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この空の向こうに・・・

作者: 龍洞 夏
掲載日:2025/12/20

双子の琳と蘭は幼いころに母親を亡くした。琳は蘭を守りながら必死に生きてきたのだが、蘭の大学合格が決まった矢先、蘭を交通事故で失うことになる・・・・

二人の家族を失った琳にこれまでの生き方を問いかけるブラベウスが現れ・・・


涙は、どんな時にあふれるのだろうか。


悲しいときだろうか。絶望したときだろうか。それとも・・・・


キュッ、キュッ、ギュッ・・・足元で生まれる凍てついた音は、辺りの暗闇の中に吸い込まれて消えていく。立ち止まって息を吐いた。息は白い煙のようになり、暗闇に溶け込んでいく。荒い呼吸と、忌々しい心臓の音に苛立ちながら、琳は再び歩き始めた。前に進むより他に、押し寄せる悲しみを少しでも紛らわす手がなかった。


蘭が死んだ。


双子の妹だ。自分の半身を失ったも同然だった。

このことは、全身を地面の奥底に引きずり込むには十分すぎる。

それなのに・・・涙は一粒もこぼれなかった。


その死が現実味を帯びていないからなのか、自分が薄情な人間だからなのか、それとも同時に自分も死んでしまったからなのか、琳にもわからなかった。


涙は、どんな時に流れるものなのか・・・心が潰れてしまったときは案外、瞳は乾ききってしまうのかもしれない。そんなことを呆然と考えながら、気が付けば琳は見知らぬマンションの屋上に立っていた。

さっきよりも星が近くに見える。漆黒の中におぼろげに光を放っている。


このままこの柵を登り一歩踏み出せば、蘭に再び会うことができるかもしれない。

遠い記憶がよみがえる。

子供の頃はいつも喧嘩して母親を困らせた。

だが二人になってからは支え合って生きてきた。

蘭の人生が自分の人生そのものだった。


琳は無機質に柵を乗り越え、その身を遥か下に降り積もった雪に委ねようとした。


「終わらせないわよ!」


上空から聞こえた女の声に、琳は思わず空を見上げた。


「え?」


次の瞬間、琳の体は凍り付いた。

月を覆い隠すほどの大きな黒い翼の持ち主が、こちらに向かって下りてくる。


「!!」


琳はその驚愕から目を離すことができずに固まっていた。眼前に迫るその謎の生き物が羽ばたく度に頬に風があたる。

女のような顔をしているが耳はなく、体は人のようだが背中に翼が付いていて、手足はすらりと長いがよく見ると足先は鷲のそれに似ている。


琳「あ・・・あ・・・」


やっと出た声は意味をなさない音だった。


その謎の生き物は、琳の顔を覗き込むとにわかに距離をとり、まるで見下すように言う。


ブラベウス「フン、失礼しちゃうわ。人を魔物でも見るみたいに。私は、ブラベウス・・・そんなに怖がらないで。」


ブラベウスと名乗る女(?)の声は甘い中に怪しさを宿している。

琳は恐怖の中、乾ききった口をようやく開き、


琳「あ・・・・あの・・・」


と発したが、それ以上は出てこなかった。自然と息が荒くなる。体も震え始める。

琳の様子などお構いなしにブラベウスは話を進めようとする。


ブラべウス「ま、状況がわからないのも無理ないわね。とりあえず、下におりましょう」

琳「下?・・・・う、うわぁ~~~~」

ブラべウス「いちいちうるさい。取って食ったりしないわよ。」


ブラベウスは琳の体を器用に足先で掴むと、優に30mはあろうと思われる高さから地上へと降り立った。


いつの間にか雪は止んでいた。辺りは静まり返っている。


ブラベウス「さて、と。早乙女琳。」

琳「!!」


自分の名前を呼ばれ、琳は体が更に強張った。


「・・・あなたは?」


やっとの思いで発した声はかすれていた。しかし、目をそらさないように努める琳を見て、ブラベウスはうっすら笑みを浮かべた。


ブラべウス「私は人生の審判の使者。」

琳「人生の審判?」

ブラベウス「あなたの人生は、ここで終わってはいけない。そう審判が下ったの。」

琳「・・・・」

ブラベウス「混乱してもしょうがないわね。手っ取り早く伝えて私は任務を完了したいんだけど、いいかしら?」

琳「いや、ちょっと待って。何かおかしい。なんか、周りの様子が」

琳はブラベウスの背景に違和感を感じた。

ブラベウス「今気がついたの?」

音がしない。今まで経験したことのない静寂の中に身を置いていることに気が付いた。


ブラベウス「すべての時を止めたの。」

琳「時を止めた?」


雪は止んだのではなかった。キラキラと空に浮くものは、今まさに降り落ちようとしていた雪が、その場に留まったものだった。


ブラベウス「この世に生きる全てのものは、いつかは死をもって時が止まる。そこには色んな意味があるわ。」


ブラベウスは、宙に浮く雪を掌ですくうようにしながら話を続ける。


ブラベウス「この雪一粒一粒が、人の魂だとして、空から降って地面に落ちるまでが人の一生。その間にいろんなことを経験し、試練を乗り越え、地面で一つの大きな魂聖地チームスピリットになる。この塊がそれね。」

今度は足元の雪をすくい上げ、琳に突き出す。


ブラベウス「でも、無事に降り積もることができないものもある。あなたのように。」

琳「なんの話をしてるんですか?」


ブラベウスはため息をつき、少し面倒な感じを醸し出す。


ブラベウス「ある一つのことが軸となって、人は長く生きることもあれば、短くして死ぬこともある。それを自分で決めることはできないの。誰にもね。」


ブラベウスの話は、琳のこれまでの概念を覆すものだった。

人と人とは互いの魂に影響を与え合って生きている。そうすることで魂を熟成させて、最期に共同体である魂聖地チームスプリットと呼ばれる世界に帰っていくという。しかし、ここで重要なのはその熟成させる工程だ。降り注いでから降り積もるまでの間に、あらゆる試練が与えられ、それを乗り越えていかなければならないというのだ。その試練から逃げ続けると、さらなる試練が与えられ、やがては身近な者の命をも使って魂の研鑽が行われるというのだ。それは、誰が決めたわけでもない、自然の摂理だと言う。


ブラベウス「あなたは、もう、あなたのせいで二人も命を落としている。それは既に大きな罪よ。それをこの世で償うことなく死を選べば、あなたの魂は輪廻の流転から外れ、行き場をなくして永遠に暗黒の中をさ迷い続けることになる。つまり、魂聖地チームスプリットに還えることができなくなる。それは、今の苦しみの比ではない。」

琳「ちょ、ちょっと、待ってくれ。いろんな事がわからない。・・・なに、僕のせいで?僕のせいで死んだって、誰が。」


ブラベウスは先ほどよりも更に面倒そうに


ブラべウス「これは時間がかかりそうね。わかったわ、わかりやすく、一から話しましょう。まず、人が死ぬにはどんな原因がある?」

琳「え?事故とか病気とか・・・・年老いてとか」

ブラべウス「そうね。一番幸せなのは老衰。その人は本当に幸せだわ。自分の人生をしっかり歩み、尚且つその人を取り巻く人々もしっかりと己の人生を歩んでいたのだから。いい?さっき言った軸の話をするわよ。よーく聞いて。『その人が自分の人生をしっかりみつめて歩む』これが軸なの。もし、自分の人生を歩めていなければ試練が与えられる。魂を豊かにするためにね。あなたは、依存性が高くて自分の人生を歩めていない。そのために、二人は命を落とした。」

琳「二人・・・・って・・・」

ブラベウス「あなたのお母さんと、妹さん。」

琳「え・・・・いや、二人は事故で・・・」

ブラベウル「その事故が起きたのも必然。あなたの魂の熟成のために。」

琳「!!」

ブラベウス「いい?思い返してみて。あなたのこれまでの人生を。」

琳「俺のこれまでの?」


そう言われて琳は、自分の記憶を遡ってみる。


物心付いたころには、琳と蘭には父親がおらず、母は女手一つで二人を育てていた。母は看護師をしていたが、二人との時間を大切にし、夜に勤務することはなかった。だが、そのためか母の月収はそこまで高くはなく、親子3人慎ましやかな生活を余儀なくされていた。しかし子供のことを最優先に考える母のおかげで、父親がいなくても二人は寂しさを感じたことはなかった。その一方で、二人はよく喧嘩をし、母を困らせた。

些細なことではあるが、給食袋のデザインや、お弁当のリクエスト、長期休みの過ごし方など、琳と蘭はいつも真逆の主張で母の手を煩わせ続けた。


琳「蘭が欲しがった青い給食袋は次の日ちゃんとできあがっていた。運動会のお弁当の果物もそれぞれリンゴとイチゴが入っていた。夏休みは海にも遊園地にも連れて行ってくれた。朝早く起きて夜遅くまで目をこすりながら縫物をして、遠出するのだって仕事もお金も大変だったはずだ。でも、片親だからと言わせないために、きっと頑張っていたんだ。俺たちは、まったく気が付いていなかった。いつもすぐに喧嘩ばかりして・・・・」


ブラベウスが琳の記憶を見透かしたように言う。


ブラべウス「あなたと、妹の蘭は、随分お母さんに苦労をかけたわね。父親がいない試練を与えられていたのに。双子で生まれたことだって、試練の一つだったのに。・・・これが一つ目。母親への依存。この時点で蘭も同罪。正確にいえば、お母さんはあなたたち二人の試練のために命を落としたってこと。」


認めたくない事実をさらりと言い渡された。


琳「そんな・・・そんなことって。じゃあ、何か?人の死は、誰かに試練を与えるためにあるっていうのか?そんなのおかしいじゃないか。人の命はそんな・・・そんなことのために・・・」


ブラベウス「そんなことのためってね、十分重要なことよ。」

琳「じゃあ、蘭は?蘭はどうして・・・」

ブラベウス「考えればわかるでしょ。」


母が交通事故にあったのは、琳と蘭が小学4年生の時だった。

学校に連絡が入り、担任に連れられて行った先の病院で、変わり果てた母の姿と対面した。

病院独特の鼻をつく消毒液の臭いが鮮明に記憶に残っている。

母に縋り付きながら泣きじゃくる蘭の姿とともに。

あの時は確か・・・


担任「早乙女君、お母さんが交通事故にあった。早く、病院に!!」


急に廊下に呼び出された二人は、担任に言い渡された言葉を受け取れずにいた。

何が何やらわからないままタクシーに乗せられ、病院に連れていかれる。

同行してくれた担任は、二人を励まし続けるが、その言葉を上の空で聞いていた。


病院に付くと、通されたのは病室ではなく、殺風景なコンクリート色の薄暗い部屋だった。


医者「お気の毒ですが・・・・」


そこに横たわる冷たい体は、二人の母親の物だった。鼻の奥がツンと痛くなる。心臓の音が激しく邪魔をする。理解することができず、ただその場にたたずむ琳を置き去りに、蘭は駆け寄ってその現実に向き合った。


蘭「おかあさーん!!!」


聞いたことのないような声で泣きじゃくる蘭を見ても、琳は動くことができなかった。

これは、夢ではないか。そんなことあるはずがない。すぐに目覚めてまた日常がはじまる。

琳の思考は、いつまでもそれを受け入れることができなかった。


気が付くと、見知らぬ大人たちに囲まれていた。これまでほとんど会ったことのない母親の親類たち。

たくさんの慰めの言葉とは裏腹に、陰では琳と蘭の処遇について喧々囂々としている。

シングルマザーで双子を育てること自体反対だった、誰も頼ろうとせず可愛げがなかった、そんな母への批判的な意見まで耳に入ってくる。


話は大人たちの都合のいい方向に進み始め、最悪の決断が下った。

どの家も二人を一緒に養うのは難しい。受験生を抱えてこれ以上は無理。年老いた両親の介護もあるのに、二人の世話まで手が回らない。そんな言葉が幼い子供たちの耳を突き刺してくる。


襖の陰からその会話を聞いていた蘭の体の震えが伝わってきた。

琳は歯を食いしばり、冷たい蘭の手を強く握った。それは「絶対に離れない」「絶対に離さない」とう決意の表れでもあった。


そんな二人の様子に気づきもせず、親類たちはわざとらしい優しい口調で近づいてくる。

琳は長野の叔父の元へ。蘭は岐阜の母親の従妹の元へ。小学生の子供には簡単に行き来できる距離ではない。

3人家族。ずっと変わることがないと思っていた日常。それが母の死によって、全てが音を立てて崩れていく瞬間だった。目の前が真っ暗になった。固まって何も言えない蘭の腕を母親の従妹が引き上げたとき、


琳「僕たち、養護施設に行きます。」


きっぱりと大きな声で言い放った。ざわめきが起きたものの、どこか安堵を隠し切れない表情の大人たちを尻目に、琳は蘭を引き戻し、確固たる視線で気持ちを伝えた。

そうして、兄妹は同じ養護施設に引き取られ、ともに助け合って生きる道を選んだ。


二人は転校し、新しい小学校で新しい生活を始めた。

親がいないことや、施設から通っていることで、不快な言葉をあびせられることもあったが、一人ではないことで救われた。「双子で良かった」と感じたのは、二人ともこの時が初めてのことだったかもしれない。


中学に入ると、蘭は成績優秀、スポーツ万能で頭角を現し、この頃には蘭に限っては後ろ指を指すものはいなくなっていた。一方で兄である琳は成績も振るわず、運動も苦手で徐々に蘭と比較されるようになり、劣等感を抱くようになっていた。自分が蘭を守ると心に誓ったのに、蘭には自分は必要ないのではないか。自分の存在意義は何なのだろうか・・・。蘭は母と同じ医療の道に進む目標を見つけ、日々努力をし始めたが、琳の将来はぼんやりとしたものだった。


やがて進路を考えなければいけない年齢になり、蘭はその地域で一番の公立高校を目指すと決め、琳は日中働きながら夜学に通う道を選んだ。この頃の琳は、とにかくお金を稼いで、蘭の進路を応援することに決めていた。蘭は必ず大学に進学する。その時に自分が助けになりたい。そう思ったからだ。

しかし、常にどこかで後ろめたさが尾を引きづっていた。「蘭の助けになる」・・・それは琳にとって自分の存在意義を決定づけるための大義名分ではないのか。何でも自分の力で乗り越えることのできる彼女は、本当は自分の力などなくても、どんどん自分の人生を切り開いていけるのではないか。

だが、蘭にすがらなければ、琳は自身を保つことができなくなっていた。

置いていかれる・・・見捨てられる・・・そんなすさんだ気持ちがぬぐえなかったのだ。


蘭「私は大丈夫だから。琳は、自分のために自分の人生を見つけてよ」


蘭に言われた一言にハっとした。見透かされた気がしたと同時に、寂しさを覚えた。


琳「自分のために生きてるよ。蘭のためは俺のためだから!!」


ムキになって、押し付けるように言ってしまった。蘭の表情が曇る。


蘭「ねぇ、琳。お母さんの花、蕾が膨らんできてるよ。」


それは、琳が買ってきた母の大好きな花だった。蘭は、ちゃんと琳のことを見ていたのだ。


蘭「お花・・・好きなんでしょ。お花の勉強、したいんじゃないの?」


花の勉強はお金がかかる。材料費だって馬鹿にならない。

しかもそれを学んだところで、仕事にするには相当な努力が必要になる。

うまくいく保証なんてない。

そんなことしたって自分の劣等感は埋まらない。


蘭「琳の稼いだお金は、琳の勉強に使ってよ。私は頑張って奨学金をもらう。ね?そうしてよ。」


妹の真剣な眼差しから目をそらし、


琳「無理だよ。勉強したところで俺なんて・・・俺は、あの日、蘭の手を握りながら決めたんだ。蘭を守るって!」

蘭「蘭だって、決めたんだよ。いっつもワガママばっかりでお母さんを困らせて・・・琳とケンカばかりして・・・そんな自分とはさよならして、頑張って一人前の大人になろうって。強くなろうって。」

初めて聞いた蘭の決意だった。

いつの間にこんなに大きく開いてしまったのだろう。

蘭が一人でどんどん大人になっていくような気がした。


蘭「私は守ってもらわなくても大丈夫!だから琳は自分の人生を見つめてよ!!」


その日からお互いに気まずいまま、その話題をさけるようにしていた。

そのまま蘭は受験勉強が忙しくなり、琳も仕事と夜学での煩雑な生活にかこつけて、この話は話題にしないまま時は過ぎていった。


蘭「推薦とれたよ。入学金も免除だって。授業料は奨学金とバイトでなんとかする。」


突き放された気がした。何のために夜学を選び、働いてきたのか。

全ては蘭のためだったのに・・・

蘭の喜びが大きければ大きいほど、琳の中にはドス黒い気持ちが渦巻いていく。


琳「なんだよ、それ・・・俺が助けるって言っただろ!少しは頼ってくれよ!!なんなんだよ!!!」


一緒に喜ぶべきだった。推薦合格した蘭の努力を労うべきだった。分かっていたはずなのに、出た言葉は自分勝手なもの。あまりに小さい、幼稚な自分に嫌気がさし、施設を飛び出していた。


蘭への劣等感を、お金を出して助けることで優越感にすり替えようとしていた。自分でも気づいていなかった自分の醜さ、弱さに背を向けて走った。ぐちゃぐちゃな気持ちをどこにも治めることができなかった。


キキッーーー!!!


急ブレーキ音が後方で響いたのも気づかないほど何も見えなくなっていた。


ブラベウス「少しは自分の人生を振り返ることができたのかしら?」


はっと我にかえると、目の前にはブラベウスが琳を覗き込むように立っていた。

最悪の別れだった。

あの後、行く当てもなく施設に戻ると、パトカーが止まり、交通は規制され人が集まっていた。

琳を追いかけて飛び出した蘭は、トラックとぶつかり病院へ運ばれた後だった。錯乱した施設長が琳の姿を見つけると血相を変えて現状を告げてきた。

そのあとのことは、記憶にない。


ブラベウス「蘭は気づいた。ちゃんと、自分で気づいて、自分の人生を歩み始めた。あなたはどう?」


ブラベウスはそのあとも、蘭の人生にすがろうとした琳の弱さ、自分の人生を蘭の人生に置き換えようとした愚かさ、母と妹を失ってもなお後ろ向きで死を選ぼうとしている救いようのなさについてズケズケと指摘し続けた。


琳「・・・なんで、生きてる?俺は、何のために生きてるんだ!!僕は、死ぬことも許されないのか?・・・・」


崩れ落ちるように琳は膝をついた。


ブラベウス「今のあなたに必要なのは・・・」


おもむろにブラベウスは翼を大きく広げ、天に向かって飛びたった。

ブラベウスの姿が見えなくなると同時に、まるで急に太陽が差し込んできたように辺りが光に照らされた。白銀の世界とも違う、どこまでも真っ白な空間に包まれる。


その時、遠くでかすかに聞き覚えのある声が、琳の体を硬直させた。息をする音も消してその方向に神経を集中させる。


蘭「お母さん、見て見て、一〇〇点とったよ。蘭、また一〇〇点だった」

母「蘭はすごいわねぇ。」

蘭「ねえ、一〇〇点とったから、あのポシェット買って。琳には内緒で。だって、琳なんて六〇点だったんだから」

母「今回だけよ。蘭、頑張ったからご褒美ね」

蘭「やった!!」

母「次も頑張るのよ」


琳「蘭、母さん!!どこ?」


戸惑いながら二人の姿を探すが、その声は何もない白い空間に飲み込まれるように消えていく。

するとまた、どこからともなく誰かの会話が聞こえてきた。


友達1「今だ、打てぇ、シュートだ!!」

友達2「なんだよ、どんくせえな。」

友達3「こいつに託したって無駄だよ、無駄。運動音痴なんだからさ。」

友達1「女の蘭の方がまだ使えるよ。双子なのに、何でこんなに違うんだよ」


それは、かつての同級生たちの会話だった。

すると琳をぐるりと取り囲むように、たくさんの声が聞こえ始める。

その大半が自分のことを噂している、悪意とまでは言わないが、負の言葉だった。


教師A「このままだと、進学は無理ね。この成績じゃ。厳しいと思うわよ。」

教師B「なんで、こう、デキが違うんでしょうな。双子なのに。」

教師A「双子って言っても、二卵生ですから。早乙女琳くんは、蘭さんと違って、根気がたりないんですよ。双子なのにね。」


「双子なのに。」これまで嫌というほど浴びせられてきた。その単語だけが琳の脳裏にたくさんの声でこだまして鳴りやまなくなる。


琳「やめろ、やめてくれ!わかってる、わかってるんだ・・・」


母親が亡くなってから琳はいつも比較されてきた。いつしか根付いてしまった蘭への劣等感。それを拭い去るには、蘭の進学を支え、琳の力で大学を卒業させたかった。琳のお陰で大学に行けたと蘭に思ってほしかったのだ。蘭に必要とされ、感謝されれば、その先にある優越感を手に入れることができる。自分の劣等感をその優越感で覆い隠すことができる。

そう気持ちを整理していくと、ようやくここで琳は気が付いた。

蘭のためと言いながら、全ては自分勝手な自己満足だったのだと。


琳「認めたくなかった。本当の自分を・・・

 情けない自分、醜い自分、弱い心を見透かされたくなかった。蘭にとって頼りになる兄でいたかったんだ。」


蘭「頼りになるお兄ちゃんだったよ。」


琳「!」


突然、蘭が目の前に姿を現した。


蘭「お母さんがいなくなってからは、いつも私のこと考えてくれて、自分のことは後回しで。かけがえのない、優しい、大切なお兄ちゃんだったよ。琳がいなかったら、私たち離れ離れにされて、あんなに頑張ることなんてできなかった。琳がいたから、私、頑張れたんだよ。」


もう二度と見ることができないと思っていた妹の笑顔。別れ際の悲しげな表情に上書きされて胸が痛くなる。


琳「蘭・・・・でも、俺は、何もできなくて、いつも馬鹿にされて・・・」

蘭「みんな、琳の強いところを知らないから。琳はいつも強かった。私はいつも泣いてばかりだったのに。」

琳「俺は強くなんかない・・・」

「琳は強い子よ」と俯く琳の顔を両手て優しく包み込み上を向かせたその声の主は、決して忘れることのないその優しい声は、

琳「おかあ・・・さん」


母は琳を強く抱きしめ、


母「私の柩の中に、私の大好きだった花を入れ、私が大切にしていた着物を入れてくれた。深い悲しみと不安でいっぱいだったはずなのに。泣きじゃくる蘭とは対照的に、あなたは涙をぐっと堪えて私を見送ってくれた。あなたには、優しさと強さがちゃんとあるじゃない。」

琳「でも、いつも我が儘で・・・いつもお母さんを困らせて・・・・ごめんなさい。ごめんなさい。」


琳はまるで幼い子供のように泣きじゃくった。


琳「俺のせいで二人は・・・・俺のせいで・・・」

母「琳、あなたの強さと優しさがあれば、ちゃんと歩んで行けるわ。お花、好きなんでしょう?ちゃんと好きなものと向き合って、自分のやりたいことをやって、私たちの分もしっかりと自分の人生を全うしなさい。逃げてはダメ。逃げても苦しみを繰り返すだけ。大丈夫、琳なら大丈夫よ。」


母は再び琳を強く抱きしめる


琳「お母さん・・・・」

蘭「あっ、琳だけズルイ。私もっ」


そう言って母に抱きつく蘭もまた、幼子に戻ったようだった。3人は、まるで母が生きていたころのようにふれあい、離れていた時間を凌駕していた。


母「二人とも、私の宝物よ。」


母は名残惜しそうに琳を見つめると、最高の笑顔を向けた。


母「琳、私も蘭もずっとあなたを見守ってる。寂しくなったら、この空を見上げなさい。涙が出そうになったら、この空を見上げなさい。あなたは、私の大切な愛しい子。この空からずっと見てるから。」

琳「うん」

蘭「琳、死ぬなんて許さないからね。私は、琳と一緒にいる。琳がやりたいことを頑張ってる姿をずっと見てる。」

琳「うん・・・。」


二人の姿は少しずつ薄くなり、触れることができなくなっていく。


琳「母さん・・・蘭・・・・頑張るよ、俺、頑張るから!!」


その言葉が届き、二人は安心した微笑みをみせて消えていった。

気が付くと、辺りは再び闇に閉ざされ、ブラベウスが羽を閉じて立っていた。


ブラベウス「時間かかったけど、分かってくれたみたいね。」

ブラベウスの表情は最初に出会った時よりも柔らかいものになっていた。

ブラベウス「もう、大丈夫ね、早乙女琳。時間を元に戻すけど、どうする?また、屋上に上がる?」

ブラベウスの指さす先に見えるマンションの屋上が、今の琳にはさっきとは違って見えた。


琳「いいえ。」


琳の力強い声に、ブラベウスは安堵したようだった。少し笑みを浮かべ、


ブラベウル「そう、よかった。これで、審査委員会に帰れるわ。」


琳「ありがとうございました」

ブラベウス「あなたの為じゃないわ。仕事よ、仕事。じゃあね。」

琳「さようなら。」


ブラベウスが消えると、街は色を取り戻し、何もなかったように雪が降り舞いおり始める。


一歩ずつかみしめるように足を前に進める。


琳「例え時間がかかっても、この歩みはゆっくりでも、前をみて、空を見上げて生きていこう。この空の向こうに・・・・僕を見守ってくれてる、僕の大切な人たちがいる。この空の向こうに・・・僕の未来が待っている。この空の向こうに向かって、僕は自分の足で自分の人生をしっかり歩いていこう。そうすれば、きっと・・・・」


琳の目は涙でいっぱいになっていた。


涙は絶望の中でもがき前を向いたときにあふれ出るものなのかもしれない。



                                  おわり


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