18.ハーラン親子と秘めた才能
「おう、入ってよいぞ」
アリシアが外にいる人に声をかける。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、年齢は40歳前後か。オールバックでスラリと背が高く、いかにも執事という格好をしている。
「おや?」
執事は私を見る。そして、何かに気付いたように挨拶を向ける。
「マキト・ハザマ様でいらっしゃいますか?」
態度も言葉も完璧だ。
「はい」
「失礼いたしました。アリシア様からお話は伺っております。私は王立魔法学校の校長代理を務めております。ブルーレット・ハーランと申します」
「そして」とハーランは後ろを振り向く。しかし、そこには誰もいない。ハーランは外に出て、一人の女の子を連れてきた。年齢はアリシアと同じく中学生くらい。
「ほら、挨拶しなさい」
ハーランに促され、私たちの前に押し出される。顔を真っ赤にしながら私をチラリと見て、すぐに目を反らす。緊張というには、あまりにも度を越していて、見ているこちらが不安になるくらいに、挙動がおかしい。足がガクガク震え、その足も外に向かおうとしたり、それを押し留めようとしたり。しかし、父親に促され、ようやく意を決して口を開いた。
「わ、わ、私、は、ミユキ・ハーラン……です。は、はじめ、まして、です」
最後の「です」は声が小さくなって聞き取れなかったが、どうやら執事の娘なのだろう。挨拶のあと、すぐに父親の後ろに隠れてしまった。
「すいません。娘はどうも異常な恥ずかしがり屋でして、父親の私でも扱いが難しくほとほと困っているのですよ」
「ほほほ、気にするでない。誰にでもそういう時期はある。のうブルーよ」
「はぁ、そうですね」
頭を掻きながら答える。相当昔からの知り合いなのだろう。ということは、ハーランはアリシアの昔のことを知っている。ということか。あ、いや、逆だ。アリシアがハーランの昔を知っていて、からかったのか。見た目のトラップに引っかかった。ハーランが40代だとしたら、アリシアより30歳以上若いんだ。
そして、アリシアの視線は、娘のミユキに移る。
「おお。お主がミユキか。ブルーから話は聞いておるぞ。なんでも、魔法学校に入ったが、まだ、魔法が使えないと悩んでおるとな」
「……」
いきなり本題に入られ、何も言えず硬直しているミユキ。
「ええ。ですから、一度アリシア様に見ていただきたく、本日、一緒に連れてきたのです」
「そうだな。そういうことなら、私よりマキトに教わったほうが良いかもしれんの」
「え?」
突然、話を振られた。
「ほう」
ハーランが興味深げな反応を示す。どういうことなんだろう?
「ん? その“ほう”というのは、どういう意味じゃ?」
その言葉に反応するアリシア。
「あ、いや。アリシア様が魔法に関わることで他者に任せるという行動を始めて見ましたので」
「たしかに、そうじゃなぁ」
ハーランの発言にアリシア自身が少し思うところがあるようで、少し考えている。そして、ミユキに向かって話す。
「ブルーから聞いているが、お主は、魔法の力がある。それもかなり大きな力があると測定されたのじゃろ?」
「……え、あ」
アリシアが話しかけようとするが、言葉に詰まってしまうミユキ。
「となると、原因はいくつか考えられるが、おそらくマキトと逆のパターンじゃな」
私と逆? 私が魔法を使えなかったのは、マナを知らなかったから。その逆ということは、マナを知っているが、理屈がわからないということか。
「ほう。マキト様も魔法が使えなかったのですか?」
「あ、いえ」
「いや、もう使えるぞ? 私の指導の賜物でな」
「あ、はい。アリシアさんの本を読んで使えるようになりました」
それを聞いて、なぜか俯いてしまうミユキ。
「あー。なるほど」
チラリとミユキを見て、何か理解したようなアリシア。
「あの教科書は間違っておるからの。そのせいかもしれん」
あっさりと自分の教科書のミスを述べる。
「おそらくお主は、マナ操作が得意なのじゃろう。ただ、その分だけ呪文の効果が薄れ、マナが反応しづらくなったんじゃろうな」
「は? ミユキは今14歳で、この学校に入って6年もこの問題で悩んでましたが……」
何が言いたいのかわからない。だったらもっと早く解決しろ。なのか、そんなあっさり解決するわけがない。なのか、いや、両方の気持ちが出てしまったのか?
「うむ。良かったの。でも、3日前だったら、私にも解決できんかったな」
「?」
「じゃから、ここにいるマキトが来たから、わかったことじゃ」
「!」
ハーランが私を見て驚いた顔をする。
「マキト様はアリシア様より魔法の深淵をご存知ということですか? しかし、先ほど魔法が使えなかった……と」
「うむうむ。面白いじゃろう。不思議な話じゃが、ブルーの言ったことは、すべて当たっているぞ? マキトは私より深淵を覗いておる。しかし、魔法を覚えたのは昨日じゃ」
「アリシア様より魔法を知っている。しかし、魔法を覚えたのは昨日……」
ハーランの混乱を見て「くくく」と笑うアリシア。そして、一枚の紙を取り出しながら私を見る。
「マキト、良いか?」
おそらく契約書だろう。こうして私の秘密を知る人が増えていく。のだが、おそらく、この人はアリシアも信頼を置いているのだろう。
「アリシアさんが信頼をしている人なら構いません」
念の為、このような言い回しで、気楽に誰とでも契約を結んでいいわけじゃない。ということを表現する。我ながら嫌らしい言い回しだとは思うが、これも長いことビジネスの現場で学んだスキルの一つだ。
「ふむ。なら、何も問題はない。ブルーは今後の計画に絶対に必要じゃからな」
そう言ってアリシアはミユキを見て私に目配せした。なるほど。
「えっと、ミユキさん? ですよね」
「は、はい」
「アリシアさんが言うには、私のほうが適任のようです。ですから、私の部屋に来て、一緒に魔法の訓練をしませんか?」
「え? は……はい」
「では、行ってきます」
「うむ。ところで、私の方からブルーに話して良いのかの?」
「ええ、お願いします」
「?」
ハーラン親子は二人して首を傾げているが、まあ、今はそうなるだろう。次に会ったときが楽しみだ。
「では、ミユキさん行きましょう」
私が階段を昇っていくと、ミユキは最初は戸惑っていたが、ゆっくりと私の後を着いてきた。
部屋に着く。ミユキは、部屋に入ったはいいが、ただ立っている。
「そんなに緊張しないでくださいよ。私のほうが子どもなんですから」
嘘も方便。私から見たら彼女のほうがよっぽど子どもだ。
「え、あ、はい。そうですね」
ミユキは私が椅子を引くとそこに座り、私はベッドに座った。
「それで、あの、私の魔法を見てくれるのですか?」
大人がいないからか、少しだけ彼女の口が滑りやすくなっている。少し騙しているみたいで悪い気もするが。
「はい。アリシアさんの予測が正しいか調べたいので、色々聞いていいですか?」
「はい」
「おそらくですが、ミユキさんは学校に入るまでは、風魔法は使えたんじゃないですか?」
ミユキはその発言にびっくりしている。
「え……どうしてわかったんですか?」
「そして、学校に入って、火の魔法が使えるようにならず、それが何年も続いている。そして、魔法に自信を無くして、風の魔法も使えなくなった。そんな感じじゃないですか?」
「……すごい。当たりです」
ミユキは言葉を続ける。
「それで、火が苦手なら、水と氷なら。と思いましたが、それもうまく行かず、でも、周りのみんなはどんどん使えるようになって……」
「そうなんですか……ちょっと待ってください」
私は、アリシアの本を開き、水の魔法を見る。
空気中には水がたくさんある。コップに入った氷に水滴が付く。これは空気の中の水がくっついて出来たものだ。だから、空気になった水を集めて、寒くするようにすればいい。
呪文はこうだ。
「空に漂う潤いよ集い留まれ。猛々しく震える汝よ静まれ」
なるほど。やっぱりこれも呪文で補佐している感じだ。まあ、アリシア自体、熱の科学的な定義を知らなかったのだから仕方がない。
「やっぱり、これも間違ってますね」
「え?」
「ちょっとやってみますね」
コップを手にして、マナを部屋に張り、水蒸気を集めながらコップの上に凝縮させる。雲が出来たので、水蒸気の振動が抑えるイメージを与える。すると、何も無い空間からポトポトと水が垂れて来た。
「こんな感じです」
「はあ」
まあ、周りの生徒も水魔法ができるからそれほど驚かないか。じゃあ、この一言でどうだ。
「今、初めてこの魔法を試して、成功しました」
「!?」
ミユキは目を見開き、口を抑えて驚いてる。「まぁ!」とでも言いたげだ。
「どうしてですか?」
「えっと、どんなイメージで呪文を唱えていました?」
ミユキは目を閉じて自分が魔法を使っているイメージを言葉に詰まりながらだが、ゆっくりと語りだした。
「寒い冬。夕方くらいから雪が振り始めて、大人たちが嫌そうな顔をしているのに、子どもたちは元気で、それでみんな雪で遊びたいのに、滑って危ないからって家に帰らされるんです。でも、家に帰っても雪が見たくて窓を空けようとするんです。でも、窓は真っ白に曇っていて、それで子どもは指で落書きするんです。それで落書きし過ぎて指から水が垂れる。みたいなイメージです」
な、なんだそりゃ。想像が豊か過ぎる。このイメージをマナが受け取ってどう対処すればよいのだろう?
「なるほど。すごいですね」
「え?」
「もしかしたら、正しくイメージできたらスゴイことになりそうな気がします」
「ええ? そうなんですか? でも今までそんなこと言われたことない……」
「大丈夫です。凄すぎると逆に見えなくなることも多いみたいです。人の心というのは」
「そうなんですか」
うん。幾分、緊張は解れて来たようだ。とりあえず、人に新しいことをさせるときのコツは2パターン。やる気を増幅させるか、プレッシャーを与えるかだ。自信過剰ならば後者を。自信がないなら前者だ。物凄い単純だが、この2つでだいたいうまくいく。ただ、自信があるのにないフリをしていたり、その逆もあるので、しっかり見定めないといけないのだが、彼女の場合は、見た目通り自信がない。むしろ、学校生活で自信を見失っているといって間違いないだろう。
「さて、先ほども言った通り、この教科書は間違っています。だから、魔法が使えないのは、ミユキさんのせいではありません。この教科書の間違いは、アリシアさんも認めてくれました」
「はい」
「では、何が正しいのかを今からご説明します」
そう言って、物体は分子によって作られている。そして、熱というのはその分子の振動によってもたらされている。振動が早ければ熱く、振動が遅ければ冷たく。水蒸気は冷たくすれば水になり、さらに冷たくなれば氷になる。雲と雨と雪があるので、炎よりも水と氷は説明しやすい。
「では、雷さんは?」
唐突に質問された。え? もう雷が気になるの? 一応説明する。雷は厚い雲があり、そこは下が暖かく、上が冷たいという寒暖差が生まれるため、雲の中の小さな氷や水が激しく滞留する。そこで、氷がこすれ合って、静電気が生まれる。厚い雲の中で電気が溜まりに溜まって、耐え切れなくなって、空気を切り裂き地上に落ちる。本当はプラスとマイナスの電荷の話も必要だが、イメージとしてはこの説明だけで十分だろう。
「なるほど。原子というものの振動ですか……原子ってどんな形なんですか?」
どうしよう。原子核があってその周りを靄のように電子が回転している。という正確な表現か、それこそ学校で習うような原子核の周りを電子が回っているイメージか。いや、でも、アリシアがそんなイメージで魔法を使っているわけではないだろう。おそらく、性質さえあっていれば、どんなイメージでもいいのだろう。
「わかりません。でも、アリシアさんを見ていると、どんなイメージでも性質が合っていれば問題ないみたいです。現に私のマナのイメージってこれですから」
そう言って、アリシア本に書かれたマナのイメージを見せる。
「あ、これ、可愛いですよね」
「ですね」
「じゃあ、水は、えっと、紙とペンありますか?」
そういえば、この部屋で物を書いたことがなかったが、机の引き出しを開けると、しっかりと紙とインクと羽ペンが置かれていた。
「はい、どうぞ」
ミユキは、水滴に目と口と手足を書き始めた。
「これでいいですか?」
「いいと思います。それで、暖かくなると、この水滴ちゃんは細かく別れて、空中に飛んでいきます。そして、冷やすとそれが固まって水や氷になる感じです」
「水滴ちゃん。水滴、雫ちゃん。いや、シズク。うん」
何かブツブツ言っている。たぶん、自分なりの設定を作っているのだろう。
ミユキが目を閉じてイメージしている。ミユキが手にしているコップの上に大きな雲が出来上がった。すごい、私のイメージより遥かに早くて大きい。
そしてミユキが小声で「静かに、静まって」というと、雲からはどんどん水が落ちてきた。成功だ。
「あ、できましたね」
なんてこと無いように私が言うと、ミユキは目を開き、コップを覗き込む。
「あ、あ、できた……」
そして、泣き出した。
「できた」
私は彼女が流す涙を見ながら、まったく違うことを考えていた。
部屋が異様に乾燥している……。口の中もカラカラに感じる。
おかしい。私が水の魔法を使ったときはこんなことにならなかったのに。ミユキの持っているコップを見ると、私が出した水はコップから1cmくらいだが、今は半分くらいの水が溜まっている。
そういえば、何かで6畳間の水蒸気を水分に変えると、だいたい120ccから150ccビールコップの半分くらいだと聞いたことがある。
すると、これって今、部屋中の水蒸気が水に変わったってこと?
「いや、出来たどころじゃないですよ!」
泣いている彼女を置いて、私はユニットバスの扉を開けて、シャワーを出して戻る。部屋の水蒸気が少ないせいか、ユニットバスから立ち上る湯気は部屋の中に煙のまま入って来る。
「物凄いです! だって、ミユキさんが魔法を使った途端、部屋中の空気が乾燥しているように感じましたもん」
「あ、たしかになんか口の中がくっつきますね」
「ええ。さっきの雪のイメージもそうですけど、たぶん、ミユキさんの創造力が強すぎるんです。だから、間違ったイメージだとマナが反応できないし、イメージが強すぎて、呪文を詠唱しても補正されない」
「ほせい?」
「あ、そうです。呪文は、間違ったイメージを補正するためのものだったんです」
「そういえば、ノルド先生も呪文についてもっと考えなさいと仰ってくれました。でも、いくら考えても震えてるって、寒いか怒ってるかだと思って、温めてあげたり、なだめてあげたりしてたんで……」
「たしかに、そうですね」
ノルドさん。創造力が豊かな子に呪文を考えなさいは逆効果ですよ。脳裏には磔にされて、アリシアから攻撃を受ける彼の姿が思い出される。きっと、あの3人の教師がアリシアから同じ扱いを受けているのはこういうところなんだろうな。
「呪文の場合、震えるイメージと震えが止まるイメージ。単純にその2つだけでいいと思います」
そう、現状と変化。その2つのイメージを持てばマナはそれを実行に移してくれる。まあ、震えを止めてしまったら完全に氷になってしまうが、そこら辺は逆にマナの制御が甘いがゆえに水で止まるという解釈でいいのだろう。
「そうだったんですね……」
「ええ。だから逆にもっと単純に考えればよかったんです」
「そうだったんですね。でも、私、魔法が使えるようになりました!」
「そうですね」
「あ……あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
「炎の魔法も試してみていいですか?」
「もちろん、塵を集めて周囲の熱を上げる。つまり振動を細かく激しくするようにしてください」
「わかりました」
「あ、でも、塵を集めるときは、なるべく範囲を大きく、これくらいで集めるようにしてください」
さっきの水を見る限り、彼女のマナ制御の能力は相当高い。いきなり大量の塵を集められたら火事になるかもしれない。バレーボールより少し小さいくらいの大きさで調整するようお願いする。
「はい! では」
案の定、彼女が集めた塵は、私が集めたものより多かった。私のときは野球ボールくらいの大きさで灰色に見えたが、バレーボールの大きさで同じくらいの色味になっている。
そして、熱を与えたボッという音とともに塵は激しく燃え上がる。私の炎よりも5倍近く大きいフラッシュファイアが出来上がった。
「あ、できた。できました!」
「ええ。すごい大きな炎でした」
「でも……。他のクラスメイトはもっと長い時間燃やすことができます」
「あ、それは、集めた塵の大きさの問題です。塵をもっと凝縮したら燃やす時間も長くなりますよ。でも、部屋の中だと危険なので、だからこれくらいの大きさでお願いしたんです」
「そうなんですか。すいません。気付かなくて」
「いえいえ」
「じゃあ、そろそろ下に行きますか?」
「はい!」
父親に早く伝えたいのだろう。彼女は、私を追い抜いて階下へと向かった。




