19.新たな味方と置くだけ
彼女に遅れること数秒。私も下に降りる。
娘が笑顔で階段を走って降りる姿に粗相を崩すも後からやってきた私を見て、一礼する。
「マキト様……」
「お父様!」
私に何か言おうとするのを喜び駆け込んできたミユキに制される。
私はすぐにハーランに目配せして、まずは、娘に相対するようにという視線を送った。
その気持ちが伝わったのか、ハーランはミユキの報告を嬉々として聞いている。
「すごいなお主。この短い時間で嬢ちゃんの問題を解決したのか」
「ええ。彼女の原因は力があり過ぎたことと、アリシアさんの本のせいですから」
「じゃろうな。お主が、私の本の話題を出したときの暗い顔を見た時、原因をすべて悟ったわ」
「ええ。でも、そのお陰で私もすぐに彼女を救うことができました」
「ただ、思うんじゃが、彼女のような生徒をこれまでにも作っていたのではないか? 私は」
「どうでしょう。よくわかりませんけど、彼女のマナ精度はアリシアさんと変わりがなかったです」
「なんと!」
「ですから、そのレベルの人じゃないと同じ状況は起こらないような気がします」
「うむむ。あの年で、私と同じ精度でマナを動かせると?」
「あ、いえ、水とか炎とか単純な魔法ですから」
「いやいや、初期魔法と言っても、水や炎は、マナの移動、物質の選別、熱。マナの持つ性質4つの内、3つを使っておるのじゃぞ? 基本にして奥義みたいなのが炎と水なのじゃ」
「そうなんですか。ちなみにあと一つは?」
「ん? もう見ただろ? 昨日、ノルドが使っておったじゃろう」
「ノルドさん?」
思い返す。ノルドが魔法を使ったのは、私が魔法で攻撃したときくらいじゃないか? でも、あれは水の魔法だし。あ、アリシアに拷問されたときに、バリアみたいなの張ってたな。あれか。
「拷問のときのバリアですか?」
「おう。よく見ておったの。そうじゃ。あのバリアじゃ。あれがマナの持つ最後の力。結集じゃ。マナを集めて隙間なく埋めると、あのような耐熱、耐寒、耐衝撃に強いバリアとなるのじゃ。また、その集める過程で生じる凝縮を上手に使うことで、土を固めて石を作るストーンの魔法などができるんじゃ」
「なるほど! マナの性質ってそれだけなんですか?」
「そうじゃな。謎な部分はある。たとえば私の体とかな」
「え? それも魔法なんですか?」
「うむ。なんとか体を治癒する魔法がないか試しておったら、いつの間にかこうなってしまったのじゃ。でも、一応若返りは成功したので、スゴイ魔法が出来たとは思ったのじゃが、どうも有効なのは私だけみたいでな。他の者には通用しないんじゃよ」
「なるほど、まだまだ謎があるんですね」
若返りについて考える。おそらく、細胞のテロメアとかそこら辺が関係しているとは思う。DNAの最後にあり、分裂を繰り返すことで少しずつ減っていくテロメア。これは細胞の寿命を表すものとされている。だが、脳細胞や心筋細胞など若くして分裂を終える細胞もある。そのため、これらは体を若返らせても変わらないが。
「あの、もしかしてアリシアさんって見た目は若返っても体力は戻ってないですよね?」
「ん? そのとおりじゃ。あと、頭も若返っとらんの。あの20代の頃の無敵感が今でも懐かしいわ」
彼女が20代というと、魔石革命とか硬貨の鋳造とかの時代か。そして学術都市アリシアの設立か。とんでもない20代だな。この時点で、世界のあり方を変えてしまっている。
「あ、一応聞いておきますけど、魔石革命ってどうせアリシアさんのせいですよね?」
「せいとは何じゃ! せいとは! あれで、どれほど世界が進んだか」
「そうですね」
私は笑いながら応対した。
「ま、とにかく私の本で被害者は彼女くらいということで良いか?」
「良いんじゃないですか?」
「あと、私の体のことで、またお主、思いついたことがあったようじゃな。それも今度、聞かせてもらうぞ」
「ええ。近い内に」
そんな話をしていると、ハーラン親子が私たちのところに戻ってきた。
「どうもありがとうございます」
「本当に、本当にありがとうございます!」
親子が同時にお礼を述べた。
「では、ミユキがマキト様にお世話になったついでに、今度は私がお世話になりたいのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はい?」
「では、部屋に参りましょう」
有無を言わさずハーランは2階に昇っていく。
「よし、じゃあ、嬢ちゃんに魔法の楽しさを教えてやるとするか」
そっか。作戦にハーランを引き入れなければいけないのか。それで、アリシアのことだから詳細はマキトに聞けとでも言ったのだろう。
「では、私も向かいます」
早速ミユキを手なづけているアリシアに向かって言葉を投げて私も2階に上がる。
「そうですか。そのようなことが」
アリシアに語った戦争までの流れをハーランにも説明した。
彼はなぜかアリシアよりも理解が早かった。
聞けば、彼はアリシアの発明品の数々を商売として起動に乗せる、いわゆるスタートアップ的な活動をしてきたようだ。そして、40代くらいに見えていたが彼の実年齢は55歳。私と同い年だった。
若い頃から王宮でアリシアの執事として働いていて、幼い頃の記憶だが、みるみる国がお金持ちになっていくのを王宮の中から実感していたという。
そこで、物価の上昇などを見てきたという。
「それでですね。じつは、マキトさんの言う戦争までの流れを一度、経験しているのです」
「え? そうだったんですか」
「あれは、契約書が発明されたときですね。その頃、第二次魔石革命と呼ばれた出来事があったのです」
「そうなんですか」
「ええ。魔法学校の創立から20年が過ぎ、この頃から、魔法教育の体系化が完了しまして、就学期間内で優秀な魔法使いを排出できるようになったのです」
「なるほど。魔石の質の向上と大量生産ですね」
「さすが、それだけのことでよくわかりましたね」
「ええ。商売人ですから」
優秀な魔法使いと言っても、今のところ軍事に用いられている話もなければ、私が実際に魔法を使ったところ、そこまで戦いに向いた力ではない。
ただ、私の頭の中には、とんでもない魔法があるのだが、それは今度アリシアに話すことにしよう。
「それで、ベイランドは大量の魔石を海外に売ることができるようになったのです。その頃、私はすでに王宮から学校へと転勤していましたので、魔石の輸出には深く関わっていました」
ハーランが25歳くらいの頃か。
「私もまだ若く、野心……というほどではありませんが、自身の力を世界で試したいと思う気持ちもありました。あ、マキト様と私は同じ年なので、どうか、アリシア様同様、ブルーとお呼びください」
「わかりました。でも、私はこの見た目なので、呼び捨ては他の方から変な目で見られてしまいます。なので、ブルーさんと呼ばせてください」
「かしこまりました。あ、私のこの口調はご勘弁ください。もう長年に染み付いた癖でございますので、娘に何度も注意されても治らないほどですから。しかし、最近はこの口調も受け入れていただけたようです」
たしかに娘にまでその口調というのはあまりにもおかしいが、そういう人が居ても良い。
「わかりました。受け入れます」
私はブルーに笑顔を向けながら言った。
「話の続きですが、私は魔石を売りました。売りまくったと言ってもいいくらいです。そして、その頃から世界でベイ硬貨が主流になっていったのです」
「それまでは違ったんですか?」
「ええ。商人の間で使われておりましたので、その時点での取引量も多かったのですが、この件でさらに、ベイが流通すると商人はお客からもベイでの支払いしか受け付けないという人が現れ、ベイの経済支配は一気に広まりました。商人の間だけでも莫大な数の硬貨が流通していましたが、人間すべてとなると、もうその額はとんでもない数字に登ります」
「そうでしょうね」
「そこで、あまりにも増えすぎたベイを規制するために、当時の女王様はベイの生産を止めることにしました」
「あ」
「そうです。そこからはマキト様の想像通りです」
「アリシアさんはそれを?」
「知りません。あの方は、その頃には研究室へ引き篭もるようになってましたから」
「それで、そのときはどうしたんですか?」
「ドラゴニアとの協定で、ドラゴとベイの交換をしました。当時、ドラゴの価値は相当低くなっていましたが、第二次魔石革命以前の水準で取引しました」
「なるほど、通貨スワップですね」
「マキト様の国でも似たようなことがおありだったのですか?」
「ええ。お互いの国のお金を交換しておき、どちらかの国の市場が荒れたときに、そのときの価値で変えられるという安全網を敷くような協定です」
「そうなんですか」
「でも、それは英断ですね」
「ええ。前女王様。つまり、アリシア様のお姉様は、普段はぼーっとしていらっしゃいますが、やはりアリシア様同様、物事の本質を鋭く素早く見抜ける方でしたから」
「で、取引後にベイランドに来たドラゴはどうなったのですか?」
「わかりません。結局その後もドラゴの価値は落ち続けてしまったので、それほど大切に扱っていたわけではないようです。アリシア様が溶かして遊び道具に使ったという噂もあります」
「……さすがですね」
「まったくでございます。ちなみに王族憲章の改定が行われたのがその頃でしたから、おそらく噂は本当だと思います」
「でも、ドラゴニアの政府にもベイが大量に渡ったため、ドラゴニアはもはやほとんどベイが使われるようになりました」
そう言って、ブルーは私を見た。
「いえ、すいません。この過去を知らずに、未来を予見されたことに、今さらながら驚いてしまいまして……」
「あ、いえ、私は前世で、かなり手広く商売をしていたので……」
「そうでした、生粋の商売人であったとアリシア様から聞いております」
「生粋というほどでは……いや、前世では商売事しか頭になかったので、やっぱり生粋ですね」
そう言って笑うと、ブルーも笑顔を返す。気持ちのいい人だ。そして、咳払い一つしてから話を戻す。
「すいません。また話の腰を折ってしまいましたね。それで、マキト様が現在計画していることについてですが、私も是非協力させていただきたいと思います」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、何しろ私も以前の戦争危機の片棒を担いだようなものですから。今回、未然にそれを防げるのならば、協力は惜しみません」
「助かります」
「それに、マキト様は娘の恩人でもありますから」
「いや、そんな大したことはしていないですよ」
「あれは、昔から想像力が豊か、いえ、豊かすぎましたので、自らを追い込みすぎていまして、親としては万が一のことが起こるのではないかと、焦っていたのです」
研究室に入ってきたばかりのミユキを思い出す。
たしかに、異様なほどに恐れを感じていた。あれは、アリシアや私に対してというより、この世のすべてに恐れを抱いていたのだろう。
「でも、ミユキさんもこれからは大変かもしれません」
「どういうことでしょうか?」
「私は、この世界に来てまだ3日。魔法もアリシアさんが使う魔法を見ただけです。しかし、ミユキさんの魔法の生成速度と威力はアリシアさんと変わらなかったのです」
「え」
絶句するブルー。そこまで驚くことなのだろうか?
「えっと、やっぱりこれはスゴイことなんですよね?」
「いえ、スゴイというレベルではございません。そもそもあの方は、世界で唯一、ほとんどの魔法を無詠唱で唱えられる人ですし、その威力もおそらく世界一だと言われています。また、誰も知らないマナの特徴を知る人でもあります。双子マナやそして自らの身体を若返らせるあの秘術。そんな人と娘が同じ。それは、嬉しいことでもありますが、親として心配でもあります」
「そうですか。やはり稀有なんですね。アリシアさんは」
「ええ。実績だけ見れば生きる偉人ですから」
「実績だけ?」
「あ、いえ、これは失敬。私もアリシア様とは長い付き合いをさせていただいておりますので」
ブルーが面白い顔をしている。苦労、敬意、愛情、疲労。喜怒哀楽どれにも当てはまらない気持ちがミックスされた斬新な表情をしている。口で笑って目で泣いて。頬は引きつり耳はピクピク動いている。
「大変な気苦労を重ねてきたんですね」
「ええ、それはもう」
「しかし、ここ5年ほどで、ようやくアリシア様を理解出来てきた、と言ったらおこがましいですけど、ようやく呼吸を合わせられるようになったように感じております」
「すごいですね」
「ええ。これに関しては我ながらよくここまで辿り着いたと多少の自負と自信がございます。それで、ときに、マキト様の計画において私ができることはございますでしょうか」
「えっと、計画についてはどこまで?」
「あまり詳しくは」
ということで計画を話した。ドラゴニアに新たな商売のタネを与えること。ドラゴニアの特産品とも言える鉱物を使った物がベスト。そして、そのためにはベイランドの製鉄、鋳造技術が不可欠。この技術を伝えるために、ベイランドに製鉄を学べる学校。いわゆる技術学校を創設したい。
「でも、それでは、結局、ベイランドの富になるだけでは?」
「あ、いえ。アリシアさんから商業ギルドに入り、所属を変えればどの国でも商売ができると聞いていますので」
「……鉱石がたくさん取れる場所に居たほうが、商売がしやすい。ですから、ベイランド人でも鉄を使った商売を始めたら、自ずとその足はドラゴニアに向かう。というわけでございますね」
「その通りでございます」
思わずイグザクトリーと言いそうになってしまった。
「誠、感服でございます。ですが、商品をドラゴニアで作るとしても、結局、ベイを使い続けることのリスクは残り続けるのではないでしょうか」
「いえ、ドラゴニアにベイランドの技術が渡れば、きっと、新しいドラゴ硬貨を作ってくれるはずです」
「そんな先まで……」
「それで、ドラゴニアで作るべき商品は私が探してアリシアさんが作る。ということに決まりました」
「では、私は、学校作りのほうでご協力出来ると思います」
「え? そうなんですか?」
「ええ。ドラゴニアとの交渉は女王様がまとめましたが、その事務作業はすべて私が担当しましたから。そのときに得た信頼は、きっとまた王宮内で通用すると思います」
「それではお願いします。でも、いいんですか? 私たちがやろうとしていることは、ベイランドの国力を下げることですよ?」
「いえいえ、とんでもございません。じつは、前女王様、そして現国王様、ともに軍事に関しては、疎いところがございまして、ですから、以前のあのスワップ協定ですか? あれを行ったのも、戦争になったら確実に負けることがわかっていました。ですから、ベイランド側は不利でしかないスワップ協定を結ばざるを得なかったのです」
事前にお金を交換したわけではないので、厳密にはスワップ協定ではないのだが、まあ、そこら辺はどうでもいい。この世界では、あらかじめ通貨を交換したり、相手の経済が落ち込んだ時、落ち込む前の価値で為替取引をすることを通貨スワップと呼ぶようにすればよいだけだ。
「そんなことがありましたから、私は口酸っぱく、軍事力の増強をお諌めしました。しかし、お二人共、常に反対の立場を取っております」
「それは……なぜでしょう?」
「深いところでは私もわかりません。しかし、私もかなり本気になって、王宮内に獅子身中の虫がいないかと、密偵を放って大臣や貴族たちを監視し、徹底的な調査を行いました。しかし、他国と内通しているような輩を見つけることはできませんでした。もちろん、調査の結果、大量の私服を肥やす貴族を炙り出すことになってしまいました」
「それは、結果として良かったのではないでしょうか?」
「ええ。その通りでございます。せっかくなので私事を話させていただければ、ミユキが魔法を使えないことをからかっていた貴族の師弟たちは、この件でことごとく学校を追われることになりましたので、個人的にも腹のすく思いを抱きました」
「なおさら良かったですね」
「ええ。しかし、ベイランドの軍事力がドラゴニアより劣っている事実は今も変わりません。もし、同じことが起こったとき、相変わらずベイランドは戦争したら負けることがわかっています。ですから、私は学校の設営に全力を注がせていただきます」
「でも、ベイランドの製鉄技術って国家機密なのでは?」
「大丈夫です。今、アリシア様が作っている防音壁紙もかなり見込みのある商品です。それに、先ほど、外で物凄い音がして、気になって見に行きましたら、学校内の木に大きな切れ込みが入っていました。あれもお二人の新しい成果でございますよね」
「え? もうバレてるんですか?」
「はい。アリシア様の監視と管理。それこそ私が国から命ぜられたいちばんの仕事でございますから」
「校長の仕事もさせられていると聞きましたが」
そう言うとブルーはまた面白い笑顔を見せてくれた。
「ええ。しかし、我が校の経営状態は安定していますので、ルーティンワークな事務作業に従事していればよいだけですから、それほど難しいわけではございません」
そんなことはない。いくつもの会社を運営していて、気付いたことだが、事務が会社を支えているのだ。事務がいい加減な仕事をし始めたら、会社は必ず転落する。
「いえいえ、私は商売人ですから、どれだけ事務が大事かはわかってます」
「そう言っていただけるとありがたいです。アリシア様を始め他の方々からは、あいつは置いておくだけで、勝手何でも済ませてくれると便利者扱いされるのがせいぜいでしたから」
なるほど。ブルーレット置くだけ……か。
「……では、今、開発中の道具が出来たら、学校の設立をよろしくおねがいします」
「はい、任せてください。魔石革命の次は技術革命だと言えば予算は出していただけるでしょう」
「でも、結果的にその学校は国益を損ねることになりますよ?」
「構いません。今の大人が次の世代に残せる最大限のことは、平和なまま次の世代を大人にさせることだと認識しておりますから」
素晴らしい考えだ。たしかに、平和は永遠ならざるものだし、中世的な世界観なら、平和の意識はより低いだろう。その中にあって平和のためにその身を費やす覚悟を持った人がどれほどいるのだろう? 私は目の前の男、ブルーレット・ハーランに大きな好意を寄せることにした。
「では、下に行きましょう。娘のことの心配ですし」
「そうですね」
立ち上がり、二人は握手を交わす。見た目には子どもと大人の握手だが、私は、その昔、よく感じていた契約成立時に、これから楽しい事が起こる予感が全身を貫いた。




