14.「というわけです」と3つの国々
「と、言うわけです」
長い話が終わった。
結局、初めて会社を立ち上げてから4年間の話しかできなかった。
とにかく二人から「◯◯ってなに?」と問われ、そのたびに解説を入れていたので、とんでもない時間がかかってしまった。外はもう真っ暗だ。
「では、そろそろ部屋に戻ります」
「うむ。ご苦労じゃった。それにしても地球という星は面白いな。我々よりも科学も制度も進んでおる」
「いや、進み過ぎです。私はまだ、内容が追いついていませんよ」
「しかし、電気というものがそんなに大事なんだな。地球では」
「電気って雷の魔法で出す。ビリビリですよね」
「罰ゲーム用の魔法としか思っていなかったのだが」
「辞めてください!」
突然、ノルドがソファーから飛び退く。どうやら、電気を喰らわせられると思ったようだ。
「さて、ノルド。すまんが、もう少し付き合ってくれんかの? 今日のマキトの話をもう少し検証したい」
「ええ。望むところです。私ももう少し考えたいと思っていたところです」
「では、私はこれで」
私も話に付き合った方が良いのかと思ったが、小学2年生の体が限界を迎えている。早く眠りたい。
「あ、すいません。部屋にいくつか魔石があったんですけど、使い方がわからなくて」
二人が突然笑いだす。
「?」
「いや、すまん。あれだけ魔法の習得が早く、とんでもない世界で生きてきたのに、魔石の使い方もわからない。というのがおかしくてつい笑ってしまった」
「触れるだけじゃよ」
私も釣られて笑ってしまった。
「本当に簡単ですね。では、おやすみなさい」
部屋に戻り、魔石に触れる。すぐさま部屋が明るくなった。
服を脱ぎ、ユニットバスに行きシャワーを浴びる。異世界に来て初めてのシャワー。
シャワーを浴びたせいか少しだけ眠気が遠のいてしまった。
机を見ると、アリシアの本の他にもいくつかの魔法の本が見える。
そういえば、他の本ってまだ読んでないな。
眠くなるまで、他の魔法の本を読むことにした。
「魔法とは、神が与え給うた奇跡である」
そんな言葉から始まり、1ページずつ魔法が書かれている。
と言っても、呪文とそれぞれの魔法の簡単な説明とイラストが入っているだけ。
理屈もないし、マナについての記載もない。
もしかしたら、現在の魔法体系もアリシアが作り出したものなのではないか?
今までのケースからして、そうかもしれない。
少し眠くなったので、ベッドに移動した。
昔話をしたせいで、感傷に浸りたくなった。
あのときのメンバーは最後まで私を慕ってくれたっけ。
入院中、何人もお見舞いに来てくれた。
あいつら、まだ私が生きているって知ったらどう思うんだろう?
「じゃあ、私が死んだら、そちらに行きますので、また雇ってくださいね」
社員の一人の声がこだました。
いつの間にか、眠っていた。
夢の中で、私はあの会社に戻っていた。
大きな倉庫の中で唸りをあげるOnyxの勇姿。その前で車座になって新しい技術について討論をする社員たち。討論は夜まで続くことも多かった。
そんなとき私は、彼らにビールを振る舞う。
飲むと、より議論は白熱し、最後は、全員フラフラになりながら、仮眠室へ向かう。
そんな彼らの後ろ姿を見ながら、私もビールを煽り、残りの事務作業を片付ける。
なんてことのない、失われた日常の夢。
朝が来た。
まだ、夢の世界から覚めていないようで、当時の体格だと思いこんで体を動かしてしまった。
ベッドから足を出したらすぐに床に着く。と思いきや、床までの距離が遠い。
思わず、前のめりになる。転びそうになる直前に手を付いて事なきを得た。
「そうだな。私がこの世界に来たんだから、誰が来たっておかしくない。あいつらが来たときのために、働く場所を用意しておくか。いつになるかわからないが」
今は無理だが、将来は何かしら商売をしよう。
そう、心に決めた。
朝の身支度を整え、研究室に行くと、アリシアとノルドがソファーで寝ていた。
どうやら、あの後も私の話の検討を続け、寝てしまったのだろう。
物音で飛び起きたのはノルド。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「あの後もずっと話したんですか?」
「ああ、明け方までな」
「お疲れ様です」
「いや、昨日は大変有意義だったよ。ところで、私の口調はこのままでよいのか?」
「もちろんです。こんな小さい子どもに敬語を使っていたら、周りの人から変に思われるじゃないですか」
「それはそうなんだが……」
「お? おはよう」
アリシアも起きた。そして、自分の体を触り始めた。
「ふむ。ノルドよ。よく私の寝込みを襲わなかった。褒めて遣わす」
「襲うわけ無いでしょ。あんたなんか」
呆れ顔で返すノルド。おそらく、このやり取りも慣れたものなのだろう。
ノルドの言葉に異を介さず、アリシアがノルドに言葉を放つ。
「さ、今日は授業じゃろ? 勉学に励めよ。若輩もの!」
「私は教える側です」
「どちらも同じじゃ。生徒は教師に学び、教師は生徒に学ぶのじゃ」
突然、芯を突いた発言に、どう対処してよいか。わからなくなったのか、ノルドは「はぁ」と曖昧な返事だけを残して部屋を出た。
「お主もおはよう」
「おはようございます」
「さて、今日は何する?」
「何しましょう?」
「私は、昨日作った無音の壁紙の開発をしようと思う」
善は急げというやつか。さすがだ。この人のすごいところは、色々とあるけれど、この動き出しの速さだ。
「そうそう。昨日、夜中に校長が来て、お主に会いたいと言っておったぞ?」
「え? 校長はアリシアさんじゃないんですか?」
「あ、失敬、失敬。正しくは校長代理じゃが、わしに変わって学校運営のすべてやっておるからの。実質校長じゃ。お主も会ったときは校長と呼ぶがよい」
「それで、なぜ私に?」
「いや、この壁紙のアイデアを形にしようと、夜中に校長を呼び出したんじゃが」
さっき「夜中に校長が来て」っていったのに、自分で呼び出してるじゃないか。
「校長が絶対売れると鼻息を荒くしてな。私がマキトとの共同開発じゃと言ったら、ぜひ挨拶させてくれということじゃ」
「そうですか。私はいつでも大丈夫です」
「わかった伝えておこう」
「よろしくお願いします」
そう言って階段を登ろうとしたとき、ふと、思い出したことがあった。
「あ、すいません。あのもう一度、魔力を測ってもらえませんか?」
「ああ。なるほど。マナの存在を知った後の変化が見たいのじゃな?」
「はい」
「それならよいか」
アリシアから差し出された鉄の板に手をかざす。
鉄板から、小さな光が現れたと思ったら、一気に広がった。
「すいません。これはどういうことなんですか?」
「あー。属性は全魔法、マナの強度は5といったところじゃな」
アリシアはつまらなそうに答える。この鑑定方法に何か不服があるのかもしれない。
「あ、マナについて教えていただきたいので、今日の夜にでも時間を作っていただけますか?」
「ああ、もちろん良いぞ。お主の話は刺激的だからの」
「ありがとうございます。では、後ほど」
私は自分の部屋に戻り、本を手に取る。
魔法の本はもう読まなくてもいいだろう。
それよりも、世界地図や歴史の本が気になる。あと、今日から寝る前にマリアおすすめの小説も読み始めるか。
私は世界地図を手に取った。
薄い本。全部で32ページくらい。
本を開くと、まずはじめに見開きで世界地図が描かれていた。
これが、この世界の形か。
とはいえ、全貌が記されているわけではない。昔の世界地図のようにわかっている部分だけが描けれ、周囲には龍や亀などの動物があしらわれ、わからない部分を隠している。
大陸が1つ。そして、周囲に島々。でも、島のほとんどが形が示されているだけで、そこに国や町があるかすらわからない。
大陸に国は3つしかない。もしかしたら、現在、見つかっているのがこの大陸だけで、海を渡れば他の大陸もあるかもしれない。だが、これだけ魔法が発達しているのだから、内燃機関を搭載した船があってもおかしくない。そうなると、やはりこの大陸だけと考えて良いのだろうか?
大陸に上下左右に4分割し、左半分がドラゴニア。右上がソラリス、左下がベイランドに分かれている。簡略化しているのか?
ソラリスとベイランドの間には大きな森がある。その森のほとんどがベイランド領にかかっており、森を除いた面積は、ヨロマイナを1とするとベイランドは半分程度しかない。
また、ドラゴニアとベイランドの間には大陸が裂けたような亀裂があり、森のあたりまで亀裂は続いている。
つまり、ベイランドは森と亀裂により他国から完全に孤立している状態といえる。
次のページには各国の解説と、代表的な町の説明がある。
ドラゴニア。
国というより共同体。様々な地域が独自の法律を用いていて、基本は地方自治によって成り立っている。
だが、ドラゴニア共同体として、各国の代表が集まり、年に数日会議が開かれる。議題に上がるのは、もっぱら地域同士の抗争。これに対し、経済や軍事制裁を加えるのか。それとも話し合いで解決するのか。このようなことを議論するのが主な目的となっている。
このような国になってしまった背景は、土地全体が作物の育成に向いていないこと。数少ない豊穣な土地を巡り、何千年と争いが繰り返されて来た歴史がある。そのため、国が1つにまとまらず、現在も連合国という体裁になっている。
しかし、ここ30年ほどでその様相は変わりつつある。
魔石革命。エネルギー源として魔石を有効活用できるようになり、ダンジョンが豊富にあるこの土地には冒険者が集まり、良質な魔石採掘国として注目され、資源国としての地位が確立されつつある。
ソラリス。
水の国と呼ばれるほど美しい街並みが特徴。年間の降雨量は多いが、ドラゴニアとの国境沿いにある山々から流れる川が、幾重にも別れ、ソラリス全体に網の目のように張り巡らされている。
国土の80%が平地で、土壌も肥沃。そのため農業国として、他国への輸出により外貨を獲得し、国内の経済は安定している。また、他2国との違いは、ダンジョンもなければ、魔物もドラゴニアとの国境地帯の山々にいるくらい。三国の中でもっとも安全な国と言える。
また、宗主国であることも大きな特徴。
豊穣の神ソラリスを信仰する宗教が、政治、経済を運用している。
魔石革命以前はドラゴニアとの紛争が絶えなかったが、魔石が商品となったことで、魔石が穫れないソラリス。食料の乏しいドラゴニア。お互いが足りない物を埋める貿易が盛んとなり、紛争はなくなり、現在は良好な関係を築いている。
ベイランド。
100年ほど前に誕生した新興国家。元々はソラリス教に対する反発から国を追われ、南へと逃げた一団が作り上げた小さな集落に過ぎなかった。
しかし、50年ほど前にこの国から魔石革命が起こったことで、経済発展が促される。
さらに、この国で開発された貨幣は、現在多くの国で使用され、貨幣製造による収入も莫大なものとなっている。
そのため国家財政が異常とも言えるほどに安定している。
また、魔石や現在世界中で使われている契約書に用いられている魔法陣の技術はベイランド特有のものであり、他国でも解析が続いているものの今になっても成果は現れず、今後もベイランドの経済の安定が続くと言われている。
国の成り立ちゆえに、ソラリスとは断交している。
各国の経済の流れ。
簡略化するために、人が生きるために必要な物資を魔石、鉱物、食料に絞って解説する。木材も必須だが、これらは3国とも自給可能なので割愛する。
ドラゴニア 魔石◎ 鉱物◎、食料✕。
ソラリス 魔石✕ 鉱物◯ 食料◎
ベイランド 魔石△ 鉱物✕ 食料◯
◎……輸出可能 ◯……自給可能 △……不足気味 ✕……圧倒的不足
資源的に見るとベイランドは不利な立場だが、魔石の加工と製造品の輸出によって大きな利益を出している。
ドラゴニアは、鉱物と魔石をベイランドに輸出。そして、ベイランドで加工された魔石を輸入し、これをソラリスに売る。この利ざやによる収入もドラゴニア経済の柱となっている。
ソラリスはドラゴニアから加工された魔石を買い、食料を売ることで互いの弱点を補う関係となっていて、現在は非常に安定している。
しかし、ベイランドの経済発展がこのまま続くこと。
ソラリス、ベイランド間での国交が樹立すること。
など、三国間の経済バランスが大きく崩れる可能性が否めない。
残りのページはそれぞれの国の代表的な町などが紹介されている。パラパラとめくってみると、アリシアのページが見つかった。
ベイランド領アリシア
ベイランド王都ベイランドに隣接する学術都市。王女アリシア・ベイランドによって設立された都市であり、契約書、硬貨、魔石など、ベイランドから始まる革命は、ほぼこの都市から誕生している。
この都市のシンボルとも言える王立魔法学校には、ベイランド、ドラゴニア両国から多くの生徒が集まり、日夜、新しい魔法と技術の研鑽に勤しんでいる。
また、この都市の創設者であるアリシア・ベイランドは、公の場に姿を見せることがなく、多くの人にとって謎の存在となっている。噂ではあるが、硬貨にデザインされている女性はアリシア王女ではないかと推測されている。
アリシアの話では、硬貨の製造が都市の設立に繋がったはずだが、まあ、このような記述間違いは、日本でもよく見かけたものだ。
それにしても。やっぱり、アリシアは世界的に見ても「だいたいこの人のせい」と言える存在だったのか。
本人から言わせれば「好きにやっているだけじゃから、知らん」と答えそうだが。
ただ、公の場に出ないのは、国家防衛のためでもあるのかもしれない。これもまた、本人から言わせれば「めんどい!」と済ませられてしまいそうだが。
ただ……。
今は、この国に私がいる。地球という遥かに進んだ科学知識を持っている私がアリシアと組んでしまっている。昨日、一日話しただけで、新たな世界的に売れそうな商品が生み出されてしまった。
間違いなく、私とアリシアが組めば、経済は恐ろしい速さで伸びるだろう。しかし、そのときはこの本にも書いてあるように、三国間のバランスを崩してしまいかねない。
さて、どうしたものか。
いくつかのアイデアは浮かぶが、果たして、実行に移してよいものかどうか。
まだ、私はこの世界を知らない。
今は、様子見ということで、新しい世界を楽しみながら生きるとしよう。




