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16.戦争への道程と秘密計画

 腹が減った。

 そういえば、朝ごはんを食べ忘れた。勝手に街に行っていいのかな?

 研究室に向かう。アリシアは机に向かって何か書いている。

「お、どうした?」

「お腹が空いたんで、どうしたものかと」

「ん? 買いに行けばいいじゃろ。子どもじゃないんだから」

「いや、見た目は子どもなんで、一人で街に出て良いものかと」

「迷子になるのが怖いとかか?」

「ま、それもありますが。私の星では、地域によっては子どもの一人歩きを禁止しているところもあるんですよ。ですから、この街のルールを聞いてからにしようかな? と」

「そういうことか。構わんよ。お主も街に出ればわかるじゃろ。子どもなんてそこら辺におるからな」

「え? この時間は学校に行ってるのでは?」

「そんなわけなかろう。学校に行ってる子どもなんて半分もおらん」

 そうか。中世と考えればそんなもんか。

「ま、半分近くの子どもが学校に通っているのは、この街くらいじゃ」

「その子たちは、全員この学校に?」

「そんなわけあるか。魔法学校じゃぞ?」

 あ、そうか。魔法を使えるのは3割しかいない。初日にそう言ってたな。

「じゃあ、他にも学校があるんですね」

「そうじゃな。やはり、何をするにでも読み書き算数は必要じゃからな。基本は、親が教える。親が仕事で忙しければ学校で習わせる。そんな感じじゃ」

 あ、いいことを思いついたかもしれない。

「もしかして、学校に通わせるのにお金がかかるんですか?」

「当たり前じゃろ。なんで、ガキどもの面倒をタダで見んとあかんのじゃ」

「いや、タダじゃなくて、国がお金を出せばいいんですよ」

「ほ? なるほど」

「ちなみに、ベイランド人が、ドラゴニア人になることって出来るんですか?」

「いや、国籍は変えられん」

「では、ドラゴニアで商売することは可能ですか?」

「ふむ。商業ギルドに入り、所属を変えればできるぞ?」

 なるほど。それなら、平和的に先ほどの問題も解決するかもしれない。

「お主、何を考えてる?」

「えっと、世界平和ですね」

「何じゃそりゃ。また面白そうなこと言いおって! まったく憎い奴じゃの? 当然、私に話してくれるんじゃろな?」

「もちろんです。でも、今はお腹が空いてるので」

「うむ。とっとと行ってこい」


 校門を出ると、まっすぐな石畳の道。遠くに大きな噴水が見える。

 だいたい1kmないくらいか? おそらく、あの噴水が街の中央部なのだろう。

 噴水の周りは広場になっていて、そこには数多くのお店が並んでいる。

 たしかにちらほらと子どもの姿が見える。

 うーん。お店で食べるのもいいが、屋台も捨てがたい。色々な物が食べたいから屋台でいいか。

 美味しそうな匂いを放っているヨートン串焼きと書かれた屋台に向かう。

「一本ください」

「ん? 坊主、金は持ってるんだろうな」

「もちろんです」

「よし、なら構わんよ。ほれ」

「ありがとうございます」

 見た目は牛串。ただ、日本のお祭りで見かける牛串の1.5倍くらい肉が多い。正直、今の小さい手では、持つのも難しい。安定が取れず、串が傾いてきたので、慌てて口で抑える。果たして、お味は……。

「うん。うまい」

「そうだろう、そうだろう!」

 味はラムに近いか。少し獣臭の癖がある。しかし、それをスパイスで消している。

 前に食べたサンドイッチもそうだったけど、スパイスをたくさん使う文化なのか?

 かなりの空腹だったので、一気に平らげてしまった。「鉄串は串入れに」屋台のカウンターに置かれた串入れに入れて、次の店へ。

 ここは、おにぎり屋か? 屋台には様々なおにぎりのイラストが書かれている。三角形ではなく俵型だ。具材は10種類以上あるが、どれも聞き慣れない名前だ。あ、さっき食べたヨートンはわかるか。

「すいません。サーモを1つください」

「あいよ」

 名前も見た目もサーモンに似た物を注文した。

 海苔に巻かれたおにぎりは思ったよりも大きかった。

 ああ。鮭おにぎりだ。味付けは塩のみ。これでいいんだよ。

 これだけで、お腹が膨れてきた。さすが小学二年生の体だ。胃袋が小さい。でも、もう一品くらいなら入る。

 肉、魚と来たら野菜か? いや、それもいいけど……。

 などと考えていたら、フライドポテトの屋台があった。

 これだ。すぐさま注文。

 うん。完璧なフライドポテトだ。しかし、これまた量が多い。某ファストフード店の2倍くらいの量がある。一度に食べるのは難しいので、戻りながら食べるとするか。


 お腹も膨れ研究室に戻る。

「ただいま、戻りました」

 アリシアはソファーに座り、私を見つめた。なんか目が輝いている。

「待っておったぞ! あれから、お主の言っていた世界平和が気になっての。平和を持たらすということは、今、もしくは近い未来平和が乱れるということじゃからな。もう、ワクワクが止まらん。はよ。話せ」

 うーん。どこから話そうか。まずは、可能性を見極めるか。

「あの、アリシアさんは今、無音壁紙を作っていますよね?」

「おう! でも、魔法が簡単だから、もうすぐ完成するぞ!」

「それって、やっぱり売ることになるんですか?」

「なんじゃ? お主、こんな良い物を独り占めする気か?」

「いや、そういうことではなく。えっと、もし、私との会話から新商品が生まれたとして、私が売らないでくださいと言ったら止められますか?」

「ん? どういう意味じゃ? でも、それは無理じゃ」

「無理? それはアリシアさんの気持ちが抑えられないという意味ですか?」

「違うわ。私だって物の分別くらいはつくぞ? 現にお主で言うところの酸素は公表しなかったじゃろうが」

「そうですね。じゃあ、新商品の発売も控えていただけるんですね」

「うーん。それは無理じゃのぉ」

「なぜ無理なんですか?」

「これじゃ」

 アリシアは胸元から一冊の手帳を取り出し、その最初のページを私に見せてきた。


ベイランド王族憲章


第一条

王族は、国民すべてに対し、公平であらねばならない。


第二条

王族は、国の安寧と継続を第一とし、私的な利益、感情、学問的好奇心をこれに優先してはならない。


第三条

王族は、法の制定者であると同時に、その模範であらねばならない。

法の外に立つことなく、法の上にも立ってはならない。


第四条

王族は、国家に資する知識と技術を独占してはならない。

それらは適切な手続きをもって、広く共有されるべきものとする。


第五条

王族が生み出した新たな理、術、器、またはその応用は、

国家の安全を著しく損なわぬ限りにおいて、

速やかに公にされ、後世の礎とされねばならない。


 この後も続くが、おそらく、アリシアが問題にしているのはここまでの条文だろう。

「あのこれって?」

「そうじゃ。完全に私を狙い撃ちしての条文じゃ」

「でも、アリシアさんの行動は第二条に違反していませんか?」

「ふふふ。そこで第三条じゃ」

「王族は、法の制定者であると同時に、その模範であらねばならない。あ、都市条例!?」

「そうじゃ。都市条例を利用して、わざとルールをバッティングさせたんじゃ。そうなれば裁判じゃろ? 私の研究は国の利益になる。ゆえに、判決で条例を優先させるよう決まった」

「なるほど」

「じゃが、問題は第五条じゃ」

「そうですね。これがある限り、アリシアさんの研究は公表されてしまう」

「うむ。危険な新魔法や魔法陣の仕組みなどは軍事的国家機密にするなど、融通は聞くのじゃが、軍事に転用できない発明はすべて晒されるのじゃ」

「そういうことでしたか。でも、アリシアさん、こういうのきっちり守るんですね」

「うむむ。そう言われると弱いのじゃが」

 あ、もしかして。

「発明品の自慢をしたいじゃろが!」

 やっぱり。

「あと、校長がやってきては、研究室で私が変な物作ってないか漁るしのぉ」

 本当にこの人は校長の自覚がないのだろう。普通に校長代理を校長と呼んでいる。

「校長代理に漁られるし、王族憲章もあるし、自慢もしたい。だから、公表するわけですね」

「ま、そんな感じじゃな。で、もしかして、それが世界平和に繋がるのか?」

「いえ、逆です。アリシアさんの発明が、世界を戦争に導くのです」

「なぬっ!? 私は、平和を壊すような発明はしとらんぞ?」

「いえ。発明品が直接、世界を壊すわけではありません」

 そう前置きしてから、マキトは先ほどまで考えていた、経済格差が戦争へと変質していく未来を語り始めた。

 さすがのアリシアも、マクロ経済という見えない流れの話には理解が追いつかない様子だった。

 ならば、ミクロ経済から話していくか。

「じゃから、お金が増えると物価が上がると、なぜ言い切れるんじゃ?」

「では、順を追って話します。物が売れると税収が増えます。しかし、流通しているベイが足りない。だから国はベイを作る。そのお金は、どこへ行きます?」

「ふむ。国庫じゃな」

「では、国庫のお金は何に使われます?」

「道路、兵の給金、王宮の催し……用途はいくらでもある」

「ですよね。でも、それらは結局、作業員や兵士、商人へと支払われます。つまり、国庫にあったお金は、必ず誰かの手に渡る」

「それは、そうじゃろ」

「その人たちや、アリシアさんの発明品で儲かった人たちは、今までより多くのお金を使うようになります」

「うむ……」

「たとえば、その人たちが一斉にパンを欲しがったらどうなると思います?」

「パンが、よく売れるな」

「ええ。でも、パンの数には限りがあります。すると店は、多少値上げしても売れると判断する。多くの場合、そうならざるを得ません」

「そんなもんかの」

「これはパンだけの話ではありません。食料、衣服、道具、住居――生活に必要なもの全てで、同じ現象が起きます。結果として、国全体の価格水準が押し上げられる」

「……なるほどの」

「問題は、ここからです」

 マキトは一拍置いた。

「ドラゴニアでは、すでにベイが主な通貨になっていますよね」

「そうじゃ。自国のドラゴは、ほとんど見かけんと聞いとる」

「ベイランドの物価が先に上がり、ドラゴニアはまだ安い。その差を見て、商人はどう動くと思います?」

「……ドラゴニアで買う、か」

「はい。魔石や鉱石を大量に買い付けます。逆に、ドラゴニア側は加工品や発明品を、十分に買えなくなる」

「物が、外へ流れるのじゃな」

「そうです。すると、国内では物が不足し始めます。数が足りなければ、価格は上がる」

「早い者勝ちには、ならんのか?」

「一部ではそうなるでしょう。でも、あらゆる商品で同時に起きれば、結局は価格競争になります」

「……ふむ」

「そして、上がった値段で物を買えるのは、ベイランドと取引していた一部の人だけです」

「ほう……」

「普通の人は、給金が変わらないまま、物価だけが上がる」

 アリシアは、腕を組んだ。

「……それでは、民の生活が壊れるではないか」

「はい。静かに壊れていきます。でも、この流れに国は直接関与していません。税でも、法でも、止められない」

「逃げ場が、ないの」

 マキトは、はっきりと言った。

「いえ、起死回生の一手があります」

「……なんじゃ?」

「……戦争です」

 アリシアが呆然とした顔をしている。初めて見る表情だ。しかし、民を思う王族という面を彼女が持ち合わせているとしたら、ショッキングなことだろう。何しろ、私は、彼女が戦争の引き金を引くと宣言しているのだから。

「でも、それは、あれじゃ。お主の妄想じゃろ?」

「ええ。でも、ほぼ確実に起こると思います。起こらない可能性はゼロではない。というくらいでしょうか」

「そうか。お主が言うのなら、起こらないという期待は持たないほうが良いようじゃな」

 肩を落とすアリシア。うん。この姿も見たことがない。でも、見た目が中学生なんで、物凄い罪悪感がある。

 そもそもは世界平和の方法を考えたというのが話の始まりだったはずなのに。

 と、思った瞬間、アリシアの目に光が戻り、私の首根っこを持ち激しく揺らしながら聞いてきた。

「おい! 違うぞ! お主は世界平和の話をしてたはずじゃろ? つまり、あるんじゃろ? この状況を挽回する手段が! 教えろ、教える、教えてくろー!」

 わけのわからない三段活用を用いて食ってかかってきた。

「大丈夫です。安心してください。そのための話なんですから。今までは、アリシアさんが数多くの商品を作りヒットを飛ばしてるのに、何もしなかった。ということが前提です」

「じゃあ、何かするのじゃな? よし、やるぞ! 何じゃ? 脱ぐか?」

「いえ、それはいいです。でも、手伝っていただきたいことはあります」

「うむ。良いぞ?」

「ベイランド人が、ドラゴニアで商売することはできますよね?」

「うむ。商業ギルドに入り、登録先を変更すれば良い。ってさっきも言ったよな?」

「ええ。ならば、ドラゴニアでも商品を売れば良いのです」

「ん? そりゃ、別に構わんが? というか、それで何が変わるのじゃ?」

「あ、いえ。ドラゴニアでは、ドラゴニアで作った商品を売ればいいのです」

「……ほう! なるほどな。そうすれば、どちらの国にも欲しい商品が生まれて、どちらの国も経済が豊かになる。そういうわけか!」

「ええ。そうです。これなら均衡が取れるので、しばらくは安泰です」

「しばらくは?」

「ええ。じつは、ベイが世界の通貨を支配している状況は、先ほどの話のように、ちょっと状況が変わっただけで、他の2国が大怪我します」

「なるほどの。じゃあ、ドラゴもソラも新しくすれば良いのじゃな?」

「いえ、それでは、ベイランドの経済が弱くなります。こればっかりは、経済発展させた後、国の動きに期待するしかないですね」

「なら、そのときは、それとなく教えてやろう」

「ベイランドの経済はどうするんですか?」

「私がもっと発明する! その前にドラゴニアに何を作らせるんじゃ?」

「魔石の加工はベイランドだけのものなので、ドラゴニアのもう一つの資源。鉱石を使った特産品を作り、アリシアさんの商品と同じくらい売ればよいのです」

「ふむ。ということは、その特産品の見本を私が作ればよいのじゃな?」

 理解が早くて助かる。

「はい」

「では、何を作る?」

「いえ、まだ、決めていません。そのためには、世界に何があって何がないのかを知らなくてはいけません」

「そうか」

「しかし、お主はチビじゃからのぉ? さすがに、外国に行かせるのは危険過ぎる」

「チビはお互いさまですけど、そのとおりだと思います」

「じゃあ、しばらく発明は控えるのが良いのかの?」

「我慢ができるなら」

「無理じゃ!」

「ですよね。でも、ベイランドを見て、足りない物を見つける。それをアリシアさんに伝え、ドラゴニアでも足りてないか確認する。この流れでいいんじゃないですか?」

「あ、それなら私より、レオンが適任じゃな。ドラゴニア出身じゃし」

「そうだったんですか。でも、レオンさんと一緒なら私もドラゴニアに行けそうですね」

「それもありじゃが、一応、奴も教師じゃからな」

「そうでしたね。あ、あと、もう1つやってもらいたいことがあります」

「何じゃ?」

「学校の設立です」

「王立の学校を建てるということか?」

「まあ、国の予算を使って建てるなら王立ですね」

「で、当然、そこでは魔法以外のことを教えるのじゃな?」

「ええ。製鉄技術です」

「なるほど! そこで優秀な職人を育ててドラゴニアに送るわけじゃな」

「いえ、送らずとも、卒業した生徒たちはドラゴニアに移る人も大勢出ることでしょう」

「ほぉ、お主も悪どいのぉ? ベイランドの金でドラゴニアの職人を育てろと」

「世界平和のためです」

「うむ。じゃが、国から金を引っ張るためのエサが欲しいの」

「ということは、鉄を使った新しい発明ですね」

「そういうことじゃ」

「あ、それなら多分……いや、もう少し魔法について詳しくなれば……」

「よろしい。それは私が教えてしんぜよう」

「ありがとうございます」

「では、そんな感じで進めていこう。……時に」

「?」

「……無音壁紙は売ってよいか?」

「いいですよ。でも、売るなら値段をうんと高くして、貴族くらいしか買えないようにしてください。それなら庶民の経済活動にそこまで強く影響を及ぼさないはずです」

「うんうん。そうじゃな。うん。お主の言う通りじゃ!」

 そう言いながら、アリシアは腕をぶん回す。気合いが乗ったみたいだ。

「じゃあ、私は早速、街をプラプラしてきますね」

「おう! あ、夕方過ぎに校長が来るから、少ししたら戻って来るんじゃぞ!」

「はーい」

 お母さんのような声がけに、思わず私も子どものように応じて、外に出た。


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