美容室 ravissant
商店街の大通りを1本脇に入ると、そこは普通の住宅街である。
その中に店舗兼住宅を構える、美容室ラヴィッサントの店長、真崎透はこの店の3代目。
店長と呼ばれてはいるが、実質的オーナーは透の母であるより子だ。
息子が店を任せられるようになると現場からは半ば引退し、友人と趣味の神社仏閣巡りの旅に出ている事が多い。
透はそんな母に今、心からの感謝を捧げていた。
『異世界の存在のほとんどに、地球の人間は敵いません。異世界にも人種はいますが、この地球の人間はその中でも最弱です。異世界との融合が始まり、あちら側の存在と出会う事があれば、まず間違いなくあなた方は『餌』もしくは『奴隷』として認識されるでしょう。
その危険を避けるため、我々地球の神は土地に結界を張る事にしました。
ただし、その結界は信仰心によって張られるものとなります。
例えばここ日本であれば、最低でも年に一度、神社仏閣で祈祷を行うなど実際の行動が伴うものを基準とします。お参りであれば、せめて月に一度は足を運んで手を合わせる事が必要です。
心のうちで祈るのみであれば、その祈りが相手の神に届いているかどうかが判断基準となり、普通の人間ではかなり難しいものとなるでしょう。
古代であれば日々祈りを捧げるなどがその基準となったでしょうが、これでも現代に合わせてある程度基準を甘くしています。
結界はその資格を持つ当人が生きている限り、当人の周囲と当人名義の土地建物におよびます。
相続についてはその場その場の状況で相続人が決まります。
公共の場所については、その地域の首長に準拠します。
こちらは結界ではなく、異世界の生物の侵入排除と弱体化が行われますが、全てを阻止できるものではなく、人の多いエリアを中心に『人間優先のエリア』が構築される程度です。
そのため、個人の持つ結界の加護が生き延びるためには重要となってきます。』
透の母・より子は、しょっちゅう神社に行ってはお参りをし、年に一度は必ず東京まで行ってご祈祷を受けてくるし、家族にもそれを強要する。
そしてこの美容室の名義はそんな母の名義になっていた。
はた迷惑な趣味だが、それが生き甲斐で長生きしてもらえるなら、と黙って従っていたが、まさかここでこんな天からの、まさしく天からのプレゼントがあるとは。
「えー、ここに書いてある事が現実になったら怖いねー」
「ああ、うん、ほんとだね」
カケラも信じていない口調でケラケラ笑う美羽に合わせつつ、透は鼓動が早くなった心臓をなだめるように胸に手を当てた。