『アーシアン』がインストールされました
「『アーシアン』ってこれまたなんかベタなタイトルだな」
「だな」
「この説明からすると、分かりやすくて短いタイトルで、って考えて時間ないから適当につけたけどまあまあ中味合ってるからそのまんまで、みたいな臭いがプンプンする」
「言ってやるな。仕事に時間的余裕がないのは身につまされる……」
言って、メガネを抑えながら血の涙を滂沱とするのは浅葱正信。
社会人1年目のブラック企業歴1年目、給料は趣味に全掛け、つまり戻ってこないので貯蓄もない、同じ身の上の人間にはどこまでも共感しかない22歳独身。
「けどよ、これ、この説明の通りなら会社とかもう行かなくて良くなるだろこれ」
「素晴らしいな。まさに神の御業」
うんうん、と頷く2人は雪屋竜胆と黒川偲。
仕事しつつ趣味に生きる、仕事は真面目にやるがしょせん趣味のため、他に儲かる仕事があるならいつでも辞める気満々のダメな社会人の見本3人である。
久しぶりの連休で集まった3人は、浅葱の部屋で昼間っから酒を飲みつつアニメを流し、昨日やったゲームの話で盛り上がっていた。
ゲームとアニメとマンガと小説があれば人は生きていける。
金がどっかから湧いてくれれば言うことないのに、そんな事を真面目に口にする彼らは生まれてこの方ずっと、絶賛恋人募集中。多分これから先もずっと募集中であろう。
古き良き時代のようにおせっかいな世話焼きおばさんなど存在しない、そんな無情な時代に生まれてしまったものの哀しき運命なのだ。
そんな彼らの目の前に突然現れた半透明なゲーム画面(この3人に限ってはもうタブレットとかPCとか言ってられん、ゲーム画面である)。
クソ暑い40度越えの外気温の中、エアコンの効いた室内で明るいうちから飲むビールでそこまで酔えるはずもなく、割とシラフだった3人は、なんだこりゃ、と思いながら普通に画面のスタートボタンをタッチした。
アホなんである。
スタートボタンを押すと説明画面が出て来る。
浅葱はそれを読み上げた。
「なになに、ここに書いてあることは全て真実です。あなたが信じようと信じまいと間違いのない真実です。現実を受け入れ、このデータをあなたにインストールしてください。猶予は30分……ってなんだそりゃ」
「条件反射でスタート押しちゃったよ。え、これ夢? もしかして明晰夢ってやつだった? ひょっとして」
「それならお前の夢じゃなくて俺の夢だよな。ていうか全員押したのか、バカか俺ら」
「いやいや押すだろう、そこにゲームがあるなら。それよりも問題はこの中味だよ。なんだこれ世界が終わるってか」
「いや終わるんじゃないだろう、変わるんだ」
「だね、変わるね、間違いなく」
3人は顔を見合わせてニヤリと笑った。
そう、そこには世界が変わると書かれている。
これまでの世界は変わり、新しい世界が始まると。
『これから30分後に、この世界『地球』は異世界と融合、侵略されます。元に戻ることは我々、神の力を持ってしても不可能です。融合する先の異世界は、この世界と違い、弱肉強食に特化した魔物たちの棲む世界です。あらゆる世界に於いて最弱の生き物であるあなた方人間の力では、生存など夢のまた夢、あっという間に種が絶滅することは間違いないでしょう。
ですがそれは、長くあなた方を見守り愛してきた、我々地球の神の本意ではありません。
そのため、我々は急ぎこのプログラムを作成しました。
名付けて『アーシアン』。
1人1人の個性に合わせたものではありませんが、ある程度個人の特性を活かしたものとなっていると考えます。
どうかこのプログラムを使って、これから先の危険な世界を生き延びてください。
我々地球の神はあなた方人間の繁栄を願っています。
ダウンロードしますか? YES/NO』
「どうする?」
「某国の開発した洗脳系新兵器かもよ?」
「それも無いとは言い切れないな」
「だが……」
「だね」
「だな」
もう一度ニヤリと顔を見合わせて、3人は人差し指を1本立てて大きく腕を振り上げた。
「そこにゲームがある限り!」
「「「ダウンロード、一択!!!」」」
ぽちり、と運命は選択された。