答えをちょうだい、お父さん
「お父さんお父さんお父さん!あのねあのねあのね今時間ある!」
「どうしたんだいハルナちゃん。藪から棒に」
ハルナの手には少し色あせた紙の本があった。
「あのねあのねあのね!この本についてなの!お父さん知ってる?」
「その本なら、お父さんもお爺ちゃんの家で読んだよ」
「ホント!?なら教えてほしいところがあるの!」
父親は閲覧していたタブレットを机の上に置く。
次の瞬間、春奈はするすると入り込み父親の膝の上に座る。
「この人どうしてお口から煙はいてるの!?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ああ。これはタバコだね」
「タバコ?」
「ハルナちゃんは字は読めたっけ?」
「今幼稚園で勉強中!絵の流れを楽しむの!」
「そうか。ならあとでお父さんと一緒に読む?」
「ありがとうお父さん!」
父親と目が合うと、父親はにっこりとほほ笑む。
(よかった冒険にでかけてみて)
緊張が解けていくのがハルナにも分かった。
(お父さんと話すの初めてだったからあれこれ考えちゃったよ)
どんな人か、聞いたら怒られるだろうかとハルナは少し悩んでいた。
(お母さんが選んだ人だもん。優しい人でよかった)
「そうだね。タバコには大きく分けてみっつ、体に悪いところがあるよ」
「みっつも?どんなの?」
「火と灰と煙さ」
ハルナが落ち着いたところを見計らい、父親はゆっくりと話す。
「まずは火。これは燃えているってことだね」
「やけどとかしちゃうの?」
「それもある。お祖父ちゃんのころは駅構内で吸えたそうだし」
「今は禁止なの?」
「やけどもあるし服やカバンに穴が開くからね」
子どもの目に入っていたら大変なことになっていた、と父親は続ける。
「ふーん。ふたつ目の灰ってなあに?」
「燃えた後にできるものさ。ハルナちゃんはPM2.5って知ってる?」
「知ってる!春先に大陸から飛んでくるやつ!」
「そうだね。タバコの灰の大きさはあれと大体同じの大きさかな」
「ならタバコの人とお話しするときは、マスクいるのかな?」
「今はタバコを吸うところは決められているから、安心してね」
少し考えこむハルナは父の言葉にほっと胸をなでおろす。
「そしてみっつ目の煙。タバコ本体から出る副煙流が一番の問題なんだ」
「このお口から出てるのは?」
「それは主煙流。タバコを吸う茶色いところでガードしてくれているんだ」
「タバコはそれだけ体に悪いの?」
「そうだね。最近法律が改正されて吸うところが厳しくなったってそうだよ」
けんこうぞうしんほーという法律とお父さんは教えてくれた。
「それに今は葉っぱタイプから液体リキッドの電子タバコに変わりつつあるから」
「電子タバコは安全なの?」
「たぶんね。なにかあったらニュースになるはずだよ」
チラリとハルナは父親が置いたタブレットに目を置く。
(お父さんはその辺調べていてくれたのかな?)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★
「ありがとうお父さん!それとあともうひとつ知りたいことあるの!」
タバコについてもう少し話そうとしていた父親は面を食らう。
子どもの興味は移りやすいもの、と自分を言い聞かせハルナと向き合った。
「なにかな?」
「この人なんでお水飲んで顔が赤くなったの?」
「それはアルコールを飲んだからかな」
瞳をキラキラさせて、ハルナは父親に聞く。
「アルコールは少しなら陽気にもなれるし、寝つきもよくなるよ」
「ならなにが問題なの?」
「飲みすぎることかな。まず肝臓っていう体の一部分を悪くしちゃうんだ」
アルコールの特徴を話し始め父親に、ハルナは耳を傾ける。
「それに感情的になりやすくなる。社会ではね、冷静さが求められるんだ」
「そうなんだ。まだあったりする?」
「脳細胞を壊すとか薄毛になるとか、お腹の赤ちゃんが驚いて病気になる……」
「お父さんは飲むの?」
「付き合いで少しだけ嗜むのも大人の仕事だよ」
心配そうにハルナは父親を見上げた。
「大丈夫だよ。自分がどのくらいで酔うかはわかっているからね」
「わたしもいつかわかるかな?」
「わかるよ。お酒もたばこも20歳になってからだからね」
「せーじんは18さいって聞いた」
「そうだね。そこから2年でお酒やたばこの付き合い方を考えていくんだよ」
父親はそこまで話すと、ハルナの髪を愛おしそうになでていく。
くすぐったそうにうれしそうにハルナは顔をほころばせた。
「ありがとうお父さん!そろそろ本読んで読んで」
また急に話が変わり父は少し目を丸くしたあと、本を受け取る。
そして、ハルナの会話の速度に合わせてゆっくりと読み始めるのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★
音読会を進めていくと、寝息が聞こえてきた。
「寝ちゃったか。続きはまた今度かな」
読んでいた本をひじ掛けに置き、ハルナの頭をなでる。
(先越されちゃったな。僕から会話しようとしてたのに)
そうハルナと接していると、後ろから気配を感じた。
「ありがとうコタロウさん。ハルナちゃんの世話をしてくれて」
「こっちこそありがとう、ミライさん。ハルナちゃんをいつも世話してくれて」
コタロウは少し離れたところにある長椅子まで、ハルナを抱いて移動する。
そこにハルナを寝かしつけ毛布を掛け戻ると、ミライと会話を始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★ ★
「ハルナちゃんにとっては冒険だったのよ」
お父さんってどんな人?っていつも聞いてきてたと、ミライはコタロウに言う。
「その件で怒ってるのかい?それともたばこやお酒のことを教えたこと?」
「どっちも。どうして教えたの?」
「人は隠しておくと見たくなっちゃう。ならいっそ教えるのが躾かなって」
とある昔話で学んだことを、コタロウはミライに話す。
「そうね……そのとおりよね」
ミライは大きく息をついて、小太郎の意見に納得する。
(表情の陰りは晴れた。あとは育児の話かな?)
☆ ☆ ☆ ☆ ★ ★ ★ ★
「ねえコタロウさん、育児休暇ってとれそう?」
コタロウがミライの悩みの根本を見抜こうとしていると、ミライが聞いてきた。
「取りたくはあっても環境がね……」
(育児休暇をとって欲しいのが問題なのかな?)
事実と意見を平行に考えながら、問題の焦点を探る。
「イマエダ部長に聞かれたから、会社も動いてくれるはずだよ」
「なにかあったの?」
「トイレから出たら、イマエダ部長から相談を持ちかけられたんだ」
コタロウはミライに手短に話す。
「男性の育児休暇について率直に聞きたい、て聞かれたからふたつ答えといた」
「なんて答えたの?」
「ひとつ目は取得妨害や出世に響く等はパワハラになる恐れがある、ってこと」
「ふたつめは?」
「今の子に対して育児休暇の取得を妨げると、退職しそうですってこと」
そこまで聞いてミライは再度大きく息を漏らす。
「そっか。それはコタロウさんにだけ?」
「ん?そのあとカトウさんにも聞いていたから適当に聞きに回ってたと思う」
コタロウはその時を思い出し、ミライに告げる。
「カトウさん、元気そうだった?」
「はたから見た分には元気そうに見えたよ」
「イマエダ部長は?」
「元気も元気。カトウくん、今いいかね!って」
部長の動きをコタロウはミライに向かって再現する。
「イマエダ部長の男女平等な君付けも昔のままね」
ミライは懐かしそうに微笑む。
「そうだね。それで復職できる環境や勤務時間も再検討するってさ」
社内メールにあったことを、コタロウはミライに伝える。
「それでその時にイマエダ部長にメールで個人的な考えを伝えといたよ」
守秘義務もあるため、社内メールからコタロウは話を変えた。
「どこでどう働くかは、女性たちがタイミングを持っていて決めますって」
コタロウの言葉を聞いて、ミライの顔が少し明るくなる。
(よかった。冒険するつもりでメールしておいて)
ミライの表情を見て、コタロウは自分に自信を持つ。
☆ ☆ ☆ ★ ★ ★ ★ ★
「ところで、何かあったの?」
「ん?どうして?」
「いつもハルナちゃんはミライさんとべったりなのに僕のところに来たからさ」
いつもミライと一緒にいるはずのハルナがコタロウのところに来た。
それをふしぎに思ったのか、コタロウはミライに聞いてみる。
「ちょっと疲れてただけよ」
(まあ疲れもするだろうな……ハルナちゃんの育児任せっきりだし)
コタロウはミライの気持ちを感じ取り、どうしたらいいかを考えだす。
「そうだ!今度有給休暇を取るからどこか小旅行に行こうよ」
今までのお詫びもかねた家族サービスさ、とコタロウはミライに告げる。
「資金は僕が今までためていたおこづかいから全額出すよ」
冒険に出かけるつもりで、ミライとハルナを誘ってみる。
「本当?」
「うん。ミライさんのミライの好きなところで好きなものを食べようよ」
ミライは嬉しそうにどこ行くか、何食べるかを考え始めた。
その様子を見て、コタロウは微笑む。
☆ ☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★
(2人目もいる。これからは家族の時間を、会話の時間を大切にしよう)
コタロウが机の上に置いたタブレットの明かりが消える。
タブレットには3人目を産んだ家庭への社会保障の記事が表示されていた。
(母体への負担も考えてほしいよね。こういうのは)
子どもも寂しがるし、とコタロウは思う。
(もし3人目を作るなら、ハルナが大きくなってからかな、っと)
コタロウは思考をここで止め、ミライを見つめる。
(こういうのは3人で決めるもの。相手あってこその家族だからね)
コタロウは長椅子に眠っているハルナに視線を送った。
☆ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
(トイレのカーテンもしばらくはあのままかな)
コタロウはトイレのドアをカーテンを見る。
(ハルナちゃんがドアに鍵をかけて、開け方を忘れて泣き出したんだっけ)
あれ以降、扉はカーテン式に変えた。
(いずれ育児休暇も取りやすくなるだろうし、機を見て取ろう)
再度コタロウはミライを見つめる。
(僕たちができるのは、女性がいつでも社会復帰できるようにしておくこと、だよね)
今はインフラ整備の時期と、コタロウは感じていた。
(家族サービスにも使おう。育児と一緒に)
育児休暇の件が確定したとき、改めてミライと話し合おう、と心に決める。
「決めた!ハルナちゃんもつれてどこ行くか決まったわ!」
考えをまとめたミライが声を出す。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「なら、一緒にハルナちゃんの様子見に行こうか」
「そうね。そうしましょう」
ミライはコタロウの手を取り合い、一緒にハルナの寝顔を見に歩き始めた。
※ストレスがたまる場合もあります。
男性が料理や入浴中に育児をする。
女性がリラックスできる時間を作ることもストレス対策になるといわれています。