2―2 ブラコン三人娘の闇
共同生活を始める5人が集まる、俺の歓迎会を兼ねた夕食を終えたダイニング。テーブルの上には【キナ】【マナ】【ミナ】【アンナ】と書かれたクジの棒と、【婚姻届】。
「えーと、キナさん。コレは一体何を考えてますか?」
「さっきも言ったでしょ。手っ取り早く共同生活の形を作る方法よ」
「無茶苦茶すぎるだろうがぁぁぁ!」 スパァァァァン
別のハリセンが机の下にあったので、俺は全力でキナさんの脳天にツッコんだ。
「フフフ。女性に暴力をふるうなんて、アンタなかなかの外道ね」
「ツッコミは暴力じゃねぇ! クジとか頭オカシイだろ!」
「そう! 本数がオカシイ!」
「何で母さんまで混じるの!」
「話が違うよ!」
3人娘までオカシイ事を言い出した。
そして、キナさんはハリセンを振り上げる。
「イイじゃない! 家事、育児、仕事を全部妻に押し付けたいんでしょ。そんなの一人じゃ無理だから、クジがイヤならいっそ3人まとめて貰っちゃいなさいよ。アンタの夢が叶うわよ!」 スパコーン
「娘を安売りするんじゃねぇ! それでも母親か!」 ベチーン
二人とも酒が入ってるからか、ダイニングでハリセンバトルが始まる。
「これだけの好条件を拒否するなんて、アンタもしかして私が好み?」 スパァァァァァァァン
「こんな無茶苦茶するぐらいなら、その方がマシだ!」 ベシィィィン
3人娘が【殺気】を放ってきた。
「キモイ! ネタ振りしたの私だけど、ここで20代3人より40代選ぶってアンタ正気!?」
「そうだった! たまに言動が痛いから年上って感じしなかったけど、残念なオバサンだった!」
「殴る! ぶん殴る!」 グワッ
「させるか!」 ゴォッ
ブン ヒョイ ガシャーン ドターン パリーン ピョイーン ドタトダ スパーン ベシーン ゴキッ ドサッ バタバタ ゴン ガン ベキッ バサバサ
…………
飲酒後に激しい運動をしてはいけない。
そんな原則を思い出すには遅すぎた状態になってしまい、一緒に暴れたキナさんと共にダイニングの床で仰向けに倒れる俺。
「アンタ……。ツッコミの腕前は認めるわ」
「キナさんこそ。その歳でここまでのボケは貴重なレベルですよ」
友情が芽生えた。
「そういえば、3人は?」
「ヤケ酒して潰れたみたいね」
3人娘はダイニングのテーブルで焼酎の一升瓶を囲んで突っ伏していた。
「何でそんなことを……」
「全部アンタのせいよ。自分の言動思い出して、明日ちゃんとフォローするのよ」
◇
同居初日で5人全員が潰れた翌日。健康的に6:30に全員起床して、ラジオ体操で身体をほぐした。これは針山家の日課とのこと。健康的でイイと思ったので俺も参加した。
朝食後、【株式会社針山加工】の今後の事を考えるため、社長の仕事として一人一人面談することにした。いつぞやケーキを食べた応接室に一人づづ呼び出して、彼女達に出来る仕事を把握しておくのだ。
面談その1:長女 針山マナ
初対面でなんとなく事務員さん向きと見たマナさん。あの親の娘にしては常識人に見えるので、期待するところは大きい。
「えーと、マナさんの特技を教えてください」
「商業高校から専門学校行ったから、簿記1級と、基本情報処理技術者は取りました。CADも父に教わったから多少は使えます。あと、普通免許あるから普通車なら乗れます」
すげぇ。万能事務員だ。山田工業の購買部なら即戦力レベルだ。
「ちなみにマナさんの趣味は何でしょう」
「読書です」
即答したけど、どんな本なのか気になる。
でも、なんかこう聞いて欲しくなさそうな雰囲気を感じたので、深追いはやめた。
人に言いにくい趣味だってあるよね。
面談その2:次女 針山ミナ
初対面では機械弄りとか好きそうに見えたけど、どうかな。
「ミナさんの特技とか、資格とかあれば教えてください」
「工業高校と工業専門学校通ってたから、旋盤やフライス盤なら多少使えます。免許は中型自動車免許を最近取得したので、11トン車までならいけます。あとは、自動二輪と、大型特殊と、フォークリフト、小型移動式クレーンぐらいですね」
すげぇ。山田工業の物流部なら即戦力だ。
「もしかして、操業中はフォークリフトやトラック運転は実務してたんでしょうか」
「父の居た頃は、仕事の手伝いで運転してました」
実務経験者か。トラックまで乗れるなんて。
「今更ですけど、【マシニングセンタ】に挑戦したとき、なんでアンナさんにさせたんでしょうか。ミナさんのほうが可能性あった気がしますが」
「私はコンピューターとかちょっと苦手なので……」
そこか。確かにNC加工機の難しい所だな。
「ミナさんの趣味はなんでしょうか」
「機械弄りとか、ドライブとか、ツーリングとか好きです。でも、車もバイクも売ってしまったので、今ちょっと寂しいです」
そうか。早めに生活再建して、買い直せるように【社長】の俺が頑張らないとな。
面談その3:三女 針山アンナ
初対面では仕事させちゃいけない人に見えたけど、実際はどうかな。
「アンナさんの特技とか資格とか教えてください」
「えーと、第二種電気工事士と、二級アマチュア無線技士と、公害防止管理者水質関係第三種と、危険物4類と、高圧ガス製造保安責任者試験乙種化学と、消防設備士乙種4類と、情報処理のネットワークスペシャリストかな」
電気系と、無線系と、化学系と、設備系と、情報系……。
「バラバラだ! 何処を目指してるのか分からないぐらいに、持っている資格がバラバラだ!」
「あ、一応普通免許あるよ。今は車はないけど、たまにレンタカー使う」
ドライバーはできるというけど、俺も免許ぐらい持ってるし。なんかこう、人材としては扱いが難しすぎる。こんなバラバラのスキルが求められる職種って何だろう。
「昨日は刈払機を持ってたけど、特技は何かあるのかな」
「特技ってわけでもないけど、父や姉達に仕事中は工場に入るなと言われてたから、【個人事業主】登録して一人で小遣い稼ぎしてた。あと、記憶力はたまに褒められる」
適職あったよ。こういう人は【フリーランス】とか向いてるな。
「【個人事業主】って、何してるの?」
「それは【企業秘密】。【パパ活】とかじゃないし、コンプラと税務はちゃんとするから、そこは触れないでほしいな」
そう言われると、詮索しづらい。昨日の刈払機を見る限り、近所の雑用で小遣い稼ぎしているぐらいだろうから、気にしないでおこう。
…………
同じ背格好、同じ顔、同じ声でもバラバラな三人娘の面談をしていたら、昼食時間になってしまったので、キナさんが用意してくれた昼食を頂いた。
キナさんの面談をしようと、2階から事務所に下りたら、3人娘が作業着から着替えて玄関前に揃っていた。作業服ズボンはそのままで、今日のブラウスは3人共水色だ。
間違えられると怒るくせに、何で全く同じ格好をするのか。女心は分からない。
「今日は私は南の高校、ターゲットは部活帰り」
「私は東の中学、同じくターゲットは部活帰り」
「じゃぁ私は北の小学校、ターゲットは学童保育」
3人揃って、出かけるのか?
一緒に歩くのは避けるために、担当地区の分担してるのか?
でも、何しに行くんだだろう。
「いざ、【弟狩り】!」
「はぁ!?」
バターン シュタタタタタ
なんか、三人揃ってものすごく意味不明なワードを叫んでから、三人で事務所を飛び出して、バラバラの方向に駆けていった。
ガタッ
音がした方を見ると、事務所の隅でキナさんがお腹を押さえながら蹲っていた。
「キナさん! 大丈夫ですか?」
「フフフフ……、やっぱりこたえるわぁ……。あの娘達の趣味」
駆け寄って様子を見ると、キナさんが青ざめて冷や汗を出してる。
「えーっと、あの3人の趣味って……。それに【弟狩り】って何でしょう」
「グフッ。あの娘達は、【ブラコン】なのよ」
あまりの意味不明で、ちょっと意識が大宇宙に逝きかけた。
「ええっ? でも弟は居ませんよね!」
「ゲホッ! そう。でも、あの娘達は、【ブラコン魂】を持ってるから、【理想の弟】を求めて近所の中学や高校の男子達を眺めに行くのよ。【弟狩り】と称して」
「意味が分かりません」
「……辛いわ。母として……」 ガクッ
それは分かる。3人娘がそんなヘンテコな趣向に目覚めたら、キナさんほどのメンタルでも辛いだろうなぁ。
…………
面談その4:現社長 黄泉門キナ
コーヒーを飲んで復活したキナさんと気を取り直して面談。
「それで、アンタあの娘達を雇う気?」
「そのつもりで面談しましたが」
年頃の娘ならそれなりにお金も必要だろうし、今でも従業員として働いているなら、それを引き継ぐ必要もあるだろう。
でも、アンナさんは外すかな。【個人事業主】として仕事してるみたいだから。
「算数の問題よ。最低賃金で2人雇用する場合に必要な売り上げはいくら?」
えーっと、最低賃金を年額換算すると約240万。それに社会保険料会社負担分を合わせた二人分でだいたい600万で、加工業の利益率考慮すると……。
「あれ? 年商一億ぐらいは必要になるのか? えーと、じゃぁ、この会社の既存の取引先や仕事はどのぐらいあるのでしょうか」
「夫が急逝してからアンタを紹介されるまで、ここは廃業の準備をしてたの。だから以前の取引は全部切れてるわ」
「じゃぁ、すぐに廃業中止の連絡をしないと!」
「したところで、実績も信用も無い今のアンタを相手にしてれるほど甘い所じゃないわ。販路開拓はアンタが一からするのよ」
待て。ちょっと待て。
既存の取引先が全部切れた状態で、会社規模に対してアンバランスな設備投資の借入金を抱えて、一から販路開拓。それは……。 それは…………。
どぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ
●オマケ解説●
ツッコミの勢いで口走った一言。放たれた【殺気】をスルーした流れ。あと、ツッコミは暴力じゃないって超理論。なんかもう同居初日からトバしてます。
その結果、翌日自分がとんでもないところに来てしまったことを知り、心の中で絶叫。どうなることやら。
そして、【弟狩り】って何だよ!
※ポイントクレクレ記述
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