第4話 NOと言えない日本人、聖なる旅路へと一歩踏み出す
ノクスが面接台の前に立つと、会場の空気がわずかに引き締まった。漆黒の髪を艶やかに揺らす、美しい少女の姿は、冒険者志望とは思えない気品と落ち着きを感じさせる。
ベラノドスが手元の資料を確認しながら問いかける。
「ノクス、年齢二十四。得意分野は……魔法全般、となっていますね」
「はい、実戦よりも理論と制御の研究が主ですが、多少の応用は利きます」
ノクスは柔らかな口調で応じた。伏し目がちに話すその姿勢は控えめながらも、どこか余裕を感じさせる。
ニートリアは隣でじっとノクスの横顔を観察していた。あえて表情には出さずにいたが、内心ではじわじわと怒りが湧いてきている。
(……なんで来てるのよあんた)
ベラノドスが続ける。
「動機は、『自分の力で誰かを守りたい』……ふむ、立派な志です」
「おこがましいかもしれませんが、ボクなりにできることをしたくて」
今回の勇者パーティーの遠征の目的といっても過言ではない最終討伐目標が立派に語っているのは非常にシュールである。
「他に質問は?」
「……いえ、特に。では次の方を」
形式的な面接を終えると、ノクスは一礼して控室の方へと歩き去った。
一旦休憩となり、すぐさまニートリアはノクスを追う。
「……っ、ちょっと、そこのあなた!」
ニートリアが席を立つや否や、ノクスの腕を掴み、周囲に笑顔を向けつつも強引に会場の外へ引っ張っていった。
*
控室の奥。人気のない廊下の片隅。
「バカじゃないの!?なんで普通に面接受けてるのよ!」
ニートリアはノクスの胸元を指で突きながら詰め寄る。彼女の声は抑え気味だったが、怒気は明白だった。
ノクスは困ったように笑う。
「あはは、いや、ごめんごめん。どうしても直接様子を見ておきたくてね」
「魔族の側からサポートをするって話だったでしょ!それでなんでノクス本人が来てるのよ!」
「部下たちはちゃんと協力してくれるし、勿論信じてるけど……やっぱりボク自身、どうしても気になってね。口先だけの上司になりたくないし」
ノクスの言葉に、ニートリアはしばらく黙ったまま彼女を見つめていた。怒りはまだ収まっていないが、その理由には納得もしている。相変わらずの常識人である、馬鹿げた魔力の癖に。
「……ほんと、あんたって昔からそういうとこあるわよね」
「心配性って言ってくれれば嬉しいな」
ニートリアは小さくため息を吐いた。
「……まあ、あなたの能力は私が一番よく理解しているつもりです。あなたがいてくれるなら、確かにだいぶ楽できそうだわ…」
そう打算的に答えるニートリアの返答に、ノクスはようやくホッとしたような笑みを浮かべた。
「じゃ、よろしくね、ニートリア」
「勝手に決めないでくださいまし」
*
休憩時間が終了し、面接会場には再び次の志望者が入ってくる。
次なる人物は、商人ギルドから追放された異色の経歴を持つ、現冒険者ギルド所属、盗賊のシド──。
鋭い眼差しと乱れた黒髪。姿勢はだらしなく見えるが、隙のない雰囲気が漂っていた。
ベラノドスが資料をめくる。「……シド、二十七。元商人ギルド所属、現在は盗賊、とありますね」
「あぁ、その通りだ」
「動機は『世の中の悪を正すため』と……ふむ、具体的には?」
「商人ギルドにいた頃、腐敗を見逃せなかった。内部告発したが、もみ消された上に罪まで着せられてな。追放処分になったが、まだ諦めちゃいない」
シドは肩をすくめて笑った。
「今の世の中、金のある奴が勝つようにできてやがるが、そんなの女神様が許すわけねぇ。だから俺は自分の信じる女神様のため、やるべきことをやる」
ニートリアはそのやり取りを聞きながら、ふと頭の奥で反響する声に眉をひそめた。
『……う…うーん…ふぁ~あ…あー久し振りに好きなだけ寝れたー!』
(……セーラ?)
『ニートリア様本当にこんな夢のような生活与えてくれてありがとうございます。やはり女神様ですね!!』
(私だって少しはだらけないと死んじゃいますわ。いい加減交代しなさい!)
『いやーちょっとそれは私には荷が重いというか…………ってうわぁぁああ!!この人──この人あの有名な義賊のシドですよ!グラン・バセルトの娘で──あっ、これ確実に面倒なことになりそうなのでまたひと眠りしまーす』
(あ、こらセーラ!待ちなs………寝やがりましたわね…)
ニートリアとセーラのそんなやりとりを知る由もないベラノドスは、軽く咳払いをし次の質問を投げかけた。
「……なるほど。では、なぜ今勇者様の仲間として志願したのですか?」
「……勇者ってのは、つまり“象徴”だろ?」
シドはまっすぐに前を見据え、わずかに口元を歪めた。
「俺は正義の味方でもなきゃ、誰かに褒められたくて動いてるわけじゃねぇ。だが、今の腐った世界を変える影響力を持つにはそれなりの看板が要る。勇者の名を借りることで、正面から世の中の歪みをぶっ壊せるなら……それに賭けてみたくなったのさ」
ベラノドスはその言葉に眉をひそめつつも、資料にペンを走らせる。
一方ニートリアは、心中で腕を組むような感覚に包まれながらも、ふんと鼻を鳴らした。
(この盗賊さん……馬鹿正直過ぎるけどけっして手駒としては悪くありませんわ。私とノクスの足りない部分を丁度補う存在ですわね…何よりも珍しく私の熱心な信者っぽいですし)
思考を巡らせながらも、表情はいつものにこやかなまま、軽く頷く。
「では、実技試験での健闘を期待しておりますわ、シドさん」
「ああ。せいぜい手加減宜しく頼む」
と肩をすくめた彼の目は、静かな闘志を湛えていた。
──これで、全ての面接が終了。残すところ、面接を通過した10名を対象にして行われる実技試験となった。
*
──その翌日、実技試験の会場には、昨日の面接を通過した志望者たちが集まっていた。
場内には大勢の観客も詰めかけており、教会広場に設けられた特設試験場は早くも熱気に包まれている。司会進行を務めるのは、冒険者ギルドの元S級冒険者にしてルーメンティア支部長──ラザロである。
「本日の実技試験は、B級冒険者の方々との模擬戦形式で行う。遠慮はいらねぇ、全力で来いよ!」
ラザロの快活な声が響き渡ると、試験場の中央には各ギルドから選出された実力者たち、B級冒険者が並ぶ。
なお、冒険者ギルドの認定において、B級とは「一人前とされるC級が五人束になっても敵わない」と言われる上位の存在であり、並みの志望者では歯が立たないことは誰の目にも明らかだった。
一人、また一人と志望者が戦いを挑み、そして敗れていく。
華麗な魔法、練度の高い剣技、俊敏な動き──それらはいずれも見事ではあったが、実力差は歴然だった。
観客席も次第に静まり返り、まるで実力者たちの強さを称えるような空気の中、次の名前が呼ばれる。
「次の挑戦者は、ノクス選手!」
静かに、だが凛とした足取りでノクスが前に出る。
「対戦相手は、ギルド所属の魔導剣士、ベルガーだ!」
男が剣を肩に担ぎながら現れた。全身を覆う黒い防具に身を包み、気迫に満ちた目をしている。
礼を交わした直後、ノクスは一歩踏み出した──その瞬間。
彼女の足元に生じた影が、禍々しい渦を描いてうねり始めた。
「っ──!?」
ベルガーが剣を構えた瞬間には、ノクスの周囲に黒き魔力が渦巻き、漆黒の球体──まるで虚空を穿つようなブラックホールのようなものが生まれていた。
「……こ、これは……。私の負けだ…」
ベルガーが即座に剣を地に伏せ、手を挙げる。
観客が騒然となる中、ノクスはふわりと微笑んで一礼した。
「……ボク、なにかやり過ぎちゃったかな」
次に名を呼ばれたのは、シド。
「対戦相手は、同じくB級冒険者の槍使い、ヒューストだ!」
一礼し合い、距離を取った二人。
次の瞬間、ヒューストが構えたまま動けなくなる。
「……なっ、どこに──」
観客が目を凝らしたその時、シドは既にヒューストの背後に立っていた。
木製の訓練用ナイフが、寸分違わず首元に当てられている。
「試合終了!」
会場は静寂に包まれ、やがてどよめきが巻き起こった。
──結果、実技試験を勝ち抜いたのは、ノクスとシドの二名のみ。
他の参加者も健闘はしたものの、圧倒的な実力差を見せつけられる形となった。
誰もが認める文句なしの形で、勇者パーティー選抜祭は幕を閉じたのであった。
勇者「……………………」
*
その日の夕方、女神教会の大広場に設けられた大テラスに、選ばれた勇者一行が整列する。
セーラ(の身体のニートリア)、ノクス、シド、そして両サイドをセーラとノクスにがっしりと支えられた勇者。
大勢の民衆が押し寄せ、その中で教皇が荘厳な祈りを捧げる。
「女神の導きあらんことを……勇者よ、その仲間たちよ、世界に光をもたらさんことを……」
民衆は一斉に歓声を上げた。歓喜と祝福の声が、夕暮れの空に吸い込まれていく。
──こうして、勇者一行は後世に語り継がれる「聖なる旅路」へと、その一歩を踏み出すのであった。




