番外編04:針山アンナと試し斬り(挿絵アリ) (3.6k)
「人間は最弱の獣や。博愛精神もええけど、身の程わきまえんと死ぬで」
(by 矢場居マオ@言語障害)
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【モスクハン有限会社】にて【永遠の喪女】が爆誕した翌日。
晴れた空に薄く満月が光る夕方、神社の裏山の林の中。若い女性二人が木の上で口論している。
「マオっち! 聞いてないよこんな仕事! 私はナイフの納品に来ただけなのに!」
作業服姿で木の幹にしがみつく針山アンナが抗議する。
「検収前に【試し斬り】ぐらいするやろ。でも想定外やな。頭に5本刺しても死なんとか。見た目通りのバケモンやった」
スパッツとランニングシャツ姿で、木の太い枝の上に立つ矢場居マオがぼやく。
そして木の下には、頭にナイフが5本刺さった大型のイノシシ。
興奮状態で二人が登っている木に体当たりを繰り返している。
「走るイノシシの頭にナイフ投げて5本全部命中させるって! マオっち本当に人間?」
「平手打ちで男ぶっ飛ばして、1人で100kg以上持ち上げるアンナに言われとうないわ。アンナが居れば獲物運ぶの簡単と思っとったのに。このワイが仕損じるとはなぁ」
ドシーン ドシーン グラグラ
「だいたい、可哀そうでしょ! イノシシだって生きてるんだから!」
「可哀そう? 今はその冗談笑えんわ。下見てみい」
木の下で彼女達を狙うのは、時速50km以上の速度で突進する、体重100kg超のバケモノ。鋭い牙で突かれたら高確率で即死。生身の人間が銃ナシで挑める相手ではない。
可哀そうな状況になっているのは、明らかに女2人の方だった。
「先にナイフ投げたのマオっちでしょ! 何にもしなけりゃ襲ってこないって!」
「アレはな、人間の食べ物の味を覚えてしもたんや。林の中で何度も襲われたから間違いない」
イノシシは本来臆病な動物である。自分から人間を襲うことは無い。だが、人間の持つ食べ物の味を覚えてしまった場合。かつ、人間を襲えばそれが手に入ると学習してしまった場合はその限りではない。
それ故に、野生動物に食べ物を与えるのは非常に危険な行為である。
「誰よそんな迷惑なことしたの! まさか西川マサシか!」
「そうや。ぶっとばした後で、食い物入れたリュックを忘れていきおった。まぁ、ように確認せんかったワイのミスでもあるわ」
意図的に餌付けをしなくても、獣の住む山中に生ゴミを残しておくと、それを食べた獣が人の食べ物の味を覚えることがある。山中にゴミを残すのは、近隣住民の生活を脅かす重大なマナー違反である。
「ぶっとばす! 自宅特定して3人で押しかけてぶっとばす!」
「せんでええ。アイツはもう報いを受けとる。それにしても、木の上から見るとあの池本当に綺麗やなぁ」
矢場居マオは、木の上から窪地の中心にある池を眺める。
日没後の池での水浴びは彼女の楽しみの一つであったが、最近はイノシシから逃げるために昼夜問わず飛び込むことが多かった。
「今はそんな事どうでもいいでしょ!」
「最初ココに逃げ込んだ時は、ヘドロ溜まっとったけど。アンナどうやって掃除したん?」
ドシーン ドシーン ズシーン グラグラ
「企業秘密よ! それよりも、どうするの! アレ」
「どうするも、ここで何とかするしかないやろ。ワイら二人ならイケる」
ドシーン ドシーン ドシーン ミシミシ
「丸腰の女2人で何とかできるわけないでしょ! そういうのは猟友会に依頼して!」
「猟友会のハルオさんに頼みには行ったんよ。でも、前回の駆除で警察に頼まれて撃ったんに発砲条件満たしてなかったと後から言われて、猟銃許可取り消し喰らったとかでやる気なくしとってなぁ、いや、本当に困ったわー」
住んでいる洞窟近くに人を襲うイノシシが居るのは、マオにとっては切実な問題だった。
池に逃げ込めば振り切れるので、今はスパッツタイプの水着を常用してしのいでいるが、冬になると逃げ場が無くなる。
ズシーン ミシミシ
「マオっちならお金でゴリ押しできるでしょ! オタさんに【マルウェア】作らせるとかじゃなくて、そういうところで有効に遣って!」
「あかんねん。やる気失った人間に命懸けの仕事させたら本当に死んでまう」
ズーン ズーン ズーン ミシミシミシ
「命懸けって! 私だってこんなのやる気ないよ! 追加料金だよ!」
「よっしゃ。追加料金請求するってことは、生き残る気はあるんやな。日没までもう時間が無い。降りてケリつけるで。どちらにしろ退けんのや」
「イヤァァァァァァァァ!」
仕損じた手負いの獣をここで逃がしてしまえば街の人達が危ない。そして、頭に刺さった5本の【漆黒のナイフ】は【株式会社針山加工】の製品。
このまま取り逃がして、街で事件を起こしてしまったとしたら、会社の存続も危うくなる。
日没が近づき林の中はだんだん暗くなる。
日が暮れてしまえば、夜間視力や嗅覚で劣る人間は余計に不利になる。
イノシシの突進は、命中すれば一撃で致命傷。
それでも退けない戦い。
「一旦ワイが引き付けるから、その隙にアンナは降りや」
「降りてどうするの? アレ相手に拳は当てられないよ」
針山家の3人娘は、3人揃えば500kgまで持ち上げることができる剛腕の持ち主。人間の男相手なら拳一撃でぶっとばすことができるが、大型のイノシシには太刀打ちできない。
「投石や。なるべく重いやつを投げつけてやれ。狙いは右肩あたりだが、当たらんでもいい。とにかく投げるんや」
「了解!」
矢場居マオは木から飛び降りて、上からイノシシの右肩に【貧乳喪女落下加速ドロップキック】を叩き込み走り去る。
イノシシがそれを追いかけて木から離れたところで、針山アンナは木から降りて石を探す。
作戦は、イノシシ右肩への反復攻撃。
マオが特技の【貧乳喪女ドロップキック】でイノシシの右肩に一撃。
着地の瞬間を狙われないように、タイミングを合わせてアンナが60kg近くある石をイノシシ目掛けて投げつける。
【貧乳喪女】であっても、一撃で獣の脚を砕けるほどの威力は無い。しかし、右肩だけを反復攻撃することで脚の動きの自由を奪い、動けなくなったところでアンナの剛腕で捕らえて縛る。
林の外に逃がさないように注意を払いながら、イノシシを追ったり追われたりしながら戦いは続く。
…………
月明りの下。池のほとりで酒を飲む女2人。
「お疲れさん。【剛腕喪女】のアンナは大活躍やったな」
「マオっちこそ。【高速喪女】は健在だね」
一点集中の反復攻撃は成功し、イノシシの動きを止める事に成功した。
2人がかりで両足と口を縛って、アンナが担いで神社の駐車場まで運び、軽トラに乗せて猟友会に引き渡した。
「ハルオさん、やる気取り戻してくれてよかったわ」
「ボロボロの私ら見て、謝ってたもんね。私はもう懲りたから、早く復帰してほしいな」
女2人で、素手でイノシシを仕留めたと聞いて、猟友会はメンバーは仰天した。
当たり前である。
【珍事件】にされないため、猟友会が罠で仕留めたということにして、処理を依頼した。
生け捕りで肉の状態が良いとのことで、解体して【ジビエ肉】にすることになった。
「【ジビエ肉】楽しみやな」
「そうだね。貰ったら家に持って帰ってみんなで食べるよ」
マオも誘って一緒に食べたいと思ったりもするが、今はそれができないことは分かっているので、アンナは言わない。
「マオっち、足は大丈夫?」
「大丈夫や。月光浴でだいぶ痛みは引いてきた」
イノシシの硬い身体に連続で【貧乳喪女ドロップキック】を撃ち込んだことで、矢場居マオは足を痛めていた。
イノシシを仕留めるまで痛みを我慢して走り回っていたので、仕留めた後は歩けないほどになっており、アンナに担いで運ばれた。
「月光浴で傷が治るって言うのも意味が分からないけど、マオっち本当に一体何者なの?」
「アンナこそ。あのイノシシとワイを一緒に担いで山歩きできるとか、本当に人間か?」
「それ、マオっちにだけは言われたくないよ。イノシシの突進振り切って逃げるとか。アレは絶対人間技じゃないし」
矢場居マオは足が速い。
原付ぐらいの速さなら連続で走れる。
瞬間ならイノシシの突進を振り切るぐらいの速度が出せる。
「ワイの足が速いのは簡単な理由や」
「簡単な理由?」
「【貧乳】だからや」
「そんなわけあるか!」 スパァァァァァァァン
作業服の中に隠していたハリセン(小)が矢場居マオの脳天に炸裂。
瞬間的なツッコミ癖は【母親似】と言われる所以である。
「……。 …………。 ………………」
剛腕による容赦ないツッコミで、矢場居マオは目を回した。
「あっ。ごめん。マオっち、大丈夫?」
「……痛いですわ」
「喋り方また変わった!」
………………
…………
……
その後、マオからの情報提供を受けた矢場居ゲンゾウが暗躍したことで、所管の警察署長が交代。害獣駆除に関連する行政と民間の協力体制は改善されて、周辺住民や農家は大いに助かったとか。
めでたし、めでたし。
●オマケ解説●
【永遠の喪女】と一緒に作られた5本セットの【漆黒のナイフ】。
重量のある鋼鉄製で、鋭く研がれた刃先に摩擦が少ない窒化チタンコーティングを施した殺傷力抜群な仕上がり。街でむき出しで持ち歩いたら【銃刀法違反】間違いなしの逸品。
だからこそ、厚いガラス窓が付いた【鍵付き】のケースに収納した形で【装飾品】として納品した。
納品して代金受け取るだけのつもりで来たアンナの前で、マオはおもむろにケースを開けて5本取り出し、洞窟外に駆け出して、林に潜む大型イノシシに先制攻撃。
アンナもさすがに悲鳴を上げた。
熊じゃなくて良かったね。
熊は木登りもできるから、瞬殺されてたと思うよ。
そして【貧乳】ってすごいんだね。
※ポイントクレクレ記述
命懸けの仕事に前触れもなくいきなり友人を巻き込むマオがひどいと思った、友人に裏切られ続けた【行き遅れ喪女】の方が居たら、【ひどい】の証として★1評価をぶち込んでもらえると、作者は、裏切られてなんかない、最初から味方なんて居なかったんだよ、と暗に【行き遅れ】が自業自得でしかないことを示します。
【ひどい】は最高の誉め言葉!




