に流し込みます。そして、流し込んだらすべてが同時に冷えるようにします。こうすることで、形にむらが出ず、均一な厚みの鍋ができると思います」
「それならできそうじゃな。ちょっと待っておれ」
そう言って、アリシアは片手持ちが出来るくらいの鍋を持ち、外に向かった。戻ってくると、鍋の中には鉄がたっぷりと山盛りに入っている。どうやら昨日使った鉄を拾いにいったようだ。
「一つの鍋を作るならこれくらいの鉄があればよかろう?」
「ええ、おそらくこれで十分だと思います」
「では、ミユキ。最大出力でこの鍋の中を熱してくれ」
「はい!」
「え? ちょっと、そんなことしたら鍋も一緒に溶けちゃいますよ」
「大丈夫じゃ」
ミユキは鍋に向かって手を伸ばしている。どうやら、アクションを付けることでイメージがさらに強く持てるようだ。
「もっと、もっと激しく震えて! もっともっと!」
ミユキの声とともに鍋の温度はさらに上がったようで、パチッ、パチッと鉄は音を立て始める。どうやら不純物が燃えているらしい。そして、だんだんと鉄の形が崩れ、赤みがかったきた。
「ちょ、どういうことですか? 鉄が真っ赤になってるのに鍋に影響がないって!」
目の前の光景が異常過ぎる。
「ああ。そうか知らんのか。マナは温度の影響を受けないし、温度を遮断する。じゃから、鍋をマナで囲んでしまえば、ほらこの通り、鉄は熱されても鍋に影響を及ぼさんのじゃ」
そう言いながら鍋を触るアリシア。
これは難しい問題が出された。熱の影響を受けない物質など存在しない。
……あ、重力? 僕は1つの説を思い出した。
この宇宙には4つの力が存在していると言われている。
電磁力、弱い力、強い力、重力。
すべての力はこの4つに分類できる。電磁力が基本でそれより弱いと弱い力、それより強いと強い力。そして、重力。だけど、重力だけは他の3つに比べるとあまりにも力が弱すぎる。物理法則を計算する時も重力は、微量過ぎるので計算に入れない。というくらいに弱い。我々は重力によって地上に引き付けられているというのに……。
では、どうして重力はそんなに弱いのか。その疑問に答える説の一つとして「重力は3次元空間だけでなく高次元空間にも力を及ぼしているからではないか?」と言われている。
もしかしたら、マナも高次元にも影響を及ぼすものなのかもしれない。それなら3次元で起こった熱など高次元で考えたら、マンガの中で燃える炎のようなものだ。2次元で燃える炎は3次元では大きな影響を及ぼさない。同じように3次元の熱は4次元空間ではその影響は著しく小さくなる。
そういえば、高次元の説明で、面白いものがあった。次元は物体の移動方向だ。0次元が点、1次元が横、2次元が縦と横、3次元が縦横高さ。そうやって物体の移動方向を増やしていくと、時間、パラレルワールド、そして意識と変わっていくみたいな話だ。
さすがにこれは科学とフィクションを融合しすぎている気はするものの、これが本当ならマナが人の意識を読み命令を遂行するということにも合点がいくのも確かだ。
そんなことを考えていると、鍋の中の鉄はみるみる溶けていき、完全な液体になっている。不純物が多かったせいか、溶けた鉄は大きな炎を出しバチバチと言う音を発している。
ミユキは少し前から鍋から距離を置いて魔法をかけ続けている。
「ま、まだですか?」
「この中には、鉄以外にも色々なものが混ざっています。もし、ここから鉄だけを冷やすということはできますでしょうか?」
「いや、それはミユキには無理じゃろう。でも、鉄は昔から私の遊び相手じゃったからたぶんできるぞ?」
そう言ってアリシアが魔法を使い始めた。ミユキが熱を放出し、アリシアは鉄だけを冷やす。
「これって、相反する命令を二人が出していることになりますよね。どうなるんですか?」
「意識の強いものが優先される。この場合は、おそらく私じゃな。じゃから、鉄だけ冷やされるはずじゃ」
「じゃあ、そのままちょっと待っていてください」
私は研究室にあった大きなたらいを持ち出して外に出た。自分ができる範囲にマナを広げ、何度も水をかき集めた。しばらくすると、たらいの中には大量の水が溜まっていた。
「すいません。こちらまで来てくれませんか」
さすがに室内の中で一気に冷やすのは危険だ。
「さあ、鍋の中の物を一気にこの中に入れてください。あ、熱い水が飛ぶので気をつけてくださいね」
「ほいっと」
バジャーという何とも形容しがたい音とともに水が爆発したように四散する。私は見様見真似でマナのバリアを張ってみる。たらいの縁から縦に一直線のバリアを張ってみた。
「大丈夫。バリアは私がもう張っておる」
アリシアがそういうので、私は魔法を切った。
しばらくすると水が大人しくなる。たらいを覗くと大きな鉄塊とゴミのように小さい不純物の塊が水の中を浮いている。
私は手をバリアで覆い、鉄の塊を取り出し、水の魔法で鉄を軽く洗い流した。
「できた!」
「すいません。言われた通りにやっただけなんですけど、今、何をしていたんですか?」
ミユキに説明する。鉄と言ってもその中には、他の物質もたくさん混ざっていて、混ざっていればいるほど鉄の強度は低くなる。そこで、不純物だけを熱で溶かして、鉄だけを固めることで鉄塊と不純物に分けた。
「へぇ。すごいです。そんなの知りませんでした」
「ちなみに、私もこんな方法で鉄だけを選り分けるとは知らなかった」
「何か他に方法があるんですか?」
「全部溶かした後、マナに鉄だけを分けてくれとお願いしてから、冷やせばいいだけじゃ」
「た、たしかに」
そうか。マナが熱の影響を受けないのならそれがいちばん簡単な方法だ。
「マナの扱いに関してはまだまだじゃな」
そりゃそうだ。こちとら魔法を覚えて三日目だ。
「では、次にもう一度鉄だけを溶かして、鍋の型に流し込みます。これもマナでできますか?」
「うむ。じゃが、これは難しいの。均一にせねばならんのじゃろ?」
「はい。無理ですか?」
「いや、私ならできるが、さすがにこれはミユキでも難しいじゃろう。ミユキできるか?」
「えっと、均一にするにはどうすれば……。すいません、わかりません」
「うむ。まだ、お主は魔法を使えるようになったばかりじゃ。そう焦らんでも良い」
「では、とりあえず一個作ってみましょう」
そういうとアリシアは鉄塊を鍋に戻し、ミユキに熱するように伝える。
アリシアは、マナで型を作る。そして、ミユキから鍋を受け取る。
「ミユキさん。鉄の温度をキープしてください」
「はい。そのままそのまま。同じ振動をキープして」
アリシアが溶けた鉄を流し込む。注ぎ口から入った鉄はゆっくりと下に落ちて行き、だんだんと鍋の形へと成形されていく。
不思議な感じだ。マナで作った型は完全に透明なので、見た目では空中で勝手に鉄が鍋の形になってくようだ。
「まだです。完全に鍋の形になるまでは温度をキープしてください」
「はい」
「そろそろかの」
「はい。では、次はゆっくりと振動を抑えていってください」
「はい」
真っ赤な鉄はだんだんと光を失い、赤から黒へと変わっていく。
「あ、黒くなっちゃいました」
「大丈夫です。空気中の酸素と反応しただけですから」
「では、全体を十分に冷やしてください」
「はい」
マナの隙間から湯気もでなくなり、完全に鉄は真っ黒な鍋の形になった。
「アリシアさんマナの型を外してください」
「はいよ」
ゴトン。空中に浮かんでいた鍋は重力を思い出したように床に落ちた。
「なんじゃ。随分真っ黒な鍋じゃの」
「いや、これ多分、大成功です」
私は、鍋を持ち上げて、表面の黒い部分を擦ってみた。やはり簡単には剥がれない。うまく表面の鉄に酸化層が作れたみたいだ。
厚みも全体的に均一に見える。うん。これなら完璧だ。
「アリシアさん。鉄はまだありますか?」
「溶かせばまだあるぞ?」
そう言いながら、アリシアは大きな革袋を持ってきた。革袋の中からはジャラジャラと音がする。
まさか、これって。
「ドラゴニア硬貨じゃ。これは、もっとも価値が高い黒貨と呼ばれておる。しかも、作ったばかりの硬貨はちょっと臭いことから、他の国では臭貨と呼ばれバカにされとるがな」
黒貨を一枚受け取り、匂いを嗅ぐ。なるほど、ほんの少しだけど硫黄の臭いがする。おそらく、鉄を何日も硫黄に漬けて変色させたのだろう。でも、黒く虹色に輝くさまはなかなかきれいだ。
でも、これでブルーが言っていたドラゴニア硬貨の行方は判明した。噂は正しかったのだ。
「これは、ほとんど鉄じゃからの。溶かせばいくらでもあるぞ」
それなら、話は早い。今度は鉄の選別もマナに行わせ、鉄の純度を高めて、今度はフライパンの形に整形する。同じように黒色の美しいフライパンができた。
「それで、これをどうするのじゃ?」
「性能テストをします。明日、また昨日の定食屋に行きましょう」
「なるほど。それは驚くじゃろうな」
「ええ。間違いなく世界一のフライパンと鍋ですから」
「それでどの後はどうなる?」
「定食屋に看板メニューを作ってもらいます。さっき食べた野菜炒めも、これがあれば格段に美味しくなりますが、もっともこのフライパンの恩恵を受けるのはステーキなどの厚めの肉料理です。生で食べられる肉はありますか?」
「ん? ステーキで使うホルスタの肉は生でも食べれるぞ?」
ホルスタ。ホルスタインみたいだな。こっちの世界で言う牛肉だろう。
「ならば、それを看板メニューにしてもらいましょう」
「あ、あのー」
おずおずとミユキが話に入ってきた。
「明日は私も絶対に連れて行ってください!」
「お、どうした急に?」
「話の流れからすると、明日はステーキが食べられるんですよね」
「ま、そうなるじゃろうな」
「じつは私、お、お肉が大好きなんです!」
突然の肉食女子宣言。
「でも、さっきはオムライスを食べてましたよね」
「ほんとうは、お肉をたくさん食べたかったんですけど、なんか恥ずかしくて、すいません」
「いや、恥ずかしがることなんかないですよ。ミユキさんは育ち盛りなんですから」
「お主の見た目で言われてもなぁ」
「そうですね。たぶん、僕も育ち盛りです」
「僕?」
今さらアリシアが気付いたようだ」
「ええ。先ほど食堂で、私より僕のほうがいいとミユキさんからアドバイスされまして」
「たしかに、お主の見た目だと私はないな。うむ。これからも僕と呼ぶことを許す」
「いや、許されなくてもそうしますよ」
「マキトく、さんは……」
「あ、いや、これまで通り、マキトくんって呼んでもらえます? そのほうが自然ですから」
「え? でも」
「良い良い。私もマキトと呼び捨てにしておるんじゃ。同年代に見えるお主がさん付けはおかしいじゃろ」
「でも……はい。わかりました。マキト……くんもお肉好きですか?」
「ええ。もちろん」
ビールに焼き鳥。ビールにステーキ。ビールにとんかつ。基本的に私の夕食はご飯を食さず、その代わりをビールで補っていた。そして、やはりビールのお供といえば乾き物か肉だ。しかも、前世の私は……前世を思い出すとさすがに私になってしまうな。
ま、とにかく前世の私は、お金もあったし、とにかく肉にお金を費やしていた。
なので、そんじょそこらの人より肉の調理法について詳しくなってしまった。
「なんで明日はお肉パーティにしましょう」
「明日と言わず、今晩はどうじゃ?」
「ステキです!」
「いいですね!」
その後、あと2つフライパンを作り、念の為、研究室でも過熱実験を行った。昨日の定食屋は、魔石ではなく直火を使っていたので、同じく直火でフライパンをキンキンに熱して、余計な錆を落とす。そして、しっかり洗った後、再びキンキンに熱して、油を入れて、フライパン全体になじませる。この工程を油慣らしと呼び、フライパン表面の凹凸も無くすことができ、鉄のフライパンでも食材がこびりつかず、長持ちさせることが可能となる。もちろん、一日程度の油慣らしでは、すぐに剥がれてしまうが、まあ、この世界でも料理人ならやっているだろう。
そうこうしているうちに、すでに陽は落ちていた。
私たちは、新品の鍋とフライパンを持って意気揚々と定食屋に向かった。




