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第3話 NOと言えない日本人、勝手にパーティーメンバーが決まっていく

 教会本部がある町──信仰都市「ルーメンティア」。大理石造りの荘厳な大聖堂を中心に、王都セラフィトと並びレグラント王国の二大都市に数えられる。


 古来より女神信仰が根付いたこの都市は今、かつてない熱狂の渦に包まれていた。


「では、本日ここに──救世の勇者様の到来を祝して、宴を始めましょう」


 澄んだ声が会場に響き渡る。

 白銀の神衣に身を包んだ聖女セーラ──その身体を操っているのは、女神ニートリア。

 堂々たる姿勢で壇上に立つ彼女の姿に、聖堂内に集まった貴族、神官、騎士たちは一斉に拍手を送った。


 だが──その中央にぽつんと立つ勇者だけが、周囲の状況に完全に取り残されていた。


「な……?え?あの、ちょ、まっ……」


 声にならない声を漏らす彼に、誰一人として耳を貸す者はいない。


「ふふ、見てください、枢機卿様。あの清廉な青年こそ、我が女神教が待ち望んだ勇者様ですわ」


 ニートリアは、席に着いた初老の男──枢機卿ベラノドスへと上機嫌に語りかける。ベラノドスは、次期教皇の座を虎視眈々と狙う切れ者として知られており、ニートリアの進言に関わらず、今回の勇者ブームに便乗し政治的得点を稼ぐつもり満々だった。


「……ええ、確かに。女神ニートリア様の加護を、ここまで強く感じますのはセーラ様以来でございますな」


 それっぽい言葉を並べつつも、ベラノドスの目はすでに次なる打算を描いていた。


「それに、勇者様の旅を我ら”女神教会”がサポートしたとなれば、更に女神様の素晴らしさが知られていくことでしょう」


「まぁ、素敵ですわね。ぜひとも教会の御旗のもとで旅を続けていただきたいものですわ」


 人知れずにやりと笑うニートリアの言葉にうなずき、ベラノドスは立ち上がった。


「この宴の席を借りて宣言いたします。一週間後──このルーメンティアにて、勇者様の仲間を選抜する祭典を開催いたしましょう」


 その声に、場内は歓喜のどよめきに包まれる。


 歓声、拍手、賛美。


「いや、え!?無r———」


 ぽかんとした表情の勇者を置いて、無責任な観客たちは更なる熱気に包まれていくのだった。


 *


 ──それから数日。


 ルーメンティアには、多くの思惑が渦巻きつつ、かつてないほどの人と金が集まっていた。


 選抜祭の準備が進むなか、勇者のもとには各勢力からの表敬訪問が行われた。


 選抜祭の準備に追われる教会の都合もあり、各勢力との面会は一堂に会しての形式となった。王国軍、商人ギルド、冒険者ギルド、魔術師連盟──それぞれの代表が教会本部の応接間に一堂に会した。


 応接室の空気は張りつめていた。だが、ニートリアはまるで普段通りのように笑みをたたえている。


「さて、皆様。わざわざお集まりいただき光栄ですわ」


 真っ先に口を開いたのは、屈強な体躯の男──デュラン将軍だった。

 王国軍第一師団将軍にして王族。王国がいかに今回の勇者に本気かが伝わる人選だ。


「勇者殿。レグラント王国を代表し、心より歓迎を申し上げる。我が王国は貴殿の大いなる戦いに全面的に協力する所存だ。勇者殿が望むのであれば、王国に勇者様に対し特別なポストを用意する、と国王陛下からこと言伝を受けている」


 デュランの言葉はまっすぐで誠実だが、その背後には王国上層部の圧力が見え隠れしていた。


「まぁ、ありがたいお話ですこと。魔王討伐後に、機会があれば是非詳しくお聞きしたいものですわ。ね?勇者様」


 ニートリアは、横目で勇者を見つつにこやかに笑う。


「ほう……まさか時期王国軍トップの予備声高いデュラン閣下がお越しになられるとは…」


 そう口にし不敵な笑みを浮かべるのは、豪奢な衣をまとった中年の男──商人ギルド副代表グラン・バセルト。


「我々商人ギルドも、ささやかではありますが旅路の支援を申し上げたく──こちら、勇者様専用の移動馬車でございます。乗り心地と機密性には絶対の自信を」


 勇者に向けてにこやかに手を差し出すグラン。


 その手には小さな金細工の鍵が握られ、その瞳の奥は打算の光で満ちていた。


「まぁ、素敵な馬車ですこと」


 ニートリアは笑みを深め、そっと両手を胸元で組んだ。


「ですが──勇者様はまずご自身の足でこの世界を巡り、さまざまな出会いを大切にされたいとお考えです。そういった歩みこそが、きっとこの旅の意味を深めてくださると……私どももそう信じておりますわ。もちろん、その温かなお気持ちは、しっかりと受け取らせていただきます。ありがとうございます」


「……左様でございますか」


 グランの目が細くなった。静かな苛立ちがその指先ににじむ。


「俺たちは、顔見せってところだな」


 張り詰めた空気に割って入り、朗らかに声を上げたのは冒険者ギルド・ルーメンティア支部長、ラザロ。


「勇者様が来たってんなら、うちの若いのも張り切るだろうってな。ま、よろしく頼むぜ」


「……期待」


 短く、だが確かな声音でそう言ったのは、魔術師連盟のイゼルダ。白雷の魔女と呼ばれる彼女は、鋭い視線を勇者に向けていた。


「まあまあ、堅い話は抜きにして。皆様、それぞれの立場からの応援、感謝いたしますわ」


 ニートリアの軽妙な口ぶりが無理矢理再び場を和ませる。


 こうして、ニートリアの思惑通りこの会合は「勇者は一切の後ろ盾に染まらない純粋な存在」という印象を爆発的に広めることになっていく。その評判は留まることを知らず、空前の勇者ブームの到来へと繋がっていくのであった。


 *


 ──選抜祭、当日。


 女神教総本山の正面広場には、朝早くから人々が詰めかけていた。


「お集まりいただき誠にありがとうございます。本日は、勇者様の仲間として共に旅をする方を選抜する、極めて栄誉ある催しでございます」


 壇上から響くベラノドスの声に、群衆の視線が集まる。


 会場の一角に設けられた特設会場には、面接を待つ参加者の列がずらりと並んでいた。


 その数、実に五百名超。


 名声、名誉、金銭、信仰──様々な思惑を抱えた者たちが、勇者と共にある未来を夢見て集まっていた。


「……こんなに来るとは思わなかったですわ」


 ニートリアはげんなりした表情で、参加者リストをぱらぱらとめくる。

 誰も疑問にすら思ってないが、何故か女神教聖女の肩書きを持つセーラの帯同が既に決まっている。誰にも疑問を持たせない姑息さは長いニート生活で身に付けたスキルといえるだろう。


「セーラ様、そろそろ準備を」


 傍らの神官が声をかけると、ニートリアは軽く手を上げて制した。


「本日は、私が直々に面接を担当いたしますわ。せっかく勇者様をお迎えしたのですもの、女神様の使徒としての責務は果たさなくてはなりませんものね」


 帯同どころかパーティーメンバーを選抜する重要な役割にすらずっぽり関与している。その場にいた神官や関係者たちは驚きつつも、女神の依り代による発言に異を唱えることはなかった。


 これから始まる労働に内心ため息をつきつつも、ニートリアは椅子に腰を下ろす。壇上の端ではベラノドスは小声で吐き捨てるように呟いた。


「まったく……この愚民どもが。救世主にすがるしか能のない連中ばかりか……」


 その言葉を耳にしたニートリアは、ぱちりと瞬きをしてから、うっすらと冷めた笑みを浮かべる。


(……あんたらがもっと真面目に布教活動して、信仰心を集めておけばこんな事態にはならなかったんだからね!)


 心の中でそう毒づくニートリアだが、彼女自身何も女神らしいことをしていないことには気付いていない。


「はぁ……それではぼちぼち始めていきましょう」


 椅子に腰を下ろしながらニートリアは腰をさすって面接の開始を告げた


 最初の十人は、いずれも勇者に憧れる若者たちだった。豪快な武闘家、熱血魔法少女、自称・異世界転生者まで、バリエーションは豊かだったが──


「……未来ある若い方々ですが…即戦力ではありませんわね…」


 ニートリアはため息交じりに名簿の参加者の名前の横に「×」印を連ねていく。


 ベラノドス含む他の面接官でその判定に異議を唱える者はいなかい。女神の依り代・セーラを通じて語られるその声には、抗いがたい威厳が宿っていたからだ。


「あーもう面倒くさい!セーラ、寝てばかりいないで次からちょっと交代し──」


 ニートリアがそう精神世界のセーラに語り掛けながら次の面接者に視線を移した瞬間、ニートリアは呑みかけたお茶を盛大に吹き出した。


「あっぶなっ!な、なに考えてるんですのあなたは!!」


 長く伸びた漆黒の髪は見るものを魅了し、纏う雰囲気はどこか場違いなほど厳か──




「来ちゃった」




 黒髪の美少女──その正体は、人間に化けた魔王ノクスであった。


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