真実の愛って、そういうものではなくって?
学生達の卒業の宴は王家の離宮の1つを貸し与えられて行われていた。
煌びやかな装飾に、優雅な音楽を奏でる楽団。
一握りの優秀な平民には、記念の衣装が王室より贈られた。
等しく同じ色と意匠だが、一人一人が採寸され上質な布で作られた一点ものである。
衣装を自力で用意出来る商家の出であれば、自前の衣装でも良いとされていた。
貴族達は勿論、権勢を競い合うかの如く美しい意匠の衣装を身に纏い、歓談していた。
そこへ、不穏さを撒き散らす一団が現れる。
この国の王子、カスパルだ。
腕には学園でも有名な、真実の愛が寄り添っている。
子爵令嬢であるフェミアは、母譲りの美しい金の髪をふわふわと揺らし、父譲りの淡い紫の目をした可憐な令嬢だ。
白くて細い腕や、華奢な腰は見る者の庇護欲を掻き立てている。
礼儀作法も成績も、それなりには優秀。
だが、女性達の中でも抜きんでている、カスパル王子の婚約者である侯爵令嬢ブリジットを超える程ではない。
出自と能力、両方見ても劣るフェミアを、応援する人々は少なかった。
カスパルとその周囲の高位令息達の意見ですら割れていたのである。
アルドワン侯爵家のブリジットと同腹の双子の弟である、ブリアックも王子の傍にいて、冷たい眼差しを共に生まれた姉に注いでいた。
幾人かは、王子と共に壇上に一度上がったものの、立場の違いを見せる為にそこから生徒達の所へと移動する。
今日は学生として過ごす最後の日で、会場には生徒達と世話をする王宮の使用人しかいない。
「ブリジット・アルドワン侯爵令嬢。今日を以てお前との婚約を破棄する。か弱いフェミアに嫌がらせを続けた罰だ。未来の国母に相応しくない!」
「……左様でございますか。嫌がらせなど身に覚えはありませんが、殿下の期待に沿えなかった事を謝罪致します。また、婚約の破棄につきましても、お受けいたします」
殊勝な申し出に、カスパルが完全勝利を確信して笑顔を浮かべかけたその時、高らかな楽器の音が響いた。
「アドリエンヌ王女殿下の御入場です」
伝達係のよく通る声が響き、カツカツと壇上から同行を受けたアドリエンヌ王女が現れたのを見て、カスパルは笑みを引っ込めた。
「姉上が何故ここに」
「お前の無様な姿を見る為よ、愚弟」
真っ赤な衣装に紅玉をあしらった宝飾品を身に纏ったアドリエンヌは、薔薇に喩えられる美女であり、隣に控えているのはカスパルの元側近であった公爵令息のベルトランである。
言い放った言葉は傲岸不遜だが、冷たい笑顔に彩られた美しさは微塵も揺るがない。
「アルドワン侯爵令嬢、婚約の破棄については愚弟の有責で行います。慰謝料については後々王家と侯爵家で話し合いの席は持たれるけれど、王子領は最低でも貴女に割譲すると私の名において約束しましょう」
「王国の輝ける紅き薔薇、アドリエンヌ王女殿下にご挨拶申し上げます。勿体ないお言葉を賜り、感謝いたします」
壇上からかけられた言葉に、ブリジットは淑女の礼を執る。
美しい礼を見て満足げに微笑んだアドリエンヌは文句を言い始めた弟を振り返った。
「あ、姉上が勝手に決めて良い事ではない!」
「あら。王命による婚約について勝手に破棄だと決めた愚弟が何か言っていてよ、ベル」
扇で口元を隠しながら笑うが、その声は会場の隅々まで届いている。
ベルと呼ばれた傍らに控える美丈夫、ベルトランは密やかに微笑んだ。
「滑稽でございますね、王女殿下」
「あら嫌ね。そんな他人行儀な呼び方」
「公式の場でございますれば」
「ふふ。そういう堅い所も大好きよ、ベル」
「姉上!」
無視をされた上にいちゃつきだした姉に、たまらずカスパルは声を荒げた。
仕方ない、というように扇を閉じたアドリエンヌは、手の上に扇を軽く二度三度打ち付ける。
「もう、仕方のない子ね。それで?愚弟。お前は婚約を破棄して後ろ盾も失って、その令嬢と結婚するのかしら?」
「お言葉ですが、後ろ盾は失いません!ブリジットは侯爵家を出て何処ぞに嫁入り、侯爵となったブリアックが後ろ盾となるのです。あの冷酷女が望むなら、嫁ぎ先も用意しない事もないが、王子領の割譲などしない!」
その言葉に、こてん、とアドリエンヌは首を傾げた。
さらりと巻いた美しい銀の髪がゆれる。
細められた紅い瞳は、まるでゆるやかに無力な動物をいたぶる猫のよう。
「そもそもね、お前はまだ王太子になっていないのを分かっていて?アルドワン侯爵家がお前の相手に選ばれたのは、お前の婿入りも可能だからなのよ?」
は?と王子と側近達は固まった。
そういえば、ブリアックも姉であるブリジットも領地運営について父から手解きを受けていたのではなかったか。
優秀な姉は王妃教育も既に終えたと聞いていた。
ブリアックの顔色がさっと蒼くなる。
王子に手を貸したのは、嫁入りを阻止してもブリジットが侯爵家を継ぐことはないと確信していたからだ。
しかし、婿入りの可能性があったのなら話は全く違ってくる。
ブリアックの動揺を他所に、カスパルは誇らしげに自分の地位について語った。
「姉上、お言葉ですが、現在王室に王子は私一人です。私以外の誰が王太子になるというのです」
「本当にお馬鹿さんなのねぇ。わたくしも王太女になれるし、王弟殿下もまだまだお若いし、王弟殿下には息子もいるのだもの。お前に王の資質があればわたくしも楽だったのだけど……まあ、その話はもう良いわ。お前が王になる道はもうないのだから」
ふぅ、と気だるげに息を吐き、アドリエンヌは扇をぱちりと閉じた。
何故かと問い質そうにも、言葉を紡ぐ前にアドリエンヌがゆっくりと微笑む。
「ねえ、侯爵家の後継は誰が決めたのかしら?まさかお前の独断やそこな令息の蒙昧な夢想ではないわよね?」
カスパルはキッとアドリエンヌを睨んだ後で、ブリアックを振り返る。
「お前からも言ってやれ!次期侯爵家の後継は自分であると」
「当主の了承なしに、勝手に騙るのは犯罪なのだけど、大丈夫かしら?」
口を開こうとしたブリアックはそこで瞠目する。
今日の騒動を以て、自分が後継者になるしかない、引き続き王子の後ろ盾となる、と父に宣言する心算だったのだ。
今はまだ侯爵である父の許可を得ていないし、後継に任命されてもいない。
王女に直答して良いものかと逡巡して、ブリアックは王子に向けて困った様に告げた。
「そ、れは……本日この後父上にそう決めて頂く予定です…」
「あら良かった。では行き違いにならずに済むわね。侯爵家の当主の座が欲しいが故に姉に冤罪をかける弟が跡を継ぐなんて恐ろしいこと。そう思わなくて?リジー」
目線は冷たくブリアックに留めたまま、扇だけをブリジットに向けたアドリエンヌに、ブリジットは恭しく淑女の礼で応える。
「仰せの通りに存じます、アドリエンヌ王女殿下。我が父はたとえ、わたくしに何があろうとも、ブリアックに侯爵家を委ねることはございませんので、ご安心を頂きたく」
「ああ、リジー、それを聞いてわたくし安心してよ。実の姉さえ排除するような奸臣が権力を得るなんて悍ましいもの。いつ寝首をかかれるかと心配で夜しか眠れないわ」
「いつも通りにございますね」
律儀なベルトランの相槌に、嬉しそうにアドリエンヌは顔を綻ばせて振り返る。
下らない言葉遊びでも、真面目に答えてくれるベルトランに、アドリエンヌはうっとりするのだ。
「ふふっベルったら」
「姉上!な、何故あの女が勝手に決めるのです!しかも冤罪などと世迷言を……!!」
逞しいベルトランの胸に白魚のような手を這わせていたアドリエンヌは、喚くカスパルを不快そうに冷たい目で見遣る。
「だからお前は王に向かないのよ愚弟。行き当たりばったりで根回しもせずに事を起こすなんて、愚かにも程があるわ。リジーはきちんと侯爵と話し合って決めているの。お前の傍にいる盆暗とは訳が違うのよ?領主として内政を学び、社交期間を終えれば領地で領民と共に過ごす。お前の腰巾着はその間何をしていたかしら?……ああ、お前と一緒に遊び惚けていたのでしたわね。そんな者を誰が次の領主に選ぶの?いいこと?貴族としての務めは王に傅くだけではないのよ。領地を治めて、栄えさせることで王家や民に還元するの。ねえ、三歳の王甥だってこんな事知っていてよ?」
改めて、汚いものでも見るような目で上から下まで、下から上まで見てアドリエンヌはため息を吐いて見せた。
確かにカスパルは王族なだけあって美しい。
明るめの赤髪に、翡翠のような瞳は爽やかですらある。
けれど、馬鹿。
それはもう、救いようがないほど。
淑女として溜息は厳禁だが、わざと深く深くもう一度溜息を吐く。
「ね?じゃあリジーに答えを訊いてみましょうか。次の当主は誰かしら?」
「わたくしにございます、王女殿下。王家に嫁ぐ場合だけは例外でしたが、その話は今無くなりましてございます。嫁いだ場合でも、もし侯爵を継いだわたくしが儚くなった場合でも、従兄のフォルスタット伯爵令息が後継として選ばれています。彼は現侯爵の甥ですので、然程血も遠くありません。彼が侯爵家を継いだ場合、伯爵家は彼の実弟が後継となるでしょう」
「ねえ、お馬鹿さん達。答えをお聞きになって?これは遺言書にも記載されていて、王の裁可も受けている決定事項なの。たかだかこんな無為無策の茶番劇で変わる様なものではないのが、分かって貰えたかしら?」
馬鹿とはっきり愚弄されて、カスパルは大声で反論を開始した。
「茶番劇とはいくら姉上でも言葉が過ぎる!フェミアはブリジットの嫌がらせで傷ついたのですよ!」
「ふうん。では聴いてあげましょうか。何に傷つけられたのか」
ぽんぽん、とカスパルの肩を扇で叩きつつ、アドリエンヌは横で震える小鹿のようになっているフェミアを見た。
「わ、私、ブリジット様に睨まれました……」
「おお、フェミア可哀想に」
カスパルが大袈裟に抱き寄せるのを見て、肩を叩いた扇でアドリエンヌはその頬をバシリと打った。
「ぎゃっ!な、何をなさるのです、姉上」
「あら、扇が当たってしまったわ。大丈夫かしら?」
完全に振り抜いていたし、当てに来たけれどそんな事はおくびにも出さず、アドリエンヌは優雅に微笑む。
さっきの振り被って振り抜いたあれは、幻想だったのかと思う程自然に。
「礼儀作法のなっていない娘と耳にしていたけれども、わたくしいつ発言を許可したかしら?」
「発言の許可はしておりませんし、まだ挨拶すら受けておりませんね」
アドリエンヌの後ろに立つベルトランも冷たい氷のような眼で、フェミアを見つめる。
だが、フェミアはその切れ長の目に見つめられて、場違いにも赤面して王子の腕に隠れた。
その仕草を可愛いと誉めそやす男性もいるだろうが、完全に不敬な恋愛脳である。
「礼儀作法がなっていないなど、誰が嘘を言ったのです?!フェミアは優秀な成績を残しています!」
「成績、成績ねぇ。ではどうして挨拶をしなかったのかしら?発言の許可も普通は得るものよ?わたくしは直接その名無しの令嬢に聞いたわけではないわ」
名無しの令嬢と揶揄されて、益々フェミアは脅えた様にカスパルの腕にぎゅうとしがみ付く。
カスパルは愛おしそうにそれを見て、またアドリエンヌに文句を言い始めた。
「姉上の所為で脅えているではないですか!それに緊張しただけで……姉上だって話を聞きたいと仰ったではありませんか!」
「聴いてあげるとは言ったけれど、それはお前によ。その小鹿さんに喋らせたいのなら、お前がきちんと先導して挨拶をさせつつ発言の許可を得るのが礼儀作法でしょう。それに、睨まれただけで脅えたり震えるだけしか能のない小鹿に王妃が務まると本気で思って?しかも、それを守れる技量がお前にも無いというのに」
文句を言えば正論を十倍にしてぶつけられるのは昔からだったが、カスパルは歯噛みして姉を睨んだ。
自分は男で、次期王太子なのに馬鹿にされて良い訳はない、と。
先程アドリエンヌに言われた、王になることは無いなど嘘だと決めつけながら。
「私がきちんと守ります!フェミアは私にとって、真実の愛なのですから!!」
「ああ、そうね。そう。真実の愛は良いわね」
何故か急に上機嫌になって、歌うようにアドリエンヌは言い、美しい所作でくるりと回り、カスパルからベルトランの近くへと移動する。
「ねえ、貴方も聞いて?ベル」
「はい、殿下。真実の愛とは何にも優先されるべき事かと」
おや?とカスパルも、生徒達も風向きが変わったのを感じて首を傾げた。
真実の愛という言葉は、魔法の言葉だったかのように、今まで愚弄していたアドリエンヌが嬉しそうに微笑んでいる。
そして、傍らにいるベルトランさえ優先するよう促しているのだ。
「そうです!真実の愛です!漸く認めて下さるのですね」
「ええ。認めるわ。でもその前に王家には真実の愛を試す為の試練がある事を知っていて?」
それはカスパルにとっても、生徒達の大半にとっても初耳だった。
高位貴族なら、口伝で伝えられている隠された真実。
「最後に使われたのはたしか、ひいお祖父様の代だったかしら?真実の愛を試す塔が王城の敷地内にあるの。その試練を無事に潜り抜けられたら、お前達の愛を認めてあげてよ。他の者達はわたくしが説得する事を約束するわ」
「姉上……!」
感極まったかのように、カスパルはキラキラした目でアドリエンヌを見て、傍らのフェミアを愛おしそうに見つめる。
そして、その小さな頭を撫でた。
「良かったなフェミア。姉上が私達を認めて下されば安泰だ」
「は、はいカス様」
思わず爆笑しかけて、アドリエンヌは腹筋に力を入れて、何とか耐えた。
耐えたのに、後ろでベルンハルトが「斬新ですね……」と呟いたものだから、腹筋が崩壊しそうになる。
この国の言葉ではないが、カスとは塵という言葉と同一なのだ。
何とか笑いを堪えて、アドリエンヌは命じる。
「では二人を真実の塔へ連れて行きなさい、衛兵」
「え、衛兵?」
「騎士達より衛兵の方が王城の各所の警備に当たるから場所には詳しいのよ。さあ、連れて行きなさい」
二人は急に試練を受けることになって戸惑いながらも、衛兵に連れられて行く。
残った王子の側近の内、公爵令息のセザールだけが顔色を無くしていた。
それを見て、ふうん、と満足そうにアドリエンヌは微笑んだ。
「アルマカフィ公爵令息、貴方はご存知なのね?」
「………はい。ですが、この様な事王女殿下であっても勝手に決めては……」
「ふふ。だから、何故自分達が行うことは許可なく勝手にするくせに、こちらも同じように勝手にやっている、と決めつけるのかしら?」
その言葉に、セザールは目を見開いて、口をはくはくと動かした。
先程のブリジットもそうだったし、最初に根回しをしなかった事を責めたのもアドリエンヌだ。
「国王陛下の許可は下りているわ。真実の愛を語ったのならば、已む無し、と。元々この騒動を起こすと決めていた時にはもう、廃嫡は決まっていたのだけれど。大人しく降参すればまだ、生きていられたかもしれないわね」
生きていられた、という言葉に、生徒達は息を呑んだ。
内容を心得ている高位令息、令嬢達は静かに目を伏せる。
「どういう事ですか……カスパル王子殿下とフェミア嬢は……」
慌てた様に言うブリアックに、アドリエンヌは穏やかな笑みを見せる。
「さあ?試練を乗り越えられれば帰って来れるのではなくて?尤も、帰って来れたとしても五体満足とはいかないでしょうけど」
「……な、…何、を……」
水から揚げられて呼吸が出来ない魚のようにぱくぱくと口を開け閉めしながら、苦し気にブリアックは問いかけた。
アドリエンヌは酷薄な笑みを浮かべつつ、すらりと細く美しい手を上げて、長い手袋の上から扇で自らの腕を柔らかく打つ。
それは、腕を切り落とすかのような仕草で。
「例えば愛する者の為に我が身を犠牲にするということ。詳しい事は文書には残っていないし、補修も暗部が行うから次期後継者しか知れぬ事だけれど。少なくとも甘い考えで真実の愛を語った者達で、生きて塔を出た者はいないの」
それは実質、処刑と同じである。
腕を下ろして、アドリエンヌは会場を艶やかな笑顔で会場を見渡した。
「別に宜しいのよ?真実の愛を貫く男女がいても。でも、それなりの覚悟は必要だと思わなくて?生半可な気持ちで周囲を巻き込むものではないわ。手順を踏むか、心に秘めるかはそれぞれの選択だけれど。でもどちらも選ばないというのであれば、相応の代償は払わなくてはね?」
そしてゆっくりと視線を取り残された令息達に注ぐ。
「勿論、貴方達もよ。自分達の仕出かした事への代償がどんなものになるか、楽しみになさい」
愉しげに微笑む薔薇のような王女を見ながら、彼らの顔色は優れない。
内容が衝撃的過ぎて、理解するまでに時間がかかった。
足りない所はあったといえどもカスパルは第一王子で次期後継者。
相手は貴族で、子爵令嬢。
命を代償に差し出さねば……いいや、例えばそれが四肢だとしても。
尊い身を傷つけてもいいのだろうか?
「何故、そのような罰を……王子殿下は確かに考えが足りていなかったかもしれないですが…」
ブリアックが涙すら浮かべる姿に、眉尻を下げてアドリエンヌは微笑む。
「一応、愚弟に対しての忠義の心はあったのかしら?でもね、一国の王になろうという者が、考えが足りぬでは済まないの。なぜそのような塔が作られたか。それは国を巻き込むほどのくだらない真実の愛のせいよ。王妃として相応しいと誰もが認めるまでお相手を育てるなら良いでしょう。婚約者をきちんと説得し、誠意を尽くして、新たな後ろ盾を得るならそれも良い。または正妃になどと欲張らずに、側妃か愛妾として迎えるでも良いけれど」
一旦呼吸を置いて、アドリエンヌは嫣然と微笑んだ。
「権利を振り翳すなら義務を果たさねばならぬのは道理。その様な事すら分からぬ人間が、国の舵取りをしたらどうなるか分からなくて?何もかも足りない真実の愛を笑われたというそれだけで、戦争を起こそうとする馬鹿に、貴方は仕えられるのかしら?」
こてん、と首を傾げてアドリエンヌは不思議そうに訊く。
誰もそんな短慮で横暴な王に仕えたい者はいないだろう。
アドリエンヌの扇で顎を持ち上げられ、俯いたブリアックは顔を上げさせられる。
王女の気の毒そうな目が、聞き分けのない愚か者を見るようで。
「愛するお相手が貴族だから良い?では平民なら?貧民なら?……政略結婚が嫌なのであれば、誰にも文句を言わせない実力を持ち、人脈を持ち、根回しすれば良いのよ。それもせずに欲しいと駄々をこねるのは愚かとしか言いようがなくてよ」
だが、ぶるぶると拳を震わせて、ブリアックは尚も言った。
「カスパル殿下は貴女様の実の弟ではないですかっ!」
「あら?実の姉に冤罪をかけて、その座を奪おうとした貴方が言うのね」
思わず、扇を広げて口元を隠しながらくすくすと笑う。
少女らしくもあるその仕草に、背後に佇むベルトランは愛おしそうに目を細めた。
「でも、決して命を奪う訳では……」
「あら、生命を奪うのはわたくしではないわ。命を懸けて愛する、愛に命を捧げる、真実の愛とはそういうものではなくって?」
は、と息を吐いて、何か言おうとしたけれどブリアックにはもう語れる言葉は無かった。
王女の言を借りれば、王子は愛によって殺されるのだ。
自分達は何一つ正しい事をしてこなかった。
ただ、誰に恋をしても罪には問われないというだけで、何をしても許される訳ではない。
正当化する手段があまりにも稚拙過ぎた。
崖に向かって愚かにも行進していたのは自分達だ。
止めることもせず進ませたのは側に仕えていたブリアック達で、喜んで歩を進めたのはカスパル王子本人である。
言葉を失った者達から興味を失くしたように、くるりと優雅に背を向けてベルトランの元へ歩み寄りながら、アドリエンヌは愉しそうに笑みを浮かべた。
「ねえ、ベル。素晴らしいわね真実の愛、って」
「ええ、殿下。今頃お二人も困難を前に寄り添っておいででしょう」
困難というよりは恐怖だ。
命の危機に瀕してなお、愛を貫けるかどうか。
カスパルとフェミアの二人は暗い塔の中で今まさにその愛を試されている。
結局のところ、真実の愛に目覚めた二人が塔から生きて出ることは叶わなかった。
水も食料も無いのだから、緊張状態とあって三日が時間的な限度である。
後日、暗部によって二人の遺体は塔から持ち出されて直葬となった。
カスパルは王家の墓には入れず、王家に縁の深い修道院の共同墓地にてフェミアと二人並べて埋葬されたのである。
墓碑銘は皮肉にも『真実の愛で結ばれた二人』として、連名で一つの墓標とされていた。
共に最期を迎えた二人に対するせめてもの贐である。
侯爵令嬢ブリジットは次期侯爵として教育を受けていたフォルスタット伯爵令息を婿に取り、将来は女侯爵ではなく侯爵夫人となる予定だ。
新たに割譲された王子領だった地域を統治する為である。
侯爵家の持つ従属爵位を戴き、女伯爵として領地運営に携わり、何れは生まれた子供の一人に称号ごと領地を譲るのだという。
実姉を罠にかけ失脚を狙ったブリアックは、予定通り廃嫡となった。
侯爵家の持つ他の爵位すら継ぐことは許されず、修道院で生涯を送ることになる。
共にいた公爵令息も同じ道を辿り……中には、貴族籍を抜かれて平民に身を落とす者もいた。
無残にも死を迎えた主君を前に、彼らは自らの待遇に感謝こそすれ不満を漏らすことは無かったのである。
王位後継者はアドリエンヌに決まり……辞退しても王弟も国王も許可をせず、王甥が成人するまでという約束で王太女の地位を賜った。
その隣には次期王配としてベルトランが常に付き従っていたという。
真実の愛の塔は外階段から塔の上に連れていかれて、施錠されます。
あとは勝手に下りて出てきてねってシステムなんだけど、中には罠やギミックがわんさか。
映画SAWみたいなえぐい系だと想像して貰えれば。
ちなみに二人は最初にちょっと怪我をした時点で、助けを待ったままの衰弱死なので安らかと言えば安らか。王族以外も利用できるので、是非申請してください!