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12.無詠唱魔法と新しいアイデア


「お主、火の魔法を唱えたとき、呪文を口にしなかったな」

 アリシアが聞くと、ノルドが驚きの顔を見せた。

「え? あ、あ、たしかにそうでした。君、どういうことだ!」

 私に顔を近づけようとするノルドをアリシアが顔を手のひらで押しのける。

「ぐぎゅ」

「早速ウザいじゃろ? こいつは、魔法、特に呪文マニアでの。古今東西の呪文を集めては、ニヤニヤしている変態なんじゃ」

「校長が呪文に興味がなさすぎるだけです。だいたい、魔法学校の校長が、呪文に興味がないなんて、許しがたい事実ですよ。私はいつか、あなたを魔法省に糾弾する!」

「あほ。あの省に何の権力もない。国から学校にお金を送らせるために私が作った省庁だからの。だから、問題を起こしたら簡単につぶされて、国から学校にお金が回らなくなるぞ」

「……くっ」

 悔しそうに引き下がるノルド。きっと、いつもこんな調子でやりこめられているのだろう。

「で、どうして呪文を口にしなかった?」

「えっと、さっきアリシアさんも風魔法は無詠唱でしたよね」

「まあ、あれはマナの移動だけじゃしな」

「火の魔法も同じでした」

「何を言うか!」

 口を挟んできたのはノルドだった。

「世界広しと言えど、火の魔法を無詠唱で顕現できるのは、この変人おばば様だけだぞ!」

 無言で殴られるノルド。

 きっと様々なバリエーションでアリシアの陰口を叩いているのだろう。

「えっと……まず、こちらを御覧ください」

 そう言って、アリシアの本にある火魔法のページを開いて見せた。

「火魔法は、簡単に説明すると空気中の塵を集め、それを燃やします」

「そうじゃな」

「でも、この挿絵。燃やす物を作るとき、摩擦熱で燃やしてますよね」

 火起こしのとき、すりこぎ棒を回転させて火を起こしているイラストを指さしながら言った。

「なるほど」

 アリシアは何か気付いたようだ。

「これがどうかしたか? 燃やす物を作らなければ塵を燃やすこともできないだろう」

「はい。そうなんですけど、この絵が間違っているのです」

「やはり、そうじゃったか。では、何が正しいんじゃ?」

「ちょっと、校長。なんで素直に受け入れてるんですか。この本、教材でも使っているんですよ?」

「だから、何じゃ? 違うものは違う。お主、続けてくれ」

「はい。熱というのは、この摩擦熱で出すこともできますが、本来、熱は、物質の細かな振動によって起こるのです」

「おお! そういうことじゃったのか! 私もなんか、違うなぁ。って思ってたんじゃ」

「え? 校長は、どのようなイメージをマナに与えているんですか?」

「塵を集めた後は、とにかく速く細かく動くイメージを与えておる」

「なるほど。それ、ほとんど振動を与えているイメージと変わらないですね」

「たしかにそうじゃな。昔は、速く細かく動かして摩擦熱を出すイメージだったんじゃが、知らぬ間に摩擦熱のイメージを抜かしておったわ」

「そんなバカな……」

 そう言いながら、ノルドは塵を集め始めた。しかし、長年の癖かついつい呪文を口にする。そのため、手で口を無理やり抑えて魔法を使い始めた。

 すごい一瞬で塵が集まった。しかし、火は付かなかった。

「つかないぞ?」

「えっと、振動のイメージが持てていないんだと思います。空気というのは、目に見えないほど細かい物体が集まって作られています。ですから、空気の粒たちが一秒間に何10万回も震えているとイメージしてください」

「空気の粒? 何を言ってるんだ」

「お、こういうことか!」

 隣でアリシアが手のひらに炎を作り出していた。

「なるほど。このイメージだと驚くほど簡単に火が付くな」

 実演を見せられ、躍起になるクルド。

 空気の粒のイメージがつかないのか、何10万回と震えるイメージがつかないのか、2回、3回と失敗を重ねている。そして、5回目。

 クルドの手のひらにボッと火が灯った。

「おお」

 子どものような笑顔を見せるが、ハッと我に返る。

「なるほど。たしかにできるな。でも、このイメージを持たずとも私は火の魔法を使えます。これはどういうことなんだ?」

「えっと、火の呪文にある“細かく刻み、震えよ”の部分が振動を意味しているのだと思います」

「ほう! イメージが違っていてもそれを呪文が補正してくれるというわけか!」

「ええ。おそらくは。言葉には力があります。もしかしたら、言葉を発しているとき、無意識に振動に近いイメージを持っていたのかもしれません」

「では、正しいイメージを伝えれば呪文は要らない。ということにならないか?」

「そうですね。私は風と火の魔法しか知りませんが、その可能性は高いです」

「では、お主、この魔法はできるか?」

 そう言いながらアリシアは手のひらからパラパラと雪を降らせた。

「えーっと。はい。出来ると思います」

 私は、塵を集めた要領で、今度は水蒸気を集める。そして、火の魔法とは逆に水蒸気の動きが徐々に止まっていくイメージを持つ。水蒸気の玉が雲のように白く変わった。これで氷になっているはずだが、念の為、水蒸気の玉に手を上下に添える。上の手は運動低下、下の手は軽く運動上昇のイメージを持ち、中の氷を滞留させる。

 雲の中に氷が視認できたので、ここでイメージをオフにする。

 時間はかかってしまったが、水蒸気の玉から雪が振り始めた。

「ふむ。初見でできるのか。では、解説してもらおうか」

 ノルドはただただ目を見開いている。

「はい。空気とは細かい物質の集まりです。酸素、窒素、二酸化炭素、アルゴン。これら目に見えない気体の集まりが空気です。そして、この空気の隙間に、水が蒸発した水蒸気が入り込んでいます。なので、塵を集めた要領で水蒸気を集め、後は火の魔法とは逆に振動を抑えるようにしました。すると、水蒸気の温度が下がり、気体から水、そして氷へと変化します。しかし、これでは氷の粒が細か過ぎるので、下の手は振動を上げて軽く温め、上からは振動を抑え冷やします。こうして、水蒸気の中で空気の渦を作り、氷同士がぶつかるようにし、ある程度、氷が大きくなったのを確認してから、イメージを解きました」

「君は何を言っているのだ?」

「え? ですから今の魔法の説明を」

「その空気からしてわからんのだ。もう少し詳しく説明したまえ」

 そりゃそうか。と思い空気について、話そうとするとアリシアが割って入ってきた。

「なぁなぁ、空気が色々な物質の集まりというのは、こういうことか?」

 そう言って、アリシアは空中に小さな炎を出現させた。そして「ほい」と声をかけると小さな炎はボワっと大きく燃え上がった。

「おぉ。そうです。たぶん、今のは、空気の中にある酸素を集めて炎にぶつけたんですよね?」

「酸素という名前は知らん。しかし、炎は風を当てると大きくなるので、燃える何かがあると踏んで、もっと大きな炎にならないか研究をしたことがあるんじゃ。そして「燃える命の元」と唱え集めることで、この現象が起きることを見つけたんじゃよ」

「あの。その話、私聞いてませんけど?」

 ノルドがショックを受けた表情でアリシアに問うた。

「うむ。この研究をしているとき、何度も倒れそうになって、命の危険を感じたんじゃ。だから、公表は控えることにした。ま、そのお陰で「燃える命の元」という言葉を見つけることができたんじゃがな!」

 酸欠か。

「マキト。説明せい」

「はい。燃える命の元。というのは酸素のことです。火と激しく反応しますが、動物のエネルギー源にもなります。つまり、呼吸というのは体内に酸素を取り込むための行為です。酸素は体を動かす時にも使われますが、脳の活動エネルギーにもなっています。そのため、酸素が少なくなると脳から体を動かす命令が出せなくなり、めまいや失神が起こります。酸素を完全に絶ってしまうと、人間は3分で死ぬと言われています」

「そういうことじゃったか。つまり、実験で酸素を燃やしすぎて、部屋の酸素が少なくなったから倒れてしまったということか」

「そのとおりです。ですから、少しくらいなら問題ありません」

 必死に今の話をノルドは理解しようとしているようだが、すぐに理解の壁に阻まれるようで、頭を掻きむしっている。

 私は空気の説明をした。その都度、ノルドは質問を挟んでくる。

「では、空気が物質なら、この部屋にもびっしり物質があるということだろ? それなのに、なぜ、空気にぶつからず普通に歩けるのだ?」

「物質同士が結びついていないからです。水の中も歩けますよね? 空気は水より物質が移動しやすいので普通に歩けます。でも、皆さんはふだんから空気にぶつかってるんですよ?」

 二人は私の言葉を待っている。

「たとえば、羽と鉄球を高いところから落としたら、どちらが先に落ちます?」

「そりゃ、鉄球に決まっておるじゃろ」

「うむ」

「しかし、完全に空気を抜いた真空状態で羽と鉄球を落とすと、ほぼ同時に落ちます」

「そうなのか?」

「ええ」

「羽がゆっくり落ちるのは空気抵抗のせいです。空気が当たりやすい構造になっているため、羽は空気の壁に乗りながら落ちるため、ゆっくりとした動きになります」

「ふむぅ」

「鉄球と羽が同時に落ちるとは。信じられん話だな」

「でも、事実です」

「ふむ。君はどんな魔法でも、無詠唱で発動できる。それが君の秘密か?」

「いえ、それは秘密の副産物というか」

「では、これも説明できるか?」

 ノルドは拍手をしながら「在りて揺らぐものよここに眠れ。形を保ち声を消せ」呪文を唱え終わると、拍手の音は聞こえなくなった。

「これも無詠唱でできるか?」

「……はい」

「では、いきます」

 拍手をしながら、マナが手を取り囲むイメージを持つ。そして手から発せられる空気の振動をマナが抑えるようイメージする。……成功した。

「できました」

「ふむ。どうやら本物のようだな」

「お前、まだ疑っていたのか」

「いえ、最後に確認しただけです。この魔法は教科書にも載ってないし、学校でも教えないので」

「暗殺者が覚える呪文じゃからな」

「ちなみにこの魔法の理屈は?」

「ええ。音というのは空気の振動です。ですから、手の周りにマナを集めて、振動を抑えるようなイメージです」

「それだけでいいのか?」

 アリシアが話に喰い付いてきた。

「はい?」

「いや、この魔法。そんな単純な仕組みなのか?」

「はい」

 バチン。突然、アリシアがノルドの後頭部を引っぱたいた。

「なんですか!」

「お前、私がこの魔法を調べようとしたとき、暗殺者の魔法ですよ。辞めてください。こんなことがバレたら学校の威厳に関わりますよ。って止めたよな」

 ノルドは過去を振り返る。ようやく思いついたのか「あーあー」と声を上げる。

「止めましたねぇ。だって校長がさらに暗殺スキルを開発したら困ったことになるじゃないですか!」

「アホウ! この魔法は暗殺のための魔法じゃない。音を消す魔法じゃ!」

 アリシアは紙を取り出し、バーっと何かを書き始めた。どうやら魔法陣のようだ。

「ふむ。とりあえずこれでいっか。ノルド。口にこの紙を当てながら何か喋ってみい」

 紙を受け取り、口に付ける。

「あーあー、聞こえますかー!」

 小さな声で聞こえてきた。

「ふむ。声は小さいが聞こえるの」

「完全に口を塞いでいるわけではないので。隙間から漏れ出る空気で声が伝わっているだけです」

「では、成功ということで良いか?」

「はい。成功で良いと思います」

「で、校長。それがどうしたんですか?」

 アリシアはやれやれというジェスチャーをしながらため息を付く。

「まったくお前という奴は、本当に鈍いのぉ。では、マキト答えなさい」

「たとえば、この紙をもっと大きく作って、壁紙にすれば、防音部屋が作れます」

「大せーかーい!」

 どこからか取り出してきた紙吹雪を僕の頭から落とす。

「なるほど。売れそうですね」

 この商品のアイデアに心が踊ったのだろう。アリシアにバカにされたことなど、すっかり忘れて賛同する。

「よく、思いつきましたね」

「私はもともとビジネ、あ、えっと商売人でしたので、アイデアはすぐ商品になるか考えてしまうもので……」

「商売人? 昨日は自分のことがわからないと言っていたよな」

 そういえば、この人に正体を教えていなかったな。

「すいません。契約を結んだのに私のことを話していませんでしたね」

 そう言って、昨日、アリシアと話したやり取りを繰り返す。アリシアに比べて、なかなか納得してもらえなかったが、アリシアの合いの手もあってようやくわかってくれた。

「なるほど、科学か。それがマキトの星、地球では進んでいるから、魔法の理屈もすぐにわかるということか」

「はい。ちなみに、これまで私が話した科学知識は13歳から習うことです」

「なるほど。ん? 13歳で習う? いったい君はいくつなんだ?」

「すいません。55歳です」

「私より、20歳も年上じゃないか!」

「ええ。でも、見た目がこんななので、今まで通り接してください」

「それは構わんが」

 そう言って、チラリとアリシアを見る。

「私とは違うぞ? 此奴が若いのはまだ謎じゃ」

 アリシアの見た目にも何か秘密があるのか。

「そういえば、地球でマキトがどう生きてきたのかまったく知らんな。どうじゃ? この機会に教えてくれないか?」

 アリシアが提案する。私は少し考えてから話す。

「それは構いませんが、地球の科学を1つ1つ説明するとなると、ものすごい時間がかかりますが、よろしいですか?」

「うむ。かまわんぞ」

「いいでしょう。私も興味があります」

 何から話せばいいのか。逡巡する。学生時代は平凡だったから、人生が変わるきっかけからでいいか。


「それでは、私が23歳の頃からお話します」


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