表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/39

2-3 理想の弟 誕生

 【株式会社針山加工】の応接室にて、負債はあるけど販路がないという【雇用】どころじゃない会社の現実を知り途方に暮れる俺は、この会社の【社長】になる男。


 金切かなきりゴウ 26歳 モテたい独身。


「分かってくれたみたいね。いつかは【雇用】してあげて欲しいけど、今はやめた方がいいわ」

「そうですね……」


 【給料未払い】は【逮捕】案件だ。

 安定した売上の見通しが立たない以上、【雇用】なんて危険なマネはできない。


「じゃぁ、俺は1人社長として頑張るしかないか」

「当面はそうね。会社の財務状況は後で説明するけど、正直あんまり時間が無いわ。来週役所での手続きをまとめてするけど、その流れで【社長】の初仕事を頑張って頂戴」


 そうだな。4年もサラリーマンをしていたから忘れていたけど、【社長】の仕事は【資金繰り】。親父おやじもそうだった。会社を守るために必死だった。

 俺は、そんな親父おやじを尊敬していたんだ。

 なんとかしてやる。


「それとは別に、家計も危ういのよ」

「えっ?」


「会社からの私の給料で生活してたけど、昨日の焼肉パーティで残高がほぼ無くなったわ。それに、あの達も成人してるでしょ」


 キナさんが何か書類を取り出した。


 【国民健康保険 督促状】

 【国民年金 督促状】


「どぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


「だから、アンタを【社長】にして、娘の誰かを結婚させて全員を【親族】として扶養させれば、このへんの負担や税金面でバッチリと思ったんだけどねぇ……」

「いくらなんでも【結婚】を割り切りすぎ! しかも、根本的な解決になってない! お金が無いのは分かるけど、コレはマズイでしょ!」


「そうよねぇ。簡単に病院にかかれないから、健康には特に気を付けないといけないのよ」

「そうじゃない! コレはガチで差し押さえが来るやつだから!」


「じゃぁどうしろって言うのよ! お金が無いのよ!」 クワッ

「えーっと、何か売れる物とか……」


「売ったわ! 会社の物を売ったら【横領】になるからそこは厳守したけど! 車も売ったし、ミナが大切にしていたバイクも二足三文で売ったわ!」

「ひどい! 親のする事とは思えない!」


「でも足りないのよ! サラリーマンは知らないかもしれないけど、国民年金や国民健康保険って高いのよ! こんなの人頭税よ! 督促状の請求額見なさい!」

「うわぁぁぁぁぁぁ! 確かにえげつない額!」


「こうなったらもう、消費者金融に手を出すしか……」

「やめて! それ一番ダメなやつ!」


 でも、確かにこれは難しい。

 問題は【お金が無い】という単純な物。だけど、単純なだけに解決が難しい。


 いやしかし、単純な解決策はある。

 サラリーマンとしてコツコツ貯めた俺の貯金。かき集めれば400万近くはあるはずだ。

 結婚資金、マイホーム、教育資金、老後資金、この先のライフステージでお金は大切だ。だから、できれば貯金は温存したかった。

 でも、今の危機を脱しないと、【社長】就任と同時に【差し押さえ】で詰んでしまう。


「……分かりました。危険な未払い分と当面の生活費は俺の貯蓄から出します。会社が軌道に乗るまで、しばらく倹約生活で頑張りましょう」


 キナさんが目を丸くしている。


「アンタ……。随分思い切りがいいのね……」

「【社長】になるんです。多少の自腹ぐらいどうってことありません」


「先月は公園で掲示板荒らししてたのに。成長したわね……」


 俺も若かったんだよ。


…………


 会社の財務状況や来週行う手続きの話をした後、2人で応接室から出たら、3人娘が事務所に帰ってきていた。


「3人共おかえり。今日は早かったの ね…?」


 絶句するキナさんの目線の先には、3人娘が囲む椅子に座る泥だらけの細身の青年。

 顔面に大きなゴーグルいや、HMDヘッドマウンドディスプレイを装着しており、ボロボロになったパジャマを着て、裸足の足には多数の傷がある。

 HMDヘッドマウンドディスプレイで顔が半分隠れているせいで表情は読めないが、力が入っていないような姿勢で、口からはよだれが垂れて、椅子の上でだらーんとしている。


「えーっと、この方はどなたでしょうか」

「【理想のおとうと】を拾って来た」


 バターン


 アンナのぶっ飛んだ答えを聞いて、キナさんが倒れた。


…………


 倒れたキナさんを応接室のソファーに寝かせた後、3人娘を尋問。


「コレ誰だよ! 何処から連れて来たんだよ! ココ連れてきてどうするんだよ!」


「この子は私達が探していた【理想のおとうと】に違いない」 ハァハァ

 「神社の前の茂みの中で倒れてたから運んできた」 ハァハァハァ

  「3人でちゃんとお世話するから、一緒に暮らしたい」 ハァハァハァハァ


 頭が痛くなってきた。

 3人共目が血走っていて息遣いがヤバイ。アンナはともかく、マナとミナは常識人だと思っていたのに。全員ぶっ飛んでいたか!


「犬猫じゃないんだぞ! コレ人間なんだぞ! 常識的に考えて誘拐だろ! 返してきなさい!」


「この状態で元の場所に戻したら死んじゃうよ」

 「救護義務ぐらい果たさないと」

  「まずは、水と食事を与えたい」


 俺達のやりとりを聞いているのかどうなのか。変な青年は、椅子の上で背もたれに身体を預けるようにだらーんとして動かない。

 どう見ても普通じゃない。


「まずは救急車! そして今度こそ【189(イチハヤク)】!」

「待って!」


 復活したキナさんが応接室から出てきた。


「ここで救急車呼んでも面倒なことになるわ。とりあえず処置しましょう。見たところ、軽度の熱中症と脱水症状ね」

「キナさん、処置できるんですか?」


「できるわ。これでも元看護師よ。ついでに清拭するから、アンタ手伝って頂戴」


…………


 ぐったりとして動かないこの青年。だけど、邪魔なHMDヘッドマウンドディスプレイを外そうとした時だけは激しく抵抗する。

 なんだかもうよく分からないので、ボロボロの着衣を脱がせて、泥と土まみれの身体を拭いて、俺の着替えのストックを着せた。一応、男を脱がせるということで、俺とキナさんで処置をした。

 170cm程度と長身ながら、とにかく細身で全身ガリガリ。背は高いけど発育は幼く、キナさんの見立てでは実年齢は中学生ぐらいらしい。


 経口補水液を飲ませたら顔色は良くなったけど、やっぱりぐったりとして動かない。それでも3人娘がやたらとかまいたがったので、体温と脈と血圧に異常がないことだけ確認して引き渡した。


「キナさん。元看護師って本当ですか?」

「本当よ。でも、アンタの父親とすぐに結婚して寿退職したから、現役期間は数カ月しかなかったけどね」


「結婚しても仕事続けたほうが良かったのでは? 看護師なら引く手数多でしょう」

「初対面で【専業主婦】になってくれって、いきなりプロポーズされたのよ」


「えっ? なにそれこわい」

「健康管理科に配属された直後、健康診断で初めて採血したのがテツロウさんだったの。18Gの針で静脈狙ったんだけど、手元が狂って動脈刺したら噴水になっちゃって」


 俺は医療従事者じゃないからよくわからないけど、動脈って奥のほうにあるよな。そこに注射針刺すなんて、どんだけ手元が狂ったんだよ。想像するだけで怖い。


「……それで、どうなったんです?」

「まぁ、すごいスプラッターになったけど、止血と輸血が間に合って一命をとりとめたテツロウさんが、頼むから退職して専業主婦にでもなってくれって、謝罪に来た院長や看護師長の居る前で大声で【プロポーズ】してくれて」


 それは、【プロポーズ】じゃなくて、健康診断でいきなり殺されかけた件について【クレーム】入れたかったんじゃないかなぁ。


「まさかとは思うけど、その流れで結婚でしょうか……」

「院長も看護師長も医師も同僚達も【ステキなプロポーズだ】って大喜びしてくれて、結婚式とか引っ越しの資金は全部病院で負担するから、是非ということでトントン拍子で縁談が進んで結婚したわ」


 短い現役期間の間にも、【寿退職】を皆から喜ばれるぐらいにやらかしてたんだな。

 そして親父おやじは、身を挺して地域医療を守ったんだな。


 イイ話だと思っておこう。

 そして俺は、言動に気を付けよう。


…………


 夕食の時間が近づいたので、事務所でたむろしている3人娘を呼びに行ったら、あの【おとうと】が背筋を伸ばして本を読んでいた。

 HMDヘッドマウンドディスプレイで完全に目は隠れてるけど、前は見えるのか。


「彼は復活したのか?」

「うん。なんか、HMDヘッドマウンドディスプレイに電源を繋いだら動き出した」


 何だそりゃ。

●オマケ解説●

 まぁ、経営者にとって【雇用】っていうのはそれなりにリスキーな物です。【労働者】が法律でやたら保護されている分、絶対削れないコストとして長期間会社の資金を削る厄介者でもあるのです。

 そして、HMDヘッドマウンドディスプレイ装着の謎の長身ガリショタ青年。【おとうとり】の戦果として3人娘に可愛がられているけど、結局それ誘拐だよね。


※ポイントクレクレ記述

 殺人未遂級の医療ミスをきっかけに寿退職を果たした元看護師がひどいと思った、行き遅れ現役喪看護婦の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると、作者から喜びが噴き出します。


【ひどい】は最高の誉め言葉!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ