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2.魔法と応接室での尋問

 教師の背中に乗り、私は運ばれていく。

 視界の端を流れていくのは、高い天井と長く伸びる廊下。石造りの校舎は古く重厚で、壁や床、柱の一つ一つに幾何学的な文様や金属の装飾が施されている。

 装飾はすべて無機物で、装飾というより機能と格式を兼ねた設計思想のように見えた。窓から差し込む光が床の金属線を反射し、規則正しい模様を描いている。

 運ばれながら、ここがただの学校ではないことだけは、嫌でも理解できた。

 やがて職員室と呼ばれる場所に着く。どう見てもファンタジー小説に出てくるような学校にもかかわらず、ドアの上には「職員室」と日本語で書かれたプレートが飾られているのがシュールだ。

 職員室の中に入る。そこは本当に学校の職員室のようだ。ただ、机は木製で、机の上に置かれているものも違う。本は紙束を紐で括ったものだし、羊皮紙を丸めたスクロールが広口ビンの中に突っ込まれている。ペンも羽ペンだ。

 ただ、机の配置は私が学生時代に見た職員室と同じだ。

 だが、そんな違いを楽しむ余裕もなく、私は職員室の隣にある応接室に通された。


 私は椅子に座らされ、誰かが用意してくれた毛布を掛けられた。手には温かい飲み物の入ったコップが渡される。

 落ち着くまで待つ、という配慮らしい。

 飲み物を飲み終え、私が一息ついたのを見計らって、目の前の大人たちが自己紹介を始めた。

「私はレオン。剣術と強化魔法を担当している」

 私を運んできた体格のいい男が、腕を組んで言う。

「ノルドだ。元素魔法を教えている」

 落ち着いた口調の男。

「マリアよ。座学全般と生活指導を担当ね」

 三人とも、教師としては自然な役割分担だと思った。だが、その肩書きに当たり前のように混じる「魔法」という言葉が、現実感をじわじわと削っていく。

 私の名前を聞かれたとき、少し厄介なことが起きた。

「えっと、マキト家のハザマ、だな?」

「マキト家? そんな家名あったかしら?」

 苗字で呼ばれた瞬間、私は首を横に振った。

「いえ……狭間が家名で、真希斗が……その名前です」

 一瞬の沈黙。

 どうやらこの世界では、名前の後にファミリーネームが来る欧米風の表記が普通らしい。


 その後は、なぜ、あんなところに居たのか。などの質問が続いたが、異世界転生だなんて言えるはずもなく、私は「覚えていない」「わからない」を繰り返すことにした。

 その中で、魔法についての質問があった。

「そういえば、お前、俺が飛んだとき物凄い驚いてたな。どうしてだ?」

「いえ、生まれて始めて魔法というものを見たもので」

 質問したレオンだけでなく、あとの二人、ノルドとマリアも信じられないものを見た。という顔で私を見ている。

「魔法を見たことがない?」

「それ、本当?」

 この世界では、それくらい魔法が当たり前なのだろう。

 しかし、本当に見たことがないのだから仕方がない。

「ええ。本当に見たことはありません」

「たしかに、飛んだだけであれだけ驚いてたもんなぁ……」

 レオンは私の言葉に納得してくれていたが、他の二人は「信じられない」「そんなことがあるのか?」と疑問を口にする。だが、何を聞かれても私の答えは「わからない」しかない。


 やがて、教師たちは深追いを諦め、この場所の説明を始める。

「ここは王立の魔法学校。主に貴族の子弟が通うが、魔法の才能があれば一般階級からも入学できる」

 魔法学校。

 その言葉に、私は思わず目を輝かせていた。

 私のコップが空になっているのを見て、元素魔法担当のノルドが声をかける。

「もういっぱい飲むかい? 水でよければ」

「ええ。お願いします」

 ノルドは立ち上がり、窓を開けるとコップを外へ差し出した。小声で何かを唱え、コップを回し、逆さまにする。空だったはずのコップから、少量の水が落ちる。

(コップをゆすいだ?)

 さらにもう一度、呪文を唱えた。

 そうして差し出されたコップには、なみなみと水が満たされている。 魔法……? そう理解しているはずなのに、目の前で見せられると、どうしても手品のように感じてしまう。だが水の冷たさも重さも本物だ。現実だ。

 私は水を一口飲みながら考えた。


 私は元の世界で死んでいる。ゆえに戻る方法はない。

 そして、この世界と元の世界の最大の違いは魔法だろう。文化や風習の違いは、時間をかければ適応できるし、これまでの会話から、コミュニケーションに関しては地球と違いはなさそうだ。だが魔法だけは別だ。中空から水は出せないし、人も飛べない。明らかにこの点で私の知る常識とは異なっている。

 だが、私は今、魔法学校にいる。

 これは僥倖と言っていい。ならば、このもっとも大きく違う常識を潰していけば、自ずと、この世界で生き抜く方法や私ができることを見つけられるだろう。


「……魔法の才能があるかどうかは、どうやって確認するんですか?」

 ノルドが答える。

「魔力の有無と属性の傾向を測定する」

「才能というのは生まれつき、のものですか?」

「多くはそうだが、成長と共に発現する例もある」

 机の端に置かれた金属板が示される。

「測定具だ。触れれば反応する」

 私は正直に言うことにした。

「……僕は、ここのことが何もわかりません」

 三人の視線が集まる。

「常識も、身分も、帰る場所も。何一つわかりません。だから、せめて……」

 机の上の金属板を見る。

「自分に魔法の才能があるかどうかだけは、知りたいんです」

「まぁ、測るだけなら、構わんよ」

 そう言いながら、ノルドは、机の端にあった測定機を私の前に持ってきた。

「えっと、すいません。測る前に聞きたいのですが、この国で魔法の才能がある人の割合はどれくらいですか?」

「どうしてそんなことが気になるのかね?」

「あ、いや、才能がないと診断されたときのショックを少しでも和らげたくて……」

「なるほど。それならば安心したまえ。2割〜3割といったところだ」

「そうですか。ありがとうございます」


 とりあえず、今、無理せずに聞ける情報はこれくらいか。

 私の現状と今まで見たこの世界の状況から、まずは、私自身がこれからどうするかを決めなければならない。私は元の世界で死んでいる。ゆえにこの世界で生きなければならない。

 しかし、この世界のことを何も知らず、文化も風習もわからない。なので、誰かの庇護の元、安全で安心できる場所の確保が急務ということになる。具体的に言えば衣食住の確保だ。とりあえず、衣食住のランクは考えず、野垂れ死ぬようなことにならなければ良し。この指針で考えよう。


 これまでの会話からいくつかの推測を立て、自分の立ち居振る舞いを決めていかなければならない。

 まず、戒めよう。私がこれまでに見たり読んだりした異世界転生モノに非常に近い世界観だ。それゆえに、異世界転生モノにありがちな状態。たとえば、ステータスが表示されたり、神様からギフトをもらったり、世界には魔物が跋扈していたり、冒険者がダンジョンに潜ったり。などなど、このような異世界転生あるあるを一切考えてはいけない。あくまで、これまで見た、聞いたことから推測していく。


 王国ということから、少なくともこの国には王様がいて、どうやら貴族もいるようだ。つまり、専制君主制で政治が行われているということだ。おそらくは、地球と同じく、王族や貴族は特権階級として扱われていると考えられる。

 とはいえ、権力は腐敗する。専制君主制は選挙がなく、民主制よりも自浄作用が少なく腐敗しやすい。

 貴族と庶民の格差も大きいだろう。この大きさは貧富から始まり、生きる道の選択肢や教育など、至る所で格差が生じているだろう。

 これまでの私の態度、言動と教育格差を考えれば、この教師たちは勝手に私が、どのような人間なのか、その可能性を考えるはずだ。そして、その結果は、保護した方が良い。という結末に落ち着くはずだ。

 そして、ここは「魔法」学校だが、教員の一人、私を運んでくれたレオンは自らの担当を「剣術」と言った。剣術を教えるというのは日本の学校で精神の鍛錬を目的に剣道を教えるとはわけが違う。

 レオン自身の体躯も明らかにメンタルよりフィジカルに偏っている。もっと実践的、すなわち敵を倒す力としての剣術。その敵が、人なのか、ファンタジー世界によくある魔物なのか。それはわからないが、とにかく日本より暴力が身近にあるのだろう。魔法も戦力として活用している可能性が高い。


 つまり、この国は戦力を欲している。なので私に魔法の才能があれば、より保護の期間は延びるだろう。また、戦いが身近にあるならば、戦災孤児も生まれやすい。この学校を見た限り施設の管理が行き届いている。ということは、孤児院などの施設もあると推測できる。ならば、最悪でも孤児院に預けられそうだ。

 状況と情報を分析した結果、私の今後の処遇は以下の4つの選択肢の中から選ばれるであろう。


1.長期間の安心と安全を与えてもらう

2.短期間でも安心と安全を与えてもらう

3.野垂れ死にしない程度のクオリティで安心と安全を与えてもらう

4.これらが達成せず、何も知らない異世界に放り出される。


 私はビジネスにおいて結果は「最悪でないなら良し」と考えている。

 これなら、部下に余計なプレッシャーを与えることもないし、最悪でなければ成功とみなすので、部下たちも成功体験を得やすい。

 そして、今のところ憶測からの可能性ではあるが、4になる可能性は極めて低い。と思う。

 ならば、1の可能性を引き上げるために、まずは魔法の有無から確認していこう。


「では、君が何者なのか、その一端を確かめよう」

 ノルドは金属板を手にし、私の前に置く。

 そして私は静かに、手を伸ばした。


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