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1―3 新生・針山加工 誕生

 【株式会社針山加工】の建屋にて。

 社長のキナさんと3人娘が作業服に着替えた後、5人で事務所の奥の工場に行った。

 俺の実家と同じで加工業なのか、測定机やボール盤、フライス盤、旋盤等が綺麗に並んでいる。町工場そのものだ。


「機材は旧型が多いけど綺麗に整備されていますね。腕のいい職人さんが居るのが分かりますよ。でも、稼働しているようには見えませんが」

「諸事情により本業が稼働してないの。だから今は娘達と一緒に軽作業の孫請けでしのいでいるわ。正直カツカツだけどね」


 そして、キナさんの格好が気になったのでちょっと確認。


「なんか作業服のサイズが合ってないようですけど、普段は工場入らないんでしょうか」

「あー、コレ? ここ1カ月で20kgも痩せちゃって、服が合わなくなったのよ」


「1カ月で20kg減? 無茶苦茶ですよ! いっそその手法を若い女性に売ったら儲かりませんか?」


 そういえばスーツ姿もなんとなくブカブカだった。

 元がどうだったか知らないけど、ダイエットにしてはやりすぎだ。

 こんなことをしたら寿命が縮む。


 女性の発想は本当に分からん。


「痩せた理由はそのうち分かるわ。この部屋の中がウチの工場の主要機材よ。ちょっと蒸し暑いから気を付けてね」


 キナさんに続いて工場の奥の部屋に入る。

 若干蒸し暑い部屋の中で照明が点灯。主要機材の姿が見えた。


【新型5軸マシニングセンタ × 2台】


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 思わず叫ぶ俺。


「どう? 気に入ってもらえたかしら?」


「どうって! 国産高級機を2台って、会社規模に対して設備投資がミスマッチすぎますよ! 工事費と合わせたら億単位でしょ!」

「さすがに分かるのね」


「しかも稼働してないってどういうことですか! 仕事取ってどんどん動かさないと、こんな高額機材遊ばせてたら償却費と維持費で手元資金があっという間に消えますよ! オペレータは誰です!?」


「夫よ」


「まさか! このアンバランスな設備投資が完成した直後に、社長とオペレータ兼務していた旦那さんが急逝とか、そんな話ですか!?」


「そんな話よ。これが痩せた理由だけど、この方法売れるかしら?」

「ごめんなさい! 不適切な発言でした!」


「まぁ、これが【借金持ち四十路独身女】たる由縁ね」

「【借金】の額が異次元だ!」


 億単位の負債とか、本当にシャレにならないぞ!

 ホ●ト狂いやパチ●コ中毒が可愛く思えるぐらいだ!


「相談を! いちはやく融資元の金融機関に相談を! えーと、番号はイチハヤクで189だっけ!」

「落ち着いて。189は【児童相談所虐待対応ダイヤル】よ。融資元の信用金庫に相談したらアンタを紹介されたのよ」


「いや、この5軸機はこの辺一帯で一番いい機械だから、稼働するなら頼める仕事たくさんあるけど、動かないんじゃ取引になりませんよ! 他に誰か動かせる人居ないんですか!?」

「私と娘でマニュアル見ながらなんとか頑張ってみたんだけど、やっぱり難しくて」


 当たり前だ。マシニングセンタは素人が動かせるような機械じゃない。

 俺は立て形テーブル駆動の3軸機しか操作したことないけど、親父オヤジの指導でも段取り含めてまともに動かせるまで1年半かかった。

 ましてやこれは新型多機能の5軸機。相応の経験が無いと無理だ。


「試しにアンナにやらせてみたら、1号機でテーブルにツールホルダ衝突させちゃって」

「素人に無茶させるな! ローンで買った新車のミラーこすっちゃったみたいなノリでなんてことするんだ!」


「長年の悲願だった設備完工を見る前に他界した夫に申し訳なくて、壊れたツールホルダを仏壇に供えてあるわ」

「やめてあげて! 本当に化けて出てきちゃう!」


「いっそ降臨して機械に憑依してくれたら性能出ないかしら」

「嫌だ! 【怨霊憑きマシニングセンタ】とか加工で【呪い】が付与されそう! 怖くて仕事頼めない!」


「だからもう、アンタが動かすしかないのよ」

「なんで俺!?」


「女性経験無いけど、マシニングセンタは操作経験あるんでしょ?」

「何でそれを知ってるんだ!」


「女性経験無いのは一目瞭然よ」

「そっちじゃない!」


「アンタの前のお見合い相手、信用金庫の会長の娘さんよ。家業の件は伝えてるでしょ」

「確かに実家のことは【釣書つりがき】に書いたけど」


「中学の頃から家業の手伝いで3軸機動かしてたから、段取りや整備も一通りできるわよね。3軸機も5軸機も基本は一緒だから、傾斜軸固定して3軸運転にすればアンタならすぐできるわ」

「そこまで書いてねぇ! 何処からだ! 誰からの情報だ!」


 子供が加工の手伝いとかコンプラ的にマズイから企業秘密だ。ここまで知っているのは家族だけのはず。

 このオバサン。タダモノじゃないと思ってけど一体何なんだ。


「私はバツ2って言ったけど、最初の夫はアンタの父親のテツロウさんよ」

「超☆なんだと!!」


 カタブツだと思っていた親父オヤジにそんな女性遍歴が!


「紹介された名前見てもしやと思ったけど、顔見て確信したわ。若い頃のテツロウさんにそっくりね」

「聞きたくないけど気になる! 一体何があって離婚再婚なんだ!」


「テツロウさんが【種なし】だったのよ。私は子供が欲しかったから別れたの」

親父オヤジにそんな秘密があったのか! でもそれだけの理由で離婚ってするものか?」


「それだけって言うけど、女性にとって子供の有無は大きいわよ」

「そうか。親父オヤジは子供を作れないから、納得の上で離婚に同意したのか……」


 あれ? なんか話に違和感があるような……。


親父オヤジが子供を作れないなら、この俺は一体何なんだよ!」


「【幽霊】よ」

「そんなわけあるか!」


「再婚相手の連れ子よ」

「自分の出自に絶望した!」 ガビーン


 優しくて厳しい職人気質の親父オヤジを尊敬していたのに。

 実は血のつながりが無かったなんてショックだ。


 いや、でもなんか違和感残っているぞ。


「昔から俺、顔とか親父オヤジによく似てるって言われてたけど、どういうことだ?」

「アンタの母親の元の夫が、テツロウさんの兄のタロウさんよ。だから血のつながりはあるのよ」


伯父おじさんが俺の実の父親なのか。でも、会ったこと無いし、居たことも知らないぞ」

「アンタが生まれる前に亡くなったのよ。勤め先の労災でね」


 妊娠中の妻を残して夫が急逝、その弟が【種なし】発覚。

 なるほどそういうことか。


「じゃぁ、生まれてくる俺のために離婚したってことか?」

「まぁ、全体最適考えるとそうなったって話。だから別に悪い感情は無いのよ」


「うーん。よくわからないけど【結婚】や【離婚】ってそういう都合でするものかなぁ……」

「【結婚】っていうのは目的じゃなくて、幸せに生きるための手段にすぎないの。だから、お互い納得できるなら結ぶも離れるも自由よ」


「クールでドライだ! なんかその人生観に憧れすら感じる」


 【結婚】の先まで考えたこと無かったけど、確かにそこがゴールじゃないな。

 そこから先の人生の方が大事なんだから、【結婚】を手段と割り切る考えはクールだ。


「あれ? でもそういうことって親父オヤジから口止めされてないのか?」

「硬く口止めされていたけどバラしてやったわ。知ってしまったことをバラされたくなかったら、大人しく転職してこの工場を稼働させなさい!」


「無茶苦茶だ! 脅し方が無茶苦茶だ!」

「可愛い3人娘も付いてくるわよ」


 同じ顔の3人が期待の目線で俺を見てくる。

 若くて可愛い3人娘。このままでは【破産】に巻き込まれてしまう。

 気の毒だけど。しかし、俺にだって夢がある。


 【モテたい】という人生の目標があるんだ!


「いやだぁぁぁ! 俺は、モテるために大企業に入ったんだー! 大企業で年収600万稼いでモテモテになって、婚活市場の勝者となり、若くて綺麗な娘と結婚するんだ―!」


 同じ顔の3人が揃って【殺気】を出してきた。

 分かるんだ。確かにこのままじゃ生活が苦しいのは分かるんだ。

 だけど俺だって人生の目標があるんだよ。


「大丈夫よ。アンタ年収800万円稼いでもモテない。バツ2の経験値から確信があるわ」

「やめて! 言霊ことだまって怖いの!」


「あと、前のお見合い誰に紹介されたか覚えてる?」

「直属の部長です」


「で、紹介された娘さんはどういう方だった?」

「えーと、取引先の信用金庫の会長の娘さんでしたっけ」


「そしてアンタそのに何したかしら?」

「……えーと、お見合いの席で、変な説教を……」


 待て。ちょっと待てよ、俺。


 金融機関の重鎮の娘のお見合いの紹介とか、どう考えても部長クラスのコネじゃない。そんな話ができるのは社長クラスだ。

 信用金庫の会長から社長に話が来て、そこから部長を経由して俺に紹介があったと。

 そしてそのお見合いで俺はあのお嬢様に失礼かまして破談に。


 つまり、俺を信用して話を回してくれた社長と部長のメンツをぶっ潰した。


「どぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「分かるわよね。そういうの一番恐いのよ。あの会社でアンタの出世はもう無いわ」

「いや! それでも、自営業より正社員の方がモテるはず! 【厚生年金】と【社会保険】はアドバンテージだ!」


「それで結婚できたとして、結婚以来昇進ナシの四十路万年係長様は家庭内で奥さんからどんな扱いを受けるかしらねぇ」

「嫌だぁぁぁ! 衣服を一緒に洗濯してもらえないぐらいの扱いになる!」


「夫の帰宅時間が近づくと妻のため息が増えたりして。そんなご家庭で育つお子さんが気の毒ねぇ」

「ぎゃぁぁぁぁぁ! 絶対マトモに育たない! 情緒が歪む!」


「その点うちの達は優秀よ」

「父は私達の誇りです!」 シャキーン


「正直、生活はちょっと苦しかったけどね」


「…………」


「どう? 転職する気になった?」


 俺は、観念した。


「……お世話になります。社長……」


「まだ分かって無いようね」

「?」


「アンタが、【社長】をするのよ」


 俺はモテるためにサラリーマンになった。

 だけど、モテなかった。


 会社での仕事は楽しかったけど、正直ちょっと飽きていた。

 頃合いかもしれない。脱サラしよう。


 この町工場の【社長】になって、親父オヤジのようにしっかりとした仕事をしよう。

 そして、融資を返済しよう。


 楽な人生じゃない。

 だけど、たぶん、俺はそう生きたほうがモテる気がする。


 そしていつの日か、あのお嬢様にちゃんと謝ろう。


 俺は、社用携帯を取り出して部長にダイヤルした。

●オマケ解説●

 男は運命的な出会いを果たして脱サラを決意する。実は、あの【マシニングセンタ】が気になっていた。

 モテたいと言っている割に、三つ子の3人娘の扱いはどうなんだ?


※ポイントクレクレ記述

 モテるためにサラリーマンになり、モテなかったから脱サラする。そんな男がひどいと思った職場結婚を逃した行き遅れのお局様が居たら、【ひどい】の証として★1評価をぶち込んでもらえると、作者は狂喜乱舞します。


【ひどい】は最高の誉め言葉!

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