番外編06:西川マサシと幸福の一枚(挿絵アリ) (5.0k)
「男に裏切られた女は【鬼】を宿す。それは、何よりも恐ろしいモノだ」
(by 田城カズヒデ@懺悔)
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夏の曇った日の夕方。公園の東屋にて、痩せた若者がベンチに座ってうなだれていた。
短期バイトとして働いているバキュームカー清掃の仕事の帰り。ボロボロになり、異臭を放つ作業服姿で途方に暮れるこの男。
西川マサシ25歳 フリーター。
「なんで、こんなことになっちゃったかなぁ……」
金切ゴウからカメラを受け取ったあの日。開発部の事務所に戻り、カメラ本体のモニタにて至高の一枚がカメラ内に残っていることを確認。
スマホが壊れていたので、会社の端末経由で自分のクラウドに転送しようと、カメラを会社の端末のUSBポートに接続。
その5分後、カメラ内に仕込まれていた【マルウェア】により【山田工業株式会社】の全社ITシステムは壊滅。社内は大混乱に陥った。
翌日、サイバー攻撃専門の調査会社による調査にて、西川マサシの端末が起点であることが特定された。
本人に破壊工作の意図は無かったことと、私物デバイスの社内端末への接続は禁止されていたが、元より運用が徹底されていなかったこともあり、社長も役員も当初は【始末書】で済ませようとした。
しかし、カメラ内に残っていた画像によりそれは覆された。
社長には娘が二人いる。他にも娘を持つ役員は多い。
誰も庇わなかった。
西川マサシは【懲戒免職】となった。
「辛かった。でも、まだマシだった……」
同居している両親に事情を説明したら、当然のように厳しい叱責を受けた。
パソコンも、ゲーム機も、カメラも全部金槌で壊されて、早急に再就職先を探すように言われた。
機材を全部壊されても、大切な写真はクラウドストレージ上に残っているはずだった。
しかし、再就職のために買い直したスマホで確認したら、全部消えていた。
「すごく辛かった。でも、そのぐらいなら、まだマシだった……」
年齢も若く、ある程度の職能もある。再就職は容易に思えたが、小さな町で地元大手企業を【懲戒免職】された経歴が重荷となり正社員への採用は無かった。
それでもお金は必要だったので、短期のバイトで日銭を稼いだ。趣味などと言っている暇は無かった。とにかく、稼がないといけなかった。
「かなり辛かった。でも、その程度で済んでたら、よっぽどマシだった…………」
西川マサシには5歳上の姉が居る。
姉の高梨カエデは女医で、夫のモトヒコは外資系企業のMR。世帯年収2000万円を超えるパワーカップルとして当初は結婚生活は順調だった。
カエデの妊娠を契機に、夫婦は病院近くに大きな二世帯住宅を新築。夫の両親と同居することで育児の負担を軽減し、産休明けから共働きに復帰する予定でローンを組んだ。
しかし、モトヒコの父は育児支援に備えて持病の高血圧の治療を始めたことを契機に、認知症を発症。症状の進行が早く、二世帯住宅完成前に子供と安全に同居できない状態にまで悪化してしまった。
カエデは予定日2日前に息子を無事出産。カズキと命名。
安産で母体の経過は良好だったが、カズキは癇癪持ちで夜泣きも激しい子だった。
モトヒコの仕事は残業も出張も多く、女医であるカエデも勤務が不規則になることが多い。カエデは産休明けに保育施設等を活用してワンオペ育児に耐えたが、カズキが2歳になる頃に体調を崩して休職。
カズキと共に実家である西川家に身を寄せていた。
共働き前提で組んだ住宅ローンと、両親の介護費用。夫のモトヒコも経済的に追いつめられていたため、西川家を訪れるたびに、カエデに執拗に復職を求めた。
西川マサシの両親は就労していたため、少しでもカエデを助けるためにと、少ない給料からモトヒコにお金を貸し出しした。しかし、女医のカエデの収入分を補うことはできなかった。
そんな中で、実質西川家の生活費を支えていた西川マサシが【懲戒免職】。
そして、カズキには【発達障害】の兆候が出始めた。
夫からの叱責、高齢の両親の苦労、弟の失職、目途の立たない資金難。育児のストレスと子供の将来の不安。崩壊寸前の西川家の中で耐えていたカエデ。
『こんなんじゃ、女医と結婚した意味がないだろ』
夫のモトヒコが電話で口にした何気ない一言で、カエデの心は折れた。
西川マサシが深夜の日雇いの仕事から帰宅した時。
玄関先で、カエデがカズキの首を絞めていた。
すぐに引き離したのでカズキは一命を取り留めたが、魂が抜けたような姉と、優しかった母に殺されかけて、泣くこともできずに呆然とする2歳のカズキ。
これは、西川マサシにとって、生涯忘れられない光景となった。
「辛かった。あれが、一番辛かった……」
急報を受けて駆け付けたカエデの同僚の医師達により、二人は病院に搬送。カエデは【統合失調症】の診断で【措置入院】。カズキは児童相談所に転送され【一時保護】の扱いで児童養護施設に入所。
自分の家庭を崩壊させてしまったモトヒコは、閑職に左遷され年収は激減。
それにより、月々の住宅ローンの支払額が、月収の手取りを越えてしまった。
住宅ローンは借金である。
新築住宅は入居と同時に中古住宅となり資産価値は激減する。
そして、通常は売却価格は資産価値よりも大幅に安くなる。
だから、住宅を手放しても住宅ローンの大半は残る。
身動きが取れなくなり、高梨家と西川家は経済的に窮地に陥った。
「とにかく、お金だ……。今は、お金が必要だ。僕が働かないと」
「西川マサシさんですね。場当たり的な対応はだめですよ」
東屋のベンチでうなだれる西川の背後から、グレーのスーツを着た細身の男が声をかけた。
「何故僕のことを? そして貴方は一体?」
「通りすがりのFP、新関と申します」
…………
新関と名乗る男は、指示に従えば高梨家と西川家の問題を解決すると言った。
指示の内容は、明日から隣町の【田城写真館】にて住み込みで働くこと。
西川マサシは藁にもすがる思いで了承した。
地図を渡され今すぐ行けと言われたので、異臭漂う作業服姿で、隣町までの40kmを徹夜で歩いた。
順調だったはずの人生。
一体何処で踏み外したのか。
それを考えながら。
◇
日が昇る頃に到着した【田城写真館】。
一軒家の1階の一部を店舗として使っているような、小さなお店。
営業時間とは思えないような早朝ではあるが、ドアに掛かる【OPEN】の札を信じて入店したら、車椅子に座った初老の男性と、その脇に立つ妙齢の女性が居た。
「よく来たな」
店の主人と思われる、車いすの男性が声をかけてきた。
「俺は、田城カズヒデ。この写真館の責任者だ。そして、隣に居るのはアシスタントのアカリだ」
「僕は西川マサシです。ここで住み込みで働くように言われてきました。よろしくお願いします」
「早速だが、【入社試験】だ。そこに置いてあるデジカメで、アカリを綺麗に撮ってみろ」
示されたカウンター上には、普及価格帯のコンパクトデジカメが一つ。
手に取って、動作することを確認する。
西川マサシは女性を撮影するのが好きだ。
被写体を綺麗に撮影するのに至高の喜びを感じる。
指示された被写体。アカリと呼ばれた妙齢の女性。
窓から入る朝日を横から受けて、車いすの男性の隣に立つ姿。
構図、配光、姿勢、表情。このままいける。
レンズを向けて、ファインダーを覗いた瞬間。
背筋に悪寒が走り、とっさに一歩下がった。
ヒュッ カン
鋭い刃物が鼻先を掠め、構えていたデジカメが真っ二つになった。
両断されたリチウムイオンバッテリーが発火し、火の玉となり床に落ちる。
鼻の頭が少し切れて、血がにじむ。
カチン
アカリと呼ばれた女性が、短刀を鞘に納めた。
居合抜きである。
「一体ナニを!」
「アカリはな、【盗撮】で人生を狂わされたんだ。撮られるのは好かん」
短刀を背後に隠して、元の場所に戻ったアカリの雰囲気に、西川は既視感を覚えた。
光の無い虚ろな目。魂が抜けたような感情の無い表情。
夫に裏切られ、息子の首を絞めていた姉の姿。
今までの人生で見た物の中で一番怖かったモノ。
まるで【鬼】を宿したかのような、恐ろしい何か。
「撮ったのは俺だ。若い肢体がキレイに撮れたと思ってな。【至高の1枚】を仲間内で共有しようと【画像掲示板】に登録した」
「いや! それやっちゃダメなやつでしょう!」
「20年前だ。当時は誰もそれが危険と思っていなかった。でも、キレイに撮れていた写真は世界中に拡散された。若くてキレイなアカリの身体は、世界中で晒し者になってしまった。いい所のお嬢様で、名家に嫁ぐ予定だったんだが、それが原因で婚約者を失った」
「写真を晒されただけで、そんなことに……」
「一度拡散されたら二度と消せない。あの写真はインターネット上に未だに残ってる。俺は、撮ったことすら忘れていた時に、報いを受けた」
「どうなったんですか?」
「サラリーマンとして通勤中に、アカリに後ろから刺された。腰椎をざっくりやられて半身不随だ」
「そんな! それで、車いすなんですか。でもそれ傷害罪! 普通に捕まるでしょ!」
「当然だ。アカリは実刑判決で服役した。裁判の中で真相を知った俺は後悔した。せめてもの償いにとな、刑期を終えて出所したアカリを引き取って、こうやって【写真館】をしているというわけだ」
記録に残る【写真】というものの恐ろしさ。
知識では知ってはいたが、扱いを間違えた結末を目の当たりにした西川マサシは驚愕した。
目の前にいるアカリと、姉の姿が重なる。
男に裏切られ、心に【鬼】を宿してしまった女。
アカリの人生を壊したのは、たった1枚の【写真】。
【写真】はこんなことをするためのモノじゃない。
西川マサシは初心を思い出した。
学生時代、バイト代を貯めて買ったデジカメで初めて撮った姉の姿。
キレイに撮れたと喜んでくれた。
それが全ての始まりだった。
「僕は、女性を幸せにする写真を撮りたい。綺麗な姿、楽しかった思い出、見直すたびに幸せを思い出せる【幸福の一枚】を、ライフワークにしたい!」
「やってみろ! そして、俺が壊してしまったアカリの【魂】を救ってくれ!」
…………
田城カズヒデは予備のカメラを多数用意していた。
8台のデジカメをバラバラにした、5時間にわたる命懸けの真剣チャンバラ撮影バトルの末に、西川マサシは大切な事を学んだ。
【人物を撮影する時は、本人の許可を取ってから】
………………
…………
……
西川マサシに声をかけた、通りすがりのFPの正体は、矢場居信用金庫の新関係長。
娘から相談を受けた矢場居ゲンゾウの指示によるもの。
正体と言いつつも最初から何も隠してはいない。
金融機関職員で、実際にFPの資格も持っている彼の手により、高梨家と西川家の立て直しプランは作られた。
二世帯住宅は協力関係にある不動産会社に比較的有利な条件で売却され、ローン残債は西川家の住宅を担保にして矢場居信用金庫に借り換えする形で、低金利で返済期限を延長。
救済と言いつつも仕事の範疇。金利と担保と手数料でしっかり儲けてる。
出世コースから外れて家を失い、借金を抱えてしまった高梨モトヒコは改心。
西川家に居候する形で、家庭を取り戻すために再出発した。
めでたし、めでたし。
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【幸福の一枚】
神々の加護を受けた女4人からぶっとばされたことで貼り付いた【神力】の片鱗と、【写真】を通じて女性を幸せにしたいと願った西川マサシの真心の相乗効果により発現した謎スキル。
被写体の女性の姿に幸福の願いを重ねて撮像する事で、【写真】に開運効果を付与できる。
◇効果
お見合い写真として使用すると成婚率がアップする。
31歳が使用時には、【崖っぷちボーナス】として効果が5倍になる。
◇副作用
写真に転写された幸福のイメージにより、人生観や幸福観の面で相性の良い相手を引き寄せるが、恋愛感情には干渉しない。そのため、成婚に至るにはお互いの寛容力が重要になる。
それ故に、若い娘よりも崖っぷちに近い年齢の方が成婚率が高くなりがち。
◇使用上の注意点
結婚詐欺や不倫相手探しなどに悪用すると、やっぱり人生観や倫理観の近い人間を引き寄せるので、相乗効果でダメな方向に転がってしまい大変な事になったりする。
出会いを求める前に、自分の人生観を見直すことが大事である。
●オマケ解説●
二馬力前提でローン組んで、家事育児を妻に押し付ける形の【共働き】で突っ走ったパワーカップルの哀れな末路。
努力家のモトヒコ氏は挫折や失敗の経験が乏しかった模様。ポジティブで努力家なところはスバラシイけど、それが通用しないモノが世の中にはあることを知っておくべきだった。
共働きがうまくいくかどうかはほぼ子供次第。0歳児でも楽な子と手がかかる子ってすごく違う。たまたま楽な子授かった夫婦が成功してるだけで、狙ってできる物ではない。
人生プランは、授かった子供に合わせて計画を柔軟に修正できる余力と、その時々に応じた適切な判断が大事です。
ヨメの力を引き出すのは旦那の力量。
だけど、ヨメはオカンじゃありません。ダンナが甘えちゃいけません。
ダンナの責任で守らなくちゃいけない存在です。
頼るのはいいけど、限界を見誤ったなら【家庭崩壊】はすぐそこに。
妻すら守れない無能に部下や顧客を任せる会社は無い。
職場でのひどい扱いも自業自得。
なんて、ひどい。
水浴び中に【盗撮】された矢場居マオ。無断で撮られたのは気に入らないが、撮影の腕は買っていた。【結婚式】にカメラマンとして呼びたいと考えて、知り合いの写真館に彼への【適切な指導】を依頼。
成功報酬として、太田タカシ@下僕によるサイバー攻撃で、世界に散らばる【盗撮画像】を扱うサイト数百箇所を破壊。例の写真は消失し、アカリの【魂】は多少救われたという。
モトヒコをローンで苦しめたあの二世帯住宅は、後に【アマテラス機関】から給料をもらったジョン=スミスが買い上げて、キナさん達の家になったとか。
※ポイントクレクレ記述
キレイに撮れたからって、【盗撮画像】をネットにアップする田城カズヒデの暴挙が【ひどい】と思った、20年前のネット環境を覚えている【妙齢喪女】の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をブチこんでもらえると、作者は、デジタルカメラが高価でネット回線もISDNやADSLで、AMA●ONが本屋だった20数年前を思い出し、リスク認識も法整備も無かったそんな時代に被害に遭われて、未だに写真を晒されているであろう被害者女性の心情が理解できるわけはないけれど、作品の中に【盗撮・ダメ!ゼッタイ!】のエッセンスを混ぜ続けようと思います。
【ひどい】は最高の誉め言葉!




