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第6話 NOと言えない日本人、女神と魔王に気を使われる

朝もやの残る草原に、剣を振るう勇者の姿があった。


シュッ


スパン


フワァ…ヒラヒラ☆彡


 剣筋に合わせて傷跡が開き、そこから舞い上がるのは血ではなく、美しい花びら。


「アザース」


 息も絶え絶えに倒れ込む魔族。だが、次の瞬間、その肌から黒い瘴気が抜けるように漂い、代わりに人間の姿へと戻り立ち去っていく。


「さすが勇者様ですわ! 聖なる力、凄すぎますわ!!」


 その横で、セーラ──いや、安寧の女神ニートリアが満面の笑みで拍手を送っていた。


 勇者はというと、顔面蒼白で呼吸も浅く、今にも倒れそうなほど消耗していた。


「はぁ……はぁ……む、無r……」


 それでも剣を握る手だけは離さず、花びらの舞う軌道を何度もなぞるように振るっていく。


シュッ


スパン


フワァ…ヒラヒラ☆彡


 ぎこちなくも、斬撃のたびに確かに魔族たちは人間の姿へと戻っていく。


 勇者一行の一人魔法使いノクス、その後方から補助魔法を繰り出し続けていた。勇者の肉体にかかる疲労を可能な限り緩和し、意識の集中を保たせている。


 戦闘と呼ぶには牧歌的な光景だったが、そこに至るまでの勇者の葛藤は尋常ではなかった。最初は剣を抜くことすら拒絶し、震える手で腰の柄に触れるのが精一杯だった。


 だが、ノクスの支援とニートリアの過剰なよいしょ、そして何より“斬っても花びらしか出ない仕様”という魔王ノクスによる設定変更によって、ようやく勇者は戦えるようになった。


 その様子を、茂みの陰からじっと見つめる影があった。


「……な、なんなんだよこれ……」


 シドだった。


 冒険者として、数々の戦場を経験してきた彼にとって、いま目の前で繰り広げられているこの戦闘は、もはや理解の範疇を超えていた。


 だが、それでも勇者の怯えながらも必死に剣を振るう姿を見て、シドは決意する。


「……くそっ、よくわかんねえが見てる場合じゃねえか!勇者様、俺も加勢するぜ!」


 そう言って腰の短剣を抜こうとした、その瞬間——


「ちょ、ちょっと待ってくれないかシド!」


 背後からノクスが走り寄り、シドの腕を抱えるようにして静止した。


「お、おいノクス!? 何してやがる、邪魔すんなよ!」


「いや、そうじゃなくて! ……実はちょっと非常に大切な話があるんだ!」


 ノクスの必死さにようやくシドが剣の柄から手を離す。


「……こんな時に一体何の話だよ…」


「いいから、少しだけ離れてくれ」


 二人は勇者たちから少し離れた場所へ移動し、そこでノクスは小さな声で打ち明ける。


「実は僕、魔族なんだ」


「……は?」


「というか、魔王」


「はあああああああああああ!?」


 茂みがガサガサと揺れ、鳥たちが驚いて飛び立っていった。


「ちょ、ちょっと一旦落ち着こう!? ね? 大丈夫だから」





 ———数分後、ようやく動揺を抑えたシドが、頭を押さえながら呻くように呟く。


「……つまり、ノクスは魔王で、ニートリア様とは旧知の仲。で、この世界の信仰心が足りないから、魔族を討伐する“ふり”して信仰心を集めるって……そういうことか?」


「うん、理解が早くて助かるよ」


「……大事のために些事を見逃せ、と。つまり人類を危険にさらすのを見過ごせってことか?」


 シドの声には、怒りと失望が滲んでいた。


「違う違うっ。僕たち魔族は、人間と戦うつもりなんてまったくないよ。むしろ、僕らが戦うふりをしてあげてるんだよ?」


 ノクスはあくまで淡々と、しかしその言葉はシドにとって信じ難いものだった。


「ふざけんなよ……。勇者様を使って茶番劇を演じて“信仰心”を集めるって……それ、ただの裏切りだろ……。散々人間に危害を加えてきた連中の言う事なんか信じられるかよ!」


 子供の頃から当たり前のように信じてきた「魔族=悪」という常識。魔族は間違いなく全人類共通の敵なのである。


「信じてもらえないかもしれないけど、それ自体が誤解なんだよ…」


 ノクスは少し声を抑え、真っ直ぐシドの目を見つめる。


「シド、君は魔族に襲われたことがある?」


 唐突な問いに、シドは戸惑いながらも即答する。


「……それは…ねえよ。だけど、俺の知り合いが──」


「その知り合い、魔族に直接傷つけられたのを見たの?」


 シドは言葉に詰まった。


「……いや、噂で聞いただけだ。で、でも! 子供でも知ってるぞ。魔族は、人間の敵だって!」


「それって、学校だったり自分達の親が言ってだけじゃないかな? きっと誰も自分の目で見たことはないと思うよ」


 ノクスは優しく問いかけるように言った。怒りを煽ることも、理屈を押しつけることもせず、あくまで静かに。


「……意味がわかんねえよ。お前の言う通りならなんで無実の奴らを悪者に仕立て上げてるんだよ?」


 シドの拳が震える。


 怒っていた。ノクスにではなく、自分が信じてきたものすべてに対して。


 ノクスは、わざとらしいほどゆっくりと、問いかける。


「ねえ、シド。魔族が“悪”ってことにしておくと、得をする人って誰だと思う?」


「得を……?」


 シドはぼんやりと繰り返し、そしてハッと目を見開いた。


「……ま、まさか、王家……?」


 ノクスはにこりと笑ってうなずく。


「そう、ご名答。国の守りを強化すると称して、税を上げることができる。兵を増やせば仕事も生まれるし、戦争の大義名分にもなる。さらに、人類の共通の敵をでっち上げれば何かと人気取りに使いやすい──」


「それじゃ……まるで、魔族を“便利な敵”として利用してるみたいじゃねえか……」


「その通りでしょ。それ以上でもそれ以下でもないよ」


 あまりにあっさりと頷かれ、シドは言葉を失う。


 目の前の魔王は、人間に対して憎しみのかけらも見せない。ただ真実を淡々と語り、人々の幸せを願っているとすら感じられる態度だった。


 シドは目を伏せ、深く息を吐いた。


「だったら……いっそ、王家を正した方が早いんじゃねぇのか?」


「……僕もそう提案したことはあるんだけど、ニートリアがそれを望んでいない」


 その言葉に、シドはまたも混乱の渦へと引き戻された。


「どういうことだよ……。王家を正せば、全部丸く収まるんじゃないのか?」


「彼女はね、“人間自身の手で、この歪んだ仕組みに気づき、立ち向かってほしい”って考えてるんだ。神の力で強引に変えてしまえば、人々は自分で考える力を失ってしまうから」


 ノクスは、少し遠くを見つめるようにして言葉を継いだ。


「別の世界ではね、神々が積極的に人間社会に介入してるんだよ」


「は?」シドが眉をひそめる。


「雨が欲しいと言えば、神が降らせてくれる。病が流行れば、神が治してくれる。争いが起これば、神が裁いてくれる。人々は神に感謝して、毎日、祈りを捧げる。信仰は厚く、神々は満たされ、力を増していく」


 語られるその風景は、一見すれば理想郷だった。


 だが、ノクスの表情に微かな影が差す。


「でもね……神の言う通りに生きて、神の言う通りに喜んで、神の言う通りに幸せになる。そんな毎日って、本当に幸せだと思う?」


 問いかけに、シドはすぐに答えられなかった。


 ノクスは静かに微笑む。


「人々が自分の頭で考え、間違え、失敗しながらも前に進むこと。それが、本当の意味での自由なんじゃないかって、ニートリアは考えているんだろうと思う」


 ノクスの言葉の紡ぎ方一つ一つに、ニートリアに対するノクスなりの信頼を感じた。


「誤解のないように言っておくけどさ」


ノクスが少しだけ口調を砕いていう。


「ニートリアは、基本的にクズなんだ」


「……おい」


「さぼりたい、何もしたくない、神殿から出たくないってのが九割。でも、残りの一割だけは本気でこの世界のことを考えてる。どちらのニートリアも本物のニートリアさ」


そのノクスの言葉を聞きながら、シドは幼少期に自信を救ってくれた女神の姿を思い出す。


それは、母親を病で亡くし、父親とも折り合いが悪く、孤独と不安に押し潰されそうだった幼い日。


──あれは、誰にも相談できず、孤独と不安で押しつぶされそうになっていた時だった。


夢の中に、柔らかな光に包まれた“誰か”が現れた。


『自分の幸せは、自分で決めていいんですよ』


──そう言って、優しく頭を撫でてくれた。


目が覚めたときにはすべてが夢のようだったが、あの言葉は不思議と心に残り、シドの支えとなっていった。


「……あのときの女神様が、本当にニートリア様だったのかどうかはわかんねえ。でも、あの言葉に救われたのは間違いねえんだ」


彼は小さく息を吐きながら、静かに目を伏せた。


「だからこそ、もしその女神様が本気でこの世界のため、って考えてるっていうなら──信じたい、って思う」


「そう、ありがとう。きっとニートリアも遠い所で喜んでいると思う」


「ところでなんで俺にそんな重要な話を?」


シドの問いに対してノクスは真剣な眼差しで答える。


「一つは…いくら死なないと言っても本気で魔族が斬られるのを見るのが好きじゃないから」


口調は軽いが、さすが魔族の王の言葉である。配下を慮るその言葉は人間の王家に見習わせたい。


「もう一つは………シドが混乱している姿が純粋に面白いから、情報過多にしてみた。ちなみに、これ以上の爆弾ネタも一つ抱えている」


「お、おい……もうやめてくれ……俺の脳みそがパンクする……」


 シドがぐらりとよろけるように頭を抱えたそのときだった。


「……う”わぁぁああああああああん!!」


 突如、草むらの向こうから、爆発するような大声が響いた。


 え?と振り向いたシドの視界に飛び込んできたのは、真っ赤な顔で大粒の涙をこぼしながら突進してくるセーラの姿。


「おい!? セーラ!? なんでお前が──って、うわっ!!?」


 勢いそのままに、セーラがシドの胸に飛びついてきた。


「ぶふっ……い、いきなり何だよ!? おい! やめろって! 近い近い!」


 シドはバランスを崩し、そのまま仰向けに倒れこむ。だが、セーラはおかまいなしにその胸元で泣きじゃくっていた。


「ひぐっ……ありがどぉぉ…………うええぇぇぇん……」


「……なんだよ、マジで今日は何なんだよ……」


こうしてシドが信仰する女神が割と近くにいる暴露はセーラの姿のニートリアのアタックにより今回は持ち越されたのであった。

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