2-4 ヲタニート達の会合
晴れた日の午後。公園の東屋にて小太りの男がベンチに座ってスマホを弄っていた。
縦縞のカッターシャツを作業服ズボンにタックインしてウェストポートを装備している男は、太田タカシ。32歳独身。
【ヲタ】ファッションを完璧に着こなす彼は近所にある【太田無線製作所】の長男で、大学卒業後に就職もせず実家暮らしを続けている正真正銘の【ヲタ】である。
「オタさん。待ったー?」
男が居る東屋に女が駆け寄る。
色気皆無な作業服姿で大きなリュックを背負って走る女は、針山アンナ。21歳独身。
「今来たところだよー」
女に対し手を振りながらデートの待ち合わせのような定型句で男は応える。だが、ここで女の名前をあえて呼ばない事には重要な理由がある。
女は一卵性の三つ子。この3姉妹は姿も声も同じで、外観で見分けることができない。今回の待ち合わせの相手は末っ子のアンナであるが、この三姉妹はトラップを仕掛けることがあり、識別を間違えるとすごく怒る。
だから名前を呼ぶ前に、確実な方法で識別を行う必要がある。
「ジェットストリームアタックだ!」
「そいやぁぁ!」 ピョイーン
「アンナちゃん今日も動きがキレてるねぇ」
「どうもどうも。日頃のオタ鍛錬の成果ですよー」
男が用いる三姉妹の確実な識別方法が、この【ジェットストリームアタック】である。
彼女達が小さい頃に仕込んだ【ヲタ芸】であり、掛け声を聞くと長女のマナはしゃがむ。次女のミナは中腰に、末っ子のアンナは飛び上がる。
既に成人している彼女達。完璧にノッてくれるのは今や末っ子だけであるが、身体に染みついた【ヲタ芸】故に長女も次女も僅かに身体が反応してしまう。
その動きを見れば全員を確実に識別できるのだ。
「忙しいときにゴメン。いろいろ頼みたいことあってさー」
「いいよ。僕ニートだから暇だし」
成人男女とは思えないようなやり取りをした後、女はテーブルの対面に着席し話を始める。
「私も、家業手伝いしてないからニートだよー。やっぱりニートなら公園で会合だよねー」
「そうだねー」
男の家業の【太田無線製作所】は大手電機メーカーに勤務していた男の父親が脱サラして立ち上げた会社で、特殊用途向け電気製品の開発受託が主事業。今は雇用している従業員はおらず、親子で仕事をしている。
そして、首都圏の会社から大型案件を受注したことで3週間前から社長が発注元に【缶詰】にされたため、男は社長代理として一人で散発的に入って来る受注をこなしていた。
「昨日メールで送った写真の機材についてだけど、アレってオタさん絡んでる?」
「あー、アレはウチの製品のプロトタイプだね。特定顧客向けに設計したカスタム品だから詳細は明かせないんだ。でも、何処にあったの? そしてアレ付けてるの誰? 市販はされてないはずだよ」
「やっぱりー。こっちも事情は明かせないけど、壊れた時の修理は頼めたりするかなー」
「うーん。秘密保持契約絡んでるから堂々とは無理だけど、アンナちゃんの頼みなら何とかするよ」
「ありがとー。やっぱりオタさんは頼りになるー」
「お互い様だよ」
女はリュックから水筒を取り出してお茶を一杯飲む。男はテーブル上にあった缶コーヒーを飲む。作業服姿の若い女と、ヲタルックの小太り中年男が公園の東屋の下で向かい合う。若干異様な光景であるが、それを気にする人はこの近辺には居ない。
「ヲタさんのところって、材料の取り扱いもあるよね」
「鋼材の扱いは無いけど、電気系の材料ならいけるよ」
仕事の気配を察した男はウェストポーチからタブレットPCを取り出した。
「電磁波遮蔽する材料って何か無いかな」
「塗料、ゴムシート、フィルム、板材、布、いろいろ取り扱いあるよ」
「布がいいかな。即納できる分、見積もって」
「在庫は端材が少しだけ。資料と、単価はこれでどうかな」
男はタブレットPCに技術資料と見積書を出して女に渡した。
「現金払いで在庫分全部買うよ。今すぐ引き取りたい」
「いいけど、ロール重いよ。場所指定してくれたら運ぶよ」
「在庫分は2m×2mの布でしょ。芯抜いたらリュックで運べるし。あと、これの上位グレード、1ロール手配お願い」
「確かに。折り目気にしない用途ならそれでいいね。1ロール50mもメーカー手配しておくよ」
女が即決で口頭発注した部材価格は1ロールで一般のサラリーマンの月給数か月分。それでも男は当然のように手配をする。
何処からともなく突発的に注文を持ってくるこの女は、男の家業にとって上客なのだ。
女が持ち込む仕事は毎度短納期だが利益率が高い。そして、どんな価格でも毎回決まって現金前払いだ。今回の注文内容から彼女が隠し持つニーズを推測し、使える商材から更なる収益を得ようと男は思案する。
「電磁波遮蔽が好みなら、ウチの【電波暗室】の貸し出しもできるよ」
「それって、人が入れるぐらいかな」
「4畳半ぐらいの広さはあるし、温度調節もできる。でも、本来人が入る物じゃないよ」
「布取りに行くついでに現場見せて。人が入る条件で、一カ月占有でいくら?」
【太田無線製作所】では無線機材の受託開発も行っているので、大小2個の【電波暗室】を備えている。人が入れる大きいほうの【電波暗室】は当面用途が無いため、貸し出しに問題は無い。
しかし、【電波暗室】の貸し出しは普通は半日か1日単位。1カ月占有するという使い方は異常だ。しかも中に人が入るという。
違和感を感じながらも男は素早く計算する。1日単位の貸出単価は目安があるが、1カ月まとめてなら日単位の単価は落とす。でも、中に人が常駐するような用途で貸し出すなら、換気設備の増強と室内にある電波吸収体の損傷も想定したい。
それらを加味したレンタル代の見積書をタブレットPCにて作成し、素早く女に提示する。
「価格は問題ないね。現場見てから決めるよ」
問題ないと即断された見積価格は新車が買えるぐらいの価格。女の即決癖はいつものことだが、動かす金額が今までより大きい。
女からの仕事に詮索は禁物と知ってはいるが、男は少し探りを入れたくなった。
「アンナちゃんのすることだから、詳しくは聞かないけど。今回は随分羽振りがいいねぇ」
「友達にちょっと頼まれちゃってねー。家業の手伝いができなくてニートで暇だから、小遣い稼ぎぐらいしようかなーと」
女は何でもないように笑顔で応えるが、目は笑っていない。男は今回の一連の依頼が極秘案件であると理解した。
「そうなんだ。僕もニートだから、できる事なら協力するよ」
「ありがとう。この分野はオタさん専門だから、頼りにしてるよー」
町工場や小規模商社が密集するこの地域で女は緻密なネットワークを持っており、各社間の余剰生産力や隠れたニーズを発掘して秘密裏に仲介することで地域経済を陰で回している。
それを可能にしているのが、彼女の持つ驚異的な記憶力。取扱品目や取引履歴を全部記憶しているため、秘密漏洩の憂いなく多数の取引先を繋ぐことができる。
今回の仕事は外部から持ち込まれた物。他の会社にも多額の発注が回る大型案件。地域経済が潤う未来を予想しながら、男は仕事のスケジュールを考える。
先ずは即納分の納品だ。
「じゃぁ、そろそろ行こうか。ウチの倉庫で在庫分を渡すよ」
「そうね。よろしく」
男と女は立ち上がり公園の出口へと向かう。
目的地は男の自宅でもある【太田無線製作所】の本社。公園から徒歩5分の近所である。
●オマケ解説●
やたら統一感の無いスキルを持っていた末っ子は、影の商売人であった。従来は小遣い稼ぎ程度だったようだけど、どうやら優良顧客を手に入れた模様。
<第二章 参考書籍>
・医者が教えるあなたを殺す食事生かす食事 内海聡 ISBN978-4-89451-669-4
・毎日の食事に殺される食源病 内海聡 ISBN:978-4-909249-42-5
・きちんと稼げる1人会社のはじめ方 山本憲明 ISBN:978-4-7569-2280-9
※ポイントクレクレ記述
太田氏が使った三姉妹の識別方法がひどいと思ったヲタ属性喪女の方は、【ひどい】の証として★1評価をぶち込んでもらえると、作者はピョイーンと跳びあがるぐらいには喜びます。
【ひどい】は最高の誉め言葉!