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03.婚約




 それは流れるような図々しさ。うっかりすれば良い流しそうな程、自然なたかりにギョロリとペトラの眼球が動いた。


「次、婚約したいです。ペトラと」


 理解よりも早く声が出る。

 

「はあ?」

 

 カイエルは驚くペトラをニコニコと眺め、そして「どうでしょう?」とベルガー公爵へ首を傾げた。


 どうでしょう?とは何だ。どうでしょうもこうでしょうもない。ペトラは父親が答えるよりも早く否定した。


「しない! しないよ? やっと身軽になれるのにそんなすぐに婚約する訳ないでしょ! ねえ、お父様!?」


 必死な声にカイエルが笑う。まるで当事者ではないような軽い笑いだ。ペトラの苛つきが更に高まる。

 

 ベルガー公爵はカイエルの申し出に驚きはしていた。だが、ペトラ程ではない。二人を交互に見て、ふむと考え込む。ペトラは祈るように手を合わせ、父親を見た。

 

 ペトラにとってカイエルは知人でしかない。それと婚約など考えた事もない。そもそもどうしてカイエルが婚約など言い始めたのかも分からない。自分への好意も感じた事はない。

 

 確かにこの国ではペトラは優良物件だろう。しかし、この国では、だ。この国の人間ではないカイエルには何の旨味もない。


(どうして。意味が分からない)


 ペトラの顔から一気に冷や汗が噴き出る。それなのにカイエルは涼しい顔で髪を耳に掛けていた。

 

「ほう」


 それはどう捉えて良い返事なのか。ベルガー公爵は目を丸くしてカイエルを見た。


 (何だかとっても嫌な予感がする)


 だが予感は予感だ。それを振り払うように頭を振り、父親を呼んだ。


「お、お父様」


 思いの外動揺していたようで、ペトラの声は震えていた。ベルガー公爵はそんな娘の呼び掛けにニッコリと微笑む。それは娘が初めて見る表情でもあった。

 

「ペトラ、少し席を外してくれないか?」


 何故!と喉から出そうになる。だがペトラはそれを飲み込み、横にいるカイエルを見た。腹の底が見えない笑みばかりの表情は不安しか覚えない。心許なく腕が上がり、指が意味もなく動いた。


「わ、私の婚約の話ならいさせてください……!」


 ペトラは自分のこの言動が父親にとって抵抗にもならない事を知っている。縋るように見た父親はもう公爵の顔をしていた。


「僕は構いませんよ」


 助け舟なのだろう。弾む声が真横から聞こえた。しかし、公爵の意志は変わらない。


「いや、ペトラ。席を外してくれ」


 バルーンのてっぺんに針を刺されたように、シュルシュルとペトラは萎む。自分のいない場で自分の婚約が話し合われるのは確実だ。今さっき婚約破棄OKの話が出たのに早くも婚約の話をされるとは思わなかった。


「はい……」


 力なく返事をし、とぼとぼと部屋を出る。扉を閉める瞬間少しだけ振り返る。ペトラに視線を向けているのはカイエルだけだった。




 部屋を出たペトラは退室の時とは対照的にドンドンと激しい足音で自室へと帰った。

 来たままだった制服を侍女に手伝って貰いながら脱ぎ、ドスンとソファーに身を投げる。

 沈む程柔らかいソファーに顔を押し付け、バタバタと足を動かした。


「失敗した! 失敗した!」


 途中までは満点だった。婚約破棄のGOも出た。それだけで良かったのに。


「あのよくわからんカイエルとかいう奴が!」


 ドンッと拳で座面を殴る。顔の横だった為、風が頬を掠った。

 ペトラの苛立ちは部屋に帰る途中から倍々になり、今が最高潮。控えている侍女も引き笑いでそれを見守っていた。


「どうして婚約破棄するのにまた婚約の話をするのよ! 意味分からない! どういう事!? あの男さっさと帰れば良かったのに!!!」


 途中まではなんて良い人なのだろうと思っていた。だが今はそう思っていた自分をペトラはぶん殴りたい気持ちだ。


 ローテーブルにカップが置かれた。ほわほわとした湯気に誘われ、ペトラはきちんとソファーに座り直す。

 ミルクたっぷりなアッサムティーが叫んだ喉によく沁みる。


「あ、駄目だ。まだ苛つく」


 そう言うものの、三割ほどは落ち着いた気がする。温かい紅茶は偉大だ。ペトラはクッキーにも手を伸ばし、パクリと口に放り込んだ。甘い甘い砂糖とバターを更に体に染み込ませる為、ミルクティーに口をつける。


「はあ……」


 それは蕩ける味覚からか、はたまた先への不満からか。恐らく後者だろう。


 ペトラは両手でティーカップを持ったまま背もたれに体を預けた。


 ペトラ思うに、カイエルの婚約は結ばれるだろう。契約は大切だと言っていた割にはあっさりと。

 最初は眼中にも入っていなさそうだったのに、何が父親のお眼鏡に叶ったのか。あの短いやり取りを幾ら思い出してもペトラには分からない。


 

 

 

 

 

 そしてやはりペトラが思った通り、すんなり次の婚約者が決まった。勿論、カイエルである。

 あの後、二人でどのような話し合いがされたのかは分からない。だが、ペトラの気持ちを聞かずに決める程には充実した話し合いだったに間違いがない。


 むすりと不貞腐れたペトラに対し、カイエルが手を差し出す。白く、節張った手はとても不健康そうで如何にも魔術師らしい。


「よろしくね、ペトラ」


 ペトラはその手を叩き落とした。


「やだ」


「またまた」


 叩かれた手を摩りながらも人を煽っているとしか思えないカイエルにペトラは顔を背けた。その視線の先には父親であるベルガー公爵がおり、パチリと会ったその目が厳しく光っていたが知らぬ振りで顔を顰めた。



 

 

 

 

 その日からカイエルは何故かベルガー公爵家の賓客として扱われる事となった。陽のよく当たる客室を与えられ、屋敷中を闊歩している。どうやら屋敷を好きに歩いていい許可を貰ったようだ。

 ペトラはどうも腑に落ちなかったが、当主が許したのだから何も言えない。たとえすれ違う際にいちいち絡まれていたとしても。


「やあ、ペトラ。学校は楽しかった?」


「変わらずよ。あなたが学園に来ないなら楽しめるかもしれないけど」


「ええ? 酷い事言うよねえ」


 くつくつと笑うカイエルを無視し、ペトラは歩き続けた。だがその後ろを大きなコンパスでついてくるカイエル。しまいには顔を覗き込まれた。

 当然眼前に現れた顔を左手でいなし、ペトラは仕方なく立ち止まる。


「邪魔、なに?」


 仁王立ちをし、ジッと睨め付ける。カイエルは人に怒られる事を何とも思っていないのかもしれない。ペトラの前方に立ち、口角をこれでもかと上げた。


「無事、婚約出来て良かったね」


 そうなのだ。ワルターとの婚約は多少の抵抗はあれど破棄され、そして新たにペトラはカイエルと婚約を結んだ。ちなみに今日の話である。


「よくない」


 子供のように膨らませはしないが、ぶすくれたペトラの頬を突きたそうにカイエルが人差し指を出した。だが思案するように視線を上げ、すぐに指を隠す。そして誤魔化すように笑った。


「婚約破棄もスムーズで良かったね。途中ごねそうだったけど」


「あの映像見せられちゃ、言い逃れは出来ないでしょ普通」


 床を見ながらペトラが嘲笑混じりに答えた。あれでも食い下がってきたら凄い根性である。

 

 カイエルは「確かに」と賛同すると短く笑った。


「でも君も酷い事するよね」


 心外な言葉にペトラのこめかみがピクリと動く。それでも視線は上げず、カイエルの言葉を待った。


「ワルター君にはまだ言わないで、だなんて。親は今すぐにでも怒鳴りたいだろうに」


「卒業まで待つだけじゃない。今言ったって卒業まで付き纏われるだけなんだから。そんな面倒は嫌。関わりたくないのに」


 卒業まであと二ヶ月。ワルターが気付くとしたら卒業パーティーの時だろうか。婚約者を迎えに来たは良いが、別の男が居るのだ。きっと驚くに違いない。

 

 ペトラは肩をすくめ、視線だけ少し上げた。空色の瞳のに現婚約者を映す。


「話変えてもいい?」


「どうぞ」


 ペトラはスッと姿勢を正し、口角を片方だけ上げた。


「どうして私と婚約したの? 別にこの家の権力なんて欲しくないでしょ?」


 ペトラの問いにカイエルは紫色の瞳を瞬いた。肩口で揃えられている髪が揺れる。風通しの為か、廊下の窓が開いているからだろう。その柔らかい風がいつも隠れているカイエルの耳を掠った。


 カイエルは唇に人差し指を当て、「ん〜」と首を捻る。


「僕の国ではね、恋愛結婚が主なんだ。愛する者同士でないと子供は生まれないと言われているから」


 目を丸くしたペトラに対して「そういう信仰なんだよ」とカイエルは付け足した。

 

「へえ」


 ペトラは感情薄く頷いた。しかしすぐに「はて?」と瞬きを止める。


(つまり……?)


 言葉通りに受け取ればカイエルはペトラに好意があった故に婚約を申し込んだという事になる。


「んんん?」


 ペトラは自分に対しての好意はそこそこ感じ取れると思っている。だがカイエルからは友人知人以上の感情を感じた事はない。

 しいて言えば広い校内でよく遭っていたとは思う。だが思い至る点はそれだけだ。


 ペトラは瞬きを再開し、恐る恐るカイエルに訊ねる。


「もしかして私の事が好き?」


 カイエルはおかしなものを見るような顔をした。


「じゃなきゃ婚約しないでしょ」


「え、じゃあ私の何処が好きなの!?」


 驚きが声に乗り、廊下を巡る。大きな声に流石のカイエルも溜息を吐いた。


「前から知ってたけど、ペトラはデリカシーがないよね。少しだけ嫌いになった」


「これだけで嫌いになるとか本当に私のこと好きなの?」


 ニヤつくペトラに不満顔のカイエル。いつもとは正反対の表情だ。

 

 カイエルは唇を心なしか突き出しているように見える。いつも感情がよく分からない笑顔ばかり見ていたのでペトラはそれがとても新鮮に見えた。

 

 ペトラは自分から一歩カイエルに近付き、頬に触れる。男のわりにすべすべな肌はその手触りの通り、毛穴が見えない。少しだけ憎らしく思い、そのまま頬を摘んだ。


 カイエルは驚いたのか一瞬だけ目を見開いた。だがすぐに不服そうに細め、少し間抜けに口を開く。


「言わないよ」


「教えてよ」


 結局その日、カイエルが教えてくれる事はなかった。


 

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