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第1話 NOと言えない日本人、異世界に転移する

「ゆ、勇者様!ようやく見つけましたわ勇者様!!」




 男がそう声をかけられたのは、都心の交差点だった。

 朝の通勤ラッシュには少し早い時間帯。それでも本来なら、駅へと急ぐ人々でごった返しているはずの場所だ。


 だがその日は違った。どこか奇妙なほど、やけに街が静かだった。スーツ姿の男の周囲には、他に信号を待つ人の姿がない。遠くで車のエンジン音が聞こえる以外に、街のざわめきもなかった。


「……え?」


 その日その時間、その場所を通ってしまったことがこの男にとっての不運だったとしか言いようがない。


「とぼけたって無駄ですわ。貴方からは滲み出ておりますもの。隠しきれない勇ましさが」


「え?あ、いや?ぼ──」


「大丈夫ですわ勇者様…私にはわかっておりますから…何も言う必要はございません」


 言葉を遮るように、女はにっこりと微笑んだ。

 あり得ない程美しい。その女性を表現するにはいかなる表現も意味をなさないだろう。


 白いワンピースを纏い、絹の様な綺麗な髪艶はまるで天使の輪。まるで物語に出てくる“女神”のような装い。


 ———次の瞬間、男の身体がふわりと浮かび上がる。


「ちょっ……え……?」


 誰にも気付かれず、光が交差点全体を包み込む。男の姿は、最初からそこに存在しなかったように誰にも気付かれることなく自然と消えていった。


 ◇◇◇


 時間は少し遡る。場所は、神々が集う領域、神界。


 天空の遥か彼方、終わりのない螺旋階段の上に築かれた神域の大広間。

 そこには百柱を超える神々が、各宇宙を象徴する衣装や装飾を身にまとい、席を埋め尽くしていた。

 全員が威厳に満ちている……かと思いきや、寝落ちしている者、爪を磨いている者、スマホらしき端末をいじっている者など、意外と統制は取れていない。


 そこには、宇宙それぞれを管轄する神々が一堂に会していた。《神統合意評議会》──通称シントウカイ


 荘厳な柱に囲まれた空間に、静かな威圧感が満ちている。


「……第8宇宙の発展度が、まただんとつ最下位だな。これで3,879週連続だ…」


「信仰心の収集率、ゼロに近いぞ。これは深刻では?」


「担当神は誰だ?」


 ざわつく神々の視線が、一斉にある方向を向く。


「……はーい、私でーす。第8宇宙担当のニートリアですわ」


 そこにいたのは、あくびを噛み殺しながら気の抜けた返事をする一人の女神。異常な美しさを除けば、だらしなさが身体から滲み出ているように見える。


「おい、またお前かよ」「前回の改善報告もたしか“善処します”って言ってたよな?」「そもそも善処ってなんだ。行動はしたのか」


「えーっと……あーそのー……信仰心とか……集めようとは思ってたんですのよ……?」


「思ってただけだろ」


「だって……第8宇宙の人間って、なんかこう……信仰とか、興味なさそうな顔してるんですのよ。平和ボケしてるし…」


「「「「「「お前のせいじゃんそれ」」」」」」


「働いたら負けな気がして……」


 一斉にため息が漏れる神々の席。その中でも、特に高位に座す神が小さく首を振った。


「安寧の女神ニートリアよ。このままだと、第8宇宙の運営資格、停止になるぞ」


「は、はぁ!?」


 何もしていないので他の神々からすれば当然のことなのだが、ニートリアにとっては前代未聞、驚天動地、古今未曽有の出来事である。


「そうなれば君の神格も剥奪、階層降格もあり得る。見習い天使からの再スタートだ」


「そ、それだけは……っ!ニート生活できなくなるなんて、死んだほうがマシですわ!」


 堂々と宣言している様子を見る限り、この女神のやばさが伺える。


「し、信仰心!そうですわ、信仰心ですわよ!私が本気を出せばそれくらいちょちょいのちょいですわ!」


 椅子から滑り落ちそうな姿勢のまま、ニートリアが叫ぶ。


「手段は?」


「え、えーっと……」


 何かを探るように机の上の神力モニターを叩きながら、ニートリアは勢いだけで言葉を紡ぐ。


「………………勇者ですわ!!勇者を立てて、信仰を得るのですわ!」


「またそれか……」「第8世界の魔王ってあのハト派の……?」「そもそも勇者候補すらこれから探すのでは…?」


「ですから今から探しますわ!今から勇者っぽいのを見つけて、ぐいっと引き上げて、ばばっとスキルを与えて、どーんと信仰心を稼げばいいんですのよ!」


「雑すぎるだろ……」


「やってみなければ分かりませんわ!だいたい今まで“明日から本気出す”って言ってただの一度も出してないのですから、そろそろ証明の時ですわ!」


「そもそもスキルって、神界規約で厳しく制限されてたはずだが大丈夫か?」


「神聖女学院、主席の私に対して愚問ですわ……」


「……それ、何百年前の話だよな」「でも、確かにやればできるんだろ?こいつ」「問題はやる気が一ミリも見えないってことだ」「そうそう。本気出す詐欺を何世紀も繰り返してる」


「今回は違いますわ!ちゃんと……たぶん……その、頑張る予定ですわ!」


「すでに不安しかないんだが」


 ため息と嘲笑の入り混じった空気の中、それでもニートリアは珍しく腰を浮かせた。


「とにかく、信仰心を集めるために今から地上へ降りますわ!必ずや、ふさわしい勇者を見つけ出してみせますわ」


 そう言い切ると同時に彼女は手を振り上げ、魔法陣と祈りを省略し神界ポータルを強引に開く。


《第8宇宙・地上領域への降下申請、強行突破で承認》


「──行ってまいりますわねっ!」


 光の柱に包まれながら、ニートリアの姿がゆっくりと霧散していく。


「あいつ……ほんとに動いたぞ」


「今回はどこまで本気やら………」


「でもこれで失敗したら、いよいよ神格剥奪か……」


「それも見てみたい気はするな」


 そんな無責任なやり取りを背に、ニートリアは光の中へと消えていった。


 ◇◇◇


 白い霧に包まれた、何もない空間。輪郭も床もなく、ただ漂うようにそこに立たされていた男は呆然としていた。


 目の前に、ふわりと光が集まってくる。

 ゆっくりと人のかたちを成し、白いワンピースの女が現れる。


「ごきげんよう、勇者様。ここは貴方と私の意識をつなぐ精神界……そう、神性融合界しんせいゆうごうかいですわ。ちなみに私、女神ですの」


 男が反応しかけるが、その動きに被せるように彼女は話を続ける。


「大丈夫ですわ勇者様!状況が呑み込めなくてもご安心くださいまし。今から貴方に、救世主としてふさわしい力を与えますわ」


 彼女が手をかざすと、男の頭上に幾つもの光のパネルが浮かび上がる。


 ————————————————

 種族:人間

 職業:勇者

 LV:1

 成長:SSS

 体力:B

 力:B

 知力:C

 魔力:D

 素早さ:C

 運:A

 加護:安寧の女神の加護(スキルによる精神攻撃を完全防御)

 スキル

 〇沈黙は金…沈黙は自然と物事を良い方向へ導く

 〇不言実現…うちに秘めたる強い信念は必ず実現する

 〇全言語理解

 ————————————————

(探すのが面倒だったから適当に目についた人間を連れてきたけど、中々の掘り出し物だわ。流石私ですわ♪)


「さて……勇者様」


 ふと、ニートリアの表情が引き締まる。女神らしい威厳を纏った声音で語りかける。


「この世界は現在、未曽有の危機に晒されています。”魔族”と呼ばれるより屈強な存在により、人類は窮地に立たされています…可哀そうな私の子供たち……」


 人類を憂う女神のその表情は、静謐な月のように穏やかで、見る者の心を洗うような神秘的な光を湛えていた。


「お願いです勇者様。古の契約に縛られ直接民を救えないこの情けない女神に代わって人類を救ってくださいまし。貴方が歩むその道は、必ず誰かの希望になりますわ」


「いや、とつz——「ありがとうございます!!!流石救世主様!!!!勇者様ならそうそう言ってくださると信じておりました」


 男が何かを言おうとした瞬間、女神ニートリアは全力で言葉を被せた。


「まずは、北北西へ向かってくださいませ。この世界で最も大きな教会、女神教の教会がございますわ。そこできっと私の子供たちが勇者様の助けとなるでしょう」


「いや、まだy──」


 ニートリアが指を鳴らすと、精神界に光が満ちていく。


「それでは──いってらっしゃいませ、我が勇者様」


 男の身体がふわりと浮かび上がり、光に包まれながら空間ごと弾かれるように消えていった。


 ◇◇◇


 どこか遠くで鳥のさえずりが聞こえる。


 柔らかな草の感触。肌を撫でる風。男はゆっくりと目を開けた。


 そこは、空が異様に青く澄み、文字通り妖精たちが飛び回る異世界の草原だった。


 日本ではありえないその光景を目の当たりに、勇者は膝から崩れ落ちた。

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