20.魔力の秘密と夜語り
私たちが研究室に戻ると、中学生と見た目だけ中学生が、キャッキャと騒ぎながら、はしゃいでいる。だが、その内容は、中学生レベルを超えている。
すり鉢状の分厚い氷を何層も積み重ね、その上から熱した鉄を流し込んでいる。
ジューという音とともに鉄はくるくると回転しながら赤から黒にその色を変え、すり鉢の下へと溜まっていく。ゴトンという音とともに、次のすり鉢に落ちる。すり鉢とすり鉢はズラシて設置されているため、また、次のすり鉢もくるくると回転しながら進む。
「お、スゴイぞミユキ。3層を超えたぞ」
「まずいですね! あと4層しかありません」
「なんのまだまだ大丈夫じゃ!」
「でも、鉄はまだまだありますよ?」
「いけ、構わん流せぇ!」
「はい!」
私たちは呆気に取られている。絶え間なく続くジューという音と、次のすり鉢に落ちるゴトンという音。私たちもこの実験に見入ってしまう。
「流し終わりました!」
「四層も突破じゃ!」
「大丈夫ですかね」
「たぶん大丈夫じゃな」
無言で見ていると、鉄は5層目で詰まってしまい、そこから先へは進まなくなった。
これにて実験終了ということだろう。
「ふむ。面白かったの」
「はい!」
と、実験が終わったところで、ようやく二人は私たちを見た。
「あ、すいません」
なぜか、ミユキが私たちに謝る。
「いや、構いませんよ」
ブルーが娘に応える。
それと同時にアリシアが注目を集めるための咳払いを一つ。
「紹介しよう! これから、私の研究助手を務めることになったミユキ・ハーランくんじゃ。みんなよろしくな」
これには、私だけでなく、いや、私以上にハーラン親子が驚いている。
「どういうことですか?」
ブルーは戸惑っている。
「えー?」
ミユキは疑問の中に喜びを隠しきれない様子だ。
「お主らが長話をしている間、ミユキの魔力などを測っておった。やはり、マキトの言うとおり、此奴の魔力は私に近いものがある。見よ、このタワーを。こんなのを作れる人間が他におるか?」
「これをミユキが作ったのですか?」
「うむ。そうじゃ。良い娘じゃの」
「そうですか」
ブルーはまた複雑な顔をした。だが、今回は安堵と喜びが入り混じった表情である。
「スゴいですね。どうやったんですか?」
「簡単じゃ、すり鉢上にマナを固めて、後は水を流し込みながら冷却するだけじゃ」
「1段作ったら、氷柱を作り、ズラした場所にまたマナを固めて水を流して冷却する。これの繰り返しじゃ」
ほう。マナの凝縮はこういう使い方もできるのか。
「こんな生徒、学校に置いておくのはもったいなかろう? じゃから、マキトとともに私の元で働かせることにする。もう決めたことじゃ!」
「でも、学校の授業のほうは」
「あー、いらんいらん。お主のほうで勝手に卒業ということで処理しといてくれ」
「しかし、卒業には試験が」
「あんなん簡単じゃろ。よし、ミユキ。今から卒業試験を行う」
そう言いながら、アリシアは玄関のドアを開けた。
「あそこに見える木に火の玉を当ててくれ。やり方はわかるな」
「はい。炎を作って風で飛ばせばいいんですよね」
あ、私がノルドに向かって行った魔法。あれ、卒業試験だったのか。
と、私が思い返している間に「パーン」という大きな音が聞こえた。どうやら、この間にミユキがファイアーボールを木にぶつけたようだ。
「はい。合格おめでとう! アーンド、就職おめでとう!」
アリシアが一人で拍手をしている。
「お主もそれでよいな?」
「あ、はい」
なんというか……。ほんの数時間前まで父親からあれだけ心配し、本人も心が壊れそうなほどに落ち込んでいたというのに、今では世界一の魔法使いから世界有数の魔法使いと認められるようになってしまった。
「マキトさん。よろしくお願いします」
「あ、はい」
「お父様ありがとうございます。お父様がここに連れて来てくれたおかげです。ミユキは、ミユキは今日が、人生でいちばん幸せな日です!」
「……ミユキ」
ブルーはもう何も言えなくなり、ただ、私とアリシアに向かって、深々と頭を下げた。
「では、今日はこれで失礼します」
「うむ。ブルー。良かったの」
アリシアの言葉にブルーはとうとう涙を流した。
「ええ。私にとっても今日は最良の一日でした」
「では、今後は親子ともどもよろしく頼むぞ」
「はい!」
親子の声はほぼ同時に聞こえてきた。
「それで、私は明日もここに来て良いのでしょうか?」
「当たり前じゃろ。お主は、明日、いや、今日から研究助手じゃ。何ならここに住んでも良いぞ。マキトも住んでることだしの」
「え? そんな」
まんざらでもなさそうな顔をするミユキがチラリと父親の顔を伺った。
「いや、さすがにそれは勘弁願います」
と、反対するブルー。さすがにそれはダメだろう。
「では、適当な時間にここに来れば良い。やることはいくらでもあるからの」
「わかりました。それでは、これで失礼します」
ハーラン親子は、最後にまた深々とお辞儀をして、部屋を出ていった。
「面白い一日じゃったのぉ」
「そうですね」
今日どころか私にとっては、ここに来てから面白くなかった日が一日もない。
「さて、今日は眠ったほうが良いかの?」
「そうですね……でも」
研究室は先ほどの実験の痕跡が残ったままだ。
床はびしょびしょだし、今は氷柱が解けてさらに濡れている。
「そうじゃのぉ。これを片付けるか」
アリシアはそう言いながらマナを操作した。
風魔法で水を散らし、床に満遍なく水が広がっていく。
続いて氷魔法を使ったのか、床全体が氷に覆われた。
「なるほど」
私はアリシアの意図を察し、氷柱を押し、氷の床の上を滑らせて、玄関から外に放り出した。
「鉄はどうします?」
「氷が溶けた後で良いじゃろ。明日じゃ明日。
アリシアは再び魔法を使い、床の氷を今度は溶かし、さらに熱して蒸発させてしまった。
「便利ですね」
「うむ。お主もこれくらいの魔法は使いこなせるようにならんとな」
「ええ。精進します」
「ところで、もし、まだ眠らないのなら、お茶の一杯でも付き合って欲しいのじゃが?」
「お供します」
お茶が運ばれてきた。思うが、どうしてこの人はお茶だけは自分で入れるのだろう。しかも人の分まで。
「趣味じゃな」
「は?」
「いや、お茶じゃよ。お主、今、どうしてこいつはお茶だけは自分で入れるのだろう? って思ったじゃろ?」
「はい」
「じゃから趣味じゃ。何なら王家の嗜みと思ってくれても良いぞ」
たしかに彼女の淹れたお茶はうまい。
「美味しいです」
「そうじゃろ。そうじゃろ。で、どちらが話すか? お主は魔法について聞きたいじゃろ? わしは体について聞きたい」
「では、公平にじゃんけんで」
言った後に気付いたが、運良くこの星にもじゃんけんはあった。ただ、ちょっとだけ名前が違っていて「じゃっけん」という名前だった。そして、私が勝利した。
「では、聞きますが、今日、ミユキさんの魔法を見て、驚きました。魔力とは何なんでしょう?」
「なんじゃ、そんなことか。簡単な話じゃ」
魔力についての説明を受ける。
魔力とは、主に4つの要素で構成されている。
1.マナ操作量
一度にどれほどのマナを動かせるか。
2.マナ運動量
どれだけ大きな力を発揮してくれるか。
3.マナ操作距離
どれくらい遠くまでマナ操作が届くか。
4.マナ操作範囲
どれほどの範囲にマナ操作の範囲を広げられるか。
「だいたい、こんなもんじゃ。ただ、範囲は操作量、距離は運動量に関係する事が多いな。マナを強く動かせれば、遠くまで操作ができる。マナをたくさん操れるなら範囲も広い。そんな感じじゃ」
「ちなみにミユキさんは?」
「ああ、あれはバケモンじゃ。魔力は私よりちょっと下くらいじゃの。じゃが、14歳の頃の私と比べると、比較にならんほどミユキの方が高い」
「そうなんですか」
「うむ」
「で、他にはないのか?」
「あります。少しヤバい魔法を思いついてしまったのですが……」
「そうか、やってみろ」
「いや、ヤバい魔法なので」
「大丈夫じゃ、お主程度のマナ制御なら、上書きできる」
「わかりました」
魔法を発動する。その魔法はしばらくして消されてしまった。
「な、なんじゃこの魔法は!」
「あ、いや、単純な仕組みですが」
「なぬ。なら教えてみい!」
その魔法を教えた。途端にアリシアの目が輝き出した。
「お主! これはヤバいぞ! 歴史的快挙じゃぞ!」
「そうなんですか?」
「これまで魔法を覚えてきて、戦闘に使えるとか考えたことあったか?」
「アリシアさんがノルドさんをいじめているときに、攻撃魔法もあるのかと思ったくらいですが」
「そうじゃろ? でも、それができるのは、私やミユキのような化け物だけじゃ。ノルドも頑張ってはいるのじゃがなぁ。風魔法なら飛ぶ魔物に有効じゃし、カエルなどの両生類の魔物には体温低下の魔法が効く。しかし、それらはどれも補助の域を出ておらん。魔法で魔物の息の根を止めるというのは、ノルドでも難しいのじゃ」
「そうなんですか」
「うむ。じゃから魔法の戦闘利用はレオンのような脳筋が、自らに補助魔法をかけたり、身体移動に風魔法を用いたりするくらいじゃ」
「その、自らにかける補助魔法というのは?」
「お、そうか見たことないか。簡単なことじゃ。自分の体の細胞を活性化させる。といっても体を温めてパフォーマンスを上げる程度じゃがな」
「そういえば。ここに来た時、レオンさんが空を飛び、助けていただきました」
「あれは、普通の風魔法じゃ。筋力を最大限まで発揮して大ジャンプ。同時に大きな上昇気流を発生させて、風に体を乗せさらに高く飛ぶ。同じように降りるときも上昇気流を発生させて、落下速度を下げる。と、それくらいじゃ」
風魔法の有用性が高い。
「風魔法が大事なんですね」
「戦闘ではな。マナ操作が優れていれば、風の刃も作れるからの。軽く皮膚を傷つける程度じゃが」
「でも、魔物が獣なら、毛を燃やすことができるのではないでしょうか?」
「そう思うじゃろ? じゃが魔物だってマナを扱える。しかも体内に魔石という濃いマナ結晶を持っているくらいじゃ。魔物とマナの親和性は人間よりも高いんじゃ。毛を燃やしても、本能が炎を消したいと思うからマナがすぐに反応して消してしまうのじゃよ」
「人間だと呪文や理屈が必要なのに、魔物はナシですか」
「そうなんじゃ。消すという結果だけでマナが働くようでな。その仕組は今もわかっておらん。でも、お主のさっきの魔法なら問題あるまい。何しろ魔物には何が起こっているのかわからんからな。私もお主の説明を聞いてなければ、ただ混乱し何もできなかったかもしれん」
「魔物で試してみたいですね」
「そうじゃの。早速明日行ってみるか」
「え? 3人でですか?」
「うむ。ミユキも入れて3人で行こう」
「もちろん、私はいいですけど」
「ミユキもここで助手をするなら、まず適応ということを覚えてほしいからな」
「いきなり、戦闘ですか」
「ま、この学校にいるなら、魔物との戦いはどうせ避けられん。大丈夫じゃろ」
「そうですか」
「ときに、私の体のことじゃが……」
「あ、そうですね。簡単に言えば、若返りの方法はあります」
「そうなのか? お主の星の科学ではできるということか?」
「いえ、空想の領域ですが、その空想をアリシアさんは実現しているように思えます」
「ふむ。興味深いな。今日の締めにその話を聞かせてくれないか?」
「わかりました。まず、先ほど、質問しましたが、頭と体力は今まで通りなんですよね?」
「そうなんじゃ。体は元気じゃが、体力はちときついの」
「ですよね。でも、若返ったときは、外見だけで、中身が何も変わってない気がしませんでした?」
「おう。よくわかったの。そのとおりじゃ」
「そうですか。じゃあ、私の仮説は、ちょっとだけアリシアさんの状況に近いかもしれません」
「お? なんじゃなんじゃ?」
そこから体の構造のレクチャーが始まる。
体は何十兆もの細胞から出来ていて、それぞれの細胞には人間の設計図と呼ばれるDNAが入っている。そして、そのDNAの末尾はテロメアと呼ばれ、細胞分裂するたびに短くなっていくようになっている。このテロメアの長さで細胞分裂の回数を制御していると言われている。
そして、アリシアの状態は、このテロメアが戻った状態に近い。
細胞分裂の回数が戻ることで、肌や血液は若返り、筋肉は若返らないが、鍛えれば強くなるという性質を取り戻す。
ただし、心臓の筋肉、いわゆる心筋や脳細胞、神経などは元に戻らない。
これを踏まえるとアリシアの体は、テロメアだけが元に戻った状態に近い。
ちなみに、テロメアを修復するテロメラーゼという酵素が存在する。まさに、今のアリシアの体がこのテロメラーゼによってもたらされたとも考えられるが、通常の細胞がテロメラーゼを作り、テロメアを修復しながら分裂を繰り返すというのは、まんま、がん細胞の性質そのものである。
などの説明を施す。
「なるほど。ならば私の体は全身ががん細胞ということか?」
「いえ、それだったらもうとっくに死んでいます。がん細胞というのは、体の中で何の仕事もせず、ただただ異常に増え続け、そのたびに膨大なエネルギーを体から奪い取ったり、他臓器に侵入し働きを弱めたりして、最終的に死に至らしめる病気です」
「では、私の体はどうしてこうなった?」
「まったくわかりません。マナの行動パターンが判明した今、まったくの謎です。振動、移動、選別、凝縮。どれにも当てはまりません」
たぶん、体の件だけでなく、最初に双子マナを見た時、量子力学と似ていると思ったが、これも違う。
てっきりファンタジー的な拡大解釈がなされているのかと思ったら、どうやらこの世界は、マナという異質な物質による振る舞いだけがおかしく、あとは、物理現象だ。となると、アリシアだけが、マナにおかしな挙動を与えている?
「この世界にアリシアさん以上に魔法に精通している人っているんですか?」
「うーん。どうじゃろう。たぶん、おらんのじゃないか?」
「となると、アリシアさんだけがマナに対して、他の人にはできない特徴を与えることができるのかもしれません」
「ほっほう! 私はマナに選ばれた特別な人間というわけじゃな?」
「今のところは、そう考えるしかないように思います」
「なるほどなるほど。たしかに、私を特別と思えば万事解決じゃな!」
なんか、妙に調子に乗り始めたな。
「でも、先ほど魔物は結果だけでマナが働くと言ってたじゃないですか。それに近い感じじゃないですか?」
と、ちょっと冷水を差しておく。
「お主も言うようになったな」
「すいません。では、今日はこの辺で失礼します」
そろそろ小学二年生の限界が来たようだ。
「よい夢をみるんじゃぞ?」
「はい。明日も幸せな一日なるよう祈りながら寝ます」
そう言って、部屋に戻った。
こうして、この世界での3日目が終わった。
寝支度を整えベッドの中で思う。
3日。まだ、3日なんだ。
毎日があまりにも濃すぎて、そのことすら忘れそうだ。
本当に、まだ3日って感じです。




